ヨーロッパからもイスラムからも客人がやって来てそれはそれは楽しい時間だった。
さあ皆さんお待ちかね！登場するのは日本生まれのイッピン。
優れた技が生み出す珠玉の宝。
きょうはどんな技が飛び出すのか。
古くから商人の町として栄えた滋賀県近江八幡。
９月初旬。
歴史を感じさせる町を訪ねたのは…天然素材にはちょっとうるさいという奥山さんのコーディネート。
実は全て麻なんです！ウールのセーターに麻のチュニックを合わせアクセントに麻のストールを巻いています。
麻っていうとやっぱり夏っていうイメージですかね。
夏に着るものという印象があったんですけど実際に着させてもらってこの柔らかさに驚きました。
もっとゴワゴワして痛くてザラザラしてっていうイメージがありましたが柔らかいし軽いししかも暖かい。
麻って実はこうして着ると年間着れそうですね。
着心地がすごくいいです。
おじゃまします！いらっしゃいませ！秋にぴったりの麻のコーディネートを教えてくれたのは…この店が専門に扱っているのは近江の麻。
古くから上質な麻織物として知られてきました。
伝統的な着物はもちろんのこと…。
今では秋冬の装いからバッグまでその用途はさまざまな製品に広がっています。
近江の麻が作られてきたのは滋賀県湖東地方を中心とする地域。
遠く東に…更に西には琵琶湖という万葉の歌にも詠まれた美しい自然に恵まれた所です。
豊かな水をたたえる琵琶湖がもたらす湿潤な気候。
この湿気の多い環境が乾燥に弱い麻織物の生産に適しているといわれます。
そんな近江の麻の魅力は身につけた時ふんわりと体になじむ自然な風合い。
こちらは近江の麻の中でも最高級の生地として知られる…しなやかな肌触り。
そして繊細なシワ。
全体が柔らかな質感を醸し出しています。
冒頭からびっくりしていますけど麻の秘密をちょっとじっくり探りたいと思います。
麻と聞いてまず思い浮かぶのはあの独特のシワ。
「シボ」と呼ばれ生地に味わいある風合いを作っています。
１本１本のシワが生み出す複雑な陰影。
このシワを作るのに近江にはある職人の技が伝わっていました。
秘密を探るためシボ付けが行われている工場を訪ねました。
７９年の歴史を持つ専門の工場です。
案内してくれたのは…シボ付け一筋２０年のベテラン職人です。
もう十分シワが出来ているように見えるんですけど…。
そうですね。
ただ近江ちぢみのシワとしていえばこれはただのクチャクチャのシワ。
ああ洗濯後の…。
洗濯後の洗いざらしのシワみたいな感じなので。
確かに麻独特のシボではありませんね。
伊谷さん生地を手でもみ込み始めました。
これが近江に伝わる職人技。
丁寧にシワを付けていくんです。
たっぷりと水にぬらした生地を専用の板の上で満遍なくもみます。
でもぬらした布をもむだけでどうしてシワが付くんでしょうか。
実は織る時に用いる横糸にある秘密が隠されていました。
これはシボのある布に用いる横糸。
普通の糸に比べ強く「より」をかけています。
ここがポイント！職人はこの方向に力をかけてもみ込むことでいつまでも形を保つシボを生み出すことができるのです。
強すぎず弱すぎず均等に力をかけ続けるのが職人の技。
布が滑らないように切り込みが入った板の上で左右交互にもみ込んでいきます。
生地が手でもみ込んでいった時に生地と対話しながら生地を触ってみてもう少しもみ込もうかなとかちから込めようかなとか…。
そうですね。
ちょっとおかしな話ですけどもうちょいもんで欲しいのかなぁという時はもんでやったりとか。
生地と対話ができるんですね！伊谷さんが今シボを付けているのは長さ５０メートルほどの生地。
４０分ほどもみ続けるとご覧のとおり。
生地をぬらしておく水も重要です。
この水は…井戸からくみ上げて使っています。
地下水のお水なんですね。
はい。
そのままの水です。
わ〜冷たい！ホントだ山のお水だ！冷え冷えですねぇ。
水道水じゃやっぱり都合が悪かったりするんですか？水道水ですときれいにするために塩素やカルキが入ってますので…。
いろんなものが入ってたりすると…。
入ってるからきれいになっているわけなんですけどただ飲み水や生活用水としてはいいんですけどこういう工業用水で生地を洗ったりとかいう場合は水の中に入ってる微量な薬品が生地に悪い影響を与えます。
極端な話色が変わってしまう。
そんな影響もありますか。
風合いがバシバシに硬くなってしまうとか。
シボ付けされた生地は摂氏５０℃ほどの低温サウナ状態にした部屋でさお干し半日かけてゆっくり乾燥させます。
これが自然の風合いを出すために欠かせない作業。
布地を一本一本干してゆっくりリラックスした自然な形にする事で布地本来が持つふわっとした…
（伊谷）シワが出てくるということでさお干し乾燥を採用しています。
さお干しされた麻はまるでアートのよう！琵琶湖に揺れるさざ波のように繊細なリズムを刻む近江の麻のシボ。
匠の技と豊かな天然水が生み出した伝統の美しさです。
近江の麻織物は鎌倉時代湖東地方に京都の職人が移り住み技術を伝えたのが始まりだといわれています。
その後江戸時代になるとこの地を治めていた彦根藩が産業として育成。
軽くて持ち運びやすいため全国を行き来していた近江商人が売り歩き広まっていきました。
そして今近江の麻は着物だけではなくさまざまな商品を生み出し新たなファンが増えているといいます。
こんにちは！すごいすてきな雰囲気。
へえ〜。
インテリヤやシャレた小物を扱うこちらの店。
近江の麻を用いたある商品が若者に人気なんです。
かわいらしい帽子がいっぱいあります。
全部？はい。
へえ〜信じられない！帽子作家の高木美奈子さん。
地元の麻にほれ込み帽子づくりを始めました。
麻の硬い生地は帽子の素材になりにくい。
そんな思い込みを覆したのが近江の麻との出会いでした。
じゃあ麻だから通気性もいいというわけですね。
そうです。
奥山さんいかがですか？生地感は分厚いけれど軽いです。
いい感じです。
あ〜軽い。
これも通気がいい感じがする。
かわいいです。
柔らかいししっかりしているし。
言われないと麻って分からないですね。
近江の麻の肌触りの良さはなぜ生まれるのか？その秘密実は麻糸の加工にあるんです。
そもそも麻糸はどんな原料から作るんでしょうか？こちらのほうに麻の原料があると伺ったんですけど。
見渡す限り葉っぱだらけですよね。
もしやこれですかね？そうですね。
これが麻の原料なんです。
ホントに！触ってもいいですか？どうぞどうぞ。
葉っぱじゃないですか！そうですよ。
本当の植物なんです。
これは「苧麻」と呼ばれる麻。
葉っぱを採って茎を裂くと…。
これが麻糸の原料となる繊維です。
この繊維を薄くそいでいくと…。
え〜これが麻の繊維？そうなんです。
これが糸？そうです。
丈夫ですね。
ホント丈夫です。
引っ張ってもちょっとやそっとじゃ切れません。
紡績の技術がなかった時代には茎から取り出した繊維を一本一本手で紡いでいました。
麻糸は丈夫で長持ちするため古くから衣服に使われてきました。
しかしかつての麻織物は今のものほど着心地は良くありませんでした。
もともと麻糸はこのように毛羽立っています。
これがチクチクゴワゴワの肌触りを感じさせていたのです。
ではこの毛羽立った糸がいったいどうやって柔らかな近江の麻に生まれ変わるんでしょうか。
麻の毛羽立ちを抑えしなやかな糸に変える。
そこに秘密の工程があるといいます。
訪ねたのは麻糸を加工する特殊な技術を持つ工場。
こんにちは！こんにちは。
こちらで麻の糸を加工していると伺ったんですけど…。
社長の古川裕通さんです。
きれいな糸ですけど毛羽立ちが目立つ感じですね。
こちらを加工するんですか？そうです。
うちのほうで。
どのような？特殊な…。
特殊な加工がある。
どういうふうに仕上がるんですか？この一本一本の毛羽が？そうです。
毛羽を抑える特殊な加工に使うという材料がこちら。
わっ！何だろうこれ？えっどういったもの？液体ですか？まあすくってみますね。
あ〜糊みたいな感じ。
でん粉というか…。
ゼリーのような。
ですね。
何ですか正体は？実はですねこちらになるんです。
え〜！何これ？これ何だと思います？実は…これを粉末にしてアルカリ性の液体に入れ手作業でゆっくりと混ぜます。
１５分ほどするとだんだん糊状になっていきます。
コンニャクイモに含まれるグルコマンナンという成分が働き毛羽立ちを抑えるというのです。
こちらの工場には全国から麻のコンニャクのり加工の依頼が来ています。
これを麻糸につけていくんですね。
そうですね。
それはどういうふうにつけていくんですか？ここで残念ですか？申し訳ございません。
大事な秘密なんですね。
糊づけ加工の部屋は立ち入り厳禁。
技術が盗まれないよう見学はおろかその設備さえ見せられないとのこと。
そこで奥山さん粘りに粘って取材を進めた結果…。
分かった加工法がこちら。
麻糸一本一本をコンニャクのりの入ったコップの中を通過させコーティング。
３００個のコップがあり８人の職人が手作業で調整しているそうです。
こうして出来上がったのがこの麻糸。
コンニャクのり加工する前と比較すると毛羽立ちが消え更につややかな光沢が生まれています。
しかもその効果は製品になったあとも何年も持続するといいます。
そこで織物素材の研究を行っている施設である実験をすることにしました。
用意したのは同じ太さの麻糸で織られた２枚の布。
一方にはコンニャクのり加工が施されています。
まず洗濯機で１０回洗います。
日常生活での麻へのダメージを再現するためです。
次に機械を使って生地を３００回強くこすります。
そしてマイクロスコープで拡大し表面の様子を比較してみます。
すると…。
こちらは加工していない生地。
毛羽が出てかなり傷んでいます。
一方コンニャクのり加工した生地は摩擦に耐え毛羽立ちが抑えられているのが分かります。
コンニャクのり加工というものは麻の毛羽立ちを抑える優れた加工法の一つということが分かります。
高度なコンニャクのり加工が麻をしなやかで丈夫な織物に変身させていたんですね。
豊かな自然が育んできた近江の麻織物。
長い間愛されてきたもうひとつの理由があります。
奥山さんが着ているのは近江の麻の最高級品といわれる…麻に織り込まれた模様にご注目。
トンボが羽を広げて飛んでいます。
淡い色彩でかすれたような不思議な風合い。
近江上布の特徴的な模様です。
いったいどうやって生み出されるのでしょうか？この着物を手がけたのは伝統工芸士大西實さん６６歳。
４０年にわたって近江上布を織り続けてきました。
大西さんは糸選びから織りや染めまで全工程のほとんどを１人で行う数少ない職人です。
そこでこの独特のかすれた模様を作り出す技を見せて頂くことにしました。
まずは…そしてその横糸に型を使って柄をつけていくのです。
「型紙捺染」と呼ばれる伝統の技。
捺染とは染めたい部分に染料を押し付ける技法です。
微妙な力加減が模様のかすれ具合を左右します。
機械のプリントでは決して得られない繊細な色彩が生まれるのです。
横糸が鮮やかなトンボの柄に染まりました。
しかしまだあの独特の滲んだような風合いはありません。
実はこのあと更に複雑な工程が待っているのです。
トンボの柄もほのかに赤い線が見えるだけに。
この横糸を織機にかけ縦糸と共に織り上げていくのです。
大西さんは自ら織機を操り色をつけた糸を一本一本織り込んでいきます。
やっと織るという工程が出てきました。
ここが楽しいといえば楽しいですよ。
出来上がっていくという楽しさはあります。
大西さんの指の動きにご注目！横糸を引っ張り微妙にその位置をずらしているんです。
スローモーションでもう一度。
横糸をずらすことでかすれた模様が少しずつ浮かび上がってきました。
（大西）ここで調整するんです。
それをどんどんずらしていくとわけ分からなくなるので…。
ちょっとのかすれが欲しい…。
微妙なずらし方を…。
アートの世界です。
３万数千回！繰り返すこと３万数千回。
完成まで２か月を要する気の遠くなるような作業です。
この滲みというかこのかすれ具合が…。
今できた瞬間のオリジナルですよね。
他のどのトンボにもないこの子だけの柄。
調子の悪い日も二日酔いの日もそれぞれいろんな子たちができてくるという…。
こうして織り上がったトンボの柄。
近江の麻の自然な風合いは伝統を受け継ぐ職人たちの技の結晶。
手間をかけじっくりと織り上げられたイッピンです。
2014/05/18(日) 04:30〜05:00
ＮＨＫ総合１・神戸
イッピン「やさしい着心地　自然の風合い〜滋賀　近江の麻〜」[字]

今回は滋賀県の「近江の麻」。自然な風合いと着心地の良さが、季節を問わず人気を集めている。独特のしわ加工や糸のコーティング、美しい模様作りなど、匠の手技に迫る。

詳細情報
番組内容
今回のイッピンは、滋賀県湖東地方の「近江の麻」。ごわごわとしたところは全くなく、やわらかで優しい着心地。夏だけでなく、秋冬も身につける人が増えている。着心地の良さの秘密は、琵琶湖と山々が生み出す湿潤な気候と、職人の手技にある。「シボ」と呼ばれる麻独特のしわ、糸に光沢と柔らかさを与えるコンニャクのり加工、そして近江の麻に特徴的なにじんだような味わい深い柄。匠の技を、女優の奥山佳恵が訪ねる。
出演者
【リポーター】奥山佳恵，【語り】平野義和

ジャンル :
ドキュメンタリー／教養 – カルチャー・伝統文化

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音声 : 2/0モード（ステレオ）
サンプリングレート : 48kHz

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