久積篤史です。
僕のことをご存知の方も、あらためて自己紹介をさせてください。
徳島県で生まれ、すぐさま親が離婚しその後に大阪、岐阜、名古屋、と転々としました。
母についていったため、母は僕と姉のことを気遣い、再婚離婚を繰り返しました。
でも一度も母を憎んだことはありません。
今までに名字も4回変わり、今日からお父さん、今日からお兄ちゃんなどということは当たり前でした。
僕は正直、家族という あたたかさ を知りません。
小学校ではいじめられた経験があるし、中学校では非行、暴走族やギャングにも入りました。
いわゆる「普通の子」ではないですよね。
その後の僕が22歳であった当時のことをお話しします。
当時の僕は、クラブに毎日出入りする
「日本の人口にも数えられていないようなダメ人間」でした。
見ためはギャル男。
経験したことのある仕事は、
アパレル、キャッチ、ホスト、キャバクラのボーイ、宝石販売、エステの勧誘 などなど。
渋谷の109でSHOP店員として働いたこともありました。
そんなときにあることがきっかけで起業することを志します。
しかし、僕には学歴もなければコネもないし経験もないし金もない。
あるのはやる気と鋼のような情熱だけ。
行動してから考えろ。とりあえずやるしかねえ。
その後あるきっかけで僕の人生での価値観が逆転することになります。
地獄の3年間へと突入です。
それからというもの毎日が仕事と勉強。
新聞を毎日2紙は読み、経済の勉強をし、本を読み漁る日々が続きます。
天に向かって想い、願い、抱き続けます。
そしてその習慣を3年間続け、その間に自分なりに少しづつ考えもまとまり、
企画書や事業計画書も作ったりもしましたし、プログラミングの資格も取得しました。
はじめは小さなビジネスからでいい。
後に大きくなるんだ
笑いたければ笑えばいい
俺は絶対にブレないから。
それは、本当に辛い3年間でした。
途中で自殺も考えたことも多々あった。
でも、全て乗り越えて、それ以下の底辺のことなんてないし、
何が起きても大丈夫だという根性と順応できる人間が結果的に形成されることになった期間だった。
乗り越えられた理由はやはり、母の涙を思い出せば、自分には涙を流す資格もないと思ったから。
それからは早かったですね。
その後、ちょうど今から2年ほど前に鞄一つで上京します。
はじめは 営業できない人間なんて仕事はできない と考えていたために
新宿にある不動産投資の会社に従事することになったのですが、
「なんか違うな」という考えになり、1ヶ月で退社。
名刺を自分で作って仕事をもらえば何だってできる!という考えに至りました。
現在の副社長を名古屋から呼び、2人で「漫画喫茶生活」をした日々があったのも事実です。
そんな個人事業を続けて9ヶ月、これまたあるきっかけで
「六本木ヒルズに住まないか」という話しが舞い込んできます。
当時の月収は600万円。
住めないことはない。
『夢のヒルズレジデンス』
『夢のヒルズ族』
ホリエモンや藤田さんに毎日企画書を持参してヒルズの下で待つ日々、
ホリエモンに 逢ってください メールを一日100通は送ってもシカトされていた日々、
そんなことも 全部吹き飛ばす出来事。
即、家賃60万と70万の部屋を2部屋契約。
ヒルズに居住したはいいが、会社も設立していないし事業も確立している訳ではない。
これまた直ぐさま会社設立。
そして、パーティ事業や、info動画の製作を請けていくことに成功し、
僕はようやく、自分の生きる道を見つけたのです。
その後、ネオヒルズ族としてマスメディアに紹介され大ブレイク。
ソーシャルメディアコンサルタントとしてのポジションを得て、
クラウン徳間ミュージックから「歌手 篤史」としてメジャーデビューも果たしました。
そして、2013年をもって情報業界から引退。
「ネオヒルズ族」という看板も下ろしました。
名前が売れれば、アンチも増えます。
インターネットで久積篤史と検索すれば、「詐欺」「逮捕」などのキーワードとともに、
誹謗中傷されているのです。
正直言うと、情報業界では稼げました。
お金で買えるもので欲しいと思ったものはほぼ手に入れました。
このままビジネスの世界から引退して、
資産運用だけで死ぬまで生活していく事は可能でしょう。
それでもなお、僕は進みます。
僕達は、その気になればなんでもできるんです。
それをこの二年間で証明していきました。
20代で名乗りを上げ、
30代で大きく勝負し、
40代で全てのやりたいことを完成させ、
50歳で俺は死ぬ。
そんな人生でいいと今は思っています。
情熱だけでうまくいくなら簡単だ と多くの人は思うのかもしれない。
しかし、情熱を見せることはそれほど簡単なことではない。
情熱を維持するためには、鋼のような意志と気の遠くなるような忍耐が必要なんだ。
それがどれだけ困難なことかはやってみなければわからない。
けれども、幸運にも情熱を見せることに資格はいらない。
つまり、誰でもチャンスはある。
僕はこれから夢でも目標でもなんでもいいから
何かを目指す若い人たちに、ぜひそのことを強く心にとどめてもらいたいと願う。
そしていつか、何か善いことをして、そこに注目が集まったり議論ができた時には、
自分の人生にも意味があったのかも って思えるはずだから。
僕は過去に3回、弟子を募集してきました。
その弟子たちはみな、それぞれのステージで活躍し、躍進し、
夢をかなえたり、大きな夢への道をを進んでいたります。
もう「弟子」というカタチで募集をすることは無いと考えていましたが、
今回、このセミナーをプロデュースしてくださった江川さんとのお話の中で、
僕がこれから進む道であり、
既存のメディアにパラダイムシフトを起こす事業を展開していくにあたり、
弟子を取り、ともに切磋琢磨していこうと決めました。
繰り返しになってしまいますが、僕らは強く望みさえすればなんだって出来る。
性別も、学歴も、年齢も、経験も、すべて関係ない。
ただ必要なのは、決断力と行動力です。
その二つが組み合わさったものを即決力と呼んでいます。
そしてそれは僕にとって一番大切な「力」です。
即決力を持った人は、どんな分野でも即戦力となります。
この事実を伝えるセミナーを無料で開催し、
この場限りで弟子募集をさせていただく事にしました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
あなたとお会いできることを、心から楽しみにしています。
平成二十五年二月吉日
久積篤史