地理的状況で欧米vsロシアの争いの
舞台になってきたウクライナ
日本人には、なじみの薄い国「ウクライナ」。少し、基本を押さえておこう。
ウクライナは、旧ソ連国である。ソ連が崩壊した1991年、独立を達成した。しかし、今に至るまで政治も経済も安定していない。その理由は、ウクライナの「位置」にある。ウクライナの東には、大国ロシアがいる。そして、西はポーランドに接する。つまり、EUがある。
ソ連が崩壊したとき、米国、西欧諸国は「東の凶暴な白クマ(ロシア)が二度と反抗できないようにしよう!」と決意した。そして、二つの道具、すなわち、反ロシア軍事ブロックとして機能するNATO(北大西洋条約機構)とEUを東方に拡大することで、ロシアの勢力圏を徐々に奪っていったのだ。NATO、EUは、ついに旧ソ連諸国・バルト三国を加盟させ、ロシアの東隣ウクライナまで迫ってきた。
欧米は、勢力圏をさらに東に伸ばしたい。対するロシアは、ここでNATO、EUの拡大を阻止したい。それで、ウクライナは、欧米の影響力の強い西部と、ロシアが強い東部にわかれて争いがつづいてきた。
2004年11月、大統領選挙で親ロシアのヤヌコビッチ(当時首相)が勝利した。しかし、「不正選挙」を非難する大規模デモが起こり、ヤヌコビッチは再選挙に同意。結果、親欧米のユシチェンコ(当時元首相)が逆転勝利した(これを、一般に「オレンジ革命」を呼ぶ)。
その後の推移について、日本ではあまり知られていない。実をいうと10年の選挙では、親ロシアのヤヌコビッチが勝利し、念願の大統領に就任している。プーチンは大喜びしたことだろう。
しかし、大統領になったヤヌコビッチは、ロシアと欧米の間を行ったり来たりしはじめた。とうとうヤヌコビッチは、EUとの関係を深化させる貿易・政治協定(いわゆる欧州連合協定)の調印を約束した。
ところが13年11月、事件が起こる。ヤヌコビッチは協定調印を「ドタキャン」し、EUを驚かせたのだ。その直後、プーチンはウクライナに150億ドルの支援と天然ガス価格の値下げを約束している。要するに、ヤヌコビッチは、プーチンに口説かれて(脅されて)変心したのだ。これに、親EUのウクライナ国民(主に西部)が激怒。首都キエフで大規模なデモが起こった。今年2月22日、身の危険を感じたヤヌコビッチは、キエフを脱出しロシアに逃亡。「革命」によって、親欧米の新政権が誕生した。