ライター斎藤博之の仕事

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原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実

 漫画週刊誌『ビッグコミック スピリッツ』に連載されている「美味しんぼ」の福島県編で、福島県を取材に歩いた主人公の一行に鼻血が出るなどの症状が現れたことを描いた場面について、「事実に反する」だの「風評被害」だのと騒ぎ立てている諸君がいるらしいので、そういった健康被害にあった実在の登場人物として一言書いておく。

 福島県は2年かけて長期取材していたのだが、この取材に同行したスタッフの何人かに、鼻血が出る、疲れて寝込む、などの症状が現れた。わたしも、その一人だ。わたしも原作者も、お互いに同じような症状に陥っていることに気づかず、はじめは自分ひとりの病気だと思っていた。わたしなどは以前から血圧の高い傾向があったから、それが悪化したのかと思って、病院に行った。診察の結果は、原因が何かはわからないので、止血の薬を出しておく、というものだった。不思議に思って血圧のせいではないかと訊いてみた。もしも血圧が原因で鼻血が出ているのだとすれば、血管が破れる場所はここではない、とのお答え。ついでに鼻血という症状が現れる病名をひとつずつ揚げて、その場合の症状はこうだからあなたの場合は当てはまらない、と解説してくれた。どの病気にも該当しないというのである。

 鼻血ばかりではなく、どこかに1日取材に行くと疲れ果てて、何日も寝込んでしまうといことが続いたが、原因も病名もわからないというのでは、寝て恢復を待つ以外にはない。そんなある日、福島県双葉町から町ぐるみで埼玉県に避難しておられる方々を取材できることになって、まっさきに全町避難を決めた井戸川克隆前町長をお訪ねした。すると、その場所にたまたま偶然、岐阜環境医学研究所の松井英介所長がいらっしゃり、われわれに「体調の変化はないか」とお尋ねになるのである。これに雁屋さんが鼻血が出たり疲れたりする話をするので驚いた。わたしとまったく同じ症状だからである。お互いが同じ症状であることにようやく気づいて、われわれは顔を見合わせて唖然とした。

 「わたしもですよ」と井戸川前町長。「同じような人が、この避難所にも、福島県にも大勢います。みんな自分が病気だと言わず、報道されていないだけなんですよ」とおっしゃる。「わたしもね、読まなければいけない本がたくさんあるんですが、とても疲れて、原発の事故以前に較べたら何分の一も読めません。国との折衝や会議などで外出すると、もうくたくたです」。

 「これはね、被曝したからなんですよ」と松井所長。「放射能の影響というとみんな癌の心配ばかりしますが、健康被害は癌だけにとどまるものではありません。放射能は直接にも間接にも、人の健康に影響します。たとえば、みなさんの鼻血は鼻の粘膜が傷ついて現れる症状ですが、その原因は放射線が直接炎症を引き起こしたということではなく、放射線によって切断された水の分子が、やがて過酸化水素となって粘膜細胞を傷つけるからなんですね。鼻だけではなく、眼や咽や皮膚にも、同じ理由で症状が現れる人がいます」。

 わたしの場合、歯茎からも出血があった。歯もぐらつくので歯医者に行ったら、全部抜いてしまおうというので、それでは総入れ歯になってしまうと思い、断って帰ってきた。塩で歯を磨くということをずっと続け、いまは症状が治まっている。

 これは、われわれの身に降りかかった事実である。あとで知ったことだが、同行したカメラマンにも、同じような症状が現れたらしい。われわれにその原因はわからないが、取材の一行に同じ症状が現れていることは、原発の事故でもなければ説明がつかないだろう。松井所長のように考えれば、確かに納得できるのである。

sequel

 一年以上をかけて、わたしの症状はほとんど恢復した。”疲れやすく集中できない”という症状は随分前になくなったし、歯茎から血が出ることもなくなった。鼻血はほとんど治まっていて、まれに十度以上も寒暖の差がある日などに血の滲むことはあるが、それも次の日には治まっている。

 自分の身にこのようなことが起きる以前は、福島県内で震災と原発事故の被害から立ち上がろうと活動しておられる方々、たとえば有機農業に取り組み、作物はすべて自ら放射線検査をした上で出荷している人びとの、安心安全な食べ物を消費者に届けたいという思いに共感共鳴した。それは今でも変わらない。原因は解明されていないけれど、有機農法や自然農法の農作物は、農薬や化学肥料に頼った周りの農家の作物と較べて、検出される放射線量は確かに低い。その作物をわれわれもいただいて、福島の食べ物は美味しいと思った。

 しかし、取材するわれわれが鼻血を流し、疲れて寝込むようになると、心配なのはその農家の健康である。同じ状況下に置かれたからといってすべての人に同じく症状が現れるわけではないといっても、いっとき福島を旅したわたしのような者ですらこのような症状に陥るのであれば、この土地に住み続けると決断し闘っておられる方々の健康は、われわれよりも遥かに危険な状態に晒されているのではあるまいか。

 土地は耕し続けないと、地力も落ちるし荒れてしまう。原発の事故のせいで放射能に汚染され作物を作ることが出来なくなった田畑を見ればわかるように、耕作をやめて2〜3年もすれば田畑は背の高い草で覆われ、柳の木が根を下ろし、鼠やモグラの穴が開いて、田には水を溜めることも出来ない。もとの状態に戻すには、とんでもない労力を要する。それよりも、この土地を離れれば、それでなくとも少子高齢化に苛(さいな)まれて崩壊の危機にあるコミュニティが、ほんとうになくなってしまうのではないか。なによりも、土地に刻まれた記憶を離れて、人びとは生きていくことが出来るのか。

 人びとが守り育ててきた美しい自然。その土地に蓄積された人びとの歴史。土地は何代にもわたって流してきた汗水の賜物であるだけではなく、神々の贈り物である。ここで先祖が紡いできた共同体の絆を、孫子の代にも残したい。耕し続けたほうが、放射能に汚染された土地の作物への影響も減っていくという。それならば、この土地に暮らし続ける決断をするべきではいか。

 その気持ちがわたしには痛いほどわかったので、別な選択肢もあっていいのではないかとはなかなか言いにくいのだが、わたしはあなたがたの健康が心配だ。孫子の代につなぐためにも、集落ぐるみで別な土地に避難するということも、ひとつの考え方である。もちろん、それを決めるのは福島に暮らす人びと自身で、他人がとやかく言うべきことではない。どちらにしても、原発事故のおかげでこのような難しい岐路に立たされているということが、福島県の真実である。

| 斎藤 博之 | [食の文化]美味しんぼ 福島の真実 | 21:15 | trackbacks(0) | comments(11) |
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comments
おっしゃるのは、まさに「原発ぶらぶら病」の症状の一部ですね。岩佐さんのケースでは訴訟が成立したのに…
| yamada osamu | 2014/05/14 9:03 AM |
コメントありがとうございます。
なるほど、これを「原発ぶらぶら病」と言うのですか。たしかに、わたしも何かをすると疲れ果てて持続して行なうことはできず、とくに集中して考えることが出来ず、これでは原稿を書くのは難しいので、仕事を何分の一かに減らしました。他人からは「怠け者」のように見えたと思います。
| 斎藤 博之 | 2014/05/14 11:41 AM |
ウクライナでも、子どもたちは、口中に金属味がするという喉の感覚による刺激(55.7%)頻発な空咳(31.1%)、疲労(50.1%)、頭痛(39.3%)、めまい感(27.8%)、睡眠障害(18.0%)、失神(9.8%)吐き気と嘔吐(8.0%)、排便障害(6.9%)という症状を訴えているようです。
https://twitter.com/ukurainahoukoku
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1765
| bera | 2014/05/14 3:41 PM |
2011年の8月に農家支援を目的に福井から福島入りしてます。山木屋地区の農家と知り合いになり、土壌の放射能値を落とす試験を三ケ月ほど実施。その間、連日 線量測定を目的に田圃に・・。元々PDSVなる心臓の持病を持ってましたが、一週間目に異変を感じたが放置。二週間を経た折に、発症し救急車のお世話になった。それから二ヶ月の間にもう一度。二度目の救急医に高線量地への立ち入りは控えるように云われたこと、降雪もあり、立ち入りを制限してましたが。。。。の春先に二度発症し、爾来 高線量地への立ち入りはしておりません。無論、発症もしていない。因みに従前は、数年に一度。疲労や睡眠不足が蓄積した折に出ていた程度。冷静に考えれば、土壌線量が数万ベクレルの場所に数時間も出入りしていたわけですから、心臓に影響が無いハズはない!と線量の何たるかを知った後に思い知らされた。一昨年の人口動態調査では福島県の死亡率は他県と比べ二桁多かったと記憶している。直接的、関節的を問わず、影響は否定出来まいと感じます。鼻血の記述を風評と称したり、否定するならば、小児性甲状腺異常も含め、論拠を明らかにすべきであろうかと。経済が大切なことは重々承知してますが、もっとも重いのは、イ・ノ・チであろうかと。福島に見切りをつけ、転居を考えている還暦超ジイさんでした。
| aterui3sei | 2014/05/15 7:21 AM |
 ここに、批判を受けるのは「自業自得」だという罵声が書き込まれていました。批判的な意見のコメントも承認しようかと思いましたが、二つの理由から削除することにしました。
理由の1)わたしの症状は恢復しつつあるとは言え、罵声を含めて受け容れるほど完全に治癒しているわけではありません。鼻血や、歯茎の出血ばかりではなく、すぐに疲れる、集中できない、いらいらするなどという症状もあり、自分のウェブログで罵声にお付き合いするような精神的な余裕は、いまはありません。
理由の2)この書き込みの方は宮城県との県境に近い南相馬の方だ書いておられますが、南相馬は宮城県と接していません。その地域に鼻血などの症状はないとの批判ですが、どの地域なのか疑念があり、わたしの記事を読んでくださる方に情報として提供することに意味はないと考えます。
その批判は、「美味しんぼ」が福島県のどの地域を指して鼻血が出ると言っているのかわからない、と指摘しています。「美味しんぼ」をよく読んでみてください。鼻血は、どこかの地域で取材したのではなく、自分たち自身に起きた出来事です。福島県のどの地域を取材したかは、取材した日付とともに掲載しています。
わたし以外のスタッフは、福島第一原発を取材したあとに発症しました。しかし、わたしは第一原発には足を踏み入れていないので、必ずしも事故を起こした原発の周辺のような高線量の地域に行かなければそのようなことにはならないというわけではありません。低線量被曝でもわたしのような症状に陥る可能性は充分にあります。それに空間線量は、取材中自分たちで計測しましたが、発表されている数値より遥かに高いものでした。そこで住民の方々が自分たち自身で測りマップを作成して対策を考えている活動も紹介したわけです。
| 斎藤 博之 | 2014/05/16 2:13 AM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2014/05/16 5:03 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2014/05/16 9:14 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2014/05/16 9:56 PM |
初めまして。記事をとても興味深く拝見いたしました。
ところで、記事中にあった体調の変化についてですが、もしかすると一種のPTSDの可能性があるのではないでしょうか。
と申しますのも、福島県において、似たような事例でPTSDの専門治療を受け、症状が大きく改善した例が存在するからです。
IAEAも「チェルノブイリ事故の精神面への影響は生物学的なリスクに比べ非常に大きかった」とコメントしており、事実ウクライナでは子持ちの母親がDSM-III-R
と呼ばれる精神分析テストで、精神疾患のリスクが高かったそうです。

我が国では放射能ばかり話題になって、派手さのない「心の被害」はおざなりになっている感があります(実際賠償例も少ない)。このあたりをもっと掘り下げてもらいたいです。
長文失礼しました
| のなめ | 2014/05/16 10:27 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2014/05/17 12:39 AM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2014/05/17 12:42 AM |










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