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研幾堂の日記

Quemadmodum desiderat cervus ad fontes aquarum,
ita desiderat anima mea ad te, "Veritas".

Noli foras ire, in te redi,
in interiore homine habitat veritas.

An invenisti, anima mea, quod quaerebas?

ΛΕΓΕ ΑΥΤΟΣ ΚΑΙ ΠΕΡΑΙΝΕ

ex magna luce in intellectu magna
consequuta est propensio in voluntate.

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2011-01-04 風見章「近衛内閣」の「大政翼賛会のおもいで」から このエントリーを含むブックマーク

 この日記に、昔書き散らかしたものは、去年思うところあって、ここから取り除いてしまったが、その書きなぐりもので取り上げた一テーマに、大政翼賛会について、調べたり考えたりしたままに書き連ねたものがある。これについては、いずれ整理し直して・・・みたいなことになるかどうかは判らないが、おおよそ似たようなことは書くことがあると思う。

 とまれ、その書き連ねは、今言ったように、見当をつけてあれを調べこれを読んで、泥縄式に知識を掻き集めてて、その折ごとに見通しを立てて、こうかああかと難渋しながら考えてみたものであったが、そのガイドラインと言うか、全体の流れの暫定的な補助線に、風見章「近衛内閣」に記されている、彼の目から見た、新政党運動、近衛新体制、そして大政翼賛会の経緯を用いていた。

 そういう視点を重宝に感じていたのは、風見章が政党や政党政治というものに軸足を置く人であったかである。そしてそういう立場に気持ちをよせやすかったのは、私が政党政治に強く関心を持っていたからであるし、あの時期に、どうして、またどうやって、それが消滅していってしまったのか、その理解をきちんと持つべき必要があると感じていたからである。(ちなみに、このどちらについても、現在でも関心を持っているし、必要を感じていると記してもよい。)

 さてその昔話を持ち出したのは、あの頃とにもかくにも時間系列的にという方針を立てていて、その心づもりでは、風見章「近衛内閣」の「大政翼賛会のおもいで」の章末尾に記された一節を引いてくる予定であった。こういうものになっちゃったんだよ、と一読明瞭に告げているものだからである。・・・ところで、大政翼賛会に関する話題は、考えていけば行くほどに、憂鬱な気分に襲われる。何がといって一番なものは、戦後日本、二、三十年前の日本、書きなぐりをしていた数年前の日本、そして現在の日本と、読み知り、直接知り、それに腹立ち、それにうんざりし、それに・・・、とにかく考え捉え直そうとする対象として、我が身の回りにあるものどもが、ほとんど同じものであることに気づかされるからである。そうして、あの心づもりの引用をするまでには、とうとう到達しないで、その趣向で書くことを放り出してしまった。

 もう一度、さてその昔話を持ち出して、今回何をどうしようとするつもりかと言えば、特別のひねりも何もない、その予定の箇所、引いて紹介するだけしてしまおう、と思ったのである。それをだけ突然に見てみても、だから何だ、という印象を持つ向きもあろうし、戦後なりの翼賛教育が教える戦前政治史の知識と理解のままの人には、それに引き寄せたままの受け止めをする向きもあろうし、その他、あれやこれやと、こちらが望むようには読んでくれないであろう。・・・なら、こう私は読むのだ、というのを示せば・・・、なんか気が重くなる。

 だから、引用。

有馬氏がやめてからも私は総務の役にはあつたが、その後はやくだつこともないとかんずいて、めつたに総務会にも出なかつた。ただ一度いまでもおもいだしては、おかしくなる場面に出つくわしたことがある。一九四一年昭和十六年)の秋、近衛氏が、内閣をなげださねばならなくなり、東條内閣ができたが、翼賛会の規則にしたがつて、こんどは、東條氏がその総裁となつた。そこで東條氏就任のあいさつがあるから、出席されたいとの通知がきた。近衛氏とは、縁のふかいわたしである。内閣更迭のいきさつから、わたしが、ひがんで出席しないようにとられるのも、いやだつたので、めずらしく、わたしも出席した。行ってみると、翼賛会の連中は、総務以下一同、大広間にあつまつていた。おそくいつたので、わたしは総務席のいちばんうしろのほうにならんでいた。やがて、東條氏がすがたをあらわして、いちだんと高い席につくと、司会者が、われるようなこえで、「敬礼!」と、さけんだものである。学校や軍隊ではあるまいし、あらたまつての敬礼など、おかしくもあり、ばかばかしくもあり、わたしは、つつたつたままでいた。もちろん椅子はなくて、全部たつたままだつたのである。するとどうだろう、堂々たる政治家名士として、世間に通用する総務連中まで、その中の、たつた一人をのぞいては、いともうやうやしく東條氏のまえに、こしをおり、あたまをさげて、敬礼しているのではないか。それをやらぬたつた一人というのは、緒方竹虎氏だけであつた。こんな号令をかけて、敬礼させようとしたら、近衛氏や有馬氏なら、ばかなことはやめてほしいといつて、すぐに、とりけしをもとめたことであろう。

 近衛氏も、その手記の中で、大政翼賛会が、いつしか軍部フアッショの手さきとなり、内閣には、なんの役にもたたなくなつたことをのべているが、有馬氏がやめたあとは、日とともに同会は軍部の傀儡たる傾向をつのらせていつたのだ。そして、いつしか在郷軍人会のようなものになつていつたことが、東條総裁への敬礼によつて、はつきりさせられたとみていいのである。それからのちは、わたしは、一度も翼賛会へは顔をだしたこともなく、まもなく、それとの関係は、すべてたちきつてしまつた。」

 ・・・これを読んで、色んな人なりに、色んな読み取りをするのを、私の方から止めを打つように、あれこれと述べてみたいけれど、面倒なので、一つ二つ・・・。まずは、昨今の小沢信者云々という言い方に自分で酔い痴れている人達なぞは、小沢一郎こそ現代の東條総裁として壇上に立ち、我々に敬礼を強いるものとなるのだ、とさしずめ空想にふけって、一段と小沢信者は云々と、憂鬱なまでの悪罵の呪伏を述べ立てねばならぬと、呪いの文句を掻き集める決意を持つであろうけれど、私は、そうした展開はほとんどあり得ないと思っている。だって何よりも、そうしたオザワ嫌いの人達は、いつまでたってもオザワ嫌いであり続けるだろうから。それとも何ですか、情勢が変わったら、敬礼と号令されたら、ひょいと腰を折るのを厭わない、そんな程度の軟弱者なんですか?。

 こんなおふざけよりも、こう書いておこう。我々が、議会による統治の成立ちと、そこに於ける政党の性格と、そしてそれらに足場を置く政治家の役割とに関し、それぞれ明瞭な理解を持てば持つほどに、そしてそれから外れないように、政治を作り出していこうと努めれば努めるほどに、そんなことには決してならないからである。そんなことは必ず防いでいけるからである。何故と言って、例えば小沢一郎代議士が、自らか周囲の人によってか、そうした政治の方向性に反するあり方をするならば、先の姿勢に我々がある限り、我々はそれに相反するものを認めずに、それを(先の立場より)批判するに努めるであろうから。

 そして小沢一郎代議士か、それとも他の政治家か、そんなものが現れたとして、(もともと官僚の政府の現在のような強力さでは、こうしたものの出現などまずあり得ない。)議会政治・政党政治の方向に反すると批判して、そうした政治家の活躍を許さないことに成功すれば、我々は今一歩、議会による統治がなされた日本国を出現させるであろう。しかしながら、数年来の仕方でのオザワ排除のやり方は、そしてそれへの同調は、この道をすすむものとはまったく言えない。少し広げて、民主党はダメだ、自民党もダメだ、およそ政党はダメだという眼差しのままにあるならば、オザワと並んでハトヤマはダメだと言われていたように、やがてカンはダメだ、(でも菅直人総理大臣のダメさについては、別の点から、私は多言したいし、他の人の見解批評にも強く頷くものがある。)センゴクもダメだ、そして噂話の前原が表看板に押し立てられても、やがてダメだとなり、つまりは、政治家の誰が出てこようとも、一時の持ち上げの後に、(その持ち上げの陰で、官僚が実現させたいと狙っていたことを手に入れたなら、)追い出しの目にあっていくであろう。

 だからこうも言えよう。大広間に集められて敬礼するなどというような、目に見える形には、これからの大政翼賛会はならない。むしろ今目の当たりにしているように、ダメだ、ダメだという大合唱がどこかから沸き起こり、それにウンそうだな、と敬礼がわりにうなづかされていくような形こそ、(形あわせに加えて東條総裁などといった人物無しの見えづらい形のものこそ、)現在出現しつつある大政翼賛会的なあり方なのである。その号令の姿を変えた、大合唱への呼びかけが、一体、誰の口から出て来ているのか、それはどうやって、人々の耳に入るようになっているのか、そしてそんな号令されたことに唱和しなくてもよいと、どうして我々の多くが思えないようになっているのか、また、そうしない人達を、誰がどんな仕方で、叱責しているのか、これらを明らかに捉えたものによって、これからの、いや既に出来上がっている大政翼賛会的なものの姿は、描き出されるであろう。これらを突き止めることに注意疎かにしているならば、我々の国は、昔と同じように、(そしてどうやらずっとそういうものであったままのように、)政府を中心にした、上意下達の体制となっていくであろう。

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