民主化を求める学生らが弾圧された中国の天安門事件から、来月で四半世紀になる。

 この事件について考える小さな集まりを開いた弁護士や学者が最近、次々に拘束された。

 言論や集会への締めつけを強める習近平(シーチンピン)政権の振るまいは、看過できない。ただちに全員を釈放するよう強く求める。

 今なお中国では、あの事件を公の場で語ることができない。共産党一党支配を続ける政権は当時と同様に、民主化の要求を受け入れようとしない。

 鎮圧に乗りだした軍が国民に銃を向け、多数を殺害した。そんな不都合な歴史にふたをするための言論封じでもあろう。

 知識人や遺族らは、真相の解明や再評価を求めてきた。今月3日に北京で開かれた会合も、その活動の一つとして、十数人が集まった。

 そのうち人権派弁護士の浦志強氏、自由主義知識人の徐友漁氏ら、中心的な5人が翌日以降連絡がつかなくなっている。

 会合直後に摘発したという事実は、当局が常に浦氏らを監視していたことをものがたる。

 容疑は「騒ぎを引き起こした罪」だとされる。この内輪のささやかな集まりがなぜ「騒ぎ」なのか、理解に苦しむ。

 浦氏は長年、人権の改善に尽力してきた。最大の功績は、裁判なしに拘束、長期労働させる「労働矯正制度」を昨年末、習政権に撤廃させたことだ。

 毛沢東時代以来のその制度は言論弾圧にも使われ、浦氏はずっと廃止を呼びかけてきた。それだけに今回の拘束は大きな衝撃を与えている。

 ほかにも、天安門の運動に加わった経歴のある元新華社記者の高瑜氏が行方不明になっており、別の内外の報道関係者も複数拘束されている。

 こうした事態に憂慮を深める声明が、世界の人権団体や研究組織から相次いでいる。

 中国外務省報道官は「中国は法治国家である。中国の法律に触れれば、法によって処罰される」と反論している。

 しかし、ただ集まって語り合っただけの人びとを捕まえるような国が法治国家の名に値するだろうか。

 司法による言論弾圧の動きは強まるばかりだ。憲法に基づく権利を求めた「新公民運動」の主導者、許志永氏は先月、「公共の秩序を乱した罪」で懲役4年が確定した。

 習政権はいったい、何を恐れているのか。共産党以外の政治組織も主張も一切認めぬ、かたくなな態度は、自信のなさを示しているとしか思えない。