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LOG HORIZON
ログ・ホライズンex竜吼山脈6
春翠《チュンルウ》は、〈楽浪狼騎兵〉というギルドの所属員だった。〈楽浪狼騎兵〉は彼女の説明によれば、中国の大都《ダァドン》から西方へと逃れてきたギルドらしい。大都は、現実世界で上海に相当する都市。北京にあたる燕都《イェンドン》と並ぶ、中国サーバーでのスタートタウンであるとのことだった。
レオナルド達との旅すがら彼女が語った事によれば、中国サーバーの中心部――それは沿岸部なのだが、その地方の世情悪化に嫌気がさしたギルドの最先鋒として、西方へと本拠地を変えたそうである。
レオナルドは話を聞いてなるほどと思った。
おそらく〈楽浪狼騎兵〉はアットホームなギルドなのだろう。話を聞けば、規模も五百人前後だという。巨大ギルドではあるが『超巨大』と言うほどではない。つまり、状況に耐え抜くだけの人数は居るが、かといってサーバーの覇権闘争を制するほどの力はないサイズなのだろう。 だとすれば、その判断は理に適っているように思えた。
何よりも、彼女《チュンルゥ》は、この地方に明るかった。
もちろんこの荒野は未探索の地域が広がっている。なにしろ、巨大なのだ。〈ハーフガイア・プロジェクト〉で半分のサイズになったとはいえ、天山山脈、タクラマカン砂漠、パミール高原など、中国サーバーは現実世界でも開発が終わったとはとても言えない広大な地域を抱えている。
その管理区域は、巨大国家、中国に加えて、ウズベキスタンやカザフスタンなどの中央アジア諸国をも含んでいる。
その全体図に対して、一つ一つのゾーンを事細かな知識として持っているような人間は、〈冒険者〉であろうが〈大地人〉であろうが存在しないだろう。開発者側ですら、把握しきっていないに違いない。
しかしその中でも、通商路や、村々とオアシスをつなぐ細い経路を知悉している人間は存在し、その少数の一人が、春翠であり、〈大地人〉商人のジュウハであった。
「一緒に来て良かったね!」
村から旅立った夜、カナミはブリキ缶で沸かした湯をすすりながら、笑顔で旅の仲間に宣言をした。
これにはレオナルドも頷かなければならない。
たしかに、〈大地人〉商人であるジュウハは体力面で足手まといだ。風貌は男臭いひげ面であり、がっちりした体格の彼は、〈大地人〉の中でも比較的タフだと言えるだろう。事によったらそこらの兵士並みの体力はあるかもしれない。
しかし、九十レベルに達したカナミ達〈冒険者〉に比べれば、その身体能力は情けないほどに低い。
ジュウハの指示に従って進む一行は、毎日十時間ほどを移動に用いている。
彼さえ居なければ、移動時間は二時間ほど増やせるだろうし、一日に踏破できる距離は倍になるだろう。
しかし、そのことに誰も不満を持ったりはしなかった。
〈冒険者〉だけで急げば、旅程を一週間や二週間短縮できるかもしれないが、道に迷ったりトラブルに遭えばそれまでだ。レオナルド達――カナミにせよ、エリアスにせよコッペリアにせよ、都会暮らしが長い〈冒険者〉にオアシスが発見できるとも思えない。
現に、砂岩質の尾根からオアシスを発見したエリアスが、その尾根を下ろうとしてジュウハに止められた。
その尾根から見下ろすオアシスは確かに澄み切った水がキラキラと輝いていたが、そのオアシスに寄ってしまえば、巨大な窪地に囚われてしまうことになるのだという。
脆く崩れやすい砂岩質の尾根に再び登るのは至難の業で、次のオアシスにたどり着くのに優に三日は無駄にすると言われて、レオナルド達は諦めた。その日の夕方には、小さいけれど居心地の良い、古い井戸のある廃村にたどり着いたという経緯もある。
砂漠と荒野の旅には経験が必要なのだ。
「そうだな」
カナミの脳天気な声に、エリアスは深く響く声で答える。絵に描いたように美青年なこの〈古来種〉の英雄は、その声さえも美しいのだった。
「まったくだ」
レオナルドも肩をすくめて答える。
通常なら何らかのコンプレックスを感じてもおかしくないエリアスの好男子っぷり《ハイスペック》なのだが、不思議とそう感じない。呆れてしまったのかも知れない。
(相手は、あの『エリアス=ハックブレード』だからな。考えるだけ、馬鹿らしいか……)
たき火の炎はパチパチと音を立てた。
家畜の糞を乾かした固形燃料と、少量の焚き付けで起こした炎だった。
ゆらゆらと揺れるオレンジの明かりが、岩陰に身を寄せ合った一行を照らしている。
「ふひゃーい! 今日、あたしが一番奥っ!」
カナミは早々にレオナルドが設営した天幕の一番奥に潜り込んでしまった。この天幕はジュウハが持っていたもので、旅の必須品らしい。格子状に編んだ竹製の枠組みの上に、丈夫なフェルトの布地をかぶせたもので、折りたためるにもかかわらず防寒性能は非常に高い。
雑魚寝になってしまうのさえ目を瞑れば、六人が横になることは十分に可能だった。
〈冒険者〉の肉体性能に任せて、ろくな野営準備もせずに旅を進めてきたレオナルドだったが、この野営設備やコッペリアが準備をする手慣れたたき火の方法などには感心させられている。
何事にも合理的な行動というものはあるものだ。
「KR《ケイアール》はまたいいの?」
「構わない。自分は諸君らよりも防寒性能が良いのだろう。この形態は、特にそうであるらしい」
KRはその馬に似た姿を、早くも天幕の入り口に移動させている。
高性能のフェルト天幕だとは言え、夜になると高原の風が忍び込むことはある。入り口付近は寒く、それを嫌ったカナミは特等席へと逃げ込んだわけだ。KRはそれを察して、入り口部分を引き受けてくれるらしい。
カナミが天幕の中へと引っ込み、彼女に引っ張り込まれるようにコッペリアも休む支度へと向かう。テントの中からは「抱き枕」とか「ぱふぱふ」だなどと不穏当な発言も聞こえてくるが、レオナルドは女性同士のことだと受け流した。
一方で、たき火の近くに残ったエリアスや春翠、ジュウハはもう少し起きている様子だ。
旅での疲労は禁物。そうは言っても、まだ十九時前後のはずだ。日が暮れる少し前には野営準備に入っている以上、眠気が訪れるまでにはまだしばらくの時間がある。
「もう一杯如何ですか?」
春翠の勧めに、レオナルドは手持ちのマグカップを差し出す。彼女は火に掛けていた真鍮のポットを二本の枝で器用に下ろすと、マントの裾でつまみ上げて、ぐつぐつと煮えたぎるほど熱い茶をカップに注ぐ。
「熱いから気をつけて下さいね」
「ありがとう」
同様に注いだマグカップをエリアスにも渡す春翠に礼を述べた。
「すごいですね」
「この辺りは、いつもですよ」
空を見上げたエリアスの言葉に、ジュウハが答えた。
満天の、と言うしかないような星空だった。砕いたダイヤモンドを散りばめたような輝きが、限りなく澄んで高い夜空を彩っている。
「〈楽浪狼騎兵〉は、大規模戦闘による〈灰斑犬鬼〉《ノール》討伐を企画しているんだよな」
熱い茶をすすって、レオナルドは尋ねた。
その言葉に春翠は頷く。
「そうです」
「勝算はどうなんだ?」
「勝算ですか? 〈楽浪狼騎兵〉は五百名弱の人員を抱えるギルドです。今回の作戦は、ギルドリーダー朱桓《ジュホワン》自らが指揮を執る百人隊です。後れを取ることはないでしょう」
百人隊、と言う言葉には聞き覚えがなかったが、おそらく大隊編成《レギオンレイド》だと言うことは理解できた。人数で言えば九十六人。おおよそ百人と言っても差し支えはない。
一般的に言って〈冒険者〉の戦闘能力は人数の増加を切っ掛けに跳ね上がる。二人の〈冒険者〉の戦闘能力合計は、一人の冒険者の二倍ではない。少なくとも二.五倍。普通は三倍に達する。
同じように三人の〈冒険者〉は一人の時の五倍。四人の場合は八倍と増えてゆき、六人集まれば二十倍近い戦闘能力を発揮するだろう。
これは〈冒険者〉のパーティーが、〈冒険者〉複数からなる集団と言うよりは、一個の生命体として有機的に連携を行なうという点から発生する現象だ。防御の得意なもの、回復の得意なもの、攻撃が得意なもの、敵の攪乱が得意なものなど、自らの長所を弁えた〈冒険者〉が、互いの短所を補い合い、その長所を発揮すれば、〈冒険者〉のパーティーはその人数以上の戦闘能力を発揮することになる。
こういった有機的連携には様々な前提条件がある。パーティーを組む〈冒険者〉がそれぞれの能力を把握し合い、適切に連携を行うこと。信頼感を以て相手の希望に応えようとすることなどだ。しかし、これらの前提条件の存在は、それらを完璧に満たせば、戦闘能力が飛躍的に向上することも、示唆している。
そしてこの原則は大規模戦闘部隊にも当てはまる。
六人パーティー四つからなる、フルレイド二十四名。そのフルレイド四つを束ねるレギオンレイド九十六名。こういった大規模単位では、連携において重要な「互いの意思疎通」が難しい。とは言え、その難所さえ越えれば、〈冒険者〉大人数の軍団は、この〈エルダー・テイル〉世界において最強の軍事力を誇るだろう。
〈灰斑犬鬼〉のレベルはおおよそ二十から五十である。〈灰斑犬鬼〉がどんな戦術を使ってくるかは判らないが、〈楽浪狼騎兵〉がそこそこの連携訓練を終えているのならば、四十倍――そう、四千の〈灰斑犬鬼〉を相手にしてさえ、一歩も引くことなく戦うことが出来るのは確かなことであった。
――四千。
通常考えれば、大規模コンテンツ突破としては十分数である。どんなに頭に血が上ったモンスターの軍団でさえ、黙らせることが出来るだけの戦闘能力を、〈楽浪狼騎兵〉は所持していると言えるだろう。
もちろん、〈大災害〉後、戦闘はその様相を変えた。
焦げ臭い匂いを発して鋼が打ち合う『暴力』の恐怖。目の前で血まみれの肉塊と変じていく『死』のおぞましさ。
それらが持つ影響は、決して小さくはない。システムアシストにより痛みに強くなっている精神だって、折れてしまうことはあり得る。
しかしそれも大手戦闘ギルドであれば克服済みの課題だろう。
つまり〈楽浪狼騎兵〉には心配すべき要素が見あたらない。
疫鬼《イィグィ》と呼ばれたあの現象を除けば。
疫鬼が一体何なのか、レオナルドは未だに結論らしきものを持っていなかった。春翠にも相談してみたが、聞いたことはないという。ジュウハの方は〈大地人〉の間の噂として聞いたことはあると言うが、その詳しい点や実態についてはさっぱり知らず、もちろんその実例を見たこともないという話だった。
あの気のふれた〈大地人〉少年は『何』なのか。
少年の行動様式は間違いなく〈灰斑犬鬼〉のものであった。
彼があのような状態になった理由として〈灰斑犬鬼〉が関係している可能性は低くない。むしろ、何かしらの関係を考えるのは当然であった。だから〈楽浪狼騎兵〉の〈灰斑犬鬼〉討伐にも、一抹の不安を感じる。
しかし、疫鬼と〈灰斑犬鬼〉が具体的にはどういう関係を持ち、そこにどのような謎があるのかと問われれば、まったく一切が判らないのだ。
春翠にも事件のあらましは伝え、本部に警戒を呼びかけてもらったが、確証がない現在の時点では、まさに「注意を呼び起こす」程度の効果しか望めなかった。
「何もなければいいな」
エリアスの台詞は、どこか投げ槍に響いた。その横顔を見つめたレオナルドは、エリアスもまた、何かを予感していると知る。
尾根伝いに旅を続けているレオナルド達と、南方の平原を進む〈楽浪狼騎兵〉の間には、少なくとも百キロを越える距離がある。それに、別段何か明白な形で救援を要請されたわけではない。
無事を祈りはするが、何か出来るわけでもない。
それが、エリアスとレオナルドの、共通見解であった。
遠く南の夜空の下で進む〈楽浪狼騎兵〉。
彼らは一路、〈列柱遺跡トーンズグレイブ〉を目指していたのである。
© Touno Mamare 2012