テレビ未来遺産緊急!池上彰と考える“巨大噴火”日本人へ古代ローマからの警告 2014.05.14

今日午後の定例会見で建設の事実を認めた上で中国の領土であり、何を建設しようと中国の主権の範囲内のことだと主張した。
3年前の東日本大震災以降
我が国は地震と火山の
新たな活動期に入ったともいわれる
いつか必ず来るその日に備えて
私達は今何をすべきなのか?
そのヒントがはるか2000年前に栄えた
古代ローマの都市にある
(池上)私は今南イタリアナポリにある火山ヴェスヴィオ山の火口にいますおよそ2000年前この火山が大噴火を引き起こし一つの街をのみ込んだのですそれは歴史上…
昼すぎ
緑に覆われた穏やかな山が突然火を噴き
一つの街を地上から消し去った
その街の名は…
およそ2000人もの人々が
火山の犠牲となった
ポンペイ最後の日
噴火から滅亡までの間に
彼らの身に一体何が起こっていたのか?
パパ!ここは人類史上火山が都市を埋め尽くした唯一最大の現場ですこの街が火山灰の下から再び姿を現したのは18世紀のこと発掘が進むと大地の下からは古代ローマの人々の豊かな暮らしぶりとともに現在の日本人にとって…が次々と発見されたのです
発掘から見えてきたのは死の瞬間
恋人家族
そのとき時は止まった
今夜封印されてきた…
そして
噴火の瞬間からポンペイの街が滅亡するまでの時間は19時間
その19時間の間に人々はどんな行動をとったのか?
死んでいたポンペイ市民達が語り始めた
古代ローマ人が私達に警告する
最後に人々の命を奪ったのは
それは一気に街に襲いかかった
ポンペイの豊かな暮らし幸せな家庭のすべてを
一瞬のうちに奪い去った
この現象は20世紀まで解き明かされることはなかった
2000年前の古代ローマ時代しかしそれは遠く離れた国の大昔の出来事といえるのでしょうか?
かつて富士山も山の形が変わるような大噴火を
何度も起こしてきた
その被害は江戸にまで及んだ
今同じことが東京で起こったら
大都市・ナポリとヴェスヴィオ山大都市・東京と富士山もし富士山が長い眠りから覚めたら一体どうなるのでしょうか?
火山研究のトップが断言する富士山の大噴火
今年大規模な避難計画も発表された
そのとき我々はどう行動すべきか?
今ヴェスヴィオ山のふもとで
第3のポンペイと呼ばれる謎の遺跡の発掘が
日本人の手で進められている
これはきっとすごい発掘になると思いますよ
火山に埋められた遺跡からは
次々と驚くべきものが発見されている
古代ローマ時代のヴェスヴィオ火山大噴火
人々は死の瞬間まで必死で考え行動した
生きるために
その日のままに
今古代ローマの火山災害が私達に
…を与えてくれる
池上彰の巨大噴火取材は
火山とともに生きる大都市
ナポリから始まる
ナポリに来ましたきれいな街ですねそうですね港町で船があったりこの辺がサンタ・ルチア海岸あの有名なあの曲のところサンタ・ルチア出ましたね観光取材というのはあるんでしょうけど今回はそういうものじゃないので
ヴェスヴィオ山に最も近い大都市・ナポリ
そこはかつて「ナポリを見て死ね」と言われたほどの
美しい港町
しかしここ数年
街の近くで火山活動が活発になってきている
さらに海底には
地殻変動で海に沈んだ
古代ローマ時代の都市が眠っている
ナポリがいつこうならないともかぎらない
実は今
…といわれるほど
危機が迫っているという
しかし人々は…
まずナポリの場所の確認です日本からずっと西南ヨーロッパイタリアの面積って大体日本の5分の4ぐらい人口は日本の半分ぐらいイタリアってよくブーツ長靴に例えられますよねこの足首の辺りと言ったらいいでしょうか首都がローマそして2番目に大きな都市がミラノそして3番目がナポリ3番目に大きいんですかこのナポリからあちらを見ますとあれがヴェスヴィオ山今雲がかかってるところですからこちらから山を見ているということですねヴェスヴィオ火山ってイメージどうですか?怖いイメージがあったんですけど意外にこう高くなくてこぢんまりとした山15キロ15キロって大したことないように思えてしまうですからもしあそこで噴火が起きたらとなるとちょっと背筋が…ですよねそのナポリの街というのはどんなところか歩いてみましょう
ヴェスヴィオ山からわずか15キロ
ナポリとはどんな街なのか?
そして人々はどのように暮らしているのか?
意外に細いんですね道自体はそうですよねえまっすぐでしょ?ホントそうですねこの通りスパッカナポリといいましてナポリの旧市街を真っ二つに分けてる…という意味そういう意味なんですか確かにまっすぐですカミソリで切ったみたいスパッとスパッカナポリ
最もナポリらしいといわれる旧市街…
観光地としても有名だが
今も昔も変わらない生活を見ることができる
ホントに生活感あふれるねえ洗濯物が容赦なく干してありますね
脇に入れば
細い路地が迷路のように
そこをひっきりなしに
バイクや車が通る
もし巨大噴火が起きたら
住人達はどうやって避難するのだろうか?
そして2人はあるものを発見
ヴェスヴィオの写真があるホントだ上の絵は相当古いんでしょうかね昔の風景昔のですね山の形が違うし…出てますねホントだ日本の銭湯…銭湯の絵みたい銭湯の富士山富士山ですもんね
昔からナポリで暮らす人々の生活は
ヴェスヴィオ山とともにあった
この街並み…あッあそこ何でしょうね大変な人だかりあそこだけすごい人ですねピッツェリアナポリでピザいいじゃないですか行ってみましょうよ分かりましたまいりましょうかぜひぜひ
地元で人気のピザ屋さん
実はこのピザも
火山と大きな関わりがある
マルゲリータピザはこの街で生まれたそうナポリ発なんですね知らなかったです一番シンプルなピザでバジリコと小麦粉とオリーブオイルとトマトとモッツァレラチーズというねイタリアの国旗の色ですよねそうですねこれ全部地元でとれた素材だそうですそうなんですね言ってみれば…と言ってもいいんだと思うんですそういうことになるんですね
ピザはここナポリが発祥の地
火山の恵みマルゲリータ
うんおいしいそしてここの大地の恵みというとやっぱりブドウでブドウからつくる…ワインですねえ発泡してますねおいしいここもやっぱりこの地元のワインなんですもんね
寒暖差が大きい気候さらに
…がおいしいブドウをつくる
ナポリの人々の食卓は
火山の恵みで支えられている
…って言葉がありますでしょ?はい風光明媚というかそこで死ねって意味じゃなくて死ぬ前に一度は見ておけ日本で言うと「日光を見るまで結構というな」それと同じようなことなんですけどドイツの詩人・ゲーテがイタリア旅行したときにナポリの街の美しさを見てこう言ったといわれてるんですけどねでも最近はね…ていう言葉があるんですつまり…んではないかという心配が最近言われるようになってきたんです2000年前の悲劇といいますと?そうなんですね専門家が最近また噴火の可能性が高まってきていると言ってるんですよ
ではナポリに住む人達は
その危機をどう感じているのか?
ヴェスヴィオ火山の噴火が迫ってる話聞いたことあります?ありえないの?これがナポリの魅力だからね全然離れる気はなさそうですねなさそうですね
噴火の危機が迫るこの地に
なぜ住み続けるのか?
それは美しい景色
そしてヴェスヴィオ山によってつくられた
豊かな食文化があるからだ
そしていよいよ2人は2000年前
ヴェスヴィオ山の巨大噴火によって埋もれてしまった街
…の遺跡へ
まさにタイムカプセルのように封印された街
そこから見えてくるのは
古代ローマの…
そして巨大噴火の脅威
池上彰が徹底解説する
およそ2000年前
穏やかだったはずのヴェスヴィオ火山が大噴火し
古代ローマの一つの街をのみ込んだ
その日のまま
閉じ込められた街の名はポンペイ
ナポリを後にいよいよ火山によって封印された街
ポンペイへと向かう
ヴェスヴィオ山に近づいてきましたねそうですね距離が近いですね近いですねええこうやって見るとええ
2人はヴェスヴィオ山に沿ってポンペイへ
そこで起こったこととは?
それは突然の出来事だった
噴火は一昼夜も続きとめどなく降り注ぐ火山灰と軽石が
一つの街と人々を覆い尽くした
地中に埋もれ
…が発見され掘り出されたのはそれから1700年後
18世紀の中頃のことだった
ある偶然がきっかけで
畑の下から現れたのはタイムカプセルのように封印された
古代ローマの都市だった
地下6メートルから現れたポンペイの街は
人々の想像を超えた豪華な世界であった
2000年前を再現すると
きらびやかな神殿ゴージャスな施設
金持ちの豪邸から庶民の家々まで
この街は活気にあふれ
当時1万5000人ほどの人々が平和に暮らしていた
円形闘技場では当時庶民の最大の娯楽だった
剣闘士の戦いが行われていた
ヴェスヴィオ火山が突然噴火した
あの日までは…
池上さんはい広いんですね広いですね開けてます街そのものですからねポンペイの街の特徴といいますかすごいところは2000年前のあの大噴火で時が止まってたということですよね改めてポンペイ遺跡の基本情報をまとめておきましょう面積がおよそ66万平方メートル66万平方メートルどのぐらいなんでしょうかね東京ディズニーランドのおよそ1.3倍と考えていただければいいんですがそしておよそ1万5000人の人達が暮らしていただろうということが住居の跡から推測されるんですねただしそのうち発掘が進んでいるのは49万平方メートルだけということなんですねこのグレーの部分はまだ発掘されていませんこれから発掘技術がさらに進めばもっと効率よく色んなことが分かるんじゃないかというので将来に残してあるんだそうですね私達が今いる場所ですがご覧くださいここポンペイここなんですねここからヴェスヴィオ山まで直線距離にしておよそ10キロなんですねヴェスヴィオ山かつてはまるで富士山のようにこういう形だったと思われていますこれが噴火でこの部分が吹き飛びましてこのポンペイの街を埋め尽くしたというわけなんですね
実は数年前1枚の銀貨の発掘で
ポンペイの歴史が塗り替えられた
それまで火山の噴火は
夏8月といわれてきたが
それがですねこちらこの銀貨が遺跡から見つかったんですねこの銀貨というのはこの皇帝ティトゥスの即位を記念して発行された9月の末ということは?ということはですよねなのでということは…そうなんです歴史って面白いですよね
ポンペイの人々はこの街が埋もれる以前
すでに驚くべき都市生活を送っていた
ここはポンペイのメインストリート
今では当たり前のものが2000年前に
さあこうやって歩いてきましたがはい雨宮さんこれ何だと思います?1メートル以上あるおっきな石ですよね手をあげて右を見て左を見てもう一度右を見て渡りましょう横断歩道ですはいこれが現代で言う横断歩道になるんですねえ当時ここ馬車が走ってたんですよねそうしますと馬車の馬の馬ふんが出たりあるいは雨が降ったら川になってしまうかもしれないこのときにこうなっていれば汚れないで渡ることがなるほどなるほどここを馬車が通ってた証拠にここ見てください馬車の車輪のわだちの跡がずっと続いてますはいありますありますくっきりついてますね当時から横断歩道があったんですよそうですねはいがっくりホントにがく然としますねすっごく違いますね
人の歩幅だけでなく道路の水はけ
馬車の幅まで計算し尽くされた
古代ローマの横断歩道
ローマ人達の知恵は街中にあふれている
さあこれは水場なんですねここに蛇口がありますでしょここから水が出るようになっていますが当時はこんなものはなくてずっと水が出っ放しだったそれにしてもここで水が出るようにするどうやってここまで水引いてきたと思います?そのヒントがこれなんです何でしょうこれは柱のようなこれ給水塔なんですね
ここで水の流れを説明しよう
街の一番高いところにあるこの貯水所に集められた水は
自然の傾斜を利用して水道管で運ばれてくるが
徐々に水の勢いが弱くなってしまう
それを解決するためにつくられたのが
この給水塔なのだが
ここにじゃあどうやって水をためたのかといいますと…って言葉昔やりませんでした?ホースを使うはい
バケツに水を入れてサイフォンの解説
さあそしてこちらで吸いますよはいあッ伝わりますさあここまできますといいですか?ほ〜ら水が出ますでしょ?出ますねそうするとここより高くなければ途中をこうやって高くしても水は出ますよねのぼってますこの高くなってる部分これが給水塔だと考えてみてくださいはあ〜この水をはるばる引いてきますでもそのままですと勢いが弱くなるので一度こうやってサイフォン効果で給水塔に水を上げてそうすると水場で一挙に水が出るわけですねこれを何度も繰り返しどんどん低い場所でも給水塔をつくっていけば勢いよく水が出る水場がつくれていくというわけなんです2000年前にこの知恵がはい大したもんですね
日本がまだ弥生時代だった頃
生活に欠かせない水のために
至る所に水道管が張り巡らされ
ほぼ街角ごとに水場が設置されていたのだ
2000年前とは思えない暮らしぶり
では当時の人々は
どんなものを食べていたのだろうか
さあここ見てくださいあらあれ〜ッパン屋さんパン屋さん!今のピザを焼く石窯私達見てきましたねそっくりでしょホントだまさにこんな感じでしたよね当時はピザではなくてパンを焼いていたんだろうということですが2000年前にすでにこれだけの技術があったんですよね同じ窯を使っていたんですね
古代ローマ時代と全く変わらない構造の
現代のピザ屋の窯
それだけ当時の技術が完成されていたのだ
今は窯しか残っていないが
当時はちゃんと店を構えていた
そしてパン屋の部屋の中からは
数頭の動物の骨が発見されている
これは一体何を意味しているのだろうか?
ヴェスヴィオ火山の大噴火は
ポンペイの街を埋め尽くし
当時の生活をタイムカプセルのように封印した
当時のローマ人達の暮らしは
今と変わらぬようだ
ホントだまさにこんな感じでしたよねここで焼いてたんですね池上さんあれは何でしょう?恐らく石臼だろうと言われてますね小麦粉を作ってたんですね小麦を上から入れてこれをグルグル回すわけですね恐らくロバを使っていたんだろうとこれをグルグル回して…
この時代ローマ人の労働力になっていたのは
主にロバであった
これは別のパン屋の石臼のそばで発見された…
あの日ヴェスヴィオ火山の犠牲になったのは
ここで暮らしていた命あるものすべてだった
当時のポンペイの街並みとにぎわいは
現在のナポリ旧市街と
ほとんど変わらないのかもしれない
チャオ
道の両側に立ち並ぶ商店と陽気な人々
そして商品を値切る客とのやりとり
暮らしの基本は2000年前と変わっていないようだ
行き交う人々のにぎわいもまた…
さあこちらですけどねちょっとご覧くださいええッ?カウンターがありますでしょカウンターですか立ち飲みワインバーだったろうとじゃあここにワインがワインとか食べ物をここに入れておいたんだろうとで向こう側に店員の人がいてお客さんこちら側で注文をして食べてたんではないかと
お店の隅には金を支払うレジの名残が…
当時のコインのサイズに合わせた穴の跡
さあそしてこちら見てくださいこれ「ララリオ」と言いましてねあちこちの家にある神様の絵が描かれてるんですねまだこのローマ帝国キリスト教になる前ですから多神教色んな神様を信仰していた時代のものなんですこれ全部神様の絵なんですねそしてこの一番右端これが…
バッカスの人気は絶大
彼らの暮らしにワインは欠かせない
古代からワインの原料・ブドウは
ヴェスヴィオ山周辺の名産品
バッカスからの恵みとして人々の信仰を集めていた
ララリオとは日本で言えば神棚のようなもの
当時はどこの家庭にも飾られていた
他の家なんですがこんなものもあったというんですねこれヴェスヴィオ山見てくださいあッまだてっぺんが鋭角ですねつまり噴火の前はこういう形だったということですよねそして当時は本当にこの辺りが豊かな恵みでそれを象徴するのが酒の神・バッカス
目抜き通りの壁にはたくさんの広告が書き残されている
その一つ選挙広告に立候補者として書かれていた
ある富豪の家を訪ねた
ここは現在一般の人は入れないんですが今回特別に許可をいただいて入ることができましたグラッツェグラッツェ吹き抜けの2階ですね大邸宅ですよね天井が高いはい
頑丈につくられたこの邸宅は
巨大噴火にも壊れることはなかった
この家の…ワインも造っていてちょうど噴火のあった年には市長選挙に立候補したというだからこんな大邸宅なんですねそしてここが…明かり取りの間ですね光を取り入れる…
この屋敷の中を
コンピューターグラフィックスでよみがえらせた
さあ中庭に出ましたねはい列柱回廊って言いまして柱がズラッと並んでグルッと回廊になってるんですねへえ〜こちらが食堂になるんですがこれまた贅沢な壁画がこれはよく残ってますよね色も鮮やかですしね
ここにもブドウの房を手に持った…
食堂なんですが
骸骨の状態で発見された
ああ〜
この家で…
当時の2000人!非常に多いですよねどうしてそんなに多くの人が逃げられなかったのかあるいは逃げようとしなかったのか
噴火の瞬間から滅亡まで19時間あったのに
なぜ?
この謎へのヒントがある銀行家の家に残されていた
こちらがそのお宅なんですがこのお宅ですね当時の銀行家の家なんですねここに犬の絵がありますでしょホントだ〜恐らく番犬の意味があったんだろうとかわいらしい寝てるようですけどここが祭壇ですねこここの角ですね神への祈りを捧げる祭壇
この祭壇に謎を解く鍵が隠されていた
ここの部分ですね取れてしまったところがあって上の部分ですね当番組がですねレリーフを再現いたしましたピッタリ入ります入りますね
これは博物館に残されるレリーフを
原寸大に再現したもの
ここに人々が逃げ出さなかった理由が
読み取れる
さあこれ何を描いたものだと思います?牧歌的なねはい普段の様子というか日々の生活感が…あるんですがこの建物見てください傾いてませんか?ああホントだ左側に傾いてますこれね大地震でここが傾いて恐れおののいた人々がですね牛などいけにえを捧げて祈りを捧げている絵なんですねそういえば足を突っぱねて嫌がってるようにも取れなくないですよね西暦62年の2月5日にですね
マグニチュード8の地震がポンペイを襲い
街の大半が破壊された
でその地震によってこれが壊れたのではないかというわけですねということは今になってみればそうだったのかもしれないということですがこの地震でポンペイの大部分の家が壊れて街を捨てて逃げ出した人達もいたわけですねでこの家の主も家が壊れたやっとの思いで壊れた家を再建し再び起こらないように祈りを込めてこのララリオに飾っていたのではないかとそうですよねところがですねその17年前の大地震の経験がかえって…の原因となってしまったのではないかと言われています
実はこの街の人達には
17年前の地震のときの
苦い経験があった
大地震でみんな逃げ出したわけですよねで収まって戻ってきてみたら家の財産がずいぶんなくなっていたつまり大きな地震などが起きて逃げると色々盗まれてしまうかもしれないそしてあの地震で逃げなくてもよかったよねというのが妙に自信になってしまってですね噴火が起きても逃げたらまた財産が盗まれるかもしれないあのとき逃げなくても大丈夫だったから…と言って…と考えられてるんですまあどこかに油断があったんでしょうねでは大噴火のあった西暦79年10月24日の正午過ぎ実際にどんなことが起こったんでしょうか?
…の朝
ポンペイではいつものような平和な一日が始まろうとしていた
そして正午過ぎ
ヴェスヴィオ山がいきなり大噴火
…の朝
ポンペイの街ではいつものような
平和な一日が始まろうとしていた
(うなり声)
(いななく)
数日前からたびたび地震が発生していたが
人々はすぐ収まると慣れきってしまっていた
そして正午過ぎ
ヴェスヴィオ山がいきなり大噴火
噴煙はごう音とともに上空2万メートルまで噴き上がり
空を覆って夜のような暗さになった
降り注ぐ軽石や火山灰の中を
ポンペイの人々は逃げ惑った
実はこの同じ時間
克明に記録する青年がいた
この記録は後の火山学に多大な影響を与えることとなる
この青年のいた場所はヴェスヴィオ山から30キロ
火山全体が見渡せるミセヌム
ここは2000年前ローマ帝国最大の海軍基地があった場所なんですねこの辺りから噴火の様子一部始終を目撃していた青年がいたんですねさあその青年は誰かといいますとこの人ですねこう呼ばれているんですがこの小プリニウスが噴火の様子を見ていたということを聞いた人がぜひその様子を手紙で記してほしいということでこれがその手紙の写しですね当時そんな印刷技術があったわけではなくて何度も何度も写されてこういうものなんですがその日本語訳ですねちょっと読んでいただけますか分かりました「雲の形は傘松の木にそっくりでした」「雲はまるで巨大な木の幹のように空高く昇り」「枝を伸ばすように広がっていきました」「突風で一気に噴き上げられた噴煙が」「自らの重みで下がり始め傘のように広がったのでしょう」「傘のように広がった」だから傘松ということなんですがどういう様子かといいますとこういう噴火だったとバーッと噴火をしてここで広がったこの噴煙の高さがおよそ2万メートル2万メートルというと?つまり
イタリアでは昔から多く植えられているカサマツの木
小プリニウスはヴェスヴィオ山の噴煙を
この木に例えたのだ
こういう噴火のことを…小プリニウスが見ていて描いたものですから小プリニウスから「プリニー」という名前になったでこのプリニー式噴火というのは世界各地で起きているんですねその後も確認されてるんですか?日本でも起きてるんですよえッどこですか?富士山ですね富士山ってプリニー式噴火?プリニー式噴火をしたこともあるんですね江戸時代の「宝永の噴火」というのありますでしょ江戸時代江戸時代ですねあの宝永の噴火というのがプリニー式噴火だと言われていますさあそして続きをお願いします「巨大な噴煙は絶え間なく吹き上がる火炎で彩られ」「巨大な雷光を見ているようで」「しばらくすると噴煙が全体を一気に覆い始めた」ここですね…という表現から溶岩が流れ出してふもとの街が埋もれたのではなくてこの噴煙によって……ということが後世の学者に伝わっていったということですそしてその人々を襲ったものの正体その本当の怖さが明らかになるのは20世紀になってからなんですそんなたってからなんですね
ヴェスヴィオの噴煙は高く噴き上がっていた
17歳の小プリニウスが目撃し
「傘松のよう」と表現したのは
成層圏にまで達した噴煙が
横に広く広がる様子だった
(叫び声)
最初の
噴火は一旦収まったが火山灰が降り続いた
このときが
最悪のケースを考え逃げ出した人
終息に向かうと信じてとどまった人
実はこの間巨大噴火は
誰も予想しなかった次のステージへと移ろうとしていた
そしてポンペイの街に襲いかかったのは
ドロドロと流れ出る溶岩ではなく
想像を絶するスピードを持った高熱の物体
火砕流であった
ここの人達が亡くなったのは火山灰あるいは火山ガスによって窒息死したんじゃないかと見られていたんですが最近の研究になってそうではなくて…のではないかということが分かってきたんですねではヴェスヴィオ山は一体どれくらい噴煙が上がったのかといいますとまずここから噴火いたしましたはいよッわッドアーッと上がったんですがドーンと上がりましていきますいきますまだですまだですまだですか?まだいきますか?2万メートルです2万メートルですね結構限界になってきましたざっとこれぐらいまで立ちのぼったんですがこれ自身上昇力が弱まりますとこの辺が重みで全部一気にダーッと崩れてポンペイの街を襲いかかったというわけですね…と考えられてるんですね恐ろしいこれはひとたまりもないですよね
私達も目撃している

(リポーター)現在11時12分雲仙岳の山頂東側斜面から…
23年前の1991年6月
雲仙普賢岳の噴火で火砕流が発生した
火砕流とは高温の岩石や火山灰を含んだガスが崩れ落ち
一気に山の斜面を流れ落ちる現象
報道関係者を含め43人が
火砕流の犠牲となった
あの日ヴェスヴィオ山から襲いかかったのは
こうした火砕流だった
火砕流を絵にしますとざっとこんなイメージなんですね高温の噴煙あるいは石がドーッとなだれ落ちるわけですねところが人々の命を奪ったのは火砕流そのものではなかったんだろうということが最近の研究で分かってきたんですねどんなものかといいますとこうやってずっとなだれ落ちますが重い石などはだんだんスピードが落ちますよねそれに対して非常に軽いガスあるいは火山灰だけが言ってみれば先行する形で一挙にその先まで流れていったんではないかとこの部分ですねこれをこう言うんですね聞きなれない言葉ですよねそうですね火砕流のいわば上の部分だけがさらに先に進んでいった
流れ落ちる火砕流の先端
白っぽく煙のように見えるのが火砕サージだ
超高温で超高速これが一挙に人々の命を奪い街を焼きつくしたのではないかと見られているんです
誰もが想像しなかった火砕サージが
ポンペイの街に襲いかかったのは
一旦は逃げたがお金を取りに戻った人
家族を心配して家にいつづけた人
街に残った2000人がその被害者となった
ポンペイの街を襲った
火山灰を含んだ熱風火砕サージの温度は…
一瞬にして死が人々をのみ込んだ
そして彼らは長い眠りについたのだ
それは噴火が始まってから
およそ19時間後のことであった
やがて死体の上には火山灰が積もり
街全体が封印された
ポンペイの発掘が進むにつれ
姿を現したのは人々の死の瞬間だった
ここは4人家族だったんでしょうかね
掘り出された遺体それは
ただ単に死んだ姿だけではなく
どういう状況で死んでいったのかを物語る
恋人同士あるいは家族
雨宮さんこれ何かお分かりですよね?そうなんですねホントにちっちゃい子からねえ…そうですねその瞬間なんですよねあそこは大人と子供が寄り添うような形になってますねひょっとしたら親子だったのかもしれないそうとしか見えないですよねかばっているような…にも見えますよね
この遺体は…
広く知られている
遺跡から見つかっているのは人間だけではないんですよねこちらこちらは何てリアルな犬ですよね本当に苦しそうなポーズで…なってますね体を折りたたむような形ですねそれからこれ首輪ですよねあッホントだはっきりペットとして飼われていたってことが分かりますねそういうことですね石膏像で再現したわけですよねはいどうやって石膏像をつくったのかそれを今から説明しましょう
石膏像の中には頭蓋骨や歯が残されているものもある
ではどのようにして
こうした石膏像がつくられたのか?
どのようにして石膏像がつくられたのかといいますとねちょっとこれを再現してみましょうね火砕サージによって一瞬にして亡くなった人の遺体だとこれ考えてくださいはいここにその後火山灰あるいは軽石がどんどん降り積もったわけですねそしてその後長い年月彼らはポンペイの街とともにこのように埋没していたということなんですねこの間に人々の肉体が朽ち果ててでこの地中にできた空洞に19世紀の発掘のときに石膏を流し込んだ後これを取り除きますとこのようにこのようになるわけですねこうなるわけですねでその実物がこちらです後ろにあります
科学者がこの石膏の遺体を
現代によみがえらせようと試みた
解剖学の見地から
彼が顔の複製に挑戦したのだ
頭蓋骨の測定のため
3Dカメラで石膏像の頭部をスキャン
さらにレントゲン写真で
頭蓋骨のディテールを明らかにしていく
こいつはきれいだ驚きだよ頭蓋骨の正面がきれいに写ってるこのへこみが額の奥でここが目玉のある所それにこっちが鼻でここが口の底の部分
彼は一体どんな人物なのか?
大柄な男性であること以外
この男に関する情報はない
この街で何をしていたのか?
男性の顔がよみがえろうとしている
リチャードは解剖学を駆使して作業を続ける
頭蓋骨の複製が完成
次は眼球を入れ顔の肉を付け加えていく
彼の死から2000年の時がたって
男に表情がよみがえった
彼はあのとき何をしていたのか?
噴火の翌朝ポンペイの街には
30センチ程の軽石や火山灰が降り積もっていた
彼は火山灰の上を歩いていたことが分かっている
恐らく噴火翌日の朝何か用を済ませ
街を出ようとしたそのとき
火砕サージに捕まってしまったのだろう
そして永遠の眠りについたのだ
こうした科学者の地道な努力の積み重ねが
ポンペイ滅亡の秘密を
一つずつ解き明かしていく
実は街のいたる所に石膏の遺体が置かれている
そこには着ていた衣服のシワまでが
はっきりと残されている
衣服は燃えなかったのだろうか?
火砕サージって300度ぐらいあるんですよねそうなんですね普通に考えると衣類も燃えてしまいそうですがどうして残ってるんでしょう?そこがですね最新の研究でその理由が分かってきたんですね
ポンペイを襲った火砕サージの温度は300度
人々は即死だった
しかし人の衣服ベルトサンダル
さらに犬の毛並みまでもが残っている
一体なぜなのか?
この謎に挑戦したのは
こちらの科学者
なぜポンペイで死んだ人の遺体には
衣服が残されていたのか?
博士は当時の人が着ていた衣服と同じ
ウールの布で豚肉を巻いて実験を試みた
ポンペイを襲った火砕サージと同じ
300度の熱風を150秒間照射して
その変化を調べた
すると布地は焦げて変色していくが
燃え上がりはしなかったのだ
実験の結果を見てみると
では中の肉はどうなっているのだろうか?
ウールの下の肉に関してはナイフで切ってみると
つまり300度もの熱で男性は即死
しかし焦げた衣服と肉体は燃えずに残った
その後降り積もった火山灰の下で
長い時間をかけ肉体は腐敗
その跡が精巧な鋳型として残ったのだ
さらに石膏遺体を見ると
様々なポーズで死んでいったことが分かる
苦もんの表情で助けを求めようとしている人
我が子を守ろうとする家族
これまでそのように思われてきた
石膏遺体についても
その形には理由があると
科学者は解き明かした
こちらの法医学者
我が子を守るために
手を伸ばそうとしている男性の姿
しかし博士は高温の熱にさらされたときに起こる…
こう分析している
分かるんですよ科学で熱で筋肉が収縮してそっくりこのままではなかったというのは分かるんですけれどもやっぱり今まで街の様子も見てきて2000年たっても変わらない人間の本質のようなものってありますよねだからここにいるこの親子もやっぱりそばにいて守ろうとしたその母の思いっていうものは紛れも無い事実だと思うんですここに逃げてきてここで亡くなってるわけですからみんなで一緒に助け合ってたということは事実なんでしょうね
およそ2000年前に起こった巨大噴火
ヴェスヴィオ山ろくの別の地点で発見されたのは
ここではポンペイとは全く違ったことが起こっていた
それもまた古代ローマからの警告だった
およそ2000年前の巨大噴火による大災害
実はこのとき埋もれたのは
ポンペイだけではなかった
この遺跡で発見されたのは
1ヵ所に集中したおびただしい数の人骨
ポンペイの遺体には肉体や衣服が残されていたが
ここは骨だけ一体なぜなのか?
もう一つのポンペイ
当時の人口はおよそ5000人
ここもポンペイと同じく
人々の暮らしがタイムカプセルのように封印されていた
海に面し金持ちの別荘や邸宅が多かったことが
発掘から判明している
建物には豪華なモザイクの装飾
私達は今度はヘルクラネウムという所にやって来たんですがこれ後ろ見てくださいここ遺跡なんですねところがこの遺跡のその先白いアパート群がありますよねあそこは今も人々が住んでる暮らしてる場所なんですね遺跡のすぐ上という所に怖いものを感じますが実はこの遺跡非常にコンパクトに見えるでしょ実はずっとさらに向こうまで広がってるはずなんですがその遺跡が埋まった上に人々が暮らしているので発掘調査ができないんですねそういうことなんですねさあそのヘルクラネウムこの場所で見ますとヴェスヴィオ山から直線距離でおよそ5キロそれに対してポンペイとヴェスヴィオ山の直線距離は…そうですねこの10キロと5キロの差がある違いを生んだんです
2人が向かったのはポンペイとは全く違う
もう一つの悲劇の現場
そこにあったのは折り重なるように倒れた人骨
その数300
ポンペイとの違いから噴火のすさまじさが見えてくる
ここはどこかといいますとあの日一番多くの犠牲者が出た船着き場なんですね船着き場当時は目の前が海だったんですね今は壁でなっちゃってますけど
火山と海に挟まれたこの街の人々は
背後で噴火する火山から逃げるため
この船着き場に集まった
海ということはつまりこの噴火で追われた人達がここへ来て船で逃げようとしたんですね海におよそ300人分の遺骨が見つかってますそれにしてもポンペイでは肉体や衣服の一部が残りましたでしょところがさらには骸骨の中が変形して穴が開いているものも見つかってるんですね実はこの街が火砕サージに襲われたとき
始まりはポンペイと同じ
ここはこう呼ばれた海に面した大きな屋敷
豪華なモザイク画から
かなりの金持ちの家だったことが分かる
この家の主人は女性であったことも分かっている
その日もいつものように静かな朝がすぎていった
しかし…
噴火は突然起こった
しかもこの街は火山からわずか5キロ
激しい地鳴りと火山灰に人々は逃げまどった
彼らの逃げ延びる場所は海しかなかった
人々は海岸の船着き場へと殺到した
そして夜になり噴火が一息ついた頃
ポンペイよりも半日も早く
それはやって来た
深夜1時摂氏500度を超すガスの熱風
時速100キロで人々に襲いかかったのだ
一瞬にして肉体は焼かれ骨だけが残った
さらに彼らの頭蓋骨は奇妙に変形していた
こちらの
ペトローネ博士は
変形した頭蓋骨の分析を担当した
火口から近かったため
500度を超える高熱の火砕サージが
一瞬のうちに人々に襲いかかった
肉体や衣服は焼き尽くされ
脳までもが熱で破壊されて
頭蓋骨が変形してしまったのだった
火口からの距離によって差が出たんですねこちらヘルクラネウムというのは火口からおよそ5キロですのでということはガスの温度が500度ですから脳が沸騰して破裂してしまったんですね一方ポンペイは火口から10キロあります火砕流の速度はずっと弱まりましてガスここまで到達したんですが
もう一つの謎があった
火砕サージが…
一方…
その火山はそれぞれの街をいつどのように埋め尽くしたのかその全ての謎と証拠は大地の地層に隠されていると火山学者は言うんですよ
昼すぎの巨大噴火から翌日までの19時間に
何が起こったのか?
アメリカの女性学者が驚くべき事実を発見した
こちらの火山学者
博士はヘルクラネウムに近い畑の地層から
火砕流の痕跡を割り出した
この部分の火砕流が噴火の日の深夜
ヘルクラネウムの船着き場の人々の
生命を奪ったのだ
6回の火砕流の層の厚さの違いは
街に到達した時間と
勢いの違いを表している
また3回目と4回目の間の軽石層は
6時間にわたって軽石が降り積もった
小康状態を示している
ヘルクラネウムを襲った火砕流は
ポンペイまでは届かなかったのだ
6回目のそして最大の火砕流が
火砕サージを伴ってポンペイの街を襲ったのは…
こうやって見ますとね一口に噴火といいましてもねこの街が埋め尽くされるまでにヴェスヴィオは色んな表情を見せているんですね火山ていうのはねまさに生き物だと思うんですよね
刻一刻と表情を変える
そしていよいよ池上彰がヴェスヴィオ山の火口へ
火山列島・日本に暮らす私達が
知っておくべき巨大噴火の脅威に迫る
熱風が来ます今もヴェスヴィオ山は…
巨大噴火を起こしポンペイとヘルクラネウムをのみ込んだ
池上彰がいよいよ山頂の火口へ
火山列島に住む我々が知るべきこととは
これみんな軽石ですよね何かサクサクしますねサクサクですねホント火山特有ですねそうなんですねワーッと眼下に広がってきましたよあそこにいてこちらを見上げていたのに見上げてるとね山がだいぶ遠くにあるように思えてましたが上がってみるとすぐ真下って感じですよねここからね火砕流が火砕サージがガーッとものすごいスピードで間に合わないんですね何でしょうか?コンクリートがありますでしょ何だと思います?何ですかこれ?ここ昔登山電車の終点だったんですよ登山電車はいこの下からここへ上がってきて電車が登ったんですか?フニクリフニクラ…ああ!ゆこうゆこう火の山へその火の山がこれ
そのコマーシャルソングとして作られたのがこの…
昔から噴火口って何か人々の興味をあおるものがあったんですか?やっぱりどうしても見たいわけですよねですから19世紀に登山電車ができてここまで火口まで上がってきて当時結構活発な火山活動してて…もっと怖いですよね火口でモクモクモクっと上がってる煙をバックに記念撮影見たさなんですね
さらにヴェスヴィオの山頂を目指す
さあ見えてきましたよあッうわこうなってるんですか火口って巨大な火口ですよね断崖絶壁ですねここで過去に何度も何度も大噴火をして収まって今こうなってるんですよねそしてほらあそこ見てください煙出てますか?モクモクしてますね水蒸気なんですね火口付近は一般の人立ち入り禁止なんですが今日は火山学者のパッパラルドさんの案内で特別の許可を得てもう少し下まで行ってみようと思います
今も活動を続けるヴェスヴィオ山
その地点はどうなっているのか
今回2人は特別な許可を得て接近した
蒸気が盛んに出てますねモクモクと…出てますねあったかいですそうですねホントにあッここからも出てますよ隙間があるんですね岩と岩の間に出てますねあったかいです出てますねこれ地下からの蒸気ですからここぬれてますでしょこれでホントに水蒸気っていうことが蒸気が出てきて岩で冷やされて水に戻ってるわけですねかなりな…熱熱い結構あッホントだ岩自体が熱くなってますねこれだけモクモクと蒸気が上がって熱風が来ます今もヴェスヴィオ山は活動してるということなんですねそうですこれまでポンペイが埋まった噴火のことばかり話してきましたがヴェスヴィオの噴火っていうのは度々起きてるわけですよねアメリカ軍がここへやって来たときにですねそれを撮影した映像も残ってるんですね
火口から激しく噴煙を噴き上げるヴェスヴィオ山
街には火山灰が降り積もり
熱い噴石によってか火災が発生
建物が倒壊していく様子が撮影されている
ヴェスヴィオ山近くに住む人々は
噴火が起こるたびにこうした被害を受けてきた
池上解説
この火口から噴火したわけですけどね火山の噴火はどうやって起きるかご存じですか?マグマが噴き上げるとしかよく分からないんですけどそうですよねじゃあそのマグマはどうして生まれるのかはなかなか全然分からないですそこから説明しようと思いますが実はですねそれがこちらです「プレート」ですね火山のマグマというのはこのプレートのぶつかり合いによってできるんですね
このプレートのぶつかり合いでマグマができるため
日本とイタリアは同じユーラシアプレートにのっていて
どちらもユーラシアプレートに他のプレートがぶつかり
沈み込むことでマグマができているのだ
ヴェスヴィオ山の場合は
ユーラシアプレートにアフリカプレートが沈み込む
このときこのアフリカプレートには水を含む様々な鉱物が含まれているんですねこれがそのままずーっと入っていきます
沈み込み地下で圧力が高まったプレートは
周りの岩石を溶かしながら高温の水分を出す
それがマグマとなるのだ
マグマは他の周辺の岩石より軽いわけですよねドロドロに溶けてるわけですからなので浮力でですねこれがどんどん上まで上がってくるそしてそれが一旦たまりますこれをマグマ溜まりといいます
そして地震などによってマグマ溜まりの圧力が下がると
マグマに溶け込んでいた物質がガスとなり
噴火を引き起こす
ポンペイを埋めた噴火はまっすぐに巨大な噴煙を上げましたさあ何噴火といいました?それによって火砕流が街を襲ったんですが火山の噴火というのはこういうものばかりではないんですね世界中の火山実は様々な噴火の様式があります
それは目を疑うような…
いつ終息するのかも分からない
火山列島に住む我々だからこそ
シナブン火山
インドネシアスマトラ島
カメラが捉えたのは火口から一気に流れ出す火砕流
今年に入り火山活動が休止したと判断され
1月31日に立ち入り制限を緩和したところ
観光に訪れていた
アメリカワシントン州では
キラウエア火山
海底火山の噴火でできた島として知られるハワイ島
このキラウエア火山はマグマに含まれるガスが少なく
1983年の大噴火以降
爆発性の噴火は起こしていない
溶岩が大量に流れ続ける噴火現象
ほとんどの場合逃げることが可能だという
このことから多くの観光客を集めている火山でもある
ピナツボ火山
フィリピンルソン島
火口から40キロ圏内の住民に…
だが大量のガスを含む大爆発とともに火砕流が発生
さらに絶え間なく降り続く噴石や火山灰などで家屋が倒壊し
多くの犠牲者を出した
マルム火山
バヌアツ共和国のアンブリム島
この島の中心にあるマルム火山の火口
そこには世界でも数少ない溶岩でできた湖がある
溶岩の温度は何と
溶岩の量と表面の冷却が釣り合うと
こうして長期間湖のように存在するのだ
世界で初めて撮影された
セント・ヘレンズ火山
アメリカ西海岸ワシントン州
火山灰が3つの州にまたがって降り注いだ
その間9時間
火山活動の一部始終が撮影されていたが
カメラは信じられない瞬間を捉えていた
それは…
山が崩れ落ちた
噴火直前に起こった
地表近くまでマグマが上昇し山肌を一気に崩す
それをきっかけに大爆発が起こった
世界で初めてその瞬間を捉えた貴重な映像
この噴火では
ホントに山体崩壊って崩れるんですねガラガラと山がね崩れてしまうという衝撃の映像ですねちょっとこちらをご覧くださいそのときの様子が描かれていますここですね噴火によってここで山体がワーッと崩れてきてこちら側が大変なことになるんですがどんなことが起きたのかといいますとこちら見てください島原のここで山体崩壊が起きます対岸の肥後ですね今の熊本ですねここを襲ったんですね当時これをこう呼ばれましたこっちも大変だったけどこっちも大変な迷惑を被ったよということですね
これは現在の眉山
山体崩壊の跡がいまだに残っている
そして有明海に浮かぶこの島々
これは眉山が崩れ落ち海に流れ込んでつくったもの
さらにこの雲仙普賢岳に残る痕跡は
1991年の噴火で流れ出た火砕流の跡
巨大噴火そして山体崩壊の猛威が見て取れる
甚大な被害を出す山体崩壊
地震によって山体崩壊が起きまして土砂が一挙に…
山肌が雪崩のように崩れ落ちる山体崩壊は
噴火だけでなく大きな衝撃でも発生する
何の前兆もなく
こういうふうにですね火山の噴火によって色んな災害が起きているんですが実は日本にもですね…といわれる場所があるんですよ今からそれを見に行きますので雨宮さんはここで待っててくださいここでですか!?はい
ヴェスヴィオ山の巨大噴火で埋もれてしまった街ポンペイ
実は日本にも巨大噴火で
一つの村が埋もれてしまった場所があった
そこは230年前
浅間山の巨大噴火で村ごと埋もれてしまった…
神社の石段で発見されたのは2人の女性の骨
そのとき何をしようとしたのか
群馬県の嬬恋村にやって来ましたが進藤さんどうもなぜかここでご一緒することになりましたお邪魔いたしますよろしくお願いいたしますさあここ鬼押出しというんですが来られたことあります?初めてなんです予想していた以上に巨大な溶岩で圧倒されていますそもそもこの溶岩をもたらした山といいますと後ろにそびえている浅間山ですねそうなんですよねこの浅間山ね今も活発に活動を続けてる活火山ですからねこれは1783年天明3年なんですけどそのときの噴火で流れ出した溶岩がこんな光景をつくり出したわけですね
浅間山の北側に残る溶岩流の跡
その厚さはビル10階分に相当するおよそ30メートル
浅間山の噴火のすさまじさを物語る
この山はこれまでに火砕流をともなう
大規模な噴火を起こし
多くの被害を出してきた
朝起きてみたら冬でもないのに周りが真っ白になってて「えッ雪?」と思ったら火山灰だった浅間山から飛んで来たって昔結構あったんですよね
1959年の噴火では
火山灰が都心まで届き
東京赤坂にも火山灰が積もった
5年前の噴火でも
火山灰が東京で確認されている
つまりそんな危険性はないよということなんですが突然小さな爆発があるかもしれないというので火口付近は今も立ち入り禁止なんですねさあその230年前の天明3年の噴火で一体何が起きたのか見てみましょう
その噴火はすさまじいものだった
天明3年の4月に始まった巨大噴火は3ヵ月も続き
そして7月8日
浅間山の山頂火口から大きな噴煙が上がり
噴煙とともに流れ出た火砕流は
土砂や水を巻き込み土石流となって
浅間山北側の鎌原村を襲った
さらに吾妻川から…
2万メートル近く噴き上がった噴煙は
そして大飢饉を招き
2人がやって来たのはこの天明の噴火で
村ごと埋もれてしまった現在の嬬恋村鎌原地区
村の資料館ではあの日の悲劇を
今に伝えている
ちょっとこの模型で説明しますとね向かって左側が南右側が北です南側に軽井沢がありましてそしてここに鬼押出しがあり私達は今この鎌原地区にいるわけですね浅間山からの直線距離が…火山が噴火した最初の頃は山の南東方向つまり今の軽井沢方向に火山灰あるいは噴石が降っていたところがそのあとそれによって山腹が堪えかねて崩れたんですね土石流となってそれが一挙にこちらですね12キロ離れた鎌原まで今私達がいる場所ですね
噴火で出た噴出物などの重さに耐え切れず
山腹が突如崩れ落ちこの村を埋め尽くした
それが…聞いたことありますか?いえ初めて聞きました火山の噴火には色んなタイプがあるんですねいわゆる模式図で説明しましょうか例えば火砕流高温の火山灰や火山ガスなどが混ざり合った火砕流あるいは火砕サージというものがずっと襲いかかるところが鎌原地区に関してはこの岩屑なだれだといわれてます
岩屑なだれは先ほどご覧いただいた
セントヘレンズ山の
山体崩壊などでも起きる現象
弱くなった山肌が雪崩のように崩れ落ち
大量の土砂が押し寄せる
高熱の火砕流などが来てこの辺りの…噴火の被害といっても様々なケースがあるんですねそうですね
このときの溶岩の動きは
三宅島・雄山が噴火したときの様子に似ているという
鎌原村を襲った230年前の巨大噴火
そのときのことを書き記した手記が残されていた
それのコピーなんですけど手記ですねちょっとこれはなかなか読みづらいので現代語訳をした部分をですね進藤さんに読んでいただきますありがとうございますとありますねつまり押し寄せたのは「岩屑なだれ」ですよね推測されていましてだから逃げ遅れた人が
当時の鎌原村の人口は570人
そのうちの8割が犠牲になり
鎌原村はまるでポンペイのように
地中に消えてしまった
しかし高台にあった観音堂だけは埋もれなかった
あの日多くの住民がここに逃げてきたのだ
ここ非常に低いお堂に見えますけど昔はここがずっともっともっと深かったんですねまさにこれが埋まってしまってなるほどお堂がこんなすぐ近くに見える実際はもっとずっと下だったんですね見えているあの石段の先にまだ石段が続いていたと今ここに見えるのは15段なんですが実はこれ35段分が埋まってしまったそしてその先にたくさんの人達が生活されていた場所があったわけですね浅間山の噴火の被害状況を確認するためにこの鎌原地区でそこであるものが見つかったんですこちらですああこれは人の骨でしょうか
遺体が発見されたのは50段あった石段の一番下
髪形やその後の復元などにより
こちらがですね恐らく50代以上の女性であろうということですが頭がありましてここが背中でこちらが骨盤で脚があるあッなるほどでこちらに30代ぐらいの女性の頭があってこちらに骨盤脚があるということはこの腰の曲がった高齢の女性がこちらの若い女性に背負われているなるほどそして逃げてきたということなんですね30代と50代の女性の組み合わせですから逃げてきたんですねこの石段を上ろうとしたところで巻き込まれてしまったんだろうと
わずかに生き残った人々は
噴火の土砂で埋まり荒れ果てた村に
200年以上たった今も先祖の思いが語り継がれている
皆さん方は生き残った方々からいうと何代目ぐらいになるんですか?7代か8代ぐらいここでの暮らしはやっぱり暮らし良いですか?一番いいと思います同級生だからちょうど同級生生まれた所だからずっとここに住み続けてたわけですね勧められたんだそうだけどそこまでしてやっぱりここに皆さんとどまりたかったんでしょうかまあ結局ね
噴火で埋められた鎌原村では半年もたたないうちに
10組が再婚
さらに養子縁組も行われ
新しく11軒の家が建てられた
生き残った93人が自分達でつくった新しい村と
家族の形だった
そしてその子孫達が今もこの村を守り続けている
西暦79年イタリアヴェスヴィオ山の巨大噴火で埋もれた街
その街が再び姿を現したのは1700年後のことだった
そこから見えてくるのはかつての
噴火によって息絶えた人々の姿
それは未来に向けて語り継ぐべき多くのことを教えてくれる
火山とはまるで生き物のように予測不能であること
我々の想像を超える壊滅的な被害をもたらすこと
だからこそ我々は歴史に目を向けなければならない
その歴史を紐解く新たな遺跡が見つかった
今日本人の手によって発掘されている
一体何のために?
火山列島・日本もし
池上彰が首都・東京への影響を解説
南イタリアナポリ湾を望む
巨大噴火はわずか19時間で周辺の街を壊滅させた
ヘルクラネウムにはその日の深夜に火砕流が到達
500人以上の命が奪われた
一方ポンペイには翌日の朝に到達
2000人が命を落とした
2つの街のちょうど反対側
火山の北側斜面で日本の発掘調査隊が
新たな古代ローマ遺跡を掘り当てた
中心となっているのは東京大学の考古学調査隊
ある程度予測しながら掘る必要があるんですよそうじゃないと肝心なもの見落としたりね壊したりね
世界中の注目を集める謎の巨大遺跡からは
次々と新たな事実が
青柳先生よろしくお願いいたしますこちらこそよろしくお願いします
この遺跡発掘の指揮をとるのは
東京大学名誉教授
どうぞどうぞ案内していただきますわあワクワクしますねここは2002年もう10年以上ちょっとなりますよねでもあのホントに発掘ですよねそうなんですそれでこの三角破風のですね装飾のある部分が我々発見してる今までで一番重要で装飾がこらされているところですねそれにしてもここに遺跡が埋まってるってことはどうして分かったんでしょう?掘る前にですね恐らく北側はあまり発掘されてない南側の方はポンペイやヘルクラネウムが発掘されてかなりのことが分かってるだからここを選んでやることにしましたつまりポンペイが埋まったのと同じ頃にここも埋まったに違いないとここからはポンペイにはないような宝物がザクザク出るんじゃないかと想定して始めたんですなるほどねではその発掘の貴重な映像をご覧ください
裾野の村
果樹園の一角にクワが入れられ発掘は始まった
最初の年から高さ8メートルを越える巨大な門が出現
今までにない建造物であることが予測された
翌2003年には発掘面積を一気に拡張し
大規模な発掘調査となった
この年には防水加工されたモザイクの床
そして高さ10メートル近い壁が出現
つるはしの先が何かに当たった
それは驚くべき発見の瞬間だった
翌日の朝から日本人隊員の手で発掘が進められ
丸一日かけてほとんど無傷な状態で
大理石の女性像を掘り出すことに成功した
こうして発掘の成果は目覚ましいものだったが
青柳隊長の当初の予想は大きく裏切られることになる
共同研究をしている東大地震研究所の藤井教授が到着
ヴェスヴィオ周辺の地層調査を進めた
ここではポンペイを埋めた地層とさらにもう一つ
そのおよそ400年後の噴火の痕跡が見つかった
まず藤井教授はポンペイを埋めた石と
472年の石が明らかに違うことを確認
そして
その結果が青柳隊長の推理と大きく違っていたのだ
うん?
青柳隊長はポンペイと同じ時に
この遺跡が埋まったと確信していた
しかし
はあ〜ということはあれだけ大きな噴火だったんで噴煙も2万メートル以上上がってますしねこの辺では少し10センチぐらいはあるけどそれ以上ないっていうんですねだから火山灰は降ったけど埋まらなかったと全然ダメだった79年の噴火でポンペイヘルクラネウムが埋まったわけですねそしてこちらはそのあとの噴火ということになりますからここが私達がいるソンマ・ヴェスヴィアーナということなんですねそうですね噴火によって噴火物とか土石流とかがそのときの風とかで全然違ってきちゃうんですねですからこちらはこんなに被害を与えたにもかかわらずここはほとんどなかったんで
では
西暦79年ヴェスヴィオの噴火がポンペイの街を埋め尽くしたのは
古代ローマ帝国が
繁栄のさなかにあった時代
一方その400年後といえば
帝国が滅亡に近い混乱の時期
79年の噴火で埋まったという
青柳隊長の推理は覆されたが
調査が進むと
新たな事実が発見された
何とポンペイを埋めたあの噴火の
わずか30年後だったのだ
火口からわずか5キロの地点に
もう間近ですから相当怖い思いをしたでしょうねそうですよね火口からの距離と言いますとねヘルクラネウムとほぼ同じくらいでしょヘルクラネウムのときは火砕流ってわずか3分でここまで達したと言われていますからこちらの人達はねそれこそ生きた心地もなかったでしょうねですよねホントにさあそれは一体どんなものだったんでしょうか
彼らがこの地に巨大な構造物を造った目的とは?
ヴェスヴィオ火山の噴火を間近で目撃しポンペイ滅亡の恐怖を体験した人々は
その場所で一体何を始めたのか?
ポンペイ滅亡の後生き延びた人々は
再びこの地に集まったそして
彼らが造ったこの巨大な建物は一体何だったのか?
発掘面積は年々広がり続け
巨大遺跡からは次々と
この建物の謎を解く品々が発見された
床面から神様の頭部が現れた
いいですねえ
頭に巻かれたブドウのツルの繊細な浮き彫り模様
頭に巻かれたブドウのツルの繊細な浮き彫り模様
三角破風を修復するとブドウを象徴するツルの文様が
描かれた壁が出現
バッカス像はここに置かれていたと青柳隊長は考えている
ヒゲをたくわえたバッカスが
これは壮年のディオニュソス
ワイン造りに欠かせないカメが大量に出土
ポンペイ滅亡後ワイン工場がここに移転してきたと推理できる
そしてすでに発掘されていた壁面から
発見された
2年間も見つからなかったのよあれがディオニュソスの顔だなんて信じられないわでもとても満足
様々な謎を解く鍵が集まりついに青柳隊長は
この建物が何か一つの結論にたどりついた
重要なのは建物の中心線
真正面には荘厳な三角破風があり
さらにその門の奥からは
ヴェスヴィオの中心が見えるように設計されていたのだ
青柳先生最初はちょっとガッカリされてましたけども発掘が進むと色んなことが見えてきたわけですよね特にそうですねそれで恐らくそうか自分達がワインを造ってワインを飲みながらワインを神に捧げていた山に向かってお祈りをしていた対象になったということですねええそうですねということは山の怒りを鎮めようという思いもあったんでしょうか相反する中でどうという気持ちがあるんじゃないかと思いますね
あのヴェスヴィオ山の大噴火
そのずっと前からここに暮らす人々は
酒の神・バッカスと恵み多き山を信仰してきた
大噴火は多くの命を奪い
街を滅ぼしたが
大地に栄養分をもたらしてくれた
この土壌から収穫できるブドウは
毎年芳じゅんなワインを提供してくれている
この地に再び集まった人々は
自ら造った神殿で魔の山を畏れ敬い
恵みに感謝する祈りを捧げていたのだ
神への祈りというのはやっぱり現代のイタリアの人達も受け継いでるということなんでしょうか春のお祭りなんかには
ソンマ・ヴェスヴィアーナの人々が今も続けている
2000年前と変わらぬ古代の祭り
ボンジョルノ
山の恵みであるその年の作物やワインを手に山に登る
そしてヴェスヴィオ山頂を望む山小屋に集まり
朝から酒の神・バッカスに捧げる歌を歌い踊り
伝統的な楽器を奏でる
2000年前から変わらない火山への感謝の踊りだ
彼らの踊る姿はバッカスの神をたたえ
火の山ヴェスヴィオよ穏やかであれと祈る
古代ローマ時代から変わらぬものなのだ
やっぱり火山の近くに住む人々の火山への思いとかでもやっぱり自然の恵みへの感謝というのもみますよねこれは日本もイタリアも同じかなと思いますよね…というものなんでしょうね
いつ噴火してもおかしくないといわれるヴェスヴィオ山
地元の火山学者パッパラルド博士に
最も危機が迫っている地点に案内してもらった
ナポリを挟んで
ヴェスヴィオ山の反対側に位置するカンピ・フレグレイだ
ここはわずか5年前突然蒸気が噴き出し
今も激しい火山活動が続く場所
今年2月警戒レベルが上がった
今噴き出しているガスを含んだ蒸気の温度は上昇中ですでに114度を超えました
しかもすぐ目の前に人々が暮らしている
近くの港ではマグマの上昇によって
ここ数年で
20センチ以上も地盤が上がっているという報告もある
カンピ・フレグレイとヴェスヴィオマグマというのは同じ…つながってるものなんですか?ええ私達の調査ではということはナポリで大噴火が起きる危険性もあるんでしょうか?
ヴェスヴィオ山だけではなく
新たな火山活動にさらされている
イタリア第三の都市・ナポリ
一方日本では
富士山噴火の可能性が指摘されている
イタリアと日本どちらも火山とともに生きる国
しかしいつ起きてもおかしくないといわれる
迫りくる危機にイタリアではどんな準備が行われているのか
ヴェスヴィオ山の麓にある小学校では
火山の噴火を学ぶ授業が行われていた
(先生)では実験してみましょう
ヴェスヴィオ山の手作り模型を使った実験
スプーン2〜3杯の重曹をヴェスヴィオ山の火口に入れますそしてそこにお酢を入れます
重曹と酢の化学反応を利用して
噴火のイメージをつかむ
(先生)マグマが上昇するとあふれ出しますね
(生徒)あふれ出して溶岩になります
さらに政府によって策定された…
ここがレッドゾーンですレッドゾーンはヴェスヴィオ山の周りにあるカンパーニャ州のこの一帯です
最も危険なレッドゾーンには
生徒達の家やこの小学校も入っている
子供達が授業でやってたことの一つなんですけどこちら見てくださいこの赤い地区これがこのヴェスヴィオ山の危険地区とちゃんと習ってるんです細かくかいてありますねそれぞれ地区割りをしてあるんですがそれをこちらで見ますとこの地域ですねヴェスヴィオ山緊急避難計画というのが作られているんですねこの危険地域・レッドゾーンですね火山の噴火が差し迫ってきたら全員直ちに避難するそしてさらにここの人達がどこに避難するかということなんですがこういうふうに
かつて噴火によって埋もれてしまった3つの街も
避難の受け入れ先が決められている
しかも列車や船など
移動手段まで決められているのだ
イタリアの人達ってみんな車を使ってますでしょ?すごく道が混雑してますねいつもだから「車で逃げちゃいけないんだよ」「鉄道あるいは船を使って避難するんだよ」ということを子供達あるいは親にきちんと伝えているそれが大事だということですねヴェスヴィオ山が怖い人いますか?ああみんなだほとんど全員ですねどうして怖いんですか?
2000年前多くの犠牲者を出したヴェスヴィオ山の巨大噴火
過去の災害の研究とその教訓が
今役立てられている
ここまで古代ローマ時代に都市・ポンペイを襲った大噴火の最新情報それから噴火のメカニズムまで色々学んできたんですがこうしたことを踏まえて今度は日本の火山対策特に富士山の噴火と大都市・東京への影響について考えていきましょう
世界で最も火山が集中し
…といわれる
地球の陸地のわずか2パーセントほどの国土に
地球上の活火山の7パーセントが存在している
(実況)ものすごい量の土砂が崩れ落ちました
巨大噴火によって多くの被害を受けながらも
私達は火山とともに暮らしてきた
私達日本人は
どのように火山と生きてきたのか
霧島山・新燃岳で見た…
宮崎県と鹿児島県の県境にある
霧島山・新燃岳
2011年の噴火では
大量の噴石が火口から飛ぶ様子をカメラは捉えていた
さらにこう呼ばれる空気の振動が発生
学校や住宅のガラスが割れるなど
多くの被害が出た
(実況)伊豆大島・三原山の上空です大島の中央に位置している三原山からは依然として噴火が続いています
1986年伊豆大島・三原山が
12年ぶりに噴火
真っ赤な火柱と噴煙が
空高く上がり
突然
これまで経験のない噴火に
ついに全島の全部落に
前代未聞の脱出作戦だった
そしてこの噴火を教訓に
日本で初めて
長さ1キロにわたる溶岩を流す道
…が建設された
世界的に知られる活火山
北海道の有珠山
過去多くの犠牲者を出してきた
しかし2000年の噴火の前には…
専門家が相次ぐ地震と地割れから
山の変形を確認
噴火の前兆であると会見した
そして
・逃げて逃げて!・早く早く!
予知どおり有珠山が噴火
事前に出された緊急火山情報で
危険地域に住む1万人余りを
噴火までに避難させることができた
噴火予知の成功
そしてスムーズな避難を可能にしたのが
事前に作られていた防災マップ
これを手本に全国で
過去の噴火を知ることで
被害を最小限に食い止めることはできる
しかし長い間
噴火の姿を見せていない火山がある
それが
過去平均すると30年に一度噴火してきた活火山
しかし
これは何を意味するのか?
そして噴火したとき東京にはどんな災害が起こるのか?
富士山噴火の日
そのとき大都市・東京はどのような被害を受けるのか
池上彰が富士山噴火による
解説する
国や静岡山梨神奈川の3県などがつくる協議会が
富士山噴火に備えるための広域避難計画を公表した
また噴火による火山灰の堆積で
家屋が倒壊する恐れがあると
3県で47万人の避難が必要と
初の推計をまとめた
しかし富士山が噴火した場合
被害はその3県にはとどまらないことが予測される
日本で暮らす私達にとってやはり心配なのは富士山ということになるんですがそんなにあるんですねということは平均しますと最近でいいますと江戸時代の1707年でしたよね?ということはむしろと指摘する専門家もいるんです
12月16日
富士山が突然噴火
しかも噴煙をあげた
山腹から立ち上る噴煙
それはポンペイを埋めたヴェスヴィオ山と同じプリニー式
成層圏まで届く
…まで達したと考えられている
高く上がった噴煙からの火山灰は
100キロ離れた江戸の町に
16日間も降り続いた
その火山灰こそが
大きな被害を及ぼす
ちょっとこちらをご覧ください火山灰といってもかなり大きいことが分かると思います大きくて重いから富士山の近く御殿場に降ったわけですねそれが当時江戸ですね今の東京に降った火山灰がどれくらいのものかといいますと見てください全然違いますね触ってみてくださいサラサラしている…これが宝永噴火のときの火山灰普通の顕微鏡で見るとこういうものなんですがさらに電子顕微鏡で拡大しますとこんなふうに…何でしょうこれはトゲトゲしてますよね
その火山灰に長年悩まされているのが
鹿児島県の人達だ
1955年の噴火以来
半世紀以上にわたり現在も噴火を続けている
鹿児島県の桜島
そこから噴き上げられる火山灰は
住民達の生活に大きな被害を与えている
雪のように解けることのない火山灰
しかし水で流すと
排水溝が詰まるため
すべて集めて処理しなければならない
もし富士山が宝永噴火のような
大規模な噴火を起こすと
桜島が1年間で降らせる100倍の量の灰が降ると
専門家は言う
宝永噴火のときの火山灰の積もり具合ですね富士山の近くこの辺は300センチ…だから3メートルですよそして西風が吹いてますから東京でもおよそ4センチぐらいこれだけ降りますとたとえば東名高速道路これだけの灰が積もると自動車がスリップしてしまったり坂道上れなくなるので全面的に通行止めということになりますしさらには東海道新幹線これも止まってしまう
そして空港も閉鎖
もしも飛行機のジェットエンジンに灰が吸い込まれると…
灰は中で溶け排気口付近で冷却され固まる
最悪の場合エンジンが止まり大事故につながる
それだけじゃないんですよねこちら火力発電所というのは湾岸部に集中していますこういうところの特にタービンにこれが入るとそれによって発電所もみんな止まってしまうあるいはその前に発電所を止めるということにもなりますので水道だって電気があるからこそあるわけでしょ?そのへん備えが必要になります食料などを備えなければいけない最近は特に大地震がきたときのためにも1週間分の食料の備蓄が必要だといわれているんですが
過去に東京のような大都市が
火山灰に襲われた例はない
現代の都市だからこそ想定される
大災害の数々
富士山は本当に噴火するのか?
噴火するならそれはいつなのか?
池上彰が火山研究のトップに
その可能性を聞く
彼を訪ねた
富士山はそもそも噴火するのかするとすればそれはいつなのかってかなり多くの人の関心事ですよねその点いかがなんでしょう?ただそれはいつかというのはかなり難しいんですがそんなに遠い先のことではないと思います場合によってはあるいはその数十年先になるかもしれませんけど富士山は今いつ噴火をしてもおかしくないような時期にきてると思いますイタリアのポンペイが埋まってしまったヴェスヴィオ火山の様子を見てきましたポンペイを埋めたときの噴火と同じようなことが起こってもおかしくはないですただ富士山の噴火の中ではああいう爆発的な噴火ってそんなに多くはないんですね富士山というのは山頂からポンといわゆるプリニー式の噴火が起きるんじゃないかというイメージを何となく持ってますが色んな噴火がありうるということですね?富士山は非常にたくさんバラエティーに富んだ噴火をしたことでよく知られてるんですね人によってはということがあるんですが
専門家の間でこのようにまで呼ばれている富士山
これまでにどんな噴火をしてきたのだろうか?
私達が知る富士山は
裾野を広げ美しくたたずむ姿
しかしこの山は
これまでに何度も大きく形を変えてきた
かつて小さな山だった富士山は
何万年もの時間をかけ
噴火を繰り返し
あるときは
2つの頂を持つ山だったこともあった
そして2900年前には
…まで起こしている
奈良時代以降記録にあるものだけでも
10回は大噴火を繰り返している
平安時代西暦864年の貞観噴火
このときは北西斜面の割れ目から噴火
2年間大量の溶岩を流し続けた
これはハワイ・キラウエア火山に似ているという
非常に小さな穴が開いてそこから打ち上げ花火のようなものを次々とやってあるいは非常に長い1キロ以上にわたるような割れ目が山腹に開いてそこから真っ赤なマグマがカーテンのようにあるいは噴水のように噴き上げてそれが少し収まると溶岩流が割れ目から広い範囲に流れ出すということもあります
その後も富士山は火口を変え
様式を変えて噴火を繰り返してきた
そして最後の噴火は
300年前の宝永噴火
南東斜面から突然噴火をした
これは
特殊な地図
森や建物で隠されている部分をすべて取り除いた
精密な地形を三次元で表した映像
富士山周辺を見ると
丸い噴火口の跡が
90ヵ所以上もあることが分かる
これを見ても
次の噴火はどこからどのように始まるのか
予測は極めて難しい
あるいは宝永のときのようにということは私達はまだまだ富士山についてまだいっぱいあります
予測が困難な富士山の噴火
しかし噴火を前提とした避難計画がすでに作られ
今年10月には初めて
静岡山梨神奈川の
三県合同の避難訓練が行われる予定だ
その日に向けた取り組みは
すでに始まっている
去年世界文化遺産に指定された
富士山
古くから火山と密接につきあって生きてきた
私達日本人の心のシンボルでもある
過去を忘れず歴史に学ぶことの大切さ
それはヴェスヴィオとともに暮らしてきた
ナポリの人々にも共通している
青柳先生我が日本でもですね富士山がありあるいは阿蘇山があり桜島がありと火山があるところは観光資源も豊かであるいは温泉もあってその恵みによって暮らしているだけどあるときとんでもない危険があるかもしれないそこで生きていくここの人達と本当に同じなんだなということですよね噴火が終わったあとの状態を調べるととんでもない所に皆さん住んでたなと思うんですがだけど噴火が始まる瞬間までは素晴らしくいい所に住んでいると信じてたと思うんですよねだからその落差を我々なかなか完璧には理解できないですねその自然の恵みを享受しながらしかしやっぱり自然をおそれなければいけないというそういう思いを持って日々暮らしていかなければいけないんでしょうねどうもありがとうございました
歴史に多くのことを学び
私達はこれからも火山とともに生きる
2014/05/14(水) 19:58〜22:54
MBS毎日放送
テレビ未来遺産緊急!池上彰と考える“巨大噴火”日本人へ古代ローマからの警告[字]

火山列島日本。富士山噴火の危険も指摘される今、知っておくべき火山の実態。2000年前古代ローマの街ポンペイを一瞬で滅ぼしたベスビオ山噴火と、死の瞬間の謎に学ぶ。

詳細情報
お知らせ
▼「富士山は確実に噴火する」火山研究のトップは断言する。では、いつ?どのように?池上彰が迫る
▼美しい街イタリア・ナポリのベスビオ火山が活動期に…  
▼「噴火で封印された古代都市ポンペイの謎」
西暦79年、ヴェスヴィオ山の噴火は、ひとつの街と住民を飲み込んだ。18世紀に発掘、タイムカプセルのように封印を解かれる。
▼「“3分で消えた町”の真実」
噴火で滅んだもう一つの町ヘルクラネウムの真実
番組内容
▼「“日本のポンペイ”嬬恋の悲劇」
1783年、死者行方不明者1500人の大惨事となった浅間山噴火で、埋没した嬬恋・鎌原村。発掘された二つのミイラ遺体。
▼「火山噴火“猛威の正体”」
カメラが捉えた世界と日本の火山の様々な猛威。
▼「日本の発掘隊が挑む!第3のポンペイ」
▼「火山噴火“その時”への備え」
ヴェスヴィオ山麓の小学校で行われている噴火と避難に関する授業。では日本は?何をしておくべきか。
出演者
池上彰、雨宮塔子、進藤晶子、
文化庁長官・青柳正規(東京大学名誉教授)、
火山噴火予知連絡会会長・藤井敏嗣(東京大学名誉教)
【ナレーター】
杉本哲太、平野義和、長峰由紀(TBSアナウンサー)

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – その他
福祉 – 文字(字幕)

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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