当時小学6年生の大輔君を亡くした今野ひとみさんは、こう陳述した。
「最後まで、息子は助かりたいという遺志を持って“山に逃げよう。ここに居たら死んでしまう”と先生に訴えていたと助かった児童から聞きました。あの日、極寒の寒空の下、50分間もの間、息子はどんな恐怖と不安な時間を過ごしたでしょうか?小学生の子どもですら、ここまで津波が来ると危険を感じていたのだと息子の言葉を聞いたとき、そう思いました。死ぬと解っていながら、津波に呑まれることがどれだけ怖いことか、辛いことか、息子の最期を想像するたびに、母親として胸がはりさけそうになる思いです。“自分が代われるものなら、代わりたい”と、ずっとこの3年間思ってきました。
息子は眠った様な顔で、5日目に口をポカンと開けて遺体として見つかりました。遺体からは数日経つとまるで死にたくなかったというように血の涙が流れ出ました。なぜ?この様な死に方をしなければなかったのか、私はそこが知りたい。息子の最期までの助かりたかった遺志を無駄にしたくありません。もう一度出来ることなら、自分の息子を抱きしめてあげたい。でもそれは、今はもう叶わぬ夢です。だから私は亡くなった息子にかわり、ここで意見を述べさせていただきました」
石巻市は答弁書で反論
「予見できなかったのはやむを得ない」
これに対し、県と市は、40ページ近い答弁書を提出。
「明治三陸津波など、従前の津波は大川小に到達しておらず、津波は予想できなかった。ハザードマップも浸水対象区域から外れていて、むしろ、大川小が避難場所に指定されていた。 気象庁や報道機関ですら、地震発生後、1時間内は正確な情報を把握できない混乱状態にあった。
釜谷地区の住民も予見できず、8割以上が死亡したから、教職員が予見できなかったのはやむを得ないことだった。津波を回避できたという訴状記載の内容は結果論である。
地震発生後1時間以内で判断せよとするのは余りに酷なことだった。先生方が子どもたちを落ち着かせようとしていた1時間は、教職員としては当然の行為である」
などと反論した。
これに対し、原告側代理人の斎藤雅弘弁護士は、「焦点は、地震後50分間の教職員の認識や予見可能性であって、地域住民を持ち出すのは議論のすり替えであり、意図的に混乱させている。児童の命を守らなければいけない教職員の責任を混同させている。地域住民には児童を守る義務はないが、法律的に教職員には子どもの命を守る厳格で重大な安全確認、保護義務が課せられている。本件は、子どもたちを校庭に待機させたばかりか、裏山に逃げようとした子どもを引き戻した。区別を踏まえた正しい判断をしてほしい」と述べた。
代理人によると、県と市の答弁書のほとんどが、検証報告書の記載の都合のいい箇所から引用されていたという。