2014-03-29

俺に一番影響を与えた人

俺の師匠の話

「○○くん、今日入院する人のレントゲンが出来たから読んで」

俺のオーベン指導医)は女性、学年でも指折りの切れ者、しかチャーミンである

貧血の原因がわからないらしいんだけど……6階のナースなのよ、あ、ピロステじゃない」

と言ったまましばらく彼女は黙ってしまった。

不明とされていた貧血の原因がレントゲン一枚ですぐにわかってしまったらしかった。

「ピロステ?」

「pyloric stenosis、胃癌で胃の幽門(出口)が狭窄してるのよ」

「あぁ」

「どうしてわからなかったのかしら。内視鏡しなくちゃ」


「○○先生、よろしくね」と俺の名札を見て彼女は言った。

貧血のはずなのに、ほんのり頬が赤くてきれいな女性である

「幽門が狭窄していて内視鏡の前に胃洗浄が必要なんです」

自分でやりますよ」

「できるんですか?すごく太い管ですよ?」

先生が入れると私が自分でやるのとどっちが痛くないかな?」

といたずらっぽく笑うと、本当に自分で胃洗浄をしてしまたからびっくりした。


食べられないからしばらく点滴をしなければならなくて、針を刺しに行った。

先生は針差すの上手ね、手首に針が入っている時はこうやって親指のところで回すとおさまりが良いでしょう?」

「シルキーポア(固定用のテープ商品名)はこのぐらいで切って、角はカットしたら格好良くない?」

「良いですね、格好良いです」

20年以上経っても、シルキーポアの四隅はカットする。そう決めているのは彼女が格好良いと言ったかである


外科に転科するまでの2週間の間、毎日彼女先生だった。

点滴の準備の仕方、テープの貼り方などはさっき書いた。

シーツの交換とか、清拭とか、髪を洗うとか、記録の書き方、申し送りの仕方、

指示を書くべき時間帯、ナースへのお願いの仕方、などなど。

とりあえず、毎日しかった。楽しかった?不謹慎だけれど、やはり楽しかった、と思う。

「○○くん、私手術したら治ると思う?」

「治ると思いますよ」

「じゃあ、退院したら、ご馳走してくれる?」

「良いですよ」

彼女のほうがお給料良いのに変だなあ、と思ったけれども。


手術後彼女外科病棟の個室に入ってしまった。大部屋だったら良かったのに。

なので何かのついでに遊びに行く、という事も出来なかった。何回かは行ったけれど、いつもお客さんが多くて話はちょっとだけ。

手術の時に腹腔内に転移していたという話を聞いたのも足が遠のいた原因のひとつだった。

油断していたら彼女退院したあとだった。


なんとなく気分が重い数日を過ごした後に、電話があった。

「どこに連れて行ってくれる?」と彼女は言った。

「予約しておきますよ」と答えて次の日曜日約束をした。

その日は雨で、待ち合わせの場所彼女水玉模様長靴であらわれた。

なんか子供っぽいな、と思った。

海にほど近い和食のお店。少しずつ料理が出てくれば食べられるかなあと。

庭を見ながら昼食を食べた。

手毬寿司を「美味しい」と言いながら食べていた。

結構食べられるんだなあ、良かった、と思ってお別れをした。

で、俺が払った。

気にはなっていたのだけれど連絡はなく、

3ヶ月ぐらい経った日、

オーベンから亡くなったことを聞いた。

実家で療養していたそうだ。

「○○くん、デートしたでしょ」

しました」

「○○くんと食べたお寿司美味しかったって。他の人たちとは何も食べられなかったのに、○○くんとだと食べられたんだって。みんな不思議がってた」

自分がそのとき何を答えたかは覚えていない。

俺は彼女笑顔しか覚えていない。

2週間というのは結構時間で、彼女から基礎をすべて教わった。

俺の師匠彼女だと思っている。

以後色々な場面で彼女的発想が顔を出す。

自分には医者ナースの両方の血が流れているのだ。

勝手に思うことにしている。

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      • http://anond.hatelabo.jp/20140329193409

        ボンボン羨ましい。うちのクソみたいな家に1000万くらいでいいから恵んでくれませんか。 親が兎小屋みたいな家の住宅ローンすら払えなくなって困ってるんです。

        • http://anond.hatelabo.jp/20140329194130

          お前は、そうやって、物乞いやってるのがお似合いだよ。 お前の親が困ってるのは、お前の親の意志で、うさぎ小屋を建てたからだろ。 そこで、困るのはお前の親が見通しが甘かったか...

        • http://anond.hatelabo.jp/20140329194130

          お前は、そうやって、物乞いやってるのがお似合いだよ。 お前の親が困ってるのは、お前の親の意志で、うさぎ小屋を建てたからだろ。 そこで、困るのはお前の親が見通しが甘かったか...

        • http://anond.hatelabo.jp/20140329194130

          コメントありがとうございます。 お金を差し上げることは出来ませんけれども、 「坊ちゃま」と言われて育つことのメリットは金銭面だけではないと思っているのでそれについて少し...

      • http://anond.hatelabo.jp/20140329193409

        ごく稀に、こうやって「天命」を受けてその職業になる人がいる。 政治家だったり、職人だったり、この人の場合は医者だったり。

        • http://anond.hatelabo.jp/20140330101132

          どこがどう「天命」なんだよ? 単に医者の息子が金かけて育てられて医学部行った、ってだけの話だろうが。

          • http://anond.hatelabo.jp/20140330160753

            >どこがどう「天命」なんだよ? >単に医者の息子が金かけて育てられて医学部行った、ってだけの話だろうが。 いや、お前いくらなんでも読解力なさすぎだろ。 天命って言う言い...

      • http://anond.hatelabo.jp/20140329193409

        俺と境遇が似ててゾっとした

      • http://anond.hatelabo.jp/20140329193409

        俺はこの増田を書いたやつじゃないが、この増田についたブクマで「なんで最後のお願いされたのかわからなかった」的なコメントが多くてびっくりした。 その前の描写で「なんで」の...

        • http://anond.hatelabo.jp/20140330210416

          いや、「なんで」の部分は、「お願いされたから」な訳で。 何故お願いされたのか?ということに関しては、この増田は思いっきり書いてるけど自分ではその時分からなかった体で書こ...

      • http://anond.hatelabo.jp/20140329193409

        「木を見て森を見ず」という医者は結構いる。 「あの患者、また来たのか」と聞こえるように言う医者もいる。 元増田は(偶然にも)そうならない環境で自然に学んでこられたのだから...

      • http://anond.hatelabo.jp/20140329193409

        誰かに何かを託されたことってないなあ。良い話だった。