予防接種はもう打たないと決めていたけど「死亡することがある」とか「死にいたることもある病気です」とか「死亡しない場合でも、後遺症を残すことが多くあります」
なんて書かれ方をされたら、打った方がいいかも・・・なんてことを一瞬考えてしまう。←打たないけど!
運がいいと思ったのは、年齢的に日本脳炎を打たずにすんだことと専業主婦でいられたこと。
時間だけはたっぷりあるからあれこれ調べることができた。
予防接種の不自然さも意味のなさもその危険性も知ることができた。
そして、騙す手口を見極める目を培うこともできたし、拒否する図太さも身についた。(これはもともとか)
親が守らなければ、子供はどこまでも毒に晒されてしまう。
今はそういう世の中だってことを自覚しなければならないのは難しい。
危険だということを知らしめるには、公害病のように多くの人が死ぬか病気になるしかない現実。
もちろん因果関係が認められないこともある。
そんな中でどこまで変わり者でいられるかというが大きな鍵になる。
子供の頃から常に変人扱いされてきた私からすればなんでもないことだけど、普通の人には辛いかもしれない。
ただ、私の論理からすれば、私を変人扱いする人は「どこが変わっているのか?」というそもそもの根本を明確に説明することすらできず、自分の価値観と違っているものを受け入れることができない度量の狭い面白味のない人たちなのだ。
そういう人は、子供を育てる時もやっぱり枠からはみ出た子を病院に連れて行ったり薬を飲ませたりするんだろうか、他人事ながら心配になる。
子供を毒に晒さないもう一つの方法があるとすれば、それは全員が拒否する選択をすること。
危険な添加物が入ったものを食べない、買わない、打たない。
全員と言わなくても、半分の人がそうなれば世の中はかなり変わるんじゃないか。
選択できる今がいかに素晴らしいかを、いつか思い知る日が来る。
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