東京電力福島第一原発事故の教訓を最大限にくみ取った司法判断だ。電力事業…[続きを読む]
国の防衛のための基地には、高い公共性がある。だとしても地元の住民はひた…
国の防衛のための基地には、高い公共性がある。だとしても地元の住民はひたすら騒音に耐えろというのでは理不尽だ。
米軍と自衛隊が使う厚木基地(神奈川県)の騒音訴訟で、横浜地裁は住民の苦痛の訴えに理解を示す判断を下した。
損害賠償だけではない。自衛隊機は原則として夜間と早朝は飛んではならない。全国の基地騒音訴訟を通じて、初めての飛行差し止めを命じた。
厚木基地ではこれが第4次の訴訟だ。93年の第1次訴訟で最高裁はすでに、騒音が「住民の受忍限度を超える」とし、賠償すべきだとの考えを示した。
なのに国は「基地の近くに住む以上、がまんして当然」との考え方を崩さず、その後も応急的な賠償にほぼ終始してきた。
今回の命令は、賠償だけでは不十分との判断に踏みこんだ。これほど自衛隊に厳しい審判が出たのは異例のことだ。
民事訴訟での飛行差し止めは、70年代に大阪空港訴訟の下級審で認められたが、81年に最高裁が覆し、その後は各地で退ける判断が定着していた。
今回、原告団は基地騒音訴訟で初めて、行政訴訟の形をとって変化を促した。民事と違い、政府の処分や決定の妥当さを問う。防衛省の裁量の適否を判断する有効な手続きになった。
とはいえ、より深刻な騒音をおこす米軍機について判決は、判断を避けた。米軍の飛行差し止めをめぐる民事訴訟では「国の支配は及ばない」と退ける判断が各地で続いている。
行政訴訟でも今回のような結果では、司法による救済の道は八方ふさがりとなる。
そもそも米軍駐留の前提となる日米安保条約の合憲性について、司法は「高度な政治性をもつ」として判断を避けてきた。
だが、問われているのは国民が平穏に暮らす権利だ。軍の公共性とのバランスをどうとるべきか。司法が判断を避けてしまうようでは、国民はどこに救済を求めればいいのか。
司法が介入を拒む限り、その分、国の責任は重い。各基地の防音対策だけでなく、自衛隊機と米軍機の離着陸を減らすなど抜本措置の検討を急ぐべきだ。
自衛隊の活動も、日米安保体制も、国にとって重要である。だからこそ、その円滑な運営のために、国は住民の声に真摯(しんし)に耳を傾けねばならない。
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