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時論公論 「集団的自衛権 懇談会報告書の意味」2014年05月16日 (金) 午前0:00~
島田 敏男 解説委員
安倍総理大臣が設けた私的な懇談会が「国際情勢の変化に伴い集団的自衛権の行使を可能にする必要がある」として、政府の憲法解釈の変更を求める報告書を提出しました。
これを受けて安倍総理は、報告書の内容を尊重して検討を進める考えを示しました。
今回の懇談会報告書の意味と、その内容を考えます。
▼この懇談会は、座長の柳井俊二元外務事務次官をはじめ、安全保障の法制度の見直しは当然だとする有識者が集まっていましたので、当初から、結論の方向性は明らかでした。
報告書の最大の意味は、安全保障政策の大転換を目指す安倍総理の意向に沿い、本格的な議論スタートの号砲を打ち鳴らしたということです。
▼懇談会がまとめた報告書の結論は、大きく4つの柱に分かれています。
▽第1に、武力攻撃には至らないけれども、日本の主権や国民の安全を脅かすような
行為への対応を強化する。具体的には漁船員を装った武装集団が、離島に上陸したような場合に備えて、自衛隊などの警察権限を強化するべきだとしています。
▽第2に、これが一番の柱で、歴代内閣が憲法9条のもとではできないとしてきた集団的自衛権の行使を、限定的に可能にするよう政府の憲法解釈を改めるべきと提言しています。
▽第3は、自衛隊がPKO・国連の平和維持活動に参加する時や、海外の日本人を救出に行く時に、安全を確保するために武器使用の制限などを緩和するべきだとしています。
▽そして第4に、国連の安全保障理事会の決議に基づいて、加盟各国が協力する集団安全保障措置について、政府見解を改めて参加できる活動を拡大するべきだとしています。
▼幅広い内容ですので、最大の論点になりそうな集団的自衛権について詳しく見ます。
報告書は、中国、インド、ロシアの台頭など国際情勢は変化していて、同盟国アメリカとの信頼関係を一層強めるためにも集団的自衛権の行使を可能にすべきだとしています。
▽そして、そのための憲法解釈の変更について2種類の提言を示しています。
一つは戦争放棄を謳った憲法9条は「我が国が当事国である国際紛争の解決のために武力を行使することなどを禁止したものだ」として、個別的自衛権でも、集団的自衛権でも、自衛のための武力行使は禁じていないと解釈するのが妥当だという提言です。
つまり、これまで個別的自衛権と集団的自衛権を切り分けていた政府の憲法解釈は、そもそも誤りだと決めつけるものです。
▽もう一つは、個別的と集団的に切り分ける従来の政府の憲法解釈に立ったとしても、「自衛に必要な最小限度の実力行使の中には、集団的自衛権も含まれる」として、条件を限れば容認できる事例があるという提言です。
こちらは「限定容認」と呼ばれる考え方で、これまでの政府の憲法解釈の全否定ではなく、国際情勢の変化などを拠り所に、必要最小限度の範囲を拡張しようというものです。
▼安倍総理は記者会見で、前者について、「憲法が全てを許しているとは考えないので、政府として採用できない」と表明しました。
そして後者について「従来の政府の基本的な立場を踏まえた考え方だ」と述べ、この提言に沿って検討を進める考えを示しました。
これを一歩突き放して見ますと、懇談会にハードルの高い発信をさせ、その一部を否定して見せることで慎重な姿勢を印象付ける狙いがあったと言えなくもありません。
▼では、この「限定容認」という考え方では、どういう限定の条件が考えられているのでしょうか。報告書では、次の3つを大きな条件にしています。
第1に、我が国と密接な関係にある国に対して武力攻撃が行われた場合が対象で、密接な関係にある国というのは、日米安保条約を結ぶ同盟国アメリカに限らない。
第2に、その密接な関係にある国への攻撃の事態が、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があることが必要である。
そして第3に、我が国が直接攻撃を受けていなくても、攻撃を受けた国から明確な要請や同意を得れば、必要最小限の実力を行使して攻撃の排除に参加できるとしています。
▼この他、集団的自衛権を行使する場合には、個別的自衛権の行使と同様に、事前または事後に国会の承認を得ることや、仮に条件が揃っていても総合的な政策判断によって行使しないこともありうるとしています。
▼これを具体的な図に示すと、典型的な事例として日本近隣の有事がイメージされます。
A国がB国に攻撃を行い、B国と同盟関係にあるアメリカが軍隊を派遣し、他の国々も支援に駆けつけるといった想定です。
この時、日本が直接攻撃を受けていなくても、アメリカ軍や他の支援国の軍隊に、防護や補給支援を行うためには、集団的自衛権の行使を可能にする必要があるというものです。
▼安倍総理は報告書を受けた後の記者会見で、集団的自衛権の行使容認も含めた法制度の見直しが必要な事例の図を示して説明し、当面の与党内協議を急ぐよう促しました。
▼ここまで報告書の内容と、それを受けた安倍総理の基本姿勢を見てきましたが、国民の側は、こうした憲法と安全保障を巡る議論をどう見ているのでしょう。
NHKが毎月行っている世論調査で、先月、今月と「あなたは集団的自衛権を行使できるようにすべきだと思いますか。すべきでないと思いますか」と聞きました。
先月と比べると今月はどちらともいえないが8ポイント減って、行使できるようにすべきだが6ポイント増え、行使できるようにすべきでないは1ポイント増えました。
この変化について政府関係者は「先月下旬の日米首脳会談で、オバマ大統領が集団的自衛権などの検討を歓迎し、支持すると表明してくれたことがプラスになった」と言います。
ただ、今月も一番多いのは「どちらともいえない」でして、切迫した危機が迫っていないにも関わらず、なぜ急いで基本政策の転換を図るのかという疑問の声の現れといえます。
また、限定容認という入口が、将来、なし崩し的に拡大される危険性を指摘する意見もあります。
▼そしてこちらは同じNHK世論調査で、憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使ができるようにしようという安倍総理の考え方について聞いた結果です。
賛成が増えましたが反対がやや上回っていて、憲法改正によらずに政府の判断で国の基本を転換することが、立憲主義の否定に繋がると考える人が少なくないことを示しています。
週明けからの自民党と公明党の協議で、この問題に慎重な姿勢の公明党が、こうした世論調査に見られる国民の側の疑問や不安の声を背に受けて、どこまで議論を深めることができるかに、まずは注目です。
▼以上見てきましたが、冷戦崩壊後、憲法と安全保障の議論は度々繰り返されてきました。
例えばPKO協力法の成立の際には、与野党が三つの国会をまたいで1年近くにわたって論戦を繰り広げ、最後は与野党間の修正協議を経て着地しました。
集団的自衛権を巡る問題は、それ以上に国の基本に関わる問題です。拙速は避け、幅広い国民の理解が得られない場合は、先送りも辞さない姿勢で臨む必要があると考えます。
(島田敏男 解説委員)