くらし☆解説 「市民が参加した裁判員制度5年」2014年05月20日 (火) 

橋本 淳  解説委員

市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まって、21日でちょうど5年になります。みなさんや知り合いの中にも、裁判員を経験したという方がいらっしゃると思います。この5年間で、どのような問題が見えてきたのでしょうか。
 
kkk140520_00mado.jpg

 

 

 

 

 

 

Q: これまでに、どれくらいの人が裁判員を務めたのですか。

A: 今年3月までの数字では、全国で6000余りの事件の裁判が開かれ、合わせて4万9434人、
5万人近くの市民が裁判員や補充裁判員として参加しました。裁判員制度は、殺人などの重大な事件の裁判に市民の感覚を取り入れようというもので、司法の大きな変革だったわけです。
 
kkk140520_01.jpg

 

 

 

 

 

 

では、その評価はどうなのかと言いますと、裁判員を経験した人の95%が「よい経験だった」と答えていますし、専門家の間でも、「概ね順調に運用されている」という肯定的な見方が多いのです。
 
Q: そうした中でも、5年がたって見えてきた問題があるということですね。

A: 気がかりなことを2つ取り上げたいと思います。1つには、裁判員を選ぶ手続きに出席する人が減ってきているということ。もう1つは、裁判員の精神的な負担の問題です。
 
kkk140520_02_2.jpg

 

 

 

 

 

 

Q: 最初にまず、裁判員を選ぶ手続きですが、これは裁判が始まる前に裁判所に出向かないといけないのですね。

A: 裁判員は、まず有権者から抽出した人たちの中から選ばれます。これを裁判員候補者と言います。これまでに58万1000人が裁判員候補者になりました。
 
kkk140520_03.jpg

 

 

 

 

 

 

この中から事件ごとに6人の裁判員をくじで選ぶ選任手続きが裁判所で行われますが、学生や
70歳以上の人、あるいは、どうしても外せない仕事や病気を抱えているといった人は、予め事情を説明して辞退が認められれば、手続きに出席する必要はありません。辞退が認められたのは、
33万7000人です。
これ以外に、選任手続きを無断で欠席した人もいましたから、結局、参加したのは18万7000人、裁判員候補者の32%でした。
 
Q: 思いのほか、出席率が悪いですね。しかも、年々低下しているということですか。

A: 毎年の出席率の変化を見てみましょう。
 
kkk140520_04.jpg

 

 

 

 

 

 

裁判員制度が始まった平成21年は40%でした。その後、毎年下がり続けていて、今年は3月までの集計で25%。裁判員候補者の4人に1人にとどまっているのです。
 
Q: どうしてこんなに参加が少ないのですか。

A: 裁判の期間が長くなっているからという見方があります。このグラフは、初公判から判決までの期間を示したものです。平成21年には平均で3.7日だったものが、今年は9.3日と2倍以上に長くなっています。
 
kkk140520_05.jpg

 

 

 

 

 

 

これは、被告が起訴内容を否認する事件が増えてきたことが大きいのです。例えば、殺人事件で殺意はなかったというような主張をしますと、殺意があったかなかったかの審理をしなければならず、その分、裁判の日数が増えることになります。裁判員候補者は、裁判所に呼び出される段階で予め裁判の日程が示されますから、裁判が長くなればなるほど都合がつかない人が増えて、辞退者も増えるというわけです。
 
Q: もっと裁判を短縮して参加しやすいようにはできないのですか。

A: 拙速な裁判を避けるという意味では丁寧な審理も求められますから、そのジレンマもあって中々難しい問題です。裁判員を選ぶ手続きへの出席率の低下というのは、選挙に例えれば投票率が下がっているようなものです。選ばれる裁判員に偏りが生じるのではないかという懸念もあります。
 
kkk140520_06.jpg

 

 

 

 

 

 

出席率低下の背景に「裁判員は何となく面倒だ」といった意識はないのか、市民の参加意欲に陰りが見えていないか気になるところです。今後、出席率の推移を注意して見ていく必要があると思います。
 
kkk140520_07.jpg

 

 

 

 

 

 

Q: 次に2つめの問題。裁判員の精神的な負担ですね。

A: 裁判所が去年行った裁判員経験者へのアンケートを見てみますと、裁判員に選ばれる前の気持ちとして、「裁判員をやりたくなかった」、あるいは「あまりやりたくなかった」と答えた人が49%とほぼ半数を占めました。その理由として、「精神的な負担」や「責任の重さ」をあげた人が7200人中
1200人で最も多く、6人に1人が精神的な負担などを心配していたことがわかります。
 
kkk140520_08.jpg

 

 

 

 

 

 

Q: 裁判員に選ばれたとしたら、事件の現場などをどこまで見なければいけないのかと心配してしまいます。

A: アンケートでも、「殺人事件だと精神的にまいるのではないか」とか、「被告の将来を左右する判決の責任を負うのは荷が重い」といった記述が目立っています。実際に去年、福島県で裁判員を務めた女性が、法廷で遺体の写真を見たことなどで急性ストレス障害になったとして、国に賠償を求めて裁判を起こしたというケースがありました。急性ストレス障害は、衝撃的な体験が繰り返しよみがえってきて日常生活にも不安を感じるという症状なのです。
 
Q: そうしたことが現実にあるとすれば、裁判員になるのは、ちょっとためらわれるという人もいるでしょうね。

A: こうしたケースが相次ぐようですと、市民の参加意欲がそがれるということにもなりかねません。裁判所もそのあたりは気にしていて、遺体の写真のような刺激的な証拠が本当に必要なのかを吟味し、写真の代わりにイラストなどを積極的に使うようになってきました。
 
kkk140520_09_3.jpg

 

 

 

 

 

 

それでも刺激的な証拠を使わざるを得ない時には、裁判員を選ぶ段階でそうした事情を伝え、
どうしても不安だという人には辞退を認めるなど柔軟に対応しています。
 
Q: 自分は大丈夫だと思って裁判員を引き受けたのに、なんだか心がもやもやして苦しいという時には、どうすればいいのでしょうか。

A: 特に重い刑を言い渡すような事件では、ストレスを感じて思い悩むことが多いと思いますが、
それを自分1人で抱え込んで孤立するというのが一番良くないことです。
 
kkk140520_10.jpg

 

 

 

 

 

 

まずは、親しい人にじっくり話を聞いてもらうということが大切です。また、同じような経験をした人同士が語り合うことで心の負担が軽くなるといったことも報告されています。裁判員経験者の交流会を開いているグループもありますので、一度、参加してみるのもいいかも知れません。
 
Q: 裁判員制度は市民の協力がないと成り立たないわけですから、なるべく参加しやすい制度になってほしいですね。

A: 市民になるべく広く参加してもらって司法をよりよくしようというのが制度の趣旨です。しかし、裁判員選びの出席率や心の負担の問題を見る限りでは、市民にきちんと理解され十分に受け入れられているとは言えない状況です。まだ課題も多いわけですから、改善すべき点はないのかをしっかりと検証し、よりよい制度に見直していくことが必要だと思います。
 
「裁判員経験者ネットワーク」
心の負担の話で紹介した裁判員経験者の交流会を開いているグループです。
 
kkk140520_11.jpg

 

 

 

 

 

 

電話番号03-3203-0130(平日10:00~18:00)
活動の詳しい内容は、ホームページに紹介されています。

(橋本淳 解説委員)