社会

【社説】「美味しんぼ」問題 「不安封じ」で解決せず

 漫画の表現が、首相、閣僚までをも巻き込む一大騒動を引き起こしている。異例ともいえる場面の数々に「わが国にタブーがひとつ増えたのだ」との懸念は強まる一方だ。

 小学館の漫画誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載中の「美(お)味(い)しんぼ」が論議を呼んでいる。問題となったのは「福島の真実」というタイトルで、4月28日と5月12日発売号に掲載された。

 主人公の新聞記者、山岡士郎は東京電力福島第1原発を取材した直後に鼻血を出す。実名で登場した福島県双葉町の井戸川克隆前町長は原因について「被ばくしたから」と述べる。また、やはり実名の荒木田岳福島大准教授は「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんて、できないと私は思います」と語る。

 安倍晋三首相は17日、視察先の福島市で「根拠のない風評に対しては国として対応する必要がある」と述べた。先立って菅義偉官房長官や根本匠復興相、太田昭宏国土交通相、下村博文文部科学相、森雅子消費者相も批判の声を上げていた。

 鼻血と被ばくの因果関係は、分からないというのが現状であろう。関係があるという専門家もいれば、ないという専門家もいる。事故から3年余しか経過していない。今後の被ばくの影響への懸念も高まる中で到底、「風評被害」と断じてしまうことができる段階ではない。

 実際、森消費者相は閣僚就任前の2012年6月、国会で「子どもの鼻血と被ばくの関係を不安視する声がある」と発言している。同様の不安が存在するのは事実なのだ。

 そうした不安を漫画で表現することに問題があるのだろうか。政治家による相次ぐ批判は過熱気味で「表現の自由の侵害」となりかねない。何より、放射能の問題に真摯(しんし)に向き合う姿勢があるのかという、事故後に多くの国民が感じた不信を再び喚起するだろう。

 福島県は「風評被害を助長する」と小学館に抗議したが、同県内の複数の市民団体が抗議撤回を求めた。県への抗議文では「(作品は)『福島の現実』と向き合おうとしている多くの人たちにとって注目し共感せずにおれない重要な見解」とし、「県の非難は、人々の声を上げる自由をも抑圧する」と訴えた。政治、行政がすべきは不安の声を封じるのではなく、誠実に不安と向き合い、放射能の問題に対峙(たいじ)することだ。

【神奈川新聞】