「CSS nite LP33 UI/UXの会は腹六分目だった。UIの話ばかりでUX成分が足りない~!足りない~!」と空腹アピールしてたところ。
森田雄さん&トザキさん@ツルカメ、ソシオメディアの上野さんとUIとかUXについて語る座談会なるものを開催するに至りました。
私以外のお三方は百戦錬磨の猛者。
経験浅い自分には、理解しえなかった部分も多々ありますが。
事業会社で、デザインしてる現場の人間として、お三方と話せて考えさせられた点について考察録を残しておこうと思います。
きっと、私のように、現場で日々ワイヤーフレーム書いて戦っている人にとって大事なことだと思うから。
「UX(ユーザーエクスペリエンス)」ということばをどうとらえるか?
森田さんがCSS niteで 論じていた「UXデザイナーが悩むべき8つのこと」について。
これは事業として成立するサービスそのものを考えろ、というようにも聞こえました。
UIデザインそのものと、UIから得られる体験についての話がメインになっていたCSS niteの中では異色。
「サービスデザインというのはわかるのだけど、じゃあその背景にある思想は何なんだろう?」というのが私が個人的に知りたい点でした。
私がみていない視点からも問いを出して、ワイヤーフレームを書く力。
ワイヤーフレームというのは、問いの多さに支えられるもの。
そう、私は信じています。
- 今のUIになった経緯は?
- 現在のビジネスの課題は何か、UIの問題は何か?
- ユーザーサポートはどういった対応をしているか?
- どんなシステムにつないでいるのか?
- ユーザーは今のUIに対してどんなことを思考して使っているのか?
- どんな端末で、いつ、どんな場所からアクセスしてきているのか?
- 商品を準備する現場ではどんなオペレーションを行っているのか?
- どんな商品が、どんな形で販売されるのか?どうすればビジネスが成立するのか?
- このUIを使ったユーザーは、このあとリアルの世界でどんな体験をするのか?
考えれば考えるほど、きりがない。
けど、これらの無限の問いについて、たった一つのワイヤーフレームで答えきることもできます。
答えをだすワイヤーフレームをつくれれば、サービスデザインのイニシアチブを握るといってもいいかもしれません。
逆にいえば、どーでもいい問いしか考えなかったり、もしくは問いすら考えず漫然とワイヤーフレームを書いてたりしたら、組織内での意思決定にクソの役にも立たない代物が出来上がります。
プロジェクト自体が先に進まないなんてことも日常茶飯事。
ていうか邪魔にしかならない。時間の無駄。
(漫然とワイヤーフレーム書いてくる人に対して、私が相当詰め姿勢になるのは「問いを考えた軌跡すらないワイヤーフレームは案件の邪魔」って思うからです。)
たてる問いの数を、質を、スピードを、どのようにしてあげていくか。
ワイヤーフレーム作る人間の生命線です。
たとえばソシオメディアの上野さん。
「使いづらそうだけど、どんな理由があるかクライアントに徹底して聴く」
とおっしゃっていました。
使いづらいUIだなー、と思っても。
その背景にある理由を解きほぐしていって、また聴く。
その繰り返し。
この繰り返しの積み上げがたくさんの問いを生み出し、作る物に反映されていくのだと思います。
「UXがバズワードになる前から、広告業界はずっとブランディングについて考えていたし、デザインの現場では気づいていたはず」森田さんはそう指摘していました。
CSS niteでも繰り返し「ブランドイクイティを考えろ」といっていたことと繋がります。
製品やサービスが一般化してしまい、機能や品質勝負では売れない→値引き合戦して業界全体で消耗戦、という市場において差をつけるもの。
それは、ユーザーが「なんかこれいい!」と思う主観。
「その主観をいかにしてつくりだすのか?」という点をずっと森田さん&広告業界で活躍されていたトザキさんお二人とも、論じていたように私は感じました。
事実、ツルカメにおいてある本で私が森田さんから強く勧められたのは「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版」。
「12版がいい、これだけまず読め」と言われました。
森田さん飲みまくってぺろんぺろんになってたけど、覚えてるかなー。
分厚くてうっかり足に落としたりしたら骨折するんじゃねーかという位重く、諭吉が一枚飛んでいく代物ですが、翌日速攻買いました。アマゾンプライム万歳。
もちろん、私のような現場で泥くさーく戦ってる人間は、全ての問いをたてることができるとは思えません。経営的に何がベストで今取り組むべきか、PL考えて問いをたてて答えを出せと言われても無理。
だけど、その問いをたてて、答えられるようになったら、デザインできるものの大きさもきっと飛躍的に大きくなるはず。
「出世しろ。」森田さん、上野さん、トザキさんから言われ続けました。
「なぜ受託制作なのか?」という問い
これは私の純粋な興味だったのだけど、なぜ森田さん、トザキさん、上野さんが受託をされているのか?という点についての話が印象的でした。
私は受託でのデザインの限界(意思決定の深いところまで入り込めない)を感じて、制作会社から事業会社へ転職した人間です。
「受託制作を生涯の仕事として位置付けている方々は、その意思決定の深いところまでコミットできないことにはどう考えているんだろう」という疑問をずっと抱えていました。
意思決定については「株をもって経営に参加すればいいんじゃない(笑)」とかの話はでたものの。
「受託なら相応の腹はくくるけど、事業会社の社長のように従業員全員やその家族の責任をおう判断はできない。その判断は社長がすべきと思ってる。」という明確な線がやはり見えていました。
じゃあ受託の楽しさは何か。
「でも、受託は人が数十年、積み重ねてきた経験を短期間で吸収することになる。この積み重ねをすれば人の何倍も生きたことになる。」
森田さんはそう笑っていました。
上野さんも、トザキさんも、その吸収する作業がとても楽しいと異口同音におっしゃっていました。
もちろん、私も。
ふと。
「そういえば森田さんて何歳なんですか?」思わずきかずにはいられませんでした。
「39歳」
そうきいたとき、私には、その年齢がウソのように思えてなりませんでした。
だって、本当に、もっとそれより多くの経験を積んでいるように見えるのだもの。
「24時間中20時間働いてた」という経験が蓄積された状況にいらっしゃったというのももちろんありますが。
やっぱり『人が数十年、積み重ねてきた経験を短期間で吸収する』ことを積み重ねると、人より長く生きているように見えるのかもしれません。
まさに万年続く、ツルカメ社の社名どおりの、ツルとかカメ的な存在。
ワイヤーフレームを考える人間が持つべき「魔法」
ワイヤーフレームは、『人が数十年、積み重ねてきた経験を短期間で吸収する』ことを経て、様々な問いをたて、うみだす成果物ということができます。さらにデザイナーによるデザイン工程がはいって、コーディングされて完成するわけなんだけど。
サイトをみたその場の体験のみならず、その後の体験を決めうる「魔法」が、この工程全体を通してかけられるんじゃないかと思うのです。
さかのぼること10年前。
私は21歳の頃、「とらや」のサイトを何回も見て、ワイヤーフレームを模写して、スクリーンショットをとってデザインの模写をしていました。
当時のビジネス・アーキテクツのサイトはかたっぱしから見てましたが、中でも一番好きだったのは「とらや」。
芸術的なようかんの写真、グレーのシンプルなデザイン、滑らかな明朝。丁寧にようかんがつくられている説明がすっとはいってくるデザイン。
ぞれまでじじばばの食べものだと思ってた「とらやのようかん」が、宝物に思えてきてなりませんでした。
夫の実家へ遊びに行く時、祖母の家へ行く時等、人生の大事な人に会いに行く時、私はとらやのようかんを買っていきました。
森田さんをはじめ、当時のビジネスアーキテクツの方がかけた魔法にたぶんずっとかかっているんだと思います。今も。
この魔法の存在、魔法をかける方法こそが、森田さんが、CSS nite LP33 UI/UXの会で会場にいた人みんなに伝えたかったことじゃないかな。
そう私は考えています。
というわけで魔法書である「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版」を読みに入ります。
10年以上前、就職活動で広告関連の基礎本読んだりしてたけど、知識怪しい部分も多々あるので改めてインプットしようと思う次第です・・・
ワイヤーフレームを書くときに、また新しい問いをたてるために。
ログ解析も、統計学も、ユーザーインタビューも、ユーザーテストも、人が数十年積み重ねてきた経験も、どんな学術的な議論も、分厚い学術本も、すべては、現場で書くワイヤーフレームにつながる。
ワイヤーフレームを発端にデザインが形づくられ、組織の意思決定が作られる。
ユーザーに体験が届く。
将来的に経営云々にいつか携わる日がきたとしても。
私はワイヤーフレームを書く仕事と、それを支える問いをたてて、組織の意思決定をも作っていく魔法が、きっと一番好きです。
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