日本の話芸 落語「小言幸兵衛」 2014.05.19

(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(桂南光)ありがとうございます。
南光でおつきあいを願うんでございますが。
私も噺家という仕事を長いことやらせて頂いておりましてまた人間としてもですね長い年月生きてきておるんです。
そこそこね。
ええ。
今日は客席を見渡しますともっと激しい方がたくさんおられますけれども。
私もですね今年の12月で年齢的には63歳になるんです。
見えませんでしょう?ね?いや今も自分でね楽屋の鏡見たら「あれ?25〜26でいけるんじゃないか」と。
(笑い)思ておったんでございますけれどもね。
まぁ見た目はなんでございますがですねやる事なす事やっぱり年寄りくさくなってるんですな。
自分では気が付かないんでございますけどね若い人たちなんか見ますとですねその言動を見ると「どうも納得いかんな」という事がございますね。
それを思わず言うてしまう。
これをまぁ愚痴やとか小言とこう言う訳でございますけれどもね。
この間も私ね電車に乗っておったんですけれどもね環状線京橋の駅でございますよ。
そこで電車に乗るために駅で待ってましたらね私の後ろにですね若い人が来ましてねで後ろでズルズルズルズルズルズルて音するんでございます。
何かいな思たらなんと私の後ろでカップ麺を食べとるんでございます。
(笑い)ちょっとこんな姿ないでしょ?よく駅のね立ち食い蕎麦とかあります。
あれでなしに恐らくコンビニかどこかでカップ麺を買ってそこでお湯を入れてもろてそれを持ってきてちょうど京橋の駅で3分経ったんでしょうな。
(笑い)そこでこう蓋開けてズルズルズルズルズルズル食べとる訳ですよ。
私だけやなしに他の人も「何やねんこの人」いう顔で見てます。
そこへ環状線電車が入ってきました。
乗り込みました。
その男ズルズルズルズルズルズル言わしながら電車に乗ってきよったんです。
その電車の中でズルズルズルズル食べとるんでございます。
けったいな奴っちゃな思ててしばらくしたら食べ終わってお汁を飲んで半分残してそれをドアのね?横の所にドンと置きよった訳です。
周りの人もみんな「何やこの人」っていう顔してる。
そこで私はね「こらぁ黙ってたらいかんな」と「言うてやらなくっちゃ」と思いましてね「君。
何しとんね?それ」ってこう言うたんですよ。
普通こう言われたらね「あっすみません」て言うと思うじゃないですか。
言わないんでございます。
「何が?」っちゅう訳です。
(笑い)「何がてそんな所へそういう物置いたらいかんやろ」。
「何で?おっちゃん何で?」。
「何でてあかんやろ?」。
「何であかんかこうこうこうとちゃんと理屈言うてえな」。
「理屈言うてえなてええ?」。
私ねそこで「こうこうこうであかん」てよう言わなんだんでね「まぁええけど」言うたんでございます。
(笑い)もう自分で悔しくてね。
こんなもんねこうこうこうやから駄目やてそらぁ言えないでしょ。
言わんかてね分かるじゃないですか。
そういうモラルとかねそういうものがですねもう若い人は欠如してる人が多いんですね。
だからこりゃもうね親とかね躾学校の教育これがやっぱり問題やと思いますね。
さてここにございましたのが家主の幸兵衛さんと申しましてこの人がですね朝から晩まで人の顔さえ見たら小言を言わんと気が済まん。
まぁ陰では「小言幸兵衛小言幸兵衛」とあだ名をされておる方でございますけれども。
今日も朝から起きまして自分ところの長屋を小言を言いながら回っております。
「はい皆さんおはようさん」。
「おはようさん」。
「おはようさん」。
「おはようさん」。
「おはようさん。
皆機嫌ようで暮らしてなはるか?な?人間不足言うたらいかんで。
おお『上見りゃ切りない下見て暮らせ』っちゅうぐらいやな?せやさかいにな『ありがたいありがたい』と思て暮らさないかん。
ああ。
あ〜芳っさんおはようさん」。
「あ〜家主さんおはようさんでございます」。
「あ〜大工の仕事行きなはるか。
ああ。
お前はんな芳っさん挨拶はちゃんとできてるけどもなひと言言わせてもらおうええ?あのな鼻毛が伸びてます。
な?大きな鼻の穴から鼻毛がボ〜ッボ〜ッと出てるがなそれ。
みっともない。
ええ?ホオ〜ッ『私ゃ職人やさかい構やしません』?あのなお前さんは構やせんかしらんけどそれを見せられる私らの身になってみ。
な?汚い心地悪いな?きれいに手入れしなはれほんまにもうどんならんな。
はいおはようさん。
その井戸側で最前からズ〜ッと顔洗うてるの誰や?それ顔上げなはれ顔。
万さんかいな。
ええ?お前はん何や?男のくせに何遍顔洗てんね。
後ろ2人3人と人が待ってんねや。
な?お前はんのな井戸側やないねん皆のもんや。
な?まだ顔洗てるわ。
あのなはっきり言うたろ。
万さんお前はんの顔ななんぼ洗てもきれいになりません。
ええ?地黒っちゅうやつやほんまにもう。
早いこと順番代わってあげなはれ。
どんならんなどいつもこいつも。
あ〜お正はんおはようさん。
朝早うから洗濯ご苦労さんや。
ああ。
結構なこっちゃがなひと言言わせてもらおう。
あんた洗濯してるのはええけど家の中から飯の焦げた臭いがしてまっせ。
ええ?御飯が焦げてるんと違いますか?『はい』?そうでおまっしゃろ?何を言うてなはんね。
ええ?大体お前さんなその洗濯しもって飯を炊こうというこれが間違うてるせやろ?1つの事でも満足にでけんのに2ついっぺんにしようというそのずぼらその横着さそれが間違うてますねん。
ええ?ホオ〜ッ『2ついっぺんちゃんとできる事がございます』?えらい口答えするやないかいな。
ホオ〜ッ聞かせてもらおう何やったら2ついっぺんにできますんじゃ?ええ?ホオ〜ッ『あくびをしながらおならができます』?」。
(笑い)「阿呆かいなほんまに。
女子のくせに何を自慢してなはんね。
早いことな釜の火を落としに行きなはれ。
ほんまにどいつもこいつも大概にしなはれや。
はい婆さんただいま戻りました。
あ〜もう長屋一回りしたらな喉が渇いてしかたがないお茶いれとくれ」。
「はいはい。
あ〜ご苦労さんなこっちゃな。
またなああ小言言うて回ってきなはったか。
そりゃ喉も渇くやろ」。
「何を言いくさんね。
私ゃなにもな小言言うために長屋回ってんねやないねん。
皆が機嫌ように暮らせるようにええ事をいろいろと言うてやってる。
誰も『はい』とは言わん。
聞かんな。
ええ?むかつくで。
婆さんちょっと聞いとくれ。
ええ?お正はんや。
洗濯しもってな飯炊いとん。
で焦がしとんねがな。
うん。
でそれ言うたったんや。
な?『2ついっぺんに物事するのが横着や』っちゅうたらなあのお正はんが口答えしよってな『2ついっぺんにできる事がございます』。
『お〜何やいな?』と聞いたらなおお『あくびをしながらおならができます』てこんな事言うやないか。
どない思う?」。
「ハア〜私もしてます」。
(笑い)「何を言うてなはんね。
私もしてますやありゃせんがな」。
「ごめんよごめんよちょっとすみまへん」。
「はいはい。
何じゃな?」。
「家主の幸兵衛はんっちゅうのはあんたでっか?」。
「ハア〜えらいぞんざいな人な来たが。
はいはい。
家主の幸兵衛は私やが何じゃな?」。
「いやこの先にね貸し家札の掛かった借家がおまっしゃろ?あれあんた所がええ家主さんでっしゃろ?聞いてきましたんや。
ええ。
家賃なんぼでんねや?」。
「何が?」。
「いやいやあの家ね家賃なんぼですって聞いてまんねや」。
「ハア〜ッあの貸し家を誰ぞが貸すと言いましたか?」。
「エエ〜ッ?あの家貸しまへんのか?」。
「貸すと思やこそ貸し家札が掛けたるな」。
「そうでんな。
で家賃なんぼです?」。
「ヘエ〜ッ誰ぞが貸すと言いましたかな?」。
「エエ〜ッ?貸しまへんのか?」。
「貸すと思やこそ貸し家札が掛けたるな」。
「でっしゃろ?家賃なんぼです?」。
「ヘエ〜ッ誰ぞが貸すと言いましたかな?」。
「すんまへんいつまでこんなやり取りせんなりまへんねやろ?家主さん。
お宅ちょっとぼけてはるんと違いますか?」。
「失礼な事言いなさんな。
ええ?私はしっかりしてますわいな。
婆さん。
ちょっとそっち行ってなはれ。
ええ?あのなお前さんが間違うてますのじゃ。
あんたあの家借りにきたんやろ?それやったらものを尋ねんのには順序というもんがあんね。
ああ?教たろか?あの家を借りるんやったらまず『借りたいんでございますが先約があるんでございますか?』とこう聞かないかんがな。
な?先約があったらもう諦めないかん。
けど先約が無かったら『ほなお前はんに借りてもらうか』。
あんたがどういう人やという事を聞いて『分かりました。
ほなあんたに借りてもらおう』。
な?話がまとまったところでそこで初めて『家賃がなんぼ』とこないなんねやねせやろがな。
ああ?貸すも貸さんも決まらんうちに『家賃なんぼ家賃なんぼ』て何をぬかしとんね。
もう一遍尋ね直しなはれ」。
「家借りにきて何でこない怒られないかんねや」。
(笑い)「分かりました。
ええええ。
もう一遍尋ね直しますけどあの家ね借りたいんでっけどももう先約があるんでおますか?」。
「はいはい。
あの家はなまだ先約はございません」。
「あっ左様か。
よかった先約が…。
よかったよかった。
家賃なんぼです?」。
「まだやっちゅうねん。
な?お前さんに住んでもらうとなってもやな長屋のつきあいがある家主として皆知っとかないかん。
お前さんがどういう人やっちゅう事をな。
ええ。
ちょっと2〜3尋ねますがええかいな?え〜あんた商売は何をしてなはんね?」。
「へえ。
いえ実は私ね前から豆腐屋やってまんねんけどねええ。
あそこでまた豆腐屋をやりたいんでっけど豆腐屋っちゅうのはあきまへんかな?」。
「豆腐屋結構な商いや。
けどな1つの町内に豆腐屋さんが2軒も3軒もあったらこれ客の取り合いでもめる。
ちょっと待ちなはれ。
婆さん婆さん。
あのな豆腐屋さんが借りにきたんやけどうちの町内に豆腐屋さんはあるかい?ええ?あ〜あ〜無い?『皆隣町まで豆腐買いに行てる』?フ〜ン。
『あそこへ豆腐屋さんができたら皆喜ぶやろ』?あ〜そうかいなそりゃちょうどよかった。
豆腐屋さんうちのな町内に豆腐屋さんは1軒もないらしい」。
「あ〜左様か。
こらぁよかったでんなへえ。
家賃なんぼです?」。
(笑い)「まだ早いっちゅうねん。
ええ?お前さんご家内は?」。
「ええ。
え〜嫁はんがね1人だけおりまんねんヘヘ〜ッ」。
「当たり前やないか豆腐屋が何でてかけ妾持てんねや。
子供衆さんは?」。
「小伜?これおりまへんな。
もう豆腐屋してんのにねこんなちっこいあんたねガキがチョロチョロしたらねもう仕事やってられしまへんやろ。
だからさかい小伜ガキてな者は一匹もおりまへんねや。
これだけは自慢でんね。
アア〜ッ」。
「阿呆。
お前さん何を自慢しとんね。
ええ?子供の事を小伜ガキそんな事言うたらいかん。
子宝ちゅうぐらいなもんや。
な?男と女子夫婦になったら子供こしらえてそれを大きいしてな?一人前にする。
これでこそな?大人というこっちゃ。
分かりますか?子供さんがおらなんだら他所さんから養子もらい子をするお方もある。
まぁまぁまぁな所帯持って間もなかったら子供もおらんやろ。
どれぐらいや?ええ?夫婦になってどれぐらい?ホオ〜ッ5年?なにか?お前とこの嫁さんは所帯持って5年も経っていまだに子供の一人もよう産まんのか?情けない女子やな〜。
そんな嫁と別れなはれ」。
(笑い)「心配せえでもええ。
私がなお尻の大きな子供をなボンボンボンボンなんぼでも産む丈夫な女子世話したるさかい。
な?あの家を借りるねやったらな嫁はんと別れてきなはれ」。
「やかましいわい。
最前から聞いてたらこのおっさん好き勝手な事言いやがって。
ええ?何で家借りるのに嫁はんと別れんならんのじゃ?私ら相惚れでな『一緒になってな豆腐屋やっていこう』て一生懸命やっとんのじゃ。
子供かてなこしらえようと思たらいつでもできるけどなまだ商売が落ち着かんさかいこしらえてないだけじゃ。
会うた事もない家の嫁はんの事をボロカスに言いやがってどない思てけつかんね。
誰があんな家借ったろか。
阿呆〜」。
(笑い)「何じゃ?何じゃ?急に怒りだして。
『阿呆〜』ちゅうて帰ってしもたがな。
ええ?婆さん。
お前さん何ぞ気に障る事言うたんと違うか?お前さん」。
(笑い)「『私何も言うてません』?あ〜そうかいな。
もう今どきの若い者は何を考えとんのやよう分からんな」。
「え〜ごめんくださいませ。
失礼を致します」。
「はいはい」。
「家主の幸兵衛様のお宅はこちらさんでございますかいな?」。
「はいはい。
家主の幸兵衛は手前じゃが何じゃな?」。
「私この表を通りかかった者でございますけれどもこの先に誠に結構なお借家がございましてえ〜お借りしたいんでございますけれどもあの家はもう既に先約があるのでございましょうか?それとも無ければ私のような者にでもお貸し頂けるのでございましょうか?そこのところをちょっとお尋ねに上がったところでございます。
ひとつよろしゅうにお頼も申しますでございます」。
「婆さん婆さん。
今日初めてまともな人が来たがな。
ええ?お〜言う事に無駄がないそつがない。
聞いてて気持ちがええな。
お前さん商売は何をしてなはる?」。
「はい。
え〜手前どもは実は仕立て屋を営んでおりますが」。
「何じゃて?」。
「仕立て屋を営んでおりますが」。
「ホオ〜ッ仕立て屋さん。
道理できっちりしてるはずや。
それも仕立て屋と言わんとやで『仕立て屋を営んでおります』。
この言いようがええな。
うん。
仕立て屋さんのこの糸と営むこれをこう洒落で言うてなはるな」。
「いえいえ。
たまたまでございますけれども」。
「いやいやそういうな言葉遊びゆとり私ゃ好きじゃ。
ああ。
でなにかいなご家内は?」。
「はい。
私と家内と伜以上3名でございます」。
「言う事に無駄がないなお前さん聞いてて気持ちがええ。
これ婆さん婆さんちょっとお茶を入れたげなはれ。
うん。
1つでええで1つで。
うん。
な?でな伜さんは年は幾つや?」。
「はい。
今年ちょうど二十歳になりましてございます」。
「何?二十歳?ホオ〜ッお前さんもいや若うに見えるけれどもそんな大きな伜さんがいてなはる?結構なこっちゃな。
うん。
で息子さんは何をしてなはる?」。
「ええ。
私と同じ仕立て職人をやっておりまして」。
「近頃珍しいな〜。
親のあとを継いでハア〜同じ仕事職人さん結構結構。
うん。
でその仕立て屋としての腕のほうはどないや?」。
「はい。
近頃では私より伜のほうに注文が増えて困っておるような次第でございまして」。
「何を言うてなはんね。
親としてこんなうれしい事はありゃせんやないかいな。
あ〜そうかいな。
年が二十歳でうん親のあと継いで仕立て職人となって腕が立つ結構なこっちゃな。
ああ。
でその伜さん息子さんはどんな顔してなはんのじゃ?」。
「何でございますか?」。
「いやいやあんた所の息子さんの顔じゃ。
まぁ早い話がやな男前か不細工かっちゅうこっちゃ。
ちょっと言うとくれ」。
「ハア〜ッなんでございますか?あの家をお借り致しますのに家の伜の顔が関わるのでございますか?」。
「いやいや。
関わるという訳やないけどな家主と店子は親子も同様や。
何でも知っとかないかん。
ちょっと言うとくれ。
な?はっきりと。
不細工かああ男前かちょっと言うとくれ」。
「左様でございますか。
親の口から言いにくいんでございますが親類や友達は『お前とこ鳶が鷹を生んだな』てな事を言うてくれておりますんでな」。
「何じゃて?鳶が鷹?お〜なるほどなるほどそういう事かハア〜。
っちゅう事はお前さんが鳶じゃな?ああ。
そんな顔やお前さんは。
うん。
息子さんが鷹?男前っちゅうこっちゃなあ〜そうかいな。
うん。
でなにか?もう近々所帯を持つというような話はありますのんか?」。
「いえ。
全くそういう話がございません」。
「なるほど。
けどいずれ一緒になるといういわゆるな?許婚そういうお方があるに違いないな?」。
「それが手前どもの伜全くいままで女っ気がございません」。
「何じゃて?全く女っ気がない?ホオ〜ッそれは困りましたな〜」。
(笑い)「何がどう困るんでございますか?」。
「な〜年が二十歳で仕立て職人で腕があって顔が男前で女っ気がない。
そういう息子さんがおる人にあの家は貸せませんな」。
(笑い)「ハア〜ッ?いや家の伜の何がいかんのでございますか?」。
「いやいやいやお前さん所の伜がな悪いという訳やないがなこれ話をせんと分からんがな。
うん。
あんた所がなあそこへ宿替えしてくるとこの町内にちょっとしたもめ事が起こりますんじゃ。
あの家の向かいにな古着屋さんがありますのじゃ。
ありましたやろ?おお〜。
そこにな一人娘のお花ちゃんというのがおります。
これがまあ〜かわいらしい。
別嬪じゃ。
今小町と評判の娘さんでな。
うん。
年が…。
あ〜これ婆さん。
お花ちゃん今年なんぼやった?ええ?おお〜19?19か?そうか。
ハア〜お花ちゃんが19。
あんた所の伜が二十歳。
年回りが悪いな〜。
お前さん所が宿替えしてくるやろ。
さぁ向かい同士や。
朝晩顔を合わす。
『おはようございます』。
『こんばんは』と言うてるうち挨拶してるうちはええけどもそのうちにやな若い者じゃ。
ニコッと笑てお互いに冗談の一つも言い合うようになるとこれちょっと危ないで」。
「何が危ないんでございますか?」。
「鈍い人やな。
お前さん。
若い者というのはなええ?ニコッと笑て冗談の一つも言うという事は口には出さんけど胆のうちではお互いに惚れ合うてるとこういうこっちゃがな。
ええ?お前はん所の伜が思いよる。
『あ〜お向かいのお花ちゃんかわいらしいな。
一遍2人だけでゆっくり話がしてみたいな』とこない思いよる」。
「いえいえいえ。
手前どもの伜は堅物でございますので左様な事は思いません」。
「思います!」。
(笑い)「あのなお前さん顔見てないさかいそんな事言う。
お花ちゃんっちゅな別嬪でかわいらしいねやで。
あの顔見たら誰かてそういう気になります。
おお〜。
現に私もチョイチョイ思てるくらいや私も。
ば婆さん婆さん。
冗談やがな。
ええ?猫蹴りなはんな猫をほんまにもう」。
(笑い)「言葉の文やがな。
な〜?ハア〜ッお花ちゃんも同じように思いますわいな。
『まあ〜お向かいの若旦那…』。
あっ名前聞くの忘れてましたなお前さん所の伜さん名前何ちゅうのじゃ?ええ?ホオ〜ッホオ〜ッ世之介?世之介?悪い名前やな〜」。
(笑い)「世之介っちゅな世の中の助平の代表みたいな名前やないか」。
(笑い)「まぁよろしいわいな。
な?『お向かいの若旦那世之介はんええ男やわ〜。
こんな人とできたら所帯が持ちたいわ』とお花ちゃんも思てます。
な?お互いに思い合うてる。
さぁある日のこっちゃがな。
ええ?この古着屋の親類に法事があってなお父っつぁんもお母はんも出かけてしまう。
お花ちゃんが一人で留守番や。
な?浴衣かなんぞこう店先で縫いながら留守番してる。
さぁこの日を待ってましたとばかりお前はん所の世之介が向かいまで行てお花ちゃんのほうをジ〜ッとこう覗き込みよる。
お花ちゃん。
な〜人影がある。
ヒョイと顔を上げたら常々思てるお向かいの若旦那世之介はん。
『まあ〜お向かいの若旦那』ってな事を言う。
これを聞いて世之介がやなああ白々しい事言うで。
『お花ちゃん何をなさってるんでございますか?』こんな事言う。
見たら分かるがな。
浴衣を縫うてんねや。
さぁお花ちゃんもこれを受けてやな『世之介さん。
この浴衣の袂の丸みがうまいこといかしまへんねけどちょっと教えてもらわれしまへんやろか?』とこう言う。
これ聞くなりお前とこの伜が鼻の下伸ばすだけ伸ばして『お花ちゃんどこでございますかいな?』と上へ上がり込むやないかいな」。
(笑い)「二親が留守で娘が一人しかおらん家へ上がり込むやなんてどんな躾をしてなはんね」。
(笑い)「申し訳ございません。
いやまだ宿替えしてきとりませんねんけどね」。
「若い者や。
もうその日のうちに2人はええ仲になる。
できてしまうっちゅうやっちゃな。
それから親の目を盗んでチョイチョイ忍び会うてるわいなええ?お花ちゃんのほうは『夫婦になりたい一緒になりたい。
世之介はん。
お父っつぁんお母はんに言うとくんなはれ』。
ところがお前はん所の伜が気が弱いさかいよう口に出さんがな。
な?女子のほうがしっかりしてる。
『お母はん。
実はお向かいの若旦那とこんな事になってまんね』。
『そりゃ結構なこっちゃないかいな。
ほな世之介さん家へ養子に来てもらおうか』とこういう事になりますわな?」。
「ちょっと待ってもらえまっしゃろか?」。
(笑い)「えらい話がトントントントン進んどりますけどねいやいやそりゃ結構でございます。
結構でございますけど実は手前どもも一人息子でございますのでできましたら養子という事やなしにお花さんをお嫁に頂くという事にして頂けまへんやろか?」。
「勝手な事言いなはんなあんた。
ええ?」。
(笑い)「他人さんの娘さんきずもんにしといてそんな事が言える立場かいな」。
「申し訳ございません。
いやまだ宿替えしてきとりませんねんけども」。
「さぁ『家へ養子に来い』。
『嫁に来い』。
双方からこうな?もめるわいな両方とも。
な?これをなんとか収めないかん。
そこでな?こういうもめ事を収めるのは長屋で一番しっかりしている家主の私でございます。
私の出番ですな。
出ていって双方の話を聞いてやな『なるほど分かりました。
それやったら前々から先に住んでるこの古着屋さんのほうへひとつ世之介さんを養子にやってもらいたい』と私が仕立て屋さんあんたに頭を下げたらお前さんも嫌とはよう言うわんやろ」。
「いえいえ。
申し訳ございません他の事はともかく養子の一件だけは私は承服できませんのでひとつなんとか」。
「あ〜そう?あ〜そう?お前はんも頑固な人やな〜。
そんな事言うてたら取り返しのつかん事になりまっせ」。
「どんな事になるんでございます?」。
「若い者や。
分別がないがな。
な?『大坂におったんでは一緒になれん』。
2人手に手を取って駆け落ちという事になるなああ江戸へ駆け落ちしよる」。
「エエ〜ッ?江戸まで行きますか?」。
「行かいでかいな。
世之介が家の中の金かき集めてそれ持って2人で江戸へ行くねん」。
「ホオ〜ッ江戸でやっていけまっしゃろか?」。
「さぁそれや。
江戸という所はえげつない所やで。
お前さん行た事あるかい?ないか。
私ゃ2遍行た事あるけどもおお皆が言うてる。
『生き馬の目を抜く』っちゅう所や。
物の値も高いわいな。
持ち出した金じきに無うなってしまう。
さぁ仕事せんならん。
な〜?仕立て職人の腕はあるけどな江戸では働かれへんね。
ああ向こう行たら分かります。
うん大坂者上方者は『ぜえろく』って言われてななかなか相手にしてもらわれへん。
けど食ていかないかん。
日銭が要る。
しかたがないがな。
な〜日雇いの仕事に行かんならん。
ところがお前はん所の世之介が針と鋏ぐらいしか持った事ない。
力仕事がでけんがな。
けどこう土運んだり材木担げたりしてこの力仕事がたたってやなお前とこの伜が病気になって寝込みますわいな。
不細工な奴っちゃで。
ええ?かわいそうなんはお花ちゃんや。
女子手一つで病気の亭主を看病しながら内職してるけども薬代は高つく借金はかさむ。
もうどないもこないもにっちもさっちもいかんようになってようあるやっちゃな?女子や。
色街へ身を沈めるっちゅうやっちゃ。
江戸では吉原や。
な?ここへ体を預けてなにがしかのお金を借りられた。
さぁ薬代も払う借金も返す。
でお前はん所の伜の病気も治ります」。
「えっ?伜の病気治りまして?ありがとうさんございます」。
「でな江戸にも私みたいにええ人がおってな。
『お〜上方の職人さんかああ仕立て職人。
お〜俺の知ってる店を世話してやろう』という訳でお前はん所の伜が江戸でやな仕立て職人となって働きますわいな」。
「仕事までお世話して頂きましてありがとうさんでございます。
でそこで家の伜が一生懸命働いてお金を貯めてでお花さんを身請けして2人仲良う暮らしていくとこういう事になりますか?」。
「ハア〜お前さん。
甘いなお前さん」。
(笑い)「世の中そないうまいこといきませんで。
おお〜気が付かん間にやお花ちゃん言うてるように別嬪や。
吉原で売れっ妓になる。
ああ。
お花太夫という太夫の職まで上がっていたがさぁあっちこっちからなこれを口説いてくるけども『うん』と言わん。
さぁここでやさる藩の留守居役というのがお花太夫に惚れていて手を変え品を変え口説いてくるがお花ちゃんはお前はん所の伜に操を立てて『うん』と首を縦には振らん。
こうなったら金で話をつけなしかたがないというので出入りの回船問屋北海屋を呼びつけよるな。
季節は春じゃ。
吉原の奥座敷桜は満開じゃ。
『これはこれは黒岩様なかなかご盛んな事でございますな』。
『何を申す北海屋。
身どもはその方と花を見ながら一献傾けたいだけじゃ』。
『左様でございますかな?ウ〜ン黒岩様のご所望は花は花でももの言う花でございましょう』。
『その方存じておるのか?』。
『蛇の道は蛇でございます。
心得ました。
お花太夫の身請けの金はこちらでご用意致します。
その代わり例の抜け荷の一件はよしなにお取り計らいの程を』。
『北海屋。
その方もなかなかの悪じゃのう』」。
(笑い)「『黒岩様も』。
『ハハハハハハハハ』。
『ヘヘヘヘヘヘヘヘ』。
『ハハハハハハハハハハハハハ〜ッ』。
仕立て屋がおらんやないかいな」。
(笑い)「ええ?婆さん婆さん。
最前までここに座ってた仕立て屋さんはどないしたんや?ええ?うん。
『北海屋の辺りでお帰りになりました』?」。
(笑い)「何をすんね。
この話はこれから面白うなんねがな。
ほんまに惜しいな〜。
婆さん。
こっち来て続き聞きなはれ」。
「嫌やがな」。
(笑い)好き勝手な事を喋っております。
「小言幸兵衛」でございます。
(拍手)
(打ち出し太鼓)
(テーマ音楽)2014/05/19(月) 15:00〜15:30
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 落語「小言幸兵衛」[解][字][再]

4月3日(木)にNHK大阪ホールで行った第340回NHK上方落語の会から、桂南光さんの「小言幸兵衛」をお送りします。

詳細情報
番組内容
4月3日(木)にNHK大阪ホールで行った第340回NHK上方落語の会から、桂南光さんの「小言幸兵衛」をお送りします。(あらすじ)小言を言うことが生きがいのような長屋の家主さん。今日の朝から仏壇の前で家の者に小言を言っている。そこへ、家を借りたいとある男がやってくるが、その男のものの言い方聞き方が気に入らなくて、この男に小言を言って返してしまう。その後にまた違う男がこの家を借りたいとやってくるが…。
出演者
【出演】桂南光,浅野美希,桂米輔,桂米平,桂吉の丞,増岡恵美

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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