2014-05-05
【米国産“危険食品”警告キャンペーン】（04） 「遺伝子組み換え食品を使っていますか？」…32社実名アンケート
日本に大量に流入している米国産の遺伝子組み換え作物。だが、スーパーで食品表示ラベルをチェックしても“遺伝子組み換え原料使用”はほとんどない。いったいなぜか？ 子供が好きな食品を製造する大手メーカー32社へのアンケートで見えてきた実態とは……。 （ノンフィクション作家・奥野修司＋本誌取材班）
オバマ大統領が来日したが、TPP（環太平洋戦略的経済連携協定）交渉は依然として難航している。争点は、農畜産物の関税だ。米国の戦略を、鈴木宣弘・東京大学大学院教授（農学）が解説する。「米国にとって、食糧は武器です。農家に巨額の補助金を出し、安い農作物を作って世界に輸出し、胃袋を握る。それが国家戦略です。しかし、競合国より安く売りさばくためには、安全性を犠牲にせざるをえない。だから安全基準や表示義務が邪魔になる。そこで米国は官民一体で、安全基準の大幅緩和や表示義務撤廃を推進しているのです」。米国が売り込む安い農産物の中に、遺伝子組み換え（GM）作物が含まれる。「米国産のトウモロコシ・大豆の大部分は、低価格のGMです。小麦もGMが市場に出回る準備段階です。そして、日本はこれらの穀物の多くを米国産に依存しているのです」（同前）
だが、GM作物の安全性については警鐘を鳴らす研究報告が複数ある。小誌4月24日号で紹介したフランス・カーン大学のG＝E・セラリーニ教授（分子生物学）のグループ実験（2012年）によると、GMトウモロコシを与えたラットは、腎臓や肝臓などで腫瘍が多発したという。この実験結果について、GM推進派からは「実験に用いたラットが少ない」などの猛烈な抗議が寄せられ、論文を掲載した出版社はこれを削除してしまった。だが、フランス国立医学研究所のJ・テスタール教授は、こう指摘する。「セラリーニ教授の実験には、批判すべき点もある。だが、GM作物の認可のためにおこなわれた安全実験よりは、はるかに欠点が少ない。それに本来、GM作物を認可するなら、医薬品と同様に長期間の臨床実験が必要なはずです。それを抜きにしてGM作物を認めるのは非常に危険です」。そう。われわれが口にしているGM作物は、長期間の人体実験で安全性が確認されたわけではないのだ。にもかかわらず、日本は世界一のGM作物輸入国だ。
主要なGM作物はトウモロコシと大豆だ。2013年に輸入された米国産トウモロコシは645万トン。そのうち推定580万トンがGMで、飼料や食用のコーンスターチやコーンフレーク用・菓子用に加工されている。また大豆も輸入量約166万トンのうち、9割強の154万トンがGMと推定されている。だが、スーパーで食品表示ラベルを見ても、“遺伝子組み換え原料使用”と書かれた商品はまず見当たらない。大量のGM食品が私たちの胃袋に入っているはずなのに、表示ラベルで見かけないのはなぜだろう。その最大の原因は、食品表示の抜け道にある。本当はGMなのに、表示する義務がない『隠れGM食品』が大量に出回っているのだ。
そのからくりを説明する前に、まずは上のリストを見ていただきたい。国内の主要食品メーカー32社に、GM作物の使用や表示について、アンケートをとったものだ。各社の回答は、おおむね次の3パターンに分かれる。
��GM作物を使用せず…カルビー・明治など
��GM不分別の作物を使用…ヤマザキナビスコ・ミツカンなど
��IPハンドリング（分別生産流通管理）された原料を使用…森永製菓・ハウス食品
このうち��のIPハンドリングとは、非GM作物にGM作物が混ざらないよう、生産流通の各段階で分別して管理することだ。だが厳密に分別管理すると1割ほどコストアップする。だから、非GMにこだわる企業でなければ普通はできない。
では普通のメーカーはどうしているのか。非GM食品にこだわる生活クラブ・スピリッツ代表取締役専務の白井和宏氏はいう。「米国でトウモロコシを検査すると、すでに生産現場で交雑があり、非GMにも1％から2％弱のGMが混じっていることがあります。倉庫やトラックも、非GMだけを別にする場合もありますが、普通は交互に使い回しますから当然混ざる可能性があります。さらに輸送船では、一番下にGM穀物を入れ、その上にベニヤ板かビニールシートを敷いて、その上に非GM穀物を積み込むことがあります。微量とはいえ、混入を防ぐのは困難です」。製造工場内も同じで「GM作物で食品を製造した後は清掃しますが、GM作物の粉じんが舞うので、微量の混入は避けられない」（食品表示アドバイザーの垣田達哉氏）という。これらが�△砲△燭襦�雪印メグミルクの《分別されたものを使用してはおりません》や、味の素の《原産国において分別されずに輸入されますので、それらに遺伝子組み換え品種が含まれている可能性があります》という回答がそうだ。
では�，離瓠璽�ーも、本当に全くGM作物を使用していないのか？ じつはここに大きな抜け穴がある。日本政府は2001年、“GMの意図せざる混入が5％未満”なら“遺伝子組み換えでない”と表示することを認めた。これは国際的にみても緩い基準で、韓国でさえ“3％未満”、EUはさらに厳しく“0.9％未満”である。なぜ日本だけが突出して緩いのだろうか？ 農水省にその根拠を問い合わせたところ、「5％は科学的な根拠があって定めたものではありません。当時の議論でそうなりました」（農水省表示・規格課）という回答が寄せられた。なんのことはない。私たちの食の安全は、何ら科学的根拠のない、いい加減な方法で決められていたのだ。2005年から2006年にかけて農水省がおこなった『大豆加工品の“国産大豆使用”表示等に関する特別調査』によれば、市販されている非GM大豆の加工品300点のうち58％にGM大豆が混入していたという。ほとんどが混入率1％程度で法的な問題はなかったが、EUならかなりの商品が撤去されていたに違いない。また、58％にGMが混入していたということは、私たちはもうGM食品から逃れられないことを示している。
日本の基準が緩いのは、それだけではない。たとえばEUでは、食用油・添加物・香辛料などであっても、GM作物由来の原材料が0.9％以上混入していたら表示しなければならない。もちろん外食産業にもその義務は課せられている。ところが日本では、大豆・トウモロコシ・ジャガイモなどの作物と、それらを加工した33食品のみが“遺伝子組み換え”の表示義務の対象だ。大豆油やコーン油などの食用油は大量消費されているにもかかわらず、なぜか表示を免除されているのだ。「しかも表示義務があるのは、原材料のうち上位3品目だけ。さらに、重量が全体の5％未満なら表示義務がないので、添加物などは対象外になります。たとえばチョコレートの原材料の上位3品目は、カカオ・小麦粉・砂糖ですから、それ以外の原材料にGMが使われていても、“遺伝子組み換え”の表示は必要ありません。また、水あめはGMトウモロコシ由来であっても、33品目外ですから表示義務はないのです」（前出・垣田氏）。メーカーの“遺伝子組み換えでない”という表示の背景には、こうした抜け道もあるのだ。
では、具体的にどんな品目にGMが隠れているのだろうか？ ここで上に示した食品表示ラベルを見ていただきたい。子供が好きな菓子類の典型的な例である。このうち、植物油脂・果糖ぶどう糖液糖・デキストリン・でん粉・たんぱく加水分解物・調味料（アミノ酸）・乳化剤など半分以上が、GM由来であっても“遺伝子組み換え”と表記されていないことがわかる。また、グルタミン酸・アルギニンといったなじみのアミノ酸調味料も、多くはGM由来である。「トウモロコシにはでんぷんとたんぱく質が含まれています。でんぷんはコーンスターチのほか、清涼飲料水に使われる異性化糖・ブドウ糖・果糖などの糖類の原料となります。水あめやデキストリン、増粘剤のキサンタンガムもそう。これらは、すべてGMトウモロコシ由来の可能性がある。また、たんぱく質はたんぱく加水分解物に加工され、調味料となります」（同前）
ハーバード大学で食生活と遺伝子・病気に関する研究をしてきた大西睦子医師は、異性化糖の問題を指摘する。「清涼飲料水の原材料に『果糖ぶどう糖液糖』とありますが、これは果糖が50〜90％未満の異性化糖です。『ぶどう糖果糖液糖』とあれば50％未満。多くはGMトウモロコシが原料ですが、最近の研究から肥満・高血圧・糖尿病の原因になるとわかって大きな問題になっています」。デキストリンは高い粘性を持つ多糖類で、凝固剤や結着剤として使われる。鈴鹿医療科学大学薬学部の中村幹雄客員教授が語る。「私はむしろ、遺伝子組み換え技術を使ったキサンタンガム・ジェランガムのほうが問題だと考えます。遺伝子組み換え微生物を使って発酵させるのですが、精製過程で微生物や遺伝子を分離しきれず、残留する可能性があるのです」。こうした懸念がある一方、GM推進派はしきりに「GM作物は安全」と強調する。しかし、多くのメーカーはなるべく使用を避けようとしているのも事実だろう。今回のアンケートでも、「主な原材料にGM作物を使用」との回答はゼロだった。
繰り返すが、GM食品を長期間食べても100％安全だという確たる証拠はない。食べるか食べないかは、消費者が判断することだ。だが、少なくとも消費者が主体的に選択できるよう、まずは表示を厳格にすることが必要ではないか。GM食品大国の米国でも、すでに新たな動きが始まっている。今まで米国は“遺伝子組み換え”の表示は一切なかった。ところが4月23日、バーモント州議会が米国で初めて表示を義務付ける法案を可決したのである。この決定は、GM食品の表示をめぐる流れを大きく変えるかもしれない。だが、TPPはそうした流れに逆行するものだ。「TPPは加盟国の検疫を尊重するのが前提ですから、検疫は簡素化され、ほとんど行われなくなります」（前出・垣田氏）。これまで指摘してきたように、過剰なホルモンを投与された畜産物やポストハーベストなど、米国産の輸入食品にはリスクがある。もし危険なものを長期間食べ続けた場合、真っ先に影響を受けるのは子供である。安いからと飛びつく前に、もう一度考え直してみたい。 ＝おわり
≡週刊文春 2014年5月8・15日号掲載≡