徹子の部屋 2014.05.16

ビラの似顔絵は、東日本大震災で、遺体の身元特定のために似顔絵を描いた宮城県警のOBが、手がけたという事です。
男性は35から65歳。
中肉から肥満の体型で外国人の可能性もあるということです。
「もしかして女優やってるかもしれないけどもそういうものをちょっと控えて自然と親しむようなね自然を愛するような地味なシンプルな生活をしたいなって」「それが大体40歳すぎの時?」はい今のは今日のお客様が18歳の頃。
この予想どおり現在農業のご生活。
それからまたなんと再婚もあそばしまして。
杉田かおるさん今日のお客様。
色んなお話です。
よろしくお願いします。
波瀾万丈っていうと大げさですけどでもあなたのお年にしては相当だって思いますよね。
9年間お会いしてないんですよ。
全然お変わりないわねあなたね。
ねえ本当に。
ありがとうございます。
なんか…。
『徹子の部屋』で言ってたとおりに本当に40代で自然に触れる生活を5年ぐらい前からさせてもらってからなんか毒気が抜けたというか…。
自分で言うのも何ですけど。
皆さんご覧になったら前より清純?どうでしょうね。
でも本当に清純で初めお出になったんですがこのお会いしなかった9年間にどういうことがあったかちょっと短く言わしていただいていいですか?私が涙した電撃結婚。
その時私は泣いたよね?お祝いしていただいてあのもう…すいません。
本当によかったなと思ったの。
あなたがね結婚できてこんなうれしいことないわと思って本当にね涙したんですけど残念ながらお別れになりまして。
それから9年ですね。
スピード離婚それから45歳で10キロのダイエットに成功。
それからダイエット記念にヌード写真集をお出しになりました。
これは妹さんのサゼスチョンによるものですけど。
それと突然農業をお始めになり。
でもこれは突然ではなくもう18歳の時にそう仰ってたんですが。
それから福岡にお引っ越しになりました。
これは訳があって。
この時引退かと騒がれ…そうではなかったんです。
それでなんと去年年下の方とご結婚。
穏やかなご結婚。
農業やりつつご結婚という本当に絵に描いたような穏やかな…毒気が抜けたって仰いましたけど。
そういうことで今…スピード結婚っていうことでね。
そんなことが9年間にあったんでございますよ皆さん。
私考えたらね9年間何にもないのね。
この9年間何かあったかしらって考えたらほとんど何もなかった。
『徹子の部屋』が39年目になったっていうことぐらいでね。
あとはね人生何にもないなと思いましたよ。
だけどあなたの場合はすごいなと思いましたよね。
今伺ってて自分のことなのに本当に色々あったんですね私ね。
それであなたね…あったしそれから私の覚えてる時離婚の後なんだか知らないけど急にキャラクター変えたんだか知らないけど毒づいてる時代があったでしょ?すっごい毒づきがうまくって。
でもあの時…その前に女芸人の人がなかなか中心に入れてもらえなくてトークもうまくいかないで男が全部やってるからっていうのを聞いてじゃあやってみようじゃないのって思ったんですって?なんかね大久保さんとか光浦さんと仲良くてねみんなで旅行に行ったんですよ。
その時に…10年前に光浦さんと大久保さんが天下取りたいって言ってたの…。
それでね天下取るためにはねじゃあ私は女優っていう一応肩書があるからそういう立場でもって皆さんがやりやすいようにキャラを作りましょうか?みたいな結構…。
そんな話をしながら女性芸人が天下を取るのに後押しさせてもらおうみたいな変な…。
正義感?そうそう正義感をね。
女優魂かもしれないんですけど…。
そしたらこの局の番組で「魔王」って付けられちゃって。
あなた「魔王」ってすごい。
女性でね「魔王」ってね。
シューベルトの歌曲にもありますけど『魔王』。
魔女じゃなくて「魔王」。
それで「魔王」だったので…。
「負け犬」とも言われたんですけど「魔王」と言われてですね道歩いてたらお母さんが子供を「怖いお姉さんだからこっちへいらっしゃい」って言って子供を隠したっていうことがあったんですって?そうなんです。
「怖いお姉さん来たからねおうちに入りましょう」って言われた時にやっぱりテレビのね印象っていうかすごいなと思って。
そういうおつもりじゃなかったのにね。
元々はそういう方じゃなくて本当に純真な…『金八先生』ではまあ…ああいうね子供できちゃう役なんかなすったけどもでも子役からずーっと「天才子役」と言われて本当に穏やかな…何ですかね人間的な役をねずっとやってらした。
ちょっとドラマね借りられたんで見せていただいていいですかね。
あなたね…ちょっと飛ぶんですけどね17歳。
『ある晴れた日に』。
加山雄三さんが…これがおかしいんですが別れたお父さん。
そしてお母さんが中原ひとみさん。
ああそうでしたはい。
それちょっと映ってないんですけど。
それでね10年ぶりに父と暮らすことになったそのシーンをちょっとご覧ください。
17歳です。
残ってるんですねありがとうございます。
ほら。
わあー懐かしい。
「今日は学校どうしたんだ?」「さぼってきちゃった」「お母さんがよく許してくれたね」「ママには行き先言わないで出てきちゃったの」本気でね2人で食べちゃうんですよね。
おまんじゅう?あれ。
肉まん?肉まんをね。
テストから食べちゃうんでみんなに怒られて…。
2人で本気で食べちゃって。
「ママには恋人がいるんです」「歯医者さんでその人にも奥さんがいないの」「私をここに置いていただけませんか?」こういうふうな本当に…実はこの頃私の吉田名保美さんっていうマネジャーがあなたのマネジャーやっていてあなたに勉強しなさい勉強しなさいってその頃ねなんかあなたに一生懸命仰ってたって話は聞きました。
それはもちろん教養をつけるってことも大事なんだけれどもやっぱりいいお友達をつくることとやっぱり大人になってから女優さんだけじゃなくて黒柳さんみたいに色んなことができる人を目指すっていうことの一つの過程として学校に行って勉強しなさいって言ってくださって。
そうなの?それはいいサゼスチョンだったと思います。
残念ながらね吉田さん亡くなっちゃったんですけど。
亡くなっちゃったこともありその頃から?大荒れ?人生。
でも結婚した時はもう本当に奥さんになろうと思ったの?あの時は。
もうあの時すごいあの…幸せでしたね。
私だって泣いたんですもんねあの時。
あなたが結婚だってね。
泣いたのよ私。
よかった…本当にねあなたがそこで幸せになって男の方を愛して愛されて結婚して奥さんになるって本当によかったって思いましたその時ね。
結婚ってご縁なのでまたちょっとお友達とか恋愛と違うもっと深いものだったんですけど。
私のまだ未熟さが…家庭生活もそうですし相手の方にちゃんと色々フォローすることも知らなかったので。
それから小さい時から家庭の中心になってあなた家庭の大黒柱でやってらしたっていうこともあり人と協調するとかさ相手を立てるとかさ…できなかったんじゃないかと思います。
本当にそう思いました。
この9年間すごく反省してたんです。
私徹子さんにお会いしなかった9年間ものすごく反省の日々を…。
あっそう?あの時私が泣いた…黒柳さんに泣いてもらったのにあれから別れちゃって…。
それから会ってなかったんだもんね。
そうなんです。
それで9年間反省しまして農業もですね農作業を勉強するっていうよりも自然に触れることでもう一回自分を見つめ直そうっていうかずっと芸能界しかいなかったんで。
そしたらまた素晴らしい…。
そこで先生に会った…女の方。
松尾靖子さんっていう方で…。
人生の師匠のような方ですって?はいもう師匠…。
その方の最初に笑顔を見た時にこんなに優しい笑顔の…。
というのは普通利害とかが人間関係多少あるんですけど無償の愛というか…できたてのラズベリーを麦わら帽子にいっぱい摘んでどうぞって最初にくださった時の笑顔がなんか…無償の愛っていうか…。
なんかあなたには『アルプスの少女ハイジ』みたいに見えたんですって?ハイジだと思ったらやっぱりご本人もハイジが大好きでご自分のこともハイジだっていうふうに仰っててねその方がやってる農業の姿を見てたら今までの概念と…たくさん農作物を作って売るとか食べるっていうことよりもなんか…種はね1つは鳥のために1つは虫たちのために残りの1つは私たち人間のために育ってくださいって言ってそれでたくさん草がある中に種をまくんですけどその時に「みんな仲間に入れてあげてね」って種をまく…。
雑草は抜かないんですってね。
ええ抜かない。
で雑草刈るんですけどそれを…草を栄養にして根っこの部分に生態系がたくさん…微生物とか虫とかいてそれらがなんかうまく…。
あなたのお写真あったんですけどね。
なんかね植えてらっしゃるんですけど雑草の間にものを植えてらっしゃるからねどれがあなたの収穫かがなんかわからないんですけどそういうやり方で今もやってらっしゃるそうですよ。
その先生に教わったように。
これ…なんか雑草ですか?あれはニンジンの花ですかね後ろ。
手前が…陸稲っていって…。
稲?はい稲もちょっと育ててみたらちゃんと育ったんで。
この白い花が今の…。
ニンジンですか…。
ニンジンの花。
で後ろが…いっぱいあるのが豆ですかね。
あっそうなの。
これは何県でやってた時?これは湘南で。
じゃあ最近ですね割とね。
去年の畑の様子なんですけど。
湘南に移ってらしたんですけど間に福岡のほうにいらっしゃったと。
福岡のほうにいらっしゃったのはお母様のことがあったんですって?元々福岡出身だったんです母が。
なのでひと段落ついたらちょっと母を連れて福岡に戻りたいなっていうのはあったんです。
たまたま松尾さんも糸島っていうとこで…福岡県糸島市なんですけど本当に…。
松尾さんってその先生。
ええ先生に…。
そこがねすごく素敵なとこで自然がいっぱいあって…。
そこへ行った時に「女優は引退か」とかってみんなに言われたんですって?随分なんか。
引退するほど大して活躍してなかったんですけどね。
まあね肩書みんな付けたいから。
でもあと20歳若くて農業やってくれるパートナーがいたらたぶん糸島に移住してたぐらいすごいいいとこだったんです。
ただお母様が東日本大震災のこともあり停電があったりなんか色んなことがあったので心配なのでお母様と一緒に。
妹さんも一緒に?一緒に3人で行きましてはい。
じゃあそこの生活はそこの生活でまたよかったですかね?もう楽しかったです。
1年間お友達もたくさんできましたし。
その10キロダイエットっていうのはその前?後?その前です。
それでもう今リバウンドしちゃったのであれなんですけど番組でねちょっと…ダイエットしなきゃいけなくて私食べるのが好きなのでダイエットすごい苦しかったんですけど。
で野菜が嫌いだったんです。
あっそう。
ダイエットするために野菜を食べ始めてその野菜を苦手なのを克服するために農業の…。
45歳の時に10キロダイエット。
番組だったんだそうですけども。
本当はそんなダイエット仕事じゃなかったらする気なかったんですけど。
あんまり根性ないので。
7キロぐらいでいいかなと思ったらやっぱりテレビ局の方って数字がお好きなので10キロダイエットしてくださいみたいな…。
何キロのやつ何キロにしようと…全部で。
最終的に3か月で10キロなんとか頑張って落としたんです。
ったら今度は体にいいものを食べときたいと思ってなるべく今までみたいなジャンクフードとか何でもかんでも…。
お酒は?お酒は飲んでました。
だけどその3か月はおちょこで飲んでました。
それで…お野菜をお好きじゃなかったんだけど野菜食べるのが中心で痩せるようにした。
その野菜を…だからどういう野菜かと思ったらオーガニックのお野菜を食べるようになって。
で10キロうまく…番組としては成功。
成功しましてええ。
それから太らないように努力?1年ぐらいは頑張ってました。
リバウンドしてないじゃないそんなになにも。
してるんですけど…体重は増えてるんですけど食事を全部変えたんですね。
そういう栄養バランスとか。
前はそうじゃなかったの?めちゃくちゃ?野菜なんか全然食べなかったですしそういう食べるバランス考えるようになったら結構体調も良くなったりとか。
お顔本当にねすっきりしてらっしゃるものね。
なんか元気になったんで。
あっそう。
よかったね。
昔の顔になりましたねちょっとね。
ちょっとむくんでましたもんね。
昔の私に戻りましたって感じ。
そういうことがあったんで…それから福岡にお引っ越しっていうことになりました。
震災をきっかけにはい。
それでそのあとで今度…話ちょっと飛んで悪いんですけどなるたけ早めにするとご結婚。
あっ結婚しましたねびっくり…。
ちょっとコマーシャル…。
ちょっとコマーシャルいかせていただきます。
コマーシャルです。
本当にテレビの画面拝見しても昔の杉田かおるさんという感じでねお可愛らしいという初々しい杉田さんに戻ったような感じがして…。
考えたらなんか毒舌じゃないけど毒づいていたっていうのが夢のような気がしますね。
もうあれも9年前のことだからねいいんですけど。
それでそのご結婚なんですけど福岡いらっしゃってお母様の具合もよくなり色んなことがあったんで湘南に戻ってこよう。
でそれで土地もあって畑もできるしっていうことで湘南にいらしたところであなたの元カレという方がそこで。
元カレっていう人がいたの?ずーっとお世話になってる元カレっていうかとても尊敬してる方出版の関係の方で。
ずーっとお世話になった方が…一応お付き合いさせてもらってたんですけど。
その方ともう本当に結婚するつもりで私はいたんですね。
もう大好きだったんで。
そうしたらマスコミの方も元カレと結婚かっていうのずーっと言ってたんですけど元カレはちょっと年配の方だったんですよ。
私より一回り以上上だったんで。
「実はねすごく…とても後輩で素敵な男性が40代でいるんだけども会ってみない?」って言われて。
突然?あれ?って。
誰か私以外の…お友達に紹介してあげてくれないかなみたいな感じで会ったらとても素敵な方だったんですけどまさかこっちのほうがいいからってそういうふうになるわけにはいかないですけど…。
その元カレは結婚する気はないみたいだったの?やっぱりなんか…何だろう。
ある程度成功されてる方ですしご自分の時間も大事にしたいし私のことそんな結婚相手と…恋人だと…。
自分の生活が大事…。
恋人にはいいけど結婚っていう思いはなかったのかわかんないですけど。
それでいい感じの若い人がいるからって紹介してくれた。
で会った時どうでした?とても素敵な方だったんですけど別にお付き合いするっていうのはなくて去年たまたま再会した時に畑をご覧になりたいって。
私の書いた本とかを読んで感動してくださって。
あなたのお書きになった自叙伝?はい。
それの感想とかも仰ってくださったんですって?読んでくださったんだっていうのは…本好きな方だったんで。
とってもねよかったって言ってくださったんですごくうれしくて。
畑をちょうど見学されたいって言うので…ちょうど来られた時が去年の春でもう色んな野菜のお花が。
もう大根の花から。
で私がちょっと…横にスイートピーも植えてたんですよ。
スイートピーも満開で花畑の中に彼が立ったらなんかとっても素敵にまた見えちゃって。
「見えちゃって」って素敵な方なんですけど更に花畑の…。
そこに似合う。
そうなんです。
それでね彼は彼でこんなにお花が…野菜のお花って奇麗なんだってすごく感動されたみたいで。
結構しょっちゅう一緒に畑に行ってくださるようになって。
手伝ってくださったりしてくださってるうちに優しくていい方だなと思って。
であちらも「魔王って言われてるけどこんなに優しいところが…」。
そうか…向こうはそういう面がちょっとあったわけね。
「怖いかもしれない」ぐらい思ってたの。
初めすごい恐る恐る来られたと思うんですよ。
それがすごくね優しい人だなって思ってくれたみたいで。
なので元カレに「ごめんなさいなんか…」。
あの方いいみたいって?「あの方とても優しいので」って言ったらお忙しそうだったんで元カレは。
「よかったね」って…。
がっかりしちゃうけどまあね。
ちょっとさみしいけどまあよかったです。
かえって紹介していただいたんで恩人になっちゃって。
そうなの?じゃあ時々報告に行って「うまくいっています」と。
今はお幸せになったわけ?そういうような意味で。
そうですね。
まあ前回の反省も含めて今も毎日が反省したり…。
偉いわね。
あなた反省するの?私はね母から「あなたは反省を母の胎内に忘れた」って言われてるんですよ。
そのぐらい反省しないんですがあなた反省するの?すごい。
一応ちょっとあの…人様に迷惑をかけちゃったかなと思ったので。
それで妹さんに赤ちゃんが生まれた?そうなんです。
妹がね去年…マネジャーをやってくれてた妹が43歳で初産で自然分娩で子供を産みました。
その動いてる映像があなたがお撮りになったんだか何だか歩いてるとこがあったの。
ちょうど1歳…。
ちょっと見せていただいていいですか。
あら!あら!あらら…あらら…。
ルルちゃんっていうんです。
可愛い!あら可愛い。
1歳っていうとあのぐらいなの?外国の赤ちゃんみたいに見えますけど。
そうですね。
お父様がアメリカの方なので。
じゃあ妹さんの旦那さんはアメリカの方。
いいですね国際結婚ね。
そういうこともあり…。
あっ可愛い!この子?可愛い。
ルルちゃん。
この時のお顔は随分あなた穏やかなお顔。
今年ね。
ご結婚もなさったし。
なんかとっても穏やか。
それで神奈川にそのままお住みになって。
母と今3人で。
旦那さんと住んでまして。
妹さんたちがいなくなっちゃったんで寂しかったんですってね。
はいそうなんです。
だからちょうどタイミング的にも…。
そこでね結婚ってことがあって。
でもこういうあなたをマスコミの皆さんはご存じなの?こういう色んなことがあった今のあなたっていうのを。
でもあの…マスコミの方はなんかこう悪い時しか取り上げてくださらない…。
ありえますよそれはね。
いい人になると…。
いい人になると「あっそう」っていう感じで。
でも女優さんとしてはねちょうど今…50になりました?もうすぐ50歳です。
50になったら詩吟をやって何でしょうね「仕事はしない」とかってあなた仰ってたらさ私が「私はどうすればいいの?」。
その時ちょうど私50ぐらいだったんでしょうね。
「私はどうすればいいの?」って言ってましたけど。
50代の自分は本当に想像できなかった…。
だけど今になると仕事できるでしょ?今から。
かえって結婚したら仕事する気になりました。
あっそう。
でも仕事はありそうですか?やっぱり役者さんの本業のほうが結構少しずつ…。
というのは自然農のお勉強をさせてもらってから…。
自然農って農業の勉強よりもなんか色んな…作物もそうですけど生物がいっぱい生きてて自分の役割みたいなのを見つめ直せたんですね。
私はなんかそういう役者さんのお仕事っていうのも頂いたお仕事っていうのを気づかせてもらってそういうこともちゃんとやっていかなきゃって思ってそれからのお仕事のしかたが雑…今まで雑だったわけじゃないんですけど…。
子供の時から子役でやっててうまいって言われるとそのまんまでね来ちゃうんだけど…。
ちゃんと丁寧に人との付き合いもそうだしお仕事も一個一個丁寧にさせてもらおうって思えるようになったんでもうそれだけで…。
ちょうどいいんじゃないですかねお母さんとかさちょうど年頃としてはいい隙間にスッと入れる…。
隙間に入ります…。
隙間に入れると思いますよ私はね本当に。
まあ頑張って。
いつもねご心配ばっかりおかけして…。
死んだマネジャーも心配してたと思いますけど今のあなたを見たらね喜んでると思います。
それでは一番…最初に皆様に見ていただきました18歳の時の今日のお客様杉田かおるさんちょっと見ていただきます。
『徹子の部屋』です。
「20代の時はねすごいあの…女性らしくすがすがしく生きていたいなと思って10年間」「で30代は成熟したねエビータのようなね成熟した時代で」「40代は何ていうのかな。
今までのねそういう…もしかして女優やってるかもしれないけどもそういうものをちょっと控えて自然と親しむようなね自然を愛するような地味なシンプルな生活をしたいなって」「それが大体40歳すぎの時?」「そうするとちなみに50になってからどうなります?」「50になるとあの…詩吟とか…」「ハハハ…!」「そういうものにね興味を持ってやりたいし」「自然に親しんだ後に詩吟なんかやるわけ?」「それで仕事はどうするんですか?」「仕事はほとんどやらないと思いますね」「そうするとちょうどあなたが今仰ってる詩吟やったり仕事やらないっていうと私の年の時なんですよね」「だから具体的に考えてみていただけます?」「私がこれから仕事辞めてね詩吟の生活に入るっていうふうな感じになるわけですよあなたそうすると」「そうですね」「そうですよ。
50っていうとねそうですから」「じゃあまだ全然若いですね」「考え直して。
もうあとねえ…50か60までもうちょっとなんとかしていただけます?」「なんとか考えますこれから」「なんとか考えます」の時にちょうどいらっしゃったわけで一番…あなたね。
あの時は夢にも思わないでしょ詩吟って…。
想像できないです10代の時は。
50の時に…。
10代の時にね50になったら詩吟やって仕事はしてないなっていう感じはわかると思いますけどあの時ちょうど私はその年だったからね。
どうしてくれるっていう感じ。
やっぱり黒柳さんみたいにずーっとお仕事されてる女性っていうのはその当時そんなに…イメージとしてなかったんですよね黒柳さん以外。
私が何十っていうねそういうのはないと思いますよ。
黒柳さんみたいに才能とかがあってずっとお仕事もされてるっていうイメージしかないんで私…子供の時から何となく来ちゃったもんですから。
私も何となく来たんですよ何となく。
50まで仕事やってられるかなっていうのもあって。
そうかそれもあってね。
できれば子供の時から仕事してるから仕事なんかもうやらないでとは思ってたんでしょうね。
長いからね。
私子役やってないからね。
でも今になってみたらだんだん周りもどんどんライバルの人も減ってきて…。
それは言えますよね。
なので仕事がなくならないのでもしかしたらずーっとこれからも…。
ちょうど色んな役できていいと思いますよね。
黒柳さんの後ついていきます。
どうぞお願いします。
マネジャーも喜んでると思います。
本当にお元気でね。
杉田かおるさん今日のお客様でした。
どうもありがとうございました。
それでは上沼恵美子さんのおいしいお料理です。
どうぞ。
2014/05/16(金) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋[字]

〜再婚で改心!?〜杉田かおるさんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
女優・杉田かおるさんがゲスト。
◇番組内容
18歳で『徹子の部屋』に出演した時、30代から50代までの自分を予想していた杉田さん。当時は思ったことを何気なく言ったつもりだったが「40代は緑に囲まれた生活をしたい」と発言したことがそのまま現実となり、現在は畑を耕す日々だという。ほか、“畑”に目覚めたきっかけや、再婚について語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz

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