『人民の星』 5661号2面 2012年2月25日付
TPPでどうなる アメリカの医療の実態 治療費で自己破産
5660号 5661号で上下で連載
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)をやったら、医療は金持ちだけがうけられ、貧乏人は病院からしめだされるアメリカ型になると、もっぱらの話になっている。アメリカ型の医療とはいったいどんなものなのか。アメリカ医療の実情を見てみる。
アメリカの一人あたりの医療費は日本の二倍である。TPP推進論者は日本の医療費が高いというが、かれらが賛美してやまないアメリカはその倍に達している。
医療費は高く短い平均寿命
ところがアメリカの平均寿命は男女とも日本より五歳もみじかい。乳児死亡率(出生一〇〇〇人あたり)にいたっては七・二人と日本(三・二人)の二倍以上であり、四〜五人の欧州諸国とくらべてもはるかに高い。いわゆる「先進国」でこんな国は他にはない。
母親もおなじ状況にある。アメリカで母親が出産時に死亡する確率は欧州より七割も高い。毎日七七人の乳幼児が死に、一人の妊婦が出産死するのがアメリカという国である。
乳児死亡率はオバマ政府が「貧困な独裁国家」と毒づくキューバや中国の方がはるかに低い。アメリカは医療先進国どころか、世界でもきわだった医療後進国にほかならない。
虫歯の治療は2本で13万円
医療費はべらぼうに高い。たとえば盲腸手術の場合、日本では四〜五日の入院で、検査や投薬を手厚くした場合でも医療費自己負担が一〇万円をこえることはない。アメリカでは入院日数はたった一日だけで、医療費請求はニューヨークで二四三万円、ロサンゼルスで一九四万円にのぼる。保険にはいっていなければとても負担できない。保険にはいっていない人は盲腸の手術もできない。また、虫歯の治療費は二本で一三万円、出産費用一四〇万円ともいわれている。
アメリカで子宮筋腫になれば、日帰り手術で医療費は一〇〇万円以上にもなる。全身麻酔をかけるので、ほんらいなら一日は入院して安静にしなければならないのだが、二日目からは保険がおりない。そのため患者は、はってでも退院しなければならないのである。
保険がおりても、自己負担金はとられる。保険にはいってない人は全額負担である。アメリカにはなんの保険にもはいっていない人が四七〇〇万人いる。そのため、ふつうなら死ぬはずもない病気で毎年一万八〇〇〇人が死んでいる。
外務省の在外公館医務官が「医療費や医療の質そのものから見れば、もし病状が緊急性を要しないなど事情がゆるせば、航空運賃を負担したとしても本邦(日本)に帰国して診療をうけることをおすすめします」というほどである。
民間保険会社が医療を支配
アメリカ医療の荒廃は、人為的につくられた。アメリカには、全国民的な健康保険制度はない。公的な健保制度としてあるのは、高齢者、身障者を対象にしたメディケア(約四一四〇万人)と、低所得者を対象にしたメディケイド(約三九六〇万人)で、あわせても全人口(三億一四〇〇万人)の二六%にすぎない。
民間の医療保険にはいっている人はメディケアなどを併用しているのもふくめ二億人近くをしめ、まったく保険にはいってない人が四七〇〇万人もいる。多くのアメリカ人は、千数百もある民間の保険会社からどんな医療保険にはいるかえらんで加入し、病院にかかれば保険会社がその医療サービスへの支払いをするという仕組みになっている。
ところで、アメリカの旧来の民間医療保険は、出来高払いを基本として医療内容にたいして事後に保険会社が支はらう方式だった。だが、九〇年代にはいって急速に台頭してきたのが、「マネージドケア(管理医療)」という低価格保険で、HMO(ヘルス・メインテナンス・オーガニゼーション)とよばれている。
これは、保険会社が契約している医師をつうじて保険加入者に診療、治療をおこなういわば会費制の医療保険組織である。保険加入者は保険会社が契約した医師にしかかかれない。他の病院や他の医師にかかれば保険金はおりず、全額自己負担になる。
また、保険金は出来高払いではなく、医師にたいしては一定額までしか保険をださない。「マネージドケア」は保険料の安さを売り物にして急成長したが、保険金の支出をおさえるほど保険会社の利益がふえるために、それが医療現場にどんどんしわ寄せされることになった。
治療行為削減が儲けの源泉
保険会社は営利第一のため、医療コストをへらすのが「マネージドケア」の最大の目的である。そのため保険会社は、医師の医療行為を商品の提供と見なして制限し、診療・治療行為に介入することでその目的をはたそうとする。医療コストがかかるのは入院、救急、専門医受診だから、保険会社はこれらをへらすことにやっきになる。
そのための手段が、@主治医制、A利用度管理、B症例管理である。
@は、患者に保険会社の契約している医師リストのなかから主治医をえらばせ、通常は主治医に治療させ、入院、救急、専門医受診にさいしては主治医の同意を得ることを義務づける。また主治医への保険金の支払いは患者数などの頭割りで機械的におこない、治療数が多くなるほど収入がへる(治療しないほど医師の収入がふえる)という仕かけにしている。
Aは、患者におこなわれる医療行為にたいして、保険会社が「適切か否か」を判断し、「不必要な治療」をおこなわないよう、保険会社が医師を監視するというものである。
Bは、「問題のある(医療費のかさむ)」医療行為をへらすために、保険会社がやとった症例管理者が患者を監視し、斗病生活に介入して救急や入院などにならないようにしたり、末期患者に「不必要な治療」をやらないようにするというものである。
ようするに医療行為を、医師ではなく、実質的には保険会社が判断しておこなう。もちろん、保険会社は医療行為そのものはできないから、医師に医療行為を直接指示することはできない。だが、保険会社の気にくわない医療行為には「保険がおりません」というかたちで、実質的には制限をくわえる。しかもそのことで、最悪の結果になったとしても、患者や家族から「医療過誤」で訴えられるのは保険会社ではなく、医師の方である。
こうして、アリコなどの保険会社はこえふとり、経営者は私腹をこやす。大手保険会社二社が九六年に合併したとき、そのCEO(最高経営責任者)は九億j(約九〇〇億円)もの臨時ボーナスを手にした。
救急患者にはまず保険確認
アメリカで進行しているのは、HMOを筆頭にした、医療の営利事業化であるが、そのツケはまず患者に、また医師や看護師など医療関係者におしつけられている。
アメリカには「ドライブスルー出産」ということばもある。出産後二四時間以上、入院することを保険会社がみとめないため、生まれたばかりの子どもをかかえてまだ体調も回復してない母親が病院から追いだされるのである。入院日数を極端に短くするなども日常的におこっている。
HMOにはいれば主治医が指定され、患者はそれ以外の医師にかかることができない。たとえ救急でも主治医の同意が必要になる。夜中の急病や突然の事故で病院にかつぎこまれて緊急手術など救急治療をうけても、主治医に連絡がとれなければ保険がおりない。全額自己負担になる。
「救急患者は加入保険をまず確認される」「“もし保険会社から治療費が支払われなかった場合、かならず自分ではらいます”という宣誓書に署名させられる」というのが、アメリカの実際である。
また、利用度管理や症例管理などで、医療行為自体を保険会社が管理するので、コストのかかる医療行為、すなわち入院、高額な検査、外科手術、専門医受診などでは、医師は事前に保険会社に連絡してその許可を得なければならない。実際の症例は個人に千差万別だが、この症例にはこれこれの治療にしか保険をおろさないと機械的にきめる。しかも手続きに二カ月もかかる。病気の進行がはやくて手遅れになることもさいさいである。
医療診断でなく保険会社の営利判断が医療行為の基準になっているのが、アメリカ医療であり、それはアメリカの多くの人民の体を傷つけ、命をうばっている。いまアメリカの年間の死者数は二四〇万人だが、その一〇・五%が医療ミス、二二%が診療ミスといわれる。しかも診療ミスがうたがわれるさいの検死は、件数の五%しかやられない。
通院のたびに高い自己負担
しかも保険にはいっていても、患者には自己負担がかかる。保険で医療費が全額でるわけではない。主治医にかかっても、通院のたびに自己負担一〇〜一五j(七七〇〜一一六〇円)を請求される。主治医紹介の専門医にいけば、二五jはらわされる例もある。薬を手にいれるために処方箋を薬局にもっていけば、ここでも自己負担をもとめられる。薬品には一般品と商標品があり、一般品だと五〜一五jだが、商標品は二〇j以上という場合もある。商標品は製薬会社が医師に売りこんでいるもので、おなじ効用があっても商標品の方が利益が大きいから、製薬会社は医師にそれを処方させる。その結果、患者は必要以上の薬価負担をしいられる。
医療への営利第一主義の導入は、医師の使命感をそこない、医師の待遇を悪化させるだけでなく、看護師の削減など病院経営の「合理化」をもたらしている。ある病院では看護師に一六時間勤務が導入され、医師には「一人の患者をなん分以内に診療せよ」と指示がくだされた。病院間のはげしい競争のなかで、病院の合併や倒産が急増し、それは医療関係者にリストラをもたらしている。それは患者にしわ寄せされ、「医療過誤」など深刻な医療現場状況をつくりだしている。
残る公的医療も営利第一に
アメリカは医療の営利第一主義で、メディケアやメディケイドなど、わずかにのこる公的医療保険すら改悪している。メディケアは六五歳以上の高齢者と、年齢に関係なく腎不全患者、身体障害者の医療費をカバーする医療保険制度で、連邦政府が管轄している。
メディケア支出は年平均一〇%以上ふえつづけてきた。おもな財源は税金だが、いずれ破たんするとして、九〇年代にはいって、民間医療保険の手法をとりいれることがはじまり、九〇年代なかばにはメディケア加入者の一割弱が、HMOと呼ばれる民間保険に加入した。そのため、民間保険加入者とおなじように、主治医をきめさせられたり、医療行為を規制されはじめた。
もう一つのメディケイドは、低所得者を対象にした公的医療保険で、州政府が管轄している。財政的にきびしいことから病院への保険金支払いはしぶく、そのため患者が病院から診療をことわられる例もふえている。
日本には、患者に診察をもとめられた医師は拒否できないという「応召義務」が法律でさだめられている。アメリカでは、そうした法律はなく、重傷であろうと治療を拒否しても罪には問われないようになっている。
さらに、いっさいの医療保険にはいれない無保険者もふえている。メディケイド受給資格以上の収入はあるが、自前で民間医療保険にはいる資力はないという人が多く、六五歳以下の人たちのなかで、九〇年代なかばに無保険者は三割近くをしめた。とくに子どもたちの無保険が多く、ある調査では全米の子どもたちの三人に一人(二三〇〇万人)が無保険状態になったことがある。
保険料をはらえても保険会社が拒否する場合もある。病弱者などである。病気が発見されてから保険にはいろうとしたら、月に一五〇〇j(約一二万円)以上の保険料を請求された例もある。
こうした無保険者たちの医療費は、本人がはらえなければ病院が負担することになるが、けっきょく慈善団体の病院など特殊な病院にしか貧困人民はかかれなくなっている。こうしてアメリカでは、わずかな公的医療保険にも民間保険の手法が浸透し、低所得者は病院からしめだされつつある。
逮捕で人体の差し押さえも
アメリカでは医療費負担で自己破産する人がふえている。
妻が喉頭ガンで入院した家庭で、夫は二回の入院で一万九〇〇〇j(約一四六万円)を請求されたが、無保険者のかれにはらえる額ではなく、持ち家も銀行口座もさしおさえられ、自己破産したという例がある。
それだけではない。返済計画はだいたい本人の経済事情を無視したものであるため、やがて破たんする。それをなん度もくりかえすうちに、裁判所に出頭しなくなると、ある日突然警官がきて、逮捕される。アメリカではそれを「肉体差し押さえ」と呼んでいる。通常はらえなくなると車や家がさしおさえられるが、心臓の人工弁などはそういうわけにはいかないので人間自身がさしおさえられるのである。病気になったら、破産したり、犯罪者として監獄にほうりこまれるのがアメリカなのである。
高所得者ほど保険料は安い
保険加入者と未加入者には厳然たる格差がある。有保険者には肥満外科や美容整形など“高度の最先端医療”が提供されるが、未保険者は最低限の医療からさえしめだされている。保険料も医療費負担も、低所得者ほどおもく、高額所得者ほどかるいという、あからさまな逆進性がある。財力のある有保険者は、保険会社が病院と交渉して医療費を値切るが、無保険者にはその交渉力もなく、ある場合には有保険者が値切った分を上乗せされることすらある。おなじ病気でも、低所得者ほど金持ちより多くの医療費を負担しなければならないのだ。
日本の場合は健保保険料は収入の多い人ほど高いが、アメリカは逆で、企業内での地位が高くなり収入が多くなるほど保険料は安くなる。大企業重役クラスになると、医療保険料はいっさいはらわなくてよい。「アメリカでは医療は特権」(ニューヨークの医療関連団体)である。
儲けのためなら人体実験も
アメリカでは儲けのために人体実験さえ平気でやられる。人工心臓の開発にあたっていたユタ大学の臨床担当の教授に、営利病院チェーンのヒュマナ社がスポンサーを名のりでた。この教授がヒュマナ社の設立した研究所にうつったとたん、そこで人工心臓手術が加速度的にふえた。術後の検証も十分にしないままつぎつぎに手術をおこなった。だが、手術をおこなった患者は合併症をひきおこすなどして悲惨な最後をむかえた。
アメリカでは非営利病院が株式会社病院にかわると、平均死亡率が〇・二六六から〇・三八七へと五〇%も増加し、逆に株式会社から非営利にかわった病院は、死亡率がさがっている。入院費用は、非営利病院が株式会社病院にかわると、八三七九jが一万八〇七jへと二割近くも上昇する。
このためアメリカでは、保険会社にたいする訴訟も多発している。人口の少ない地方では病院が撤収したり、また小児科や救急医療、高齢者長期入院医療など「採算の悪い」部門が切りすてられ、社会的な問題になっている。
株式会社病院はすでに破綻
またアメリカでは株式会社病院が自由化されているが、その実態はすさまじい。
テネットという大手の病院チェーンがある。売上一兆七〇〇〇億円、利益一二〇〇億円という巨大企業である。テネットの手口は地域の競合相手の病院を買収して閉鎖することで寡占化し、競争相手をなくす。そして非営利病院のなん倍もの医療費でも患者をあつめるというものである。テネットは看護師をやめさせ看護助手という無資格者をやとい不採算部門の科を閉鎖した。ついには、病院ぐるみで不正請求もおこなった。不正請求が発覚しテネットの株価が暴落したがその後、チェーン病院の一つで、なんの病気もないなん百人もの人に冠動脈のバイパス手術をしていたことが発覚し、FBIの強制捜査をうけた。テネットをつくったジェフリー・バーバコウは暴落前に株を売りぬき、一億二〇〇〇万jもの利益を得た。
アメリカでは、株式会社病院はすでに社会的に破たんしている。アメリカではいま、株式会社方式は病院全体の一四%にすぎない。
自由診療や株式会社方式による医療の営利事業化は、アメリカでは人民の反発をうけ、すでに破産しているのである。そのため、アメリカでは保険会社の利益も頭打ちになり、日本に目をつけたのである。自分のところでゆきづまり、思うようにもうからなくなったから、今度は日本で一儲けしようというのである。