今から9年前の春。
宮城県の海沿い…集落を貫く運河貞山堀に小さな命がやって来ました。
毎年この季節の楽しみ。
(吉男)あ〜いたいたいた。
シラスウナギウナギの稚魚です。
太平洋はるか3,000kmを暖流に乗り北上してきました。
その夜吹き始めた暖かな風。
大漁を呼ぶ恵みの風です。
お舅さんなんかお酒大好きな人だから飲んで歌歌って。
ねえお父さんイナサの歌知ってる?知らないよ〜。
・「イナサの地からホホエヤーホレホイって」今から3年前同じ場所荒浜の春。
貞山堀のすぐ近くにあった我が家。
おいしいですか?おばあさん。
(さちき)おいしいですね。
おいしいやら悲しいやら涙は出てくるやら。
お父さんと二人きりになって昔の新婚と同じだねフフフ。
恵みの風イナサが吹く季節を待ち受け人々が暮らしてきた土地。
9年前私たちはこの集落の営みを1年にわたり記録しました。
今は失われてしまった風景です。
南北を貫いて流れる貞山堀。
緑深い松林に守られた集落には800余りの家々が軒を寄せ合い季節の風を暦代わりに暮らしていました。
四季折々の行事にはみんなが顔をそろえました。
老若男女農民漁師勤め人。
海に田畑に風を待ち風を読んで人々が暮らしてきた土地荒浜。
全てを奪い去った津波から3年。
なおも困難を生き続ける人々の記録です。
去年2013年春。
海は穏やかです。
港から集落に続く道「浜通り」。
かつては漁師の家が並んでいました。
毎日同じ時間に現れる人がいます。
漁師の…妻と娘と孫三代5人で暮らす家がここにありました。
津波のあと荒浜は災害危険区域となりもう住む事はできません。
ここは海の仕事をする吉男さんの6畳の休憩所。
3年前の同じ場所。
津波のあと吉男さんがまず立てたのがこのテント。
漁を再開する準備のためでした。
(取材者)吉男さん隠れがみたいですね。
(吉男)何?
(取材者)隠れがみたいですね。
高いんだよこれ。
ホームレス住むんだよ。
家族は幸い無事でした。
大切な船「大吉丸」は流されましたがその後奇跡的に見つかりました。
網や漁具も大半が流されましたが拾い集めては繕いました。
そして震災から半年後吉男さんは漁の再開にこぎ着けます。
家を流されてもここは我が家。
しかし仙台市の復興計画では荒浜は今後ゴルフ場や公園などに整備される事になっています。
こちらは8畳の広さの納屋。
パイプ管やトタン板を使い一人で組み上げました。
漁に必要なものは全てそろっています。
(取材者)いろんなもの置いてるんですね。
毎日ここに通ううちに吉男さんが気付いた事があります。
(取材者)どこですか?
(吉男)ほらここ。
風に乗って飛んできた松ぼっくりから芽が出ていました。
(取材者)今年ですか?
(吉男)今年。
津波でなぎ倒され枯れ果てた松林が残した命。
去年6月。
荒浜の集落から北へ5kmの所にある漁港です。
朝5時。
漁師たちが集まってきました。
津波で13隻の漁船のうち8隻を失いましたが2年余りかけて失った船全てを新たにそろえました。
吉男さんの甥佐藤政智さんの船も津波のあと手に入れたもの。
中古の船に手入れを重ねこの春2年ぶりに漁を再開しました。
(取材者)どうですか?ハッハッ「どうですか?」って言われたってなあ。
狙うのは仙台湾特産の赤貝。
「マンガン」と呼ばれる漁具で海底にいる貝をかき取ってゆきます。
昔から仲間と船団を組み行う赤貝漁。
狭い漁場を分かち合う漁師の知恵です。
無線の相手は大吉丸に乗る叔父の吉男さん。
(取材者)今何話してたんですか?今?底引きを続けて30分いよいよ引き上げです。
ヒトデの山から出てきたのは身の詰まった大きな赤貝。
「三陸のルビー」とも言われる極上品が海底でしっかりと育っていました。
(取材者)政智さん赤貝はどうですか?今日は。
大漁に気を良くして二度目の引き上げに。
しかもこの日は大漁を呼ぶ南東の風イナサが吹いています。
ところが…。
上がってきたのはガレキ。
これは震災の残骸だ震災の残骸。
アルミサッシだっちゃ。
漁に出れば今も毎回必ずと言っていいほどガレキが引っ掛かると言います。
漁を終えた船が港に帰ってきました。
よいしょ。
いつもは大漁なんだけどもしょうがないね。
漁師たちはそれぞれが取った赤貝を一旦全部集めてから均等に分けます。
漁に恵まれた人もガレキに苦心した人も分け前は同じ。
あれだもの根っこさ片っぽ引っ掛かって駄目なんだっちゃ。
分け前を均等にするのはどんな時にも食いはぐれる者を出さないため。
気まぐれな海を相手に生き抜く知恵です。
貞山堀の目の前。
荒浜の字南官林に漁師仲間も認める漁の名人が。
吉男さんの幼ななじみ…今日の獲物は産卵期を迎えて旬のワタリ蟹。
大漁でした。
(取材者)波男さん大きい蟹ですね。
(取材者)アキさん波男さんは蟹取りの名人でもありますね。
何でもの名人です。
蟹だけでないの魚でも。
何でもです。
趣味なんだからこの人の。
こういう仕事しないと頭悪くなってその辺歩かれたら大変だ私。
こうでもしないと頭ねうちで寝てっと頭おかしくなるからここさ来てこういう事やって紛らわせてるんだっちゃ。
やっぱりいろいろね考えると頭がやっぱりね。
3年前のお盆。
この場所にあった波男さんの家です。
家の取り壊しを前に娘や孫たちもそろいました。
ここは床の間のあった部屋。
お盆はみんな集まって毎年こんな感じでやってましたので。
こんな状態でもやっぱりうちはうちですよね。
風の抜けがいいね。
その年の6月荒浜の人たちの仮設住宅での暮らしが始まっていました。
内陸に5km東通仮設住宅。
180世帯の8割が荒浜の人たちです。
漁師の佐藤吉男さんの孫眞優子さん高校3年生。
(優子)我が家の一員です。
吉男さんの妻・娘・孫の5人家族は2世帯に分かれ壁を隔てて暮らし始めました。
湯治に行ったようなもんだよこれ。
声が聞こえてくるんで安心はするんですけど何かこう壁で見えないから。
でもやっぱり17年間あの家で過ごしてきておじいちゃんの声ってでっかいじゃないですか。
だから普通に2階にいてもじいちゃんの声が響いてきたりあとお母さんが下から普通に「御飯だよ〜」みたいな。
通常の生活が今になってものすごい恋しいなあみたいな。
9年前荒浜の我が家。
海への抜け道は当時小学生だった眞優子さんの遊び場でした。
竹で弓矢の矢を作るの。
(取材者)弓矢の矢?うん。
(取材者)うちのそばにこういうのがあっていいね。
こういう所があって。
うん。
でも蚊がすごい。
家の裏にあった5坪ほどの家庭菜園。
漁師の吉男さんならではの取って置きの肥料がありました。
それは刺し網漁で取った小さな蟹の殻。
その成分でおいしい野菜が出来ると昔から使ってきました。
海の恵みで育った野菜が家族の楽しみでした。
カボチャにキュウリにトマトにナスにホウレンソウ。
花は咲くし。
俺のばあちゃんのような花が咲くんだ。
(笑い声)
(眞優子)お願いしま〜す!あれから9年。
吉男さんの孫眞優子さんは仙台市内のガソリンスタンドで働いています。
はい満タンで。
ゴミ灰皿ありますか?灰皿だけお願いします。
はい失礼します。
レギュラー満タン入ります。
ありがとうございます。
おととし高校を卒業し働き始めた真優子さん。
初めての給料で家族に焼き肉をごちそうしました。
もともと機械いじりが好きでした。
レギュラー満タン入りました!ありがとうございます。
はい大変お待たせしました。
ありがとうございます。
ご記入お願いいたします。
はいありがとうございます。
はいどうも。
どうもありがとうございました。
お気を付けて行って下さい。
ありがとうございました。
事務とかあんまそういう体動かさない仕事とかは私あんまり好きじゃなくて。
体動いてたりすると何だろう…じいちゃんの漁業とかでも漁師って体動かすじゃないですか。
多分その遺伝もあって体動かしたくはなりますね。
幼い頃から吉男さんの背中を追いかけ浜仕事を手伝っていた眞優子さん。
最近では職場の先輩に手ほどきを受けオイル交換もできるようになりました。
私の夢は整備士取る事とあと船の船舶免許を取りたいんでまずここで頑張って働いてお金ためて船舶取ろうと思って。
震災から3年。
東通仮設住宅の暮らしも変わりました。
当初2年間と定められていた入居期間は復興事業の遅れから4年に延長されました。
ここで生まれた子供たちもいます。
(取材者)何月にお生まれになったんですか?4月12日です。
土地の造成や復興住宅の建設が遅れる中でここでの暮らしに見切りをつけ自力で生活再建を図る人が増えています。
江戸時代伊達政宗の命で築かれた貞山堀。
そのほとり荒浜の字南丁。
我が家の跡地で野菜を作る人がいます。
農家の…田畑を全て津波で失いました。
土の感触が忘れられません。
(取材者)これ今何やってるとこですか?
(取材者)野菜何種類ぐらい植えてます?123456…
(取材者)土はどうですか?かつて大学さんは荒浜で育てた野菜を抱え仙台市内へ行商に出かけていました。
今もここで僅かばかり作った野菜を以前からのお得意さんに届けています。
やっぱりここに今まで住んでいた所だから住んでいた所でこういうふうにして食べるのはおいしいですね。
土から離れられない人がここにもいます。
荒浜の字北丁佐藤利幸さんの我が家。
家は7代続く農家。
祖父はくわ1本で葦原だった湿地を切り開いたといいます。
先祖伝来の田畑は津波に流され塩害のため使う事ができません。
今は妻のまさ子さんと自宅の敷地に小さな畑を作っています。
(取材者)利幸さん代々続いた土地での野菜作りは?あぁやっぱり何となくここで生まれてここで育ってるんだから離れられねえんだやっぱりな。
これは新しく買ったんです。
ガレキ起こすのにね。
(取材者)そこに書いてあるのは?
(利幸)「鳥羽屋」と書いて「トバヤ」と読むんです。
ここは佐藤家が多いからね。
トバヤといえば1軒しか使ってねえからね。
隣も…前は…あと後ろが…皆屋号が付いてました。
9年前の同じ場所。
佐藤利幸さんの家です。
利幸さんは農業だけでなく仙台湾で海苔の養殖もしていました。
自宅には加工場もありました。
取れたての海苔を楽しみにしているご近所さんにお裾分け。
(取材者)頂いたんですか?あぁ途中だけど。
おいしいんだほんと。
つくだ煮にするのね。
その当時の利幸さんの田んぼ。
毎年5月の連休は田植えの時期。
町に暮らす孫も来て親子3代顔をそろえるのが楽しみでした。
(取材者)今は?風向きは数時間のうちに北から西そして南へ。
寒さに弱い苗を暖かく包み込むイナサ。
しかし風が運ぶのは恵みだけではありません。
初夏の冷たい北東の風「コチ」は冷害をもたらします。
風を読み大切に守ってきた田んぼ。
津波はその全てを奪いました。
去年6月。
集落の西側に広がる荒浜の田んぼです。
180ヘクタールほどが津波で浸水しました。
農家が集まり作り始めたのは米ではなく大豆です。
津波のあと田んぼからガレキや塩分を取り除いた結果栄養分のある土も削り取られてしまいました。
このまま稲を植えても十分育たないため土に養分を与える大豆をまず植える事にしました。
田んぼの稲の方はまだちょっと。
今のところ大豆のみです。
やっぱ昔からの田んぼの匂いね。
田んぼの匂いを嗅がねえと駄目だってさ。
町にばかりいると。
この風当たりがいいっちゃ。
この風がいいわけさ。
ハハハ何にもねえ。
もう疲れちゃったわ。
何もかもが全部。
毎年春シラスウナギが遡上していた貞山堀。
人々が心待ちにしている初夏の恵みがあります。
現れたのはシジミを取る漁師。
貞山堀のシジミ漁は許可を受けた漁師以外できません。
津波でガレキに埋め尽くされ中断していましたがこの日3年ぶりに復活します。
このとおり何もないというかうちも何もないもんですからなんとかシジミ貝だけは後につないでいけるようなものにできればなというふうに思ってるんですが。
もう3年ぶりですから。
かつて人々の暮らしの真ん中を流れていた貞山堀。
昭和の初めまでは物資を運ぶ船が盛んに行き来し女たちは炊事洗濯に子供たちは水遊びにこの流れと親しみました。
淡水と海水が混じり合う貞山堀はおいしいシジミが育つと評判でした。
かつてはシジミ漁だけで生計を立てる人もいたほどでした。
長さ7mの「ジョレン」という道具でシジミをかき取るのは今も変わりません。
竿がしなる反動をうまく生かすのがコツです。
そして覚えのある手応えが。
大粒です。
こういうシジミ貝は結構残った分は大きいのがおります。
ただ数的にはそんなにいないんですが。
津波で生き残った分がいくらかあるもんだから。
ただまだ生まれて間もないもんですんで稚貝が生まれてるっていうかそういう場所なんですねここが。
(取材者)それは?
(中島)これがシジミでこういうふうにして産卵していくっていう。
シジミの稚貝なんですこれ。
(中島)こういうのがいっぱい出てくればあと2〜3年たてばなんとか。
私も年も年ですからあと何年ここで取れるか分からないんですけども。
もうしばらくすればここで取れたシジミのみそ汁が思う存分楽しめます。
貞山堀で釣りをする2人。
少年にとって初めての釣り。
教えてくれるのは舘山政四郎さん。
少年は弟さんの孫。
あっ釣れた!
(取材者)どれだ?結構でかいな今度は。
(取材者)どれ見せて。
お〜釣れたね。
何釣れたの?これは。
じいちゃん魚の名前さ何だっけ?何?魚の名前。
ハゼ。
ん?ハゼ。
ハゼ。
アゼ?ハゼ。
ハゼだって。
(取材者)おじいちゃんと来ると楽しい?釣り。
うん楽しい。
(舘山)こんなに釣り好きになるとは思わなかったんだ。
妻と娘を津波で亡くしました。
もう昔ここ私のうちだから。
(取材者)あっこの場所ですか?ここうん。
この場所にはずっと来る事ができませんでした。
ようやくもう忘れかけてきたね。
もういつも思い出すような事はなくなってきたような気がする。
3年前東通仮設住宅で1人暮らしを始めた舘山さん。
(舘山)お酒だのコーヒーだの好きだったんだよ。
妻の盛子さんは世話好きで花を育てるのが得意。
娘の真由美さんと家を花でいっぱいにして楽しんでいました。
狭いから便利なんですよ。
全部手に届くからね。
台所であろうと何だろうと全部手届くから。
舘山さんは居間で食事をとりません。
妻と娘に見られている気がしてやるせないのだと言います。
(取材者)もともと料理は作ったりしたんですか?台所に立ったら怒られたの。
(取材者)奥さんに?うん。
あぁこんなにつらいもんだとは思わなかったね。
台所に私なんか立った事ないからね。
台所に行ったら「邪魔だからそっちに行ってなさい」なんて怒られてばかりいる。
「私いなくなったら生きていけない」なんて言われてたんですよいつも。
それが本当になってしまって。
こんなに…女房がいなくなって。
舘山さんは1日の大半を仮設住宅の集会所で過ごすようになります。
妻・盛子さんの事を話してくれる人がたくさんいました。
時間の過ごし方も覚えました。
(舘山)器用だねえ。
あれから2年余り。
手の内も心の内も見せ合いました。
それでいいの?負けました。
(笑い声)
(取材者)どうしたんですか?舘山さん勝った?
(取材者)2年が過ぎて。
少しの間だけど忘れるから。
漁師の佐藤吉男さんには以前から気になっていた場所がありました。
去年7月妻のさちきさんと向かった先は海の神様が祭られている神社。
(鈴)
(吉男)お〜鳴りいいな。
津波のあと訪れる人も少なく荒れたままになっていました。
吉男さんの掛けた鈴。
(取材者)津波から3日後?3日後。
かつてこの神社では毎年春になると大漁旗が掲げられました。
八大龍王の祭りです。
イナサが吹いてくる南東の方角を向く八大龍王の碑。
1年の豊漁と航海の安全を祈ります。
イナサが吹けば魚がやって来る。
風は「情けのイナサ」と呼ばれてきました。
あぁおばちゃんここの一等場所取ったねまた。
あぁどうも毎度お世話になってま〜す。
餅まくよ。
ほうらほうら。
ほうら。
やった〜!津波のあとも荒浜の人たちが守ってきた夏の行事があります。
住民たちが行う浜の大掃除。
お盆になると帰ってくるご先祖様にきれいな荒浜を見てほしいという思いから始まりました。
(女性)海はいいですよね。
この何て言うのかしら海の香り?香りがするんだよね海って。
うん。
私はもう毎日朝晩ほんとに犬散歩でずっと毎日海のここを歩いていたからね。
あと松林にずっと入ったりして。
やっぱり四季を通して香りが違うのね。
夏は夏の香りがしてね。
この何かすがすがしい。
はいよ。
まあ上手だねぇ。
年1回海開きの前の週かな全員深沼住民の人たちで毎年やってたんですけどもね。
それももう遠い思い出になって。
9年前の大掃除。
朝5時から400人が集まりました。
村人総出の共同作業が荒浜の伝統。
晴れの日の餅つき田んぼの草刈りに大運動会。
そしてこの大掃除。
これからやって来る海水浴客に気持ち良く過ごしてもらうためにも汗をかきます。
そして荒浜が迎えた年に一度のにぎわいの夏。
9年前の風景です。
去年大掃除の終わった浜。
津波のあと荒浜は遊泳禁止となり若者の姿はありません。
そこに…。
おっと!よいしょ。
(取材者)何取ったんですか?蟹。
(取材者)え?蟹。
(取材者)蟹?蟹。
(取材者)食べられるんですか?食べられるよ。
(取材者)どういうふうにして?
(取材者)え?そのまんま。
昔遊んだ事だっちゃ。
(取材者)子供の頃から取ってるんですか?うん。
いない。
いない。
暖かな南東の風「情けのイナサ」が吹く浜です。
荒浜の字南丁。
農家の大学さんが自宅の跡に作った畑。
夏野菜の収穫が始まっていました。
いや〜暑い暑い。
(取材者)今年の作柄はどうですか?ジャガイモは出来は。
(大学)ジャガイモはまあまあですね。
(取材者)まあまあですか。
(取材者)こちらの方は?これね私の孫です孫。
大学生アルバイトです今日。
ほんと久しぶりに手伝うんで。
(取材者)どうですか?掘ってて。
自分たちで作って食べるのは結構当たり前だと思ってていろんなの食べてたんですけど。
よくトマトとかは家で取ったの洗ってその場で食べてたりとかはしましたね。
ばあちゃんにもらったりして。
じいちゃんは野菜作りが好きなんでね。
(取材者)名人なのかな?生きがいじゃないですか。
これやってないと多分もう…。
3年前までここにあった我が家。
津波に押し流されガレキに覆われた土地。
塩害に耐えみずみずしい緑が広がります。
土がよみがえる日を願い植えた緑です。
8月。
東通仮設住宅ではお盆の準備が始まりました。
作るのは「高灯籠」。
新盆からの3年間亡き人を迎えるための灯籠です。
杉の葉は魔よけになるといいます。
かつて荒浜では家ごとに立てました。
今では仮設住宅のこの一本。
亡き人の霊が道に迷わず帰ってきますように。
高灯籠の下に盆踊りの輪が出来ました。
舘山さんです。
今夜ばかりはにぎやかに過ごします。
亡くなった大切な人とのつかの間の再会。
短い夏を家族と過ごした死者たちがもうすぐ帰っていきます。
(リント君)転んだ。
転んだ。
転んだ?うん。
さっき滑って。
なにお前こんな格好して。
(取材者)リント君面白かった?うん面白かった。
やっぱり違うんですよ。
(取材者)もう1回見せてくれますか荒浜踊り。
荒浜!?
(取材者)ええ。
どういう感じ?ちょっと見せて。
・「タンタンタラララランタランタン」・「タラランタンタンタラランタ」こいつ4つするんですよ。
でこうして眺めて眺め…簡単なんですよこう。
これの続きなんです。
あ〜ヨイヨイヨイ。
やっぱり盆踊りっていうと思い出すんですよ。
これからもずっと続けていかせて頂きたいと思います。
まだ引っ越しはしないけどいつごろになるんですか?引っ越しは。
・「仙台なつかしや」秋。
風は乾いた西風「ナライ」に変わりました。
田んぼで始まったのは大豆の収穫です。
(取材者)なぜいいんですか?刈り取りのさなか土の中から出てきたものが。
(取材者)浮いてくる?そう。
田んぼの表面の土は入れ替えましたがその下にまだガレキや石が残っていました。
(取材者)今年どうですか?2〜3年作ってなかったもんですからこれがいいか悪いかちょっと忘れました。
(取材者)来年田植えできますか?まあやるしかないねみんなで協力し合って。
東通仮設住宅です。
11月を過ぎると引っ越しをする人が少しずつ増えてきました。
仮設住宅の集会所。
おはようございま〜す。
トイレのお掃除です。
トイレの掃除当番にも引っ越しの影響が現れてきました。
仮設住宅に夫婦で暮らしています。
(取材者)大学さん大変ですね。
いやでもみんな順番ですから。
ちゃんと当番制になってあのように書かれてるんです。
引っ越しして行っちゃうでしょ。
だから人も足りなくなるでしょ。
だからって年いった80〜90になる方にやってもらうわけにはいかないしね。
みんな親戚みたいなもんで。
(取材者)え?みんな親戚のようなもんですって。
2年8か月もいれば皆仲良くなってね。
(取材者)今後は?いつかは。
皆さんと一緒でここいつまでもいられないもの。
やっぱり考えないとね。
秋の風「ナライ」は干し柿作りに欠かせません。
かつて荒浜ではどの家にも柿の木があるほど干し柿作りが盛んでした。
中には柿の皮を干す人も。
(取材者)ときさんこの柿の皮どうするんですか?
(安達)甘みが出て味がいいんですね。
(取材者)荒浜にいた頃もやってたんですか?同じように。
そうなの。
ず〜っと昔からですね。
これも風の恵み。
海ではこの季節ならではの漁が始まりました。
吉男さんの狙いは仙台湾にやって来る縁起のいい魚。
前の日に刺し網を仕掛けておいた場所です。
かつて遠洋漁業で北洋に出て網を引いた事もある吉男さん。
かかった獲物の重みを確かめながら網を引っ張り上げる感触が昔から大好きでした。
網に掛かってきたのはサケ。
この季節産卵のため栄養をたっぷり蓄えふるさとの川へ帰ってきます。
しかし前の年は津波の影響か全く取れませんでした。
海底の地形が変わって潮の流れが読みにくくなり刺し網の仕掛けが難しくなっているといいます。
網には蟹も更にはクロダイも。
取れ高は上々と思いきや。
(取材者)どうでした?今日は。
あ〜あんまり。
吉男さんとしては少し納得のいかない漁だったようです。
これ引っ掛かった。
しかし港で待つ家族は今日の取れ高に満足。
数は少なくても久しぶりのサケ蟹もおいしそうです。
(優子)うわぁ〜2年ぶり。
(取材者)2年ぶりですか?
(優子)2年ぶりです。
去年来なかったの全く不漁で。
網も掛けたんだけど出なかったんだね。
(取材者)今年来てどうですか?うれしい。
(秀子)こんなに蟹のみそ汁から何からふだふだに食べた年は久しぶり。
お友達さあげたりすると喜ばれるものね。
(取材者)あげても喜ばれますよね。
うん。
喜ばれるよ。
そして生きいいでしょ。
生きがいいからねうん。
ほら。
自慢になるよね。
うちの親まだ80もう少しだけどピョンピョンって跳ねて船さ乗ったりとかしてっから頑張ってるなっていうのが分かります。
親子でこんなふうにして網外したりできんのあと何年かなと思うと悲しくなるんだけど今現在生きてる時を楽しくね。
季節の恵みはいつものようにご近所さんへお裾分け。
(男性)あ〜そんなにいっぱい。
いつもねありがとうございます。
今晩楽しみだな。
一杯飲みながら。
ハハハ。
こここう取ってあと足こうもいでねおつゆさ入れるとだしうんと出るんだよ。
ああそうね。
こっち皆捨てて。
荒浜字南丁大学さんの畑。
乾いた西風「ナライ」が吹きつけます。
間もなく秋野菜も収穫の終わり。
(取材者)大学さんあの黒のビニールは何の役割するんですか?
(大学)あ〜こりゃ…。
(取材者)大学さん今日は何取ってるんですか?
(取材者)ガレキが邪魔してるんですか?
(大学)そうそう。
土の中ではまだ津波との闘いが続いています。
12月。
東通仮設住宅からまた一人引っ越す人がいました。
トイレ掃除の当番も進んで引き受けてきた大学みどりさん。
お世話さまでございました。
アラララ…写真さ今日もらった。
よかったね。
おめでとうございます。
仮設で共に過ごした2年余り。
別れを惜しむ人がやって来ます。
(女性)みど〜りさん花子来てるよ〜。
あら花子はい。
みどりさんはこれから市内に建てた一軒家で娘の家族と一緒に暮らします。
(女性)もうしょうがないのかわいくて。
さみしいね。
やっぱりねずっといたから入った時より。
入った時からずっといるから。
まあいい事ですね。
ねっ。
いい事で。
「遊びにおいで遊びにおいで」ってみんな。
泣いてくれた人もいた。
私まで泣いてきてしまった。
みんなの協力でここまでやってきたからね。
しかたない。
しかたないですおうち出来たんだから。
でねまたね元気でね〜。
どうも。
皆荒浜の頃からの隣近所。
仮住まいでも確かな暮らしがありました。
荒浜の吉男さんの家。
節約してんだねって。
ハハハ!伸びるのが早いのお父さんが。
(優子)海苔とワカメ食べてっからね。
あっという間にぼうず。
かわいいわね〜。
俳優の渡哲也さん。
渡哲也さんに失礼なんだけども。
男前でしょフフフ!よしオッケー。
この日は一生に二度とない特別な日。
孫の眞優子さんが成人した記念に家族写真を撮ります。
おじいさまもこちらにグーッと振り向いてお顔だけ。
すこ〜しだけお顎を引いて。
ちょっとこっちに…。
(カメラマン)「はい」とお声がけしますので笑顔でお願いいたします。
まいります。
はい。
3年ぶりに家族で収まる写真です。
「眞に優しい子になってほしい」と名付けた眞優子さん。
二十歳です。
ドキドキしました。
何かじいちゃんが真面目に写真撮るって事ないから意外な一面見れたなとか。
家族でまとまって一つの事をやるってのはあまり少ないからほんと写真撮る間も5分とかだったんですけどその5分ってすごい一生残るなって。
改めて重く実感しました。
冬支度の季節。
荒浜の字南官林。
吉男さんの漁師仲間松木波男さんの家。
正月の準備が始まっていました。
(取材者)波男さんこれ何やってるとこですか?
(取材者)じゃ喜ばれますね。
みんなに喜ばれる。
ハハハ!大みそか。
荒浜の漁師たちの仕事納めです。
津波のあと借金して買った波男さんの船「喜代丸」。
この1年無事故で海の仕事ができました。
船をねぎらい晴れ着を着せるように旗で飾ります。
船も着飾って迎える新年です。
津波から3年2014年。
1年何事もないようにね。
よろしくお願いします。
恵みの風が吹きますように。
願いを初日の出に込めます。
海の神八大龍王の社。
新しい年にふさわしく掃き清められていました。
東通仮設住宅で迎える3度目の正月。
(取材者)おはようございます。
おはようございます。
(取材者)たくあんうまく出来ましたか?
(安達)ええ出来ましたよ。
(取材者)柿の皮でうまく出来ましたか?
(安達)おいしく出来ましたよ。
ほれ…ほれ。
乾いた西風ナライの恵み。
(たくあんをかむ音)うまい!津波以来初めて作ったんでね。
まあまあだね。
畑が荒浜だからこの大根作ったとこ。
(たくあんをかむ音)
(取材者)何かいい音ですね。
(笑い声)
(取材者)ここでの生活ももう3年もなるって…。
う〜ん。
何かね…今年2月。
仙台は78年ぶりの記録的な大雪となりました。
その日の荒浜。
字南丁大学直さんの我が家。
字中丁佐藤吉男さんの我が家。
小さな松が雪に耐えます。
「南無阿弥陀仏」。
3月10日東通仮設住宅で法要が行われました。
「南無阿弥陀南無阿弥陀」。
178人の命をのみ込んだ大津波。
生き延びた人にのしかかり続ける困難。
住民の3割は引っ越しました。
去る人にもとどまる人にも先行きは見えないままです。
4月田起こしが始まりました。
去年土作りのため大豆を植えた田んぼ。
もうすぐ4年ぶりの田植えが始まります。
風向きは南西。
南東からのイナサはまだ。
津波でなぎ倒された松林の根元。
桜の花です。
幹は折れてしまいましたが根っこからひこばえが出て花を咲かせました。
命の力を春が後押しします。
荒浜字中丁吉男さんの我が家。
仮設では調理する事できないんで。
(取材者)これは?
(優子)これがカワガレイ。
刺身でもおいしいし焼いてもおいしいし煮てもおいしいし。
みんなでお裾分けです。
家族それぞれにやる事があります。
ばあちゃん蟹の殻。
はいよ。
さちきさんは今年もこの蟹の殻を肥料に夏野菜をたっぷり作ります。
(眞優子)これもっと土ほっくり返した方が雑草一気に取れんじゃないの?だから取ったっちゃ。
(眞優子)取ってもほら生えてきてるんだっちゃ。
吉男さんはいつものように。
(取材者)その貝もきれいですね。
何貝ですか?これはおじいさんが取ってきたツブ貝。
中身取って中身は食べました。
うんとおいしかったです。
何かやっぱり仮設にいると結局ビルとかで圧迫されてるなって感じはあったり。
それで疲れた時とかにここ来ると開放感っていうか…。
私もだから仕事とかで嫌になった時とかは夜ここに来てず〜っと星見てたりとかしてたり。
だんだん震災越えていくとここの土地って何かこう居心地いいなとか大切な場所なんだなみたいな。
それで「この町つくってるのは俺だ」っていうCMあるじゃないですか。
この町つくってるのって結局誰でもなくて小さい仕事はどんどん結局積み重なって。
結局ガソリンスタンドなければ車走れない。
営業車とかも走れない。
工事とかもやらなければボコボコのまんまで走れない。
結局ライフラインが衰える。
そう考えると自分ってすごい仕事してるんだなとか。
(取材者)今の仕事?はい。
思いましたね。
またこの土地に人が集まってワイワイガヤガヤするのを望んでます。
多分じいちゃんとばあちゃんもそれ望んでここに来てるわけだし。
だから多分この土地は命つなぐようなものじゃないんですかね。
私はそう思います。
東通仮設住宅の暮らしはあと1年が目安。
その後新しい我が家をどこに見つけたらいいのか。
一家は決めあぐねています。
吉男さんもそろそろやめたらいいんでないのわ。
もはややめんのは。
(さちき)寒くなったからわ。
眞優ちゃんがね船の免許を取りたいんだって。
(取材者)もう春になってきましたけどもイナサの風は今日は?
(取材者)前にイナサの歌っていうのあるんだよと教えてくれたけど。
いやあるのさ。
俺のばあちゃんそう言ったとおり。
わしなんかはね…。
・「イナサの地からホホエヤアホレヨッ」・「今朝の出船は空晴れわたる」・「出でぇ出行くよアァイヤサイヤサ」中途半端だけどそのくらいは。
あと忘れたのみんな。
(取材者)吉男さんどうですか?今の歌。
「歌って」って言うと歌わないんだよこの人。
ちょこっとやるかな粘られるから。
・「イナサの地から」何だっけ?忘れちゃったわ。
・「イナサの地からホホエイエイホウリャエイ」宮城県仙台市荒浜。
「情けのイナサ」の吹く春を今年もここで待ち受けます。
合わせ方うまくねぇな。
こうやって。
・「今朝の日和は空晴れ渡るよ」・「ホホエンアァレアエン」・「イナサの地からアラヨホレヨホレ」2014/05/17(土) 23:00〜00:30
NHKEテレ1大阪
ETV特集「それぞれのイナサ〜風寄せる集落 9年の記録〜」[字]
宮城県仙台市荒浜。豊漁を呼ぶ南東の風・イナサ、乾いた西風・ナライなど四季折々の風と向き合い暮らしてきた海沿いの集落の、震災前からの9年に渡る営みを記録。
詳細情報
番組内容
宮城県仙台市荒浜。春は豊漁を呼ぶ南東の風・イナサ、秋から冬は保存食作りに適した乾いた西風・ナライが吹く海辺の集落で、人々は海の幸や田畑の実りを分け合い暮らしてきた。その営みを根こそぎ奪った津波から3年。再び海に出る漁師、田畑の再生を願う農家、荒浜の人々は日々を懸命に生きている。震災前からの9年に渡る荒浜と人々の営みを記録。再び浜に芽吹く自然のたくましさや、変わらぬ人々のつながりを描く。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
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