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散歩道

作者:てるり
 〜散歩道〜

扉をひらけば前にも扉が見える。
そのまえを通って階段を降りていく。
私と君と足を揃えて。
一番下。
右には誰かが作った花壇。
前には人工的に植えられた椿。
左斜め後ろには梅雨に咲く紫陽花。
その前を通り過ぎていく。
落ちた椿は邪魔だからとビニール袋に捨てられる。
そんな花と木の前を横切って家と山の間を歩く。

「君は何を見ているの?」
上を見つめている犬に聞いた。
今日もいつもの散歩道を歩く。
もう十年近く歩いている道だ。
歩く道は毎日変わる。そのほうが飽きない。少なくとも私は。
雨が雪が振る日以外は毎日歩いている。

私も上を見つめた。
上をみると人にはたくさんのものが見える。
晴れた日には水色の空とまぶしすぎてよく見えない太陽。
数えられる白い雲や長い雲や分厚い雲。
なかには太陽の前を横切る雲もいる。飛行機雲も見える。

歩いて気が付いた。
自転車なら運転に集中して見たりはしないだろう。
見えなかった地層がみえた。
雨で流されたつる。
つるがなかったら土砂で道が埋まるところだ。
黙って人に切られていたつるが雨によって動かされ切られなくなった。
雨と手でも結んだのだろうか。
あの山の向こうには何があるのだろう。
しかし上ばかりは見ていられない。

「つまづくよ。」
私は下を見て歩くことにした。
君はあまり下を見ないからよくつまづく。
年をとっているんだから体を過信してはいけない。
私も君も。

足元にもたくさん見るものがある。
桜が散ったらツツジがキレイ。
ツツジがかれたらタンポポがでてきてそのうち白いフワフワな花になる。
コンクリートの間からさいている名前も知らない花。
名前があるかどうかもわからないけれど。
レモンのような黄色に白い雪をあわせたような花。
星の形をした小さな青い花。
木もあるカーブをゆっくりと降りていく。
でも下ばかりしていると電柱や自転車にぶつかってしまう。

「前を見つめると君には何が見える?」
私も前を一緒に見てみた。隣の犬にきいてみた。
君は聞いてないようにただただ歩きたい方へ歩く。
本当はすぐ横を歩かなきゃいけない。私ががんばって横を歩いている。
前を見つめるとその日の風景が見える。
毎日見える風景がある。
ぼんやりしていると君がいなくなった。
振り返ると君は何か見つめていた。
同じ先を見つめていても私には人くらいしか見えないけれど。

君が来るのを待って歩き出した。
また君が上を見上げた。
隣の犬には虹が見えない。
だって色が見えないから。明かりと暗さで見ている。
その代わり人より耳がよく聞こえる。においがよくわかる。
だから私のこともわかる。
一週間会わなくても忘れないくらいには記憶力も悪くはなさそうだ。

池のある公園の斜めの草むらにはヘビがいた。
「こんなところにヘビは珍しい。」
ヘビは目をとじない。
閉じるための膜がないから。
寝るときもあけたまま。
ヘビは色ではなく赤外線で見ている。
でも温度を舌で感じている。
キバがしっかりしていればキバで噛むために。
毒があれば毒で食べ物をつかまえるために。
カエルは近くの池からよく散歩にやってくる。
エサ探しの旅の途中だろうか。
たまにネコがちょっかいを出すためにカエルを狙っている。
カエルの散歩は前途多難だ。
私は先を急いだ。

「私には温度は見えない。」
ヘビのほうが人よりも凄いのかな?
ちょっと私は考えた。
人は人の温度は見えないけれど顔の色は見える。
人の顔はよく色が変わる。
自分のは人用の目だと思った。
それぞれに合った目があるのだろうか。

「君の顔色もわからないね。」
隣の犬は聞いているのか、聞いていないのかただ、歩く。

ぼんやり歩きながら考える。
馬の目が横についているのは広くあっちこっち見えるため。
魚には横に目があるのが多い。
魚は人よりも遠くは見えない。
暗いところにいる魚ほど目はよく見えない。
見えても暗いだけで意味がないから。
道の途中で一生懸命動いているありも同じ。
人にははっきりわからなくても貝にだって目がある。

「見ようと思えば見えるのよ。」
住宅地の間に店が並ぶ。
散歩の途中で通った魚屋にいる動いている貝に言った。
種類はよくわからない。
水の中まできっと声は正確には届いてないだろうけれど。
聞こえる範囲もそれぞれに違う。
年をとった君の耳は少しは遠くなって熟睡できるのだろうか。

八百屋を通り過ぎて公園を過ぎて
橋を渡って神社の前を通って
緑化指定地域を過ぎていく。
たくさんの人が通る。自転車も通る。車も通る。
誰もいなかったら歩くのに楽だけど今度は道がなくなってしまう。
ゆっくり君と君の足音を聞きながら歩く。

目が見えなくても周りの様子がわかる動物もいる。
見えない人もいる。
見える人もいる。
遠くまで見える人もいる。
近くしか見えない人もいる。
目玉の色が違っても同じでも
同じようなものを見ているとは限らない。
黒い目をしているからといって黒く見えるわけじゃない。
青い目をしていても青く見えるわけじゃない。

「君は今日、何をみたの?」
私は隣の犬に聞いた。当然返事は来ないけれど。

鳥が鳴いている。
鳥の姿は私からは見えない。いつものことだけれど。
鳥目とは言うけれど中には夜になっても見える鳥もいる。
夜になっても私には見えないだろうけれど。

またつるのある山に戻ってきた。
遠くにはきれいな草が風にゆられてる。
でも風は見えない。
見えなくてもあるものがたくさんある。
せめて見えるものくらいは全部見たい。
見えなかった小さな世界。
見えなかった大きすぎる世界。
見えなかった速すぎる世界。
見たいから技術は進化した。

公園の前を通り過ぎた誰かがぼやいた。
「毎日同じような日々だ。」
早足でため息をつきながら去っていた。
あの人は何を見ているんだろうと私はぼんやり思う。

君の顔見知りの犬がやってくる。
でもすぐに向こうが吠えるから飼い主と話もできない。
君も売られた喧嘩は買うようだ。
誰に似たんだろう。
近くには似たような犬がいて私には見分けがつかない。
見えないのに相手がわかるってどんな感覚だろうか。
そんなことを考えているうちに顔見知りの犬とはすれちがった。

毎日ぼんやり見ているような風景が見えてきた。
家が近くなってくる。
家の位置は変わらないけれど
季節によって周りの風景はゆっくりと変わっていく。

もうすぐ家だ。
いつもの猫にあう。
ここに住んでいる猫たちは増えたり減ったりを繰り返している。
君は昔に攻撃されてから自ら近づくことはなくなった。
今日もどこかの家のおばあさんがエサを与えている。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
私も笑顔で微笑み返した。家では飼えない事情があるおばあさんだ。
黒猫がこっちをみつめている。
名前があるのかさえも知らない。
グリーンの目が今日も綺麗だ。

「今日、何をみたかなぁ。」
たくさんの階段を上りながら自分の記憶を辿った。
たくさんのものを見てきたはずなのにあまり覚えていない。
ふと隣の犬を見るといつもと変わらない。
たぶん明日も君と散歩に行く。
明日もたくさんのものが見える。そのときに考えよう。

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