後継者不足と言われて久しい第一次産業。しかし林業においては、厚生労働省が実施している「緑の雇用担い手対策事業」も功を奏し、2003年以降、新規就業者の数は年々増えつつあります。とはいえ就業者の高齢化は避けられず、その約4分の1が65歳以上。そんな年季の入った業界に5年前、平均年齢30歳の若者だけで構成された林業事業体「東京チェンソーズ」が参入しました。林業の常識を一から覆し、新たな視点で事業を進める同社の取り組みと可能性を探っていきます。
■株式会社東京チェンソーズ
本社/東京都西多摩郡檜原村3840-2 TEL 042-588-5613
代表者…青木亮輔 従業員数…5名 URL:http://www.tokyo-chainsaws.jp
創業メンバー4名が東京都森林組合を退職し、2006年7月に個人事業として東京チェンソーズを立ち上げる。11年2月に株式会社東京チェンソーズとして法人化。東京都にある檜原村を拠点に、林家や森林組合からの請負業(下草刈り、つる切り、間伐、枝打など)、公共事業や民間企業のCSR活動協力、環境イベントの企画実施を行う。平均年齢の若さやフットワークの軽さを活かし、林業の新しいスタイルを確立している。著書に『若者だけの林業会社、奮闘ドキュメント 今日も森にいます。東京チェンソーズ』(徳間書店)がある。
「若くて大学まで出ているのに、わざわざ村に来て山の仕事をするなんて、よっぽど仕事に困っているのか――。これが、林業に就いたばかりの僕たちに向けられた周囲からの視線でした」。檜原(ひのはら)村(東京都)を拠点とする東京都認定事業体、株式会社東京チェンソーズの代表取締役社長・青木亮輔氏は、林業参入の当時をこう振り返ります。
同社の始まりは2006年。立ち上げに携わった平均30歳の4名は、林業とはかかわりのない異業種からの転職組で、東京都の森林組合に在籍していました。しかし、日給が当たり前の業界では、高い志を持っていても、仕事を安定させること、家族を養うことは高い壁。たどり着いたのは、森林組合からの独立でした。
「労働条件をよくしたいと組合を飛び出しました。個人事業を立ち上げた当初から、社会保険や休暇などの福利厚生を充実させ、“その日暮らしの作業員”からの脱却を目指しました。天気に左右されることが多く、売上予測を立てづらい林業ですが、手取りの目標月給を決めて、かかる保険料や経費を見込めば、月々どのくらい稼ぎがないといけないのか見えてきます。間伐や草刈りといった山の手入れを、例えば1ヘクタール当たり20万円と仮定して、月に200万円の売上を目標にするなら、ひと月10ヘクタールの作業が必要という計算になります。とても単純なことですが、この業界では珍しい考え方なんです」(青木氏)。
もちろん稼ぎを出すには、それだけの仕事量確保が必要です。同社も森林組合の下請けが主な収入源でした。
「山の仕事=森林組合が通例で、一企業が直接仕事を獲得するまで時間がかかります。当社も創業まもなくは、組合から回ってきた仕事が大半でした。下請けは黙っていても仕事が入ってきますが、単価が上がらない限り売上も上がらない。早急の課題は、下請けからの脱却でした」(青木氏)。
若者というだけで異色に映る同社。仕事獲得の前に、会社の存在を知ってもらう必要がありました。
「口コミが物を言う村では、自治会に入り、地元の行事等に進んで参加するなど、地元に入り込むことが最強の営業活動です。特に人が大勢集まる祭りでは、顔を突き合わせて話して、そこから需要を引き出すことができます。また、祭りで花代(祝い金のようなもの)を包むと、会場に提供者の名前が書かれた札が掲げられるのですが、これが結構な宣伝ツールになるんです」(青木氏)。
テレビや雑誌に取り上げられることも多くなり、着実に社名は浸透しつつあります。一方で、同社にとって転機となったのが、創業二年目と四年目にそれぞれ檜原村と東京都の入札参加資格を得たことでした。「役場から直接仕事をもらえるようになったことは、大きな成果です。山主さんは役場に相談することも多いので、そこから顧客を結ぶルートができます」と青木氏は続けます。
しかし、名前が知れ渡るだけで仕事になるという甘いものでもありません。顧客との接点づくりは、同社の強みであるサービスを売り込むチャンスでもあります。
「伝統ある森林組合は良くも悪くも古い組織で、信頼を持つ人もいれば、サービスに不満を持つ人もいます。ここに当社の入り込む余地があると考えています。言われたことだけではなく、山主さんが困っていることや、山の今後についてじっくり話します。僕たちのような若い世代は、インターネットを使った情報収集や情報発信の知識や技術があり、いろいろな提案ができます。町では当たり前のIT活用も、林業では革新的に映る。これが当社のサービス力につながっています」(青木氏)。
業界の体質改善にも積極的な同社。その一例が、社員教育と安全確保です。昔から林業は、「怪我して覚えろ」「怪我と弁当は自分持ち」というのが当たり前。しかし同社は、この常識を「理屈」で変えようとしています。
「山仕事は、労災率の高い職人気質の集まりと言われますが、それ自体が疑問です。昔は、子供の頃から山に慣れ親しんだ人が、技を盗めと親方を真似て体で覚えていましたが、木や森に触れる機会の少ない現代において、そのやり方は酷ですし、命を落とすリスクも高い。これでは、後継者も若い人も敬遠してしまいます。そこで目を向けたのが、プロセスを理屈で覚えることでした。山の危険は、頭で考えれば9割近く回避できます。それに、見て覚えろだったら10年かかる技術習得も、理屈で覚えればその時間も短縮され、経営者にとっては投資も少額で済みます。社員にとっては安全な作業ができ、仕事の効率化で売上が上がり、給料もアップします。考え方を少し変えるだけで、働き方は180度よくなるんです」(青木氏)。
さらに同社では、作業着のデザインや道具類の選定にも気を配っています。
「ビジュアル的な面も意識していますが、理にかなったものを追求しています。例えば、鮮やかなオレンジ色のウェアは森の中で映えて、他者への危害を防ぐ効果があります。イヤーマフという耳当ても騒音から耳を守るために欠かせません。そして、これらの多くが外国製であることも注記したいです。かつての職場環境では「勝手なことをするな」「ちゃらちゃらして」と見られることも、海外ではきちんと理由があって製品になっています。安全をお金で買えるなら、それに投資しない理由はありません」(青木氏)。
彼らにとって当たり前の行動は、結果的に革新的な取り組みとして強みを生み出しています。改善の余地がある業界では、思い切った行動力こそプラスに作用するのです。
年々、右肩上がりで売上が推移している同社。今後の目標は“生業としての林業”を確立することです。
「請負業は国の補助金に頼っている部分が大きいので、真の林業を目指すには、自分たちで木を育て出荷し、多くの場所で木を使ってもらえるよう努力をしなければなりません。現在その活動の一環として、ツリークライミング教室などを開催して、木に親しみ、その魅力に気づいてもらい、森を手入れする人がいることを伝えています。将来、子ども達が憧れる職業に“林業マン”がランクインしてくれたらいいですね。職業候補まではいかずとも、暮らしの中で木を取り入れてくれれば、それが僕たちの仕事につながり、ゆくゆくは顧客になってくれます。つまり、自分たちの未来のための取り組みでもあるんです。今の世論はエコに熱心です。企業のCSR活動や社会貢献として、森を活用することも提案できるでしょう。森に人が集まれば、その地域も活性化されるはずです。価値観の逆輸入で、山主さんの意識が変わることも期待しています」(青木氏)。
同社は一見、リスクの中に飛び込んだように見えますが、実のところ、リスクはチャンスとなって利益をもたらしています。業界を変える力を秘めた彼らの存在感は、今後ますます強まっていくはずです。