コラムスピン :第91回:2007年、初音ミクの「サード・サマー・オブ・ラブ」

2014/05/21(水)更新

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第91回:2007年、初音ミクの「サード・サマー・オブ・ラブ」

「サマー・オブ・ラブ」シリーズ第3弾完結編!20年周期で訪れるこのムーブメント、3度目はドラッグ・カルチャーからの発信ではなく、インターネット上で展開され世界に拡がるという仮説。でも、今まさに現実になろうとしている。

この記事の筆者

柴那典

ライター/編集者。 1976年生まれ。株式会社ロッキング・オンを経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。

もうドラッグはいらない

『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』という本の中で、僕は「サード・サマー・オブ・ラブ」という言葉を使った。2007年のインターネットが一つ新しい音楽文化を生み、その象徴になったキャラクターが「初音ミク」だった、ということを書いた。

もちろん、これは定説でも何でもない。いわば言葉遊びみたいなものだ。「1967年の『サマー・オブ・ラブ』」、「1988年に始まった『セカンド・サマー・オブ・ラブ』」とつなげて、約20年ごとに訪れるムーブメントとして00年代後半の日本のインターネットを舞台に起こった「創作の爆発」を語ることができれば、ロックやテクノやヒップホップとボーカロイドの歴史の縦軸を繋ぐことができるのではないか? そういう見立てから始まったドキュメントだ。

もちろん、僕一人がそれを言っていても単なる思いつきの枠を出ることはない。クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長を筆頭に、様々なムーブメントの関係者に「僕はこう思ってるんですけれど、どうでしょう?」という問いを投げ、その証言を集めていった。

ただ、一つこの本では語らなかったことがある。それは「サマー・オブ・ラブ」というのは、やはりドラッグが駆動したムーブメントであった、ということ。60年代のカリフォルニアのヒッピーたちはLSDやマリファナに夢中になっていた。80年代のロンドンの若者たちはエクスタシーを食らって「アシッード」と叫んでいた。「サード・サマー・オブ・ラブ」と言うならば00年代の日本にそれに相当するような新しいドラッグがあったのか?というと、それは「どこにもなかった」と言わざるを得ない。

でも、それを踏まえて、あえて言っておきたいと思う。「ドラッグってそんなに大事?」

60年代のドラッグカルチャーの中心人物の一人、ティモシー・リアリーという心理学者は、LSDを「意識を拡張する道具」として使っていた。80年代のセカンド・サマー・オブ・ラブが快楽主義に向かった一方で、90年代以降の彼はコンピュータ技術に大きな可能性を見出していた。

そしてスティーヴ・ジョブズ。彼がヒッピー文化に強い影響を受けていたことはよく知られている。「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」という座右の銘が象徴しているように、雑誌『ホールアースカタログ』は彼にとってのバイブルだった。ヒッピーからハッカーへ。60年代西海岸にあった精神性はコンピューターカルチャーへと受け継がれた。そして、iPhoneの待ち受け画面が「地球の写真」だったことが証明しているように、ジョブズは21世紀の『ホールアースカタログ』としてiPhoneを発表した。これも、2007年のこと。

最近、東京の街を歩いていて、つくづく感じることがある。スマホを操りながら、大量の情報を日常的に摂取しながら当たり前に暮らしている人たちを見て、思うことがある。コンピュータとインターネットは最早ティモシー・リアリーがかつて夢見た「人間の意識の拡張」を果たしたのではないだろうか、ということ。僕自身はドラッグやらないのでその体感はわからないけど、わざわざ化学物質を身体に摂取したりしなくても、もういいんじゃないだろうか?そう思ったりもする。

弾幕とニコニコ動画とボーカロイド

2007年の若者たちは、そんな風にして「意識が変容する」快楽を“ニコニコ”で味わっていたんじゃないだろうか? そんなことを僕が最初に思ったのは、実はレミオロメン「粉雪」がきっかけだった。2006年の12月に試験サービスを開始し、まだYouTube動画にコメントをつけるスタイルだった黎明期のニコニコ動画で、この曲が最初に「弾幕」の現象を巻き起こす。



画面を埋め尽くす「こなあああああああ」という大量のコメントに意味はない。今となっては「何じゃそりゃ」という感じもする。でも確かに2007年初頭のとき、あれは確かに「快楽」だった。

その後もユーザーがツッコミを入れることができるユーモラスな要素を持つ曲が受け入れられ。そこから、既存の音源や映像を組み合わせ、その絶妙なマッチングや、逆に笑えるミスマッチを楽しむ「MAD動画」がニコニコ動画上で流行していく。しかし当時は動画サイト自体が違法扱いされていた時代だった。著作権の問題がまだクリアされておらず、商用の音源を用いた動画は削除されるようになった。それが2007年の春から夏にかけてのことだったと、ニワンゴ社長の杉本誠司氏は語っている。

初音ミクはそんな時に登場した。

ソフトウェアの発売が8月31日。そのわずか5日後に投稿された「VOCALOID2 初音ミクに『levan Polkka』を歌わせてみた」から、「初音ミクとネギ」のイメージが定着する。



さらにそのわずか2週間後。9月20日にはika-moが「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」を投稿。



キラキラしたシンセポップの曲調に、パッケージのイラストの一枚絵を用いた動画がこの頃の主流だった。

この曲はあっという間に数百万回再生され、メディアに大きく取り上げられブームの象徴になる。そして同じ頃、ボーカロイドのムーブメントの初期を代表する2曲が投稿される。後にGoogle ChromeのCM曲としてアンセム「Tell Your World」を発表することになるkzlivetune)による「Packaged」。



そして、supercellryoによる「メルト」だ。



高速化、高密度化するボーカロイド曲

2008年から2009年にかけては、いち早くメジャーデビューを果たしたlivetunesupercellに続くように、数々のクリエイターがニコニコ動画に投稿。次々と新たな才能が見出されていった。

その代表的なクリエイターが、いまは本名の米津玄師として活躍するハチや、その後バンド「ヒトリエ」を結成したwowaka。彼らが打ち出したフックの強いフレーズと速いBPMを特徴としたロックの曲調は、その後の高速化、高密度化するボーカロイド曲の潮流に繋がっていった。人間には歌唱不可能なほどの早口を形にしたcosMo@暴走P「初音ミクの消失」も、その流れの一つのルーツに位置づけることができる曲だ。

ハチ「マトリョシカ」


wowaka「ワールズエンド・ダンスホール」


cosMo@暴走P「初音ミクの消失(LONG VERSION)」


その後、数々のボカロPがメジャーデビューし、J-POPシーンへ進出。アマチュアの「遊び場」だったボーカロイドシーンにも、2011年以降、商業化の波が訪れる。

そして2011年は、初音ミクを巡る現象、勃興期の熱気が一つのピークに達した時期だった。この年の9月に、2010年代前半のネット音楽シーンを象徴するような二つの楽曲が生まれている。

一つが、黒うさPによる「千本桜」。



2013年の年末には紅白歌合戦の裏に行われたニコニコ生放送で小林幸子が歌い、先日には「和楽器バンド」によるカバー版も公開された。



「千本桜」は、いろんなバージョンが出揃った今も、いまだにスタンダードとして愛され続けている。この曲はボーカロイドとニコニコ動画の文化が生み出した新しい時代の「演歌」の代表曲なんじゃないか、という気すらする。いわば「“演”奏してみた」と「“歌”ってみた」の「演歌」だ。

そしてもう一つが、じん(自然の敵P)による「カゲロウデイズ」。



作者のじんは昨年にリリースされたアルバム『メカクシティレコーズ』を持って音楽編は「完結」としているが、今年4月にはアニメ『メカクシティアクターズ』の放映が開始。ニコニコ超会議3でも大きくブース展開され、沢山の中高生で溢れかえっていた。曲の持つ謎めいた物語性と世界観が10代前半を熱狂させていた。おそらく10年後や20年後の20代、30代が自分たちの「思春期」を振り返るときのアイコンになるだろう吸引力を持っている曲だ。

EDMとボーカロイドの最新潮流

そして2014年。これは『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』には書けなかったことだが、ボーカロイド文化は、今、新たな展開を迎えている。それは、海外のEDM/ポップスシーンとの交わりが生まれているということ。つい先日には、レディー・ガガのワールドツアー「ArtRave: The ARTPOP Ball」で初音ミクがオープニングに起用されるというニュースが駆け巡ったばかりだ。

さらにはlivetune「Last Night,Good Night(Re:Daialed)」をファレル・ウィリアムスがリミックスした楽曲も配信された。


そして、ひょっとしたら、この曲が2014年の一つの象徴になるんじゃないあかという予感がしている。スクリレックスデッドマウスも賞賛する弱冠21歳の「EDMシーン期待の星」ポーター・ロビンソンが、今年8月にリリースする初フルアルバム『Worlds』からのリードシングル「Sad Machine」。



これ、ポーター・ロビンソン自身とボーカロイドのデュエットによる楽曲になっているのだ。M83アウル・シティーあたりを彷彿とさせる切なくキラキラしたエレポップ。使用しているソフトはUKの「Zero-G」社から出ている「Avanna」。アルバム『Worlds』では、他にも何曲か、ボーカロイドを使った曲が収録されるらしい。

2007年から今までのボーカロイドシーンは、あくまで日本を舞台に起こった局地的なムーブメントだった。だから本を書いた後にも、いろんな人に「ボーカロイドの海外進出の可能性はあるのか」ということを訊かれた。ただ、この曲を聴くと、この先、海外のエレクトロニック・ミュージックの世界でも当たり前に楽器としてボーカロイドが使われるようになっていく予感がする。

2014年はそういう扉が開いたタイミングなんじゃないかと思っている。

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◆初音ミクはなぜ世界を変えたのか? 著者:柴那典
出版社: 太田出版
発売日:2014年4月3日

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2007年、初音ミクの誕生で三度目の「サマー・オブ・ラブ」が始まった。気鋭の音楽ジャーナリストが綿密な取材を元にその全貌を描ききる、渾身の一作!

■この筆者「柴 那典」の関連リンク

ブログ:日々の音色とことば:
Twitter:@shiba710

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