JR大阪駅前(大阪市北区)にある通りの真ん中、銀色に輝く5本の塔がそびえる。それぞれ微妙な曲線を描き、個性的なデザインだ。何かの記念碑か、はたまたオブジェなのか。尋ねると地下街の換気塔だという。どうやら大阪は、他都市では目立たないようにする“裏方”の施設をあえて際立たせる傾向があるようだ。他の例も調べてみた。
■アラスカの原生林をイメージ
ホワイティうめだの上にそびえる村野藤吾設計の梅田換気塔(大阪市北区)
換気塔は地下に空気を送るための筒状の建物で、清浄な空気を吸い込むため、地表から一定の高さが必要。塔の真下に広がる地下街、ホワイティうめだを運営する大阪地下街によると、1963年の地下街開業に合わせて建設された。村野藤吾設計という。
村野は大阪・心斎橋の旧そごう大阪店などを手掛けた戦後を代表する建築家。設計した経緯は不明だが「アラスカの原生林をイメージしたと聞いています。『大阪の表玄関にふさわしい建物を』との考えがあったのでは」と大阪地下街の山口克也建設課長は話す。
北新地の北側にある国道2号の地下駐車場の換気塔も、透明なブロックで築かれたユニークな姿だ。近畿地方整備局によると「98年に完成。2008年ごろまでライトアップしていました」。
大阪・ミナミにも、奇抜な“裏方”施設がある。単独の地下街で国内最大とされるクリスタ長堀(同中央区)。地上に突き出た空調冷却塔に描かれているのは、金髪女性が男性に視線を向ける巨大なイラストだ。
■米ポップアート作家の作品
「米ポップアートを代表するリキテンシュタインの作品です」。クリスタ長堀の鈴木勇・施設管理担当課長によると縦約37メートル、横約15メートル。1997年に開業する際、周辺の街づくり組織などから「殺風景なタワーを何とかして」と要望もあり、日本宝くじ協会の助成で翌年に完成。版権取得だけで約5千万円かかったという。
▼村野藤吾(1891~1984年) 佐賀県出身。大阪を拠点に活動し、モダニズムを基本としながら、華麗な装飾表現など幅広い作風で知られる。主な作品に東京の日生劇場(63年)など。広島市の世界平和記念聖堂(54年)は戦後建築で初の国重要文化財になった。換気塔のみ単独で設計したのは梅田だけという。
▼ロイ・リキテンシュタイン(1923~97年) 漫画の一コマを拡大したような手法で知られる。クリスタ長堀の壁画の作品名は「大阪VICKI(ヴィッキー)」。「君の声が聞こえたと思ったよ」と呼びかける男性に女性が視線を向ける構図で、壁画制作にあたり、64年制作の原画に同氏が加筆した。
リキテンシュタインの壁画があるクリスタ長堀の空調冷却塔(大阪市中央区)
プロデュースした環境デザイナー、福田武さんによると、ミナミに広がるファッション街・アメリカ村を意識。「堅苦しい絵は大阪らしくない」と、ポップアートを選んだ。彼の壁画では世界最大級という。西隣を阪神高速が走り、大阪府警から「運転者の目を引き、危ない」との懸念も出たが、大きな事故は起きていないそうだ。
他の都市を見ると、総じて換気塔の肩身は狭い。東京駅(東京都千代田区)では10月、丸の内側の換気塔の高さを約13メートルから約4メートルへ切り下げる工事を始めた。JR東日本は「景観への配慮は同じでも手法は大阪と逆」と話す。八重洲側の地下街は「換気塔はただの円柱。大阪がうらやましい」。
■目立つ換気塔、大阪以外では少数派
JR新宿駅(同新宿・渋谷区)の西口にある地下広場は、換気塔代わりに大きな吹き抜けの開口部を設けた。「高さ18メートルもの換気塔が必要で、景観からいっても面白くない」と資料にあり、目立たないよう工夫した結果らしい。JR博多駅(福岡市)地下街は2年前、換気塔を格子で覆い隠した。JR名古屋駅(名古屋市)周辺の各地下街も「目立たせる発想は全くない」。
大阪と同様の発想は少数派。80年代半ば、横浜駅(横浜市)西口で換気塔のデザイン性を高めようとコンペを実施し、金属製の化粧板でカバーした例があった。
大阪市立大の倉方俊輔准教授(建築史)は、梅田の換気塔について「高度成長期、各都市で進んだ駅前再開発で、オブジェを建てる例はあっても換気塔を前面に打ち出したのは大阪だけでは」と話し、背景に「都市計画で名高い関一市長など戦前から続く伝統がある」と分析。福田さんは「道頓堀のネオンに通じる、派手で目立ち好きの気質の表れ」と指摘する。
■芸術作品として再評価
これまでは目立たなかった換気塔だが、芸術作品として再評価する動きが出てきた。大阪市は今年度、「生きた建築ミュージアム」と銘打って近代建築など28件を選定。梅田換気塔も選ばれ、見学ツアーも始まった。
大阪の場合、目立つ裏方施設は換気塔だけではない。2001年に完成した舞洲のごみ処理場はオーストリアの建築家がデザインし、奇抜な装飾や色使いで有名だ。年間約1万5千人が訪れ、海外からのツアーコースに組み込まれる人気ぶり。倉方准教授は「大阪人は『大阪は観光で見るものない』と卑下するが、もっとアピールできる。換気塔は時代を先取りした貴重な資産」と強調する。
(大阪社会部 西堀卓司)
[日本経済新聞大阪夕刊関西View2013年11月26日付]
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