第41号抜粋

株式会社の参入による医療危機
院長 岡村高雄(心臓血管外科科長)
 医療小泉内閣の構造改革の一つとして医療の市場原理の導入つまり株式会社の参入、特区構想等が議論されている事はご承知の事と思います。しかし、本当に医療に株式会社の参入が良いのでしょうか。市場原理を医療に導入せよと言う立場の人々は、「医療も製品を作ったり、品物を売ったりするのと何も変わらない経済活動である」「株式会社参入により市場原理・競争原理が働き、サービスの質もよくなり、医療の価格も低下する」と主張し、さらに「医者は経営については素人であり、経営のプロが病院を運営することにより、効率的な医療サービスの提供が可能となる」「国民の医療に対する選択肢が広がる」と一見説得力の有るような主張をしています。又、官邸、マスコミ等も医療への株式会社参入に反対をする日本医師会を抵抗勢力、悪者とし、賛成する人々を改革派、善人に色分けし、更に病院経営に株式会社参入を賛成している医療機関もあると説明をしています。確かに病院経営に株式会社の参入を賛成している医療機関も有ることは小生も知っており、小生の友人で日本有数の大きな病院が株式参入に賛成し、特区構想に名乗りを上げています。しかし、この病院の本質は現在赤字の経営状態の建て直しのために株式会社参入に賛成しているのであってマスコミが取り上げているように、医療に対する高邁な精神で参入しようとしているのでは有りません。

「医療も製品を作ったり、品物を売ったりするのと何も変わらない経済活動である」のでしょうか?

もし株式会社の参入を認めれば株式会社の主目的である利益優先が主目的と考えられ、また出資者(株主)に配当を還元することを第一に考え、場合によっては株価をも維持しなければならないために、経営者は常に高利益を上げるためには採算が合わない部門・高賃金の人員を切り捨て、患者さんには高額の請求をして利益を伸ばさなくてはなりません。
医療の第一の目的は利益を上げることではなく、有る意味では「人の弱みにつけ込んでお金を頂く仕事」です。弁護士、僧侶等と同じく人の「不幸を生業にする仕事」はその使命を十分に踏まえた倫理観が必要であると考えています。一般の企業でも倫理観が問われ、高い理念に基づいて経営をしている会社もありますが、しかし、企業の最大の目的は基本的に利益を上げることです。医療行為は一般の物を売ったり、お金を貸したりする企業と同じ次元で考えてはいけない仕事と思っています。物を売ったり、買ったりする仕事は場合によってはったりする仕事は買う人が売る、買う側の選択が可能であり、不必要ならば買わなくてもよい、売らなくてもよい場合が存在します。しかし、医療に於いて病気になった場合には治療を受けない、受けるの選択が出現する事自体が問題であり、何人も均一な医療が出来うる限り保証される必要があります。その仕事の本質を抜きにして、単に医療をビジネスチャンスとのみ捉える考え方は今後の医療を大きく誤らせると思います。以上の点で医療は一般の経済活動と異なっていると考えています。

「株式会社参入により市場原理・競争原理が働き、サービスの質もよくなり、医療の価格も低下する」のでしょうか?

日本の医療は世界でも最も進んだ皆保険制度を確立しております。そして、医療に携わる人々の目的はよりよい医療を国民全体に平等に行き渡るようにする事です。世界に冠たる日本の長寿社会の確立はこの皆保険制度による医療制度の賜と考えています。株式会社の参入により巨大な資金力に物を言わせて、強引な手法で地域でのシェアを拡大し、競合する病院、診療所を買収し、不必要は部門を切り捨てる病院が出現をする可能性が有ります。この様な結果は医療の選択肢を広げるどころか、逆に選択肢が狭められ、儲けない医療分野は切り捨てられ、困った時に十分な医療、治療を受けられない事態に成って行きます。

実際に米国の医療制度で既に株式会社の参入により多くの不都合が生じています。米国では医療への株式会社参入によりまず、弱者が排除されています。株式会社の病院にとって裕福な患者さんは優遇をしますが、経済力の乏しい患者さんは排除しています。この結果、裕福な人にとってはサービスの質は良くなりましたが、経済力の乏しい人にとって質は低下しています。また、営利病院では不必要な検査、手術が横行し大きな社会問題に発展をしております。市場原理に基づいて医療が行われた結果、医療費は逆に上昇の一途を辿っています。

米国で失敗をした株式会社の医療参入をどうして日本で今議論をされているのでしょうか?

その理由の一つは小泉内閣が設立した「総合規制改革会議」にあると考えられます。「 総合規制改革会議」は,「ビジネスチャンスの拡大」が規制改革の目的の1つであることを明言しており,医療に関しても,産業界が進出する道を拓くことをその目的とし、医療に参入する事により一儲けをしたい企業の魂胆が見え隠れします。ご承知の如く会議の議長に「病院経営への株式会社参入を認めよ」と以前から強く主張している人物を据える一方で,委員には医療界の人間は1人も入れず,この会議の目的は初めから産業界の意向を一方的に反映させることにあったと言われても仕方はない構造になっています。医療の本質が議論をされずに金儲けの道具と考えて推進をしている会議は本当に嘆かわしい限りです。

医療の質を良くし、高齢化社会による医療費の増加にどの様に対応をするかは医療政策、制度の問題であり、世界に冠たる皆保険制度を維持しつつ、出来るだけ医療費の負担が少なくなるような制度を再構築する事が必要と考えます。医療への株式会社参入が医療の質、国民の選択の拡大、医療費の削減に繋がると言う議論は医療の本質を離れた本末転倒な議論であります。国民の健康に責任を有する指導者は医療の本質に対して十分な識見を持って臨むべきと考え、この度の小泉内閣による株式会社参入による医療への参入に対して強く反対を唱えるものであります。