[original] 給料や業績の公開によって生産性は高まるのか?

先日The Bridgeで『給与を公開して企業運営の透明性を高める「オープン・サラリー」という考え方』という記事が掲載され、アメリカで「オープン・サラリー」制度を導入し、給与を公開して透明性を高め信頼感やチームワークに役立てようとしている会社が増えていることが報告された。

同僚の給料を知ることが仕事に対する態度にどのような影響を与えるのだろうか?本当に仕事に対するやる気が出るのだろうか?

カリフォルニア州は、2008年3月に全ての州職員の給料をインターネット上で公開し始めた。米カリフォルニア大学バークレー校のデビッド・カード教授らは、カリフォルニア州の州立大学の職員の一部に給料公開サイトのリンクをメールで送って知らせ、その3—10日後、給料公開サイトのリンクをメールで受け取った職員と受け取らなかった職員の両方に対してアンケート調査を行った(論文のリンク)。アンケート調査の結果によると、給料公開サイトのリンクをメールで受け取らなかった職員についても、すでに19.2%が給料公開サイトを閲覧していた。そして、メールを受け取った職員のうち49.4%が、アンケート調査に答える前にそのサイトを見に行っていた。

給料が平均より高い人と低い人を比べるとサイトを閲覧しに行く確率は変わらないが、女性と男性では男性の方が給料公開サイトをすでに閲覧した人の割合が高かった。男性の方が他の職員の給料に興味があるようだ。サイトを見に行った人のうち87%の人が自分の部署の他の職員の給与を検索した。そして54%の人が同じキャンパス内の別の部署の職員の給料を検索した。身近な同僚の給料が一番気になるようだ。

アンケート調査では仕事に対する満足度や転職活動を始める可能性についても質問した。給料公開サイトのリンクをメールで受け受け取った職員のうち平均より給料が低い職員は、仕事への不満を報告し、近いうちに転職活動を始める可能性が高いと答えた。その一方、給料が平均より高い職員については、仕事への満足度が高まった訳ではなく、転職希望を低減させるという効果もなかった。

以上のカリフォルニア州のケースでは、同僚の給料を知ることにより平均以下の給料をもらっている職員の仕事への不満が高まり転職希望が増えたため、給料公開は好ましい結果を生まなかったことが示された。The Bridgeで紹介された「オープン・サラリー」制度を採用しているスタートアップBufferは、どのようにして給料が計算されているのか、そのフォーミュラを公開している(記事のリンク)。また、「オープン・サラリー」制度を採用しているアメリカの大手スーパーWhole Foodsは、給料だけではなく、各支店の売り上げと利益率を公表している(記事のリンク)。BufferやWhole Foodsのように給料計算の元となる情報も公開すると、カリフォルニア州の事例のような負の効果はないのかもしれない。しかしながら、どのような方法で給料の公開をすれば生産性が上がるのか熟考してから制度を導入すべきであることが、カリフォルニア州の事例から言える。

では、同僚の給料を知るのではなく、自分の業績・給料の社内での相対的な位置を知ることは、パフォーマンスにどう影響するのだろうか。ペンシルベニア大学のイワン・バランケイ准教授は、オフィス用の家具を販売する会社の1754人のセールス担当職員を対象に3年にわたって実験を行い、自分の社内での相対的な売り上げ額・給料のランキングを知ることがパフォーマンスの向上につながるのかどうかを調べた(論文のリンク)

この会社では、実験が始まるまで数年にわたって、セールス担当者が会社のホームページにログインした時、全米のセールス職員全員の中での自分の売上高ランキングが表示されるシステムを採用していた。セールス担当者に基本給はなく,給料は売上げ額に完全に比例しているため、売上げランキングがそのまま給料のランキングとなる。ランキングは個人のログインページのみに表示されるので、同僚に知られることはない。

バランケイ准教授は、セールス担当職員を4つのグループにわけた。第一のグループに対しては、ログインの時もうランキングを見せないようにした。第二のグループに対しては、引き続きランキングを表示し続けた。第三のグループに対しては、ランキングの代わりに、あとどれくらい売上額を増やせば上位10%、25%、50%のグループに入ることができるかという情報を示した。第四のグループに対しては、あとどれくらい売上額を増やせば上位グループに入ることができるかという情報とランキングを両方示した。そして3年にわたって4グループのセールス担当者の売り上げを観察した。

3年にわたる実験の結果、ログイン画面でランキングの情報が見えなくなった第一グループの売り上げは11%向上した。つまり、今まで、ランキングの情報を提示することで、売り上げが減少していたのである。引き続きランキング情報がログインページに掲示され続けた第二のグループの売上額が最低だった。ランキングと一緒にあとどれくらい売上額を増やせば上位10%、25%、50%のグループに入ることができるかを示した第四のグループの場合、情報の追加によって売り上げは増えたが、それでもランキングの情報を全く表示しない第一のグループと同程度の売上高でしかなかった。

自分のランキングが上がった時それがインセンティブになってさらに業績が上がるかというとそのような結果は得られず、その代わり、ランキングが下がった時は落胆してさらに業績が落ちることがわかった。また、実験の結果、パフォーマンスがランキングの情報に左右されるのは男性だけで女性は影響を受けないこともわかった。女性は業績や給料のランキングを気にせず仕事をしているようである。

これらの実験から、競争を導入することによって業績をあげることを目的として表示される営業成績(給料)のランキングも、パフォーマンスの向上につながらないことがわかる。業績が悪い職員のやる気を無くさせるという負の効果が強い一方、業績がよい職員にやる気を出させる正の効果は観察されない。女性は他人と比較せずに仕事をしているようで、このような効果は男性に特有のようである。

業績のランキングの公表は、日本の企業でも行われている。バランケイ准教授が行った実験は、日本の企業にも参考になるのではないかと思う。

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Categories: 行動経済学

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