2010-10-28 23:03:31
「低血糖症さえ治れば全てうまくいく」という幻想
テーマ:過去のわたしへの手紙
この記事は
「低血糖症」という病名に対する無意識の「期待」
という、以前の記事の続きです。
わたしが悩んだ挙句、検査を受けようと思った頃のことを思い返してみたり、
その後色々な方のお話を伺うようになって感じたりしていたことですが
「良く分からない自分の不調の理由を知りたい」
「人に説明できるカタチとしての病名を知りたい」
ということを求めていたのです。
もっと突き詰めて言えば:
「もし低血糖症ならば、この不調の原因が全て明らかになるかもしれない」
「ひとつの病名で、わたしの不調の原因が全て説明がつくのかもしれない」
「ただの気のせいではなく、データで説明できる身体の病気なのかもしれない」
といった期待があったのだと思います。
はっきりしない不調は、身体や気分やいろいろなものに影響を及ぼしていて、
原因も解決策も分からず、もう半分諦めかけていたわたしだったのですが
「精神疾患や精神面が影響する心身症に対する拒否感・恐怖・否認」
というものに影響を受けていたのかもしれません。
いわばカタチのない精神面の病気であるとか、精神的なものが原因なら・・・
「どうやって治したらいいのか分からない」
「薬を飲んだって、よくなるものかどうかも分からない」
「どこかおかしいのかもしれないけれど、自分のことをそう思いたくないし、
そもそも病気であることも認めたくない。」
自分が精神的な病気であるかということに、確たる根拠はないのです。
でももし、精神的なものだったら・・・
「ただ大げさなだけじゃないの」と自分で自分を責めてしまうことが怖かった。
(疾患を受け入れられていないということだと思います)
一方で・・・もしも低血糖症という原因があるのであれば。
「精神的な症状があっても、身体の原因ならば治るかもしれない」
「低血糖症さえ治れば、問題はなくなってすべてうまくいくのかもしれない」
「薬を飲まなくても、自分の自己管理で良くできるものかもしれない」
こういった考えも、論理的な根拠は全くないのです<今思えばね
身体の病気ならば精神疾患よりも治りやすい、なんて一概に言えないし、
そもそも低血糖症がたとえ存在していても、同じわたしの身体に、
他の問題点が存在していないなんて、そんなこと誰にも分からないわけで。
でも、たぶん、わたしは。
低血糖症さえ治せば、すべてうまくいく。
そう思いたかったのだと思います。
その考えを信じて前に進みたい。
その考えにすがっていれば、今と違う状態になれるかもしれない。
生活の指示を守って食事を変えれば、よく出来るのかもしれない。
ひいては、低血糖症に関する知識をつけ、その食事指導を利用することで、
自分の努力(食事etc)で、自分の身体を変えていけるのかもしれない。
低血糖症という病名について見聞きし、
低血糖症について書籍やブログで語る医師から得る情報は、
そういう思いを抱えた当時のわたしにとってみては、
たぶんうってつけのものだったのでしょう。
「低血糖症を治せば、いろいろな症状が全て消えるはずだ」
ネットであちこち眺めていると、
その人なりに色々な願いを持って栄養療法に取り組んでいる人は見かけますが
突き詰めると、結局それに尽きるのかなとわたしは思います。
少なくとも、過去のわたしは、無意識にそれを願っていた。
ひとつの病名で、原因も解決策も明らかになるということを。
食事さえ変えれば、サプリメントさえ飲めば、手応えが得られるということを。
今はその考えが、過去の不調だったわたしの願望だったと気づいています。
サプリメントで治るかもしれない、と思ったことについても、
ある意味「他力本願」で不調に取り組もうとしていたのかもしれませんね。
自分の努力で、自分の身体を変えていける、ということについては
今はわたし自身も徐々にそう思えるようになっています。
が、わたしの場合は、分子整合医学による栄養療法がまるで身体に合わず、
きっぱりやめたあとの試行錯誤から、いろいろなヒントが浮かんできました。
たぶんもともとどれも、知識としては知っていたこと。
知識として持っているだけで、実践しようとは思っていなかったこと。
そういったものが、結局一番大事だということを
回り道をした挙句に、遅まきながら気づいたということなのだと思っています。
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「低血糖症」という病名に対する無意識の「期待」
という、以前の記事の続きです。
わたしが悩んだ挙句、検査を受けようと思った頃のことを思い返してみたり、
その後色々な方のお話を伺うようになって感じたりしていたことですが
「良く分からない自分の不調の理由を知りたい」
「人に説明できるカタチとしての病名を知りたい」
ということを求めていたのです。
もっと突き詰めて言えば:
「もし低血糖症ならば、この不調の原因が全て明らかになるかもしれない」
「ひとつの病名で、わたしの不調の原因が全て説明がつくのかもしれない」
「ただの気のせいではなく、データで説明できる身体の病気なのかもしれない」
といった期待があったのだと思います。
はっきりしない不調は、身体や気分やいろいろなものに影響を及ぼしていて、
原因も解決策も分からず、もう半分諦めかけていたわたしだったのですが
「精神疾患や精神面が影響する心身症に対する拒否感・恐怖・否認」
というものに影響を受けていたのかもしれません。
いわばカタチのない精神面の病気であるとか、精神的なものが原因なら・・・
「どうやって治したらいいのか分からない」
「薬を飲んだって、よくなるものかどうかも分からない」
「どこかおかしいのかもしれないけれど、自分のことをそう思いたくないし、
そもそも病気であることも認めたくない。」
自分が精神的な病気であるかということに、確たる根拠はないのです。
でももし、精神的なものだったら・・・
「ただ大げさなだけじゃないの」と自分で自分を責めてしまうことが怖かった。
(疾患を受け入れられていないということだと思います)
一方で・・・もしも低血糖症という原因があるのであれば。
「精神的な症状があっても、身体の原因ならば治るかもしれない」
「低血糖症さえ治れば、問題はなくなってすべてうまくいくのかもしれない」
「薬を飲まなくても、自分の自己管理で良くできるものかもしれない」
こういった考えも、論理的な根拠は全くないのです<今思えばね
身体の病気ならば精神疾患よりも治りやすい、なんて一概に言えないし、
そもそも低血糖症がたとえ存在していても、同じわたしの身体に、
他の問題点が存在していないなんて、そんなこと誰にも分からないわけで。
でも、たぶん、わたしは。
低血糖症さえ治せば、すべてうまくいく。
そう思いたかったのだと思います。
その考えを信じて前に進みたい。
その考えにすがっていれば、今と違う状態になれるかもしれない。
生活の指示を守って食事を変えれば、よく出来るのかもしれない。
ひいては、低血糖症に関する知識をつけ、その食事指導を利用することで、
自分の努力(食事etc)で、自分の身体を変えていけるのかもしれない。
低血糖症という病名について見聞きし、
低血糖症について書籍やブログで語る医師から得る情報は、
そういう思いを抱えた当時のわたしにとってみては、
たぶんうってつけのものだったのでしょう。
「低血糖症を治せば、いろいろな症状が全て消えるはずだ」
ネットであちこち眺めていると、
その人なりに色々な願いを持って栄養療法に取り組んでいる人は見かけますが
突き詰めると、結局それに尽きるのかなとわたしは思います。
少なくとも、過去のわたしは、無意識にそれを願っていた。
ひとつの病名で、原因も解決策も明らかになるということを。
食事さえ変えれば、サプリメントさえ飲めば、手応えが得られるということを。
今はその考えが、過去の不調だったわたしの願望だったと気づいています。
サプリメントで治るかもしれない、と思ったことについても、
ある意味「他力本願」で不調に取り組もうとしていたのかもしれませんね。
自分の努力で、自分の身体を変えていける、ということについては
今はわたし自身も徐々にそう思えるようになっています。
が、わたしの場合は、分子整合医学による栄養療法がまるで身体に合わず、
きっぱりやめたあとの試行錯誤から、いろいろなヒントが浮かんできました。
たぶんもともとどれも、知識としては知っていたこと。
知識として持っているだけで、実践しようとは思っていなかったこと。
そういったものが、結局一番大事だということを
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