「美味しんぼ」騒動 国は市民不安に答えよ
週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)連載漫画「美味(おい)しんぼ」での、鼻血と放射線の影響を関連づける描写に対し、閣僚らが相次ぎ批判するなど波紋が広がっている。
これを表現の自由の問題とするには、あまりに安直な表現だ。だが、安直な表現がもたらした問題は大きい。
4月28日発売号では、主人公らが東京電力福島第1原発を訪問後に原因不明の鼻血を出す場面が物議を醸した。5月12日発売号には前双葉町長らが実名で登場し、鼻血の原因を「被ばくしたから」とし、「今の福島に住んではいけない」などと発言した。
福島県や双葉町は「風評被害を助長させる」「(鼻血など)急性放射線症が出るような被ばくはしていない」などと抗議。本県の震災がれきを受け入れた大阪府の住民が不快な症状を訴えているとの描写をめぐり、県も「安全に処理されたことを確認した」とする見解を示した。
むろん、作者の表現の自由は尊重されなければならない。だが、こうした表現を被災地がどう受け止めるかについて、作者が思いを致したとは思えない。想像力の欠如した表現に悲しみを覚える。
鼻血表現をめぐっては、環境相、文部科学相、復興相らも相次ぎ批判する事態に発展した。だが、批判する閣僚にも、鼻血表現と同等の不快感を禁じ得ない。
作品には原発事故後の避難指示の遅れ、東電と国の無責任体質への批判も記されている。閣僚は鼻血表現を批判するのであれば、国に対する批判にも答えるべきだろう。
そもそも、このような作品が描かれ、話題を呼ぶ背景には、放射能汚染に対する国民の根強い不安感がある。誰が真実を語っているのか、何が安全かが分からない。
安倍首相は東京五輪招致に向けた昨秋の国際オリンピック委員会総会で、原発の汚染水漏れについて「状況はコントロールされている。将来も健康に問題はない」と強調。だがその後、港湾外の外洋で放射性セシウムが検出。こんな体たらくで、誰が国の言うことを信じられるだろうか。
安倍政権は、福島の収束が見通せないにもかかわらず、原発推進路線に転換した。加えて、特定秘密保護法の強行採決。憲法が保障する表現の自由や知る権利が脅かされている現状にある。
このタイミングでの「美味しんぼ」騒動は、国からすれば渡りに船ではないか。震災復興の大義名分の下に「美味しんぼ」を批判すれば、原発事故対策や原発政策への異論を封殺し、言論の自由にもくさびを打ち込めるからだ。
今回の騒動が「日本の真実」に迫る言論の自己規制につながってはならない。
(2014.5.17)
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