■英断とはならなかった「すき家」の賭け
ゼンショーの場合、多角的な経営を行っていることもあり、「すき家」が失敗しただけで直ぐさま経営難に陥るということもなさそうだが、他の牛丼メーカーが値上げする中にあって、独り、値下げに踏み切った判断は、残念ながら英断とはならなかったようだ。
消費税の増税を機に、価格を改訂する場合には、基本的には以下の6つのケースのどれかを選択しなければならない。
1、商品に付加価値を付けて値上げする。
2、商品はそのままで値上げする。
3、商品価値を下げて値上げする。
4、商品に付加価値を付けて値下げする。
5、商品はそのままで値下げする。
6、商品価値を下げて値下げする。
「値下げする」という心意気は評価されるべきかもしれないが、時代的背景を鑑みれば、この6つのパターンで最もリスクが高く失敗する可能性が高いのは「4」である。
「吉野家」が「1」を選択したことはよく知られているが、「すき家」は「5」を選択したように見えて、実質的には「4」を選択していた。
■「すき家」に存在した目に見えない付加価値とは?
では、「すき家」が値下げと共に付けた付加価値とは何だったのか?
それは、調理オペレーター(従業員)の能力向上(能率化)という見えない付加価値だった。
昨年あたりから、各牛丼メーカーは試行錯誤の末、牛丼以外の商品を数多く投入し、調理作業が複雑化していたこともよく知られている。
「すき家」の場合、夜間勤務は1人(ワンオペ)で行うというコンビニ的な運営をしていたので、従業員からは「1人では切り盛りできない」という苦情も出ていたらしいが、なぜか消費税増税直前に、図ったかのように多くの従業員が退職してしまったらしく、全国に2000店舗以上もある「すき家」の実に1割近い180店舗が未だに営業停止中(パワーアップ工事中)になっている。
3月・4月は卒業・入学のシーズンなので、もともとアルバイトの入れ替えが激しい時期だとはいえ、いきなり1割近くもの店舗が営業停止に追い込まれるという事態は尋常ではなく、他に事情が有るだろうことは誰でも容易に想像がつく。
消費税が増税されても「牛丼価格をなお下げる」という発表を目の当たりにした彼ら従業員の脳裏に浮かんだことは、「仕事がどれだけ合理化されても待遇は変わらない」という虚しい諦観だったのかもしれない。
消費税が増税されると、消費者はより安価な商品に向かうという発想、これはこれまでのデフレ思考が定着した日本社会のお決まりの姿だった。
しかしながら、少しは景気が良くなってきた(?)というマスコミ報道も手伝ってか、消費者の趣向はほんの少しづつ変化してきつつあり、それがここ最近、消費者の牛丼離れを齎していた1つの原因でもあった。
ファストフード的な感覚でマニュアル的に手早く調理できる牛丼であれば、多少、お客の増減があっても素早く対応することができたが、手間のかかるすき焼きなどがメニューにどんどん追加されていくと、調理する側も、待たされる客もストレスを感じてしまい、その悪循環が積り積れば、客離れ、あるいは従業員離れという負の現象が生じてしまうことになる。
■着目すべきは「時間給」ではなく「仕事量」
既に結果論だが、「すき家」が行うべきは、他店に倣って素直に商品価格を上げた上で、浮いた資金(今回、値下げした分の資金)で従業員を追加補充することだったのではないかと思う。「(好)機を見るに敏(感)」という言葉があるが、今回の場合は、「(景)気を見るに敏」になるべきだった。景気を見るに敏感であってこそ、値上げする絶好の機会を活かすべきだった。
現在は店舗のアルバイト募集広告に手書きで時給がアップされているそうだが、退職した従業員達が願っていたことは、単に目に見える時給を上げることではなくて、仕事量を減少させるという意味での改善であり、目に見えない待遇アップだったのではないかと思う。換言すれば、仕事量に見合った勤務体系をこそ期待したのだろうと思う。
先日、巷では「ファストフード店の時給を1500円以上にせよ!」というデモが行われたそうだが、時給を1500円にしたからといって問題が解決するわけではない。このデモに「すき家」の元店員が混じっていたのかどうか定かではないが、今回、退職を決断した人々が単に時給を3割程上げれば戻ってくるか?というとかなり疑わしいと思う。仕事が忙し過ぎることが原因で辞めた人が、忙しい環境はそのままの状態で、単に時給を上げれば仕事に復帰するかというと、そうはならないだろう。
もっとも、時給が3割上がれば、商品価格もある程度上げざるを得ないので、その結果、客数は減少して仕事が暇になるということは充分に起こり得る。そこまで考えた上で時給を「1500円にせよ!」と言っているのであればまだ納得できる。しかし、逆に暇に成り過ぎたせいで今度は失業の憂き目にあう可能性も否定できないということも併せて考える必要がある。
そもそも、時間給というものは、働こうか働くまいが結果(給料)は変わらないという極めて不合理な給料制度である。客がどれだけ来店しようがしまいが、結果(給料)は同じ、これでは、繁盛すればするほど従業員がやる気をなくすのは目に見えている。
「すき家」にも、能力や経験に応じて昇給するという制度があるそうだが、実際にこれだけ多くの退職者が出たということは、退職した従業員にとっては「割に合わなかった」ということの証左なのだろう。
すき家従業員の「ボイコット」だったと言えるのかもしれないが、世間を騒がせたこの負の現象がデフレ思考脱却のターニングポイントになってくれれば、日本全体としてはデフレ病が緩和される過程で生じる好転反応だったと言える日が来るのかもしれない。
(注意)ここで述べた「デフレ」は、一般的な「デフレ」のことではなく、「デフレ思考」という日本特有の「精神的デフレ」を意味する。
個人的には特に「すき家」に怨みが有るわけでもないので、少しだけフォローも書いておこうと思う。
最近の「すき家」批判に便乗してか、誤解を招くような姑息な便乗批判も行われているようだ。例えば、5月15日に掲載された朝日新聞の記事に対してゼンショー側がホームページ(ゼンショーニュース)で遺憾の意を表明している。
【ゼンショーニュース】本日の朝日新聞記事について
読めば判る通り、これなどは、マスコミお得意の言葉狩り(印象操作)とも言えそうだが、もし、わざと書いているのであれば悪質極まりない。批判をするにしても、もう少し真っ当な批判をしていただきたいものだ。
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