10年程前にEdyが登場した時、私は懐疑的だった。わざわざ現金を電子マネーに交換して買い物をするメリットはあるのか。チャージだけして利用しないと、運営会社は儲かるが消費者は損をするのではないか。そう思っていたのだが、実際には交通系マネーと共に広く普及した。現金の勘定や釣銭の受渡といった煩雑な行為がなくなり、消費者にとって十分メリットがあったのだ。
では、電子マネーや現金、そして最近話題になったビットコインは、それぞれどのような性質があるのだろうか。西部教授による『貨幣という謎』は、通貨の本質や歴史を丁寧に教えてくれる。
ミクロネシア連邦のヤップ島で流通している通貨「フェイ」は、車輪のような形をした石だ。小型なもので30センチ、大型なものは4メートルにもなり、野原に転がしておいても誰のフェイなのか分かっていれば通貨として認めれられる。海に沈んで誰も見たことのないフェイでも、村人全員が認めれば個人の貨幣として通用する。
日本銀行が発行している1万円札も、物としての原価は20円程度だが、私たちが1万円と認めているから1万円の価値がある。つまり、通貨は物質ではなく信用であり、観念なのだ。そして観念は、簡単に崩れる。
ハイパーインフレで1万円札が紙切れ同然になり、国民が放棄すれば日銀券は消滅し、新たな貨幣が誕生する。それは日銀券と同じような通貨かもしれないし、電子マネーかもしれない。暗号通貨であるビットコインは、薬物や銃器などの売買に利用され負の側面がクローズアップされたが、P2Pを利用した分散的な発行システムは、仕組みとしては画期的だった。中央組織がないため手数料が少ない。
貨幣は日銀が通貨として発行しても、企業が電子マネーとして発行しても、個人が暗号通貨として発行しても、社会が認めれば自然と流通する。
貨幣とはある偶然の条件によって成立するものにすぎないにもかかわらず、ひとたび貨幣として偶然的に成立してしまうと、自分自身の構造を絶えず強化しながら存在し続けるような性質を持っている。
新書は当たり外れが多い。ページが少なく軽い内容になりがちだが、『貨幣という謎』は骨太で当たり本だった。ロビンソン・クルーソーやチューリップ・バブルなどの話は思わず前のめりになる。経済だけではなく生物学や天文学など、著者の幅広い知識がページを次へとめくらせる。
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