2014-05-02 「疑ってはいけないのか」うん、それ差別
美味しんぼ鼻血表現が差別である理由
ひさびさだー。
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差別というものを定義することは難しく、またその定義が逆に差別主義者が揚げ足を取ることを促進したりするので、あまり突っ込んだ定義をするものではないと思っている。
けれども
モデルを想定し、そのモデルケースが差別に該当するかどうかという思考実験は有益といっていいだろう。
というわけで以下の、差別デマによく見られるケースを想定してみよう。
- 特定の社会集団に対して明らかに不利益になる言説を、あやふやな根拠で流通させる
もうちょっと具体的にいうと、「◯◯人は性犯罪を起こす率が高い」といったもの(◯◯人のところにオタクをいれてもドカチンをいれても同じこと)。こうした言説を根拠なしに流すのは典型的な差別であることは明白であろう。「××人には〜〜病が多い」なんかでも、就職差別や結婚差別を助長する。
では、
「俺は性犯罪をやらかした◯◯人を知っている。俺の周りでも◯◯人の性犯罪率は高いとみないっている」という伝聞(取材でもよい)を根拠として流すのはどうだろう?
これも先ほどの悪質なケースとほとんどかわりはあるまい。
もしかしたら、こうした怪しい伝聞情報を流すものも、自らの正義に基づいているのかもしれない。例えば
「◯◯民族が性犯罪率が高いと私は信じている。もしそれが間違っていても、社会的に対策することで誰も不利益を被らない」
などと。
無論、これは明らかに間違った議論である。
まず、事実かどうかまるであやふやなものに社会的な対策を行うことはリソースの浪費である。社会的リソースの浪費は再配分のための原資をそこない、それは弱者の生死に直結する。
もちろん、そもそも性犯罪率が高いとみなされた◯◯民族に対する侮蔑行為である。この言説によって被るさまざまな不利益は計り知れないだろう。また、あやふやなものに基いてとりえる対策は◯◯民族に対して抑圧的なものとなり、公的な介入によって「やっぱり◯◯は危ないんだ」と差別がさらに促進される。あやふや差別スパイラルだね。
もし、「◯◯民族は性犯罪をおこす率が高い」といいたいのなら、
- 1)信頼できる統計的資料を提示する
- 2)その統計に関し、貧困などの他の犯罪に関する要因を統計的に適切に除去し、性犯罪率の高さが確かにその◯◯民族の特徴であることを示す
以上のことは最低限でも必要となる*1。
さて、
「俺は性犯罪をやらかした◯◯人を知っている。俺の周りでも◯◯人の性犯罪率は高いとみないっている」
という伝聞情報が公開されたら、心ある人はこれを「差別をやめろ。そのような根も葉もない風評でどれだけの被害があると思うのだ」と批判するだろう。
これに対し
- 「危険はもしかしたらあるかもしれない。それを公表することは必要だ」
- 「安全側にふるのに根拠はいらない」
- 「「風評被害」とかいう言葉を乱用してきた者の責任は重いと感じる。疑うということ自体を「差別」と断じて封殺しようとする風潮をこそ危惧する」
などという議論で、もとの「◯◯民族は性犯罪をおこす率が高い。そういっている人がいる」という差別的言辞を擁護するものがあらわれたらどうだろうか?
問題外であることはすぐわかるだろう。
「危険はあるかもしれない」という言説そのものが、確定的に◯◯民族への不利益になっている。「あるかもしれない」という根拠で、◯◯民族へ確実にひどい不利益を与えるってどういうこと? 「ない」ということの証明は原則的にできないというのに。
そして不当な不利益がある以上、「安全側にふるのに根拠はいらない」も成り立たない。
「疑うということ自体を「差別」と断じて封殺」といわれても、誰も「疑うこということ自体を「差別」」だなどといっていない。◯◯民族に著しく不利になるような言説、差別を助長するような言説を、「そういっている人がいるんです」程度の論拠で垂れ流すことが批判されているのに。
この「あるかもしれないから公表してよい」「安全側にふるのに根拠はいらない」「 疑うということ自体を「差別」と断じて封殺しようとする風潮をこそ危惧」というロジックがまかりとおるのであれば、どのような支離滅裂な差別的デマをも否定することができなくなる。
「あるかもしれない」「安全に根拠はいらない」 「疑うということ自体を「差別」と断じて封殺」とかいう発言はこの場合は差別的言論の典型であると断言してよかろう。
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本論に入る。
- 特定の社会集団に対して明らかに不利益になる言説を、あやふやな根拠で流通させる
これは、「美味しんぼ」の鼻血表現について明確にあてはまる。福島県の観光をはじめとした産業に与える影響は大きく、さらにいえば福島県出身者に対する結婚差別*2などへの後押しとなることは明白であろう。「美味しんぼ」という媒体の影響力はけっして侮ることはできず、特定の社会集団に対して明らかに不利益になる言説が、単なる伝聞(とおそらくは原作者の個人的経験)を根拠に大量にばらまかれたということである。
「あるかもしれない」「安全側にふるのに根拠はいらない」「疑うこと自体を禁ずるのか」などという反論は、それによって不利益を被る一般人*3がいる場合は無効。疑義を示す側に証拠を集める責任がある。そうでなければ悪質な差別と排除のロジックにしかならないことはすでに示したとおり。
鼻血がどうこういいたいなら、最低限でも鼻血が実際に有意に多いという事実(=データ)をもってきて、さらにストレスや食生活などの他の要因を排除しても確実に多いと示してからでなければならない。そうした手順を踏んで示された情報であれば、福島在住者にとっても有益なものとなろう。
よって、美味しんぼ鼻血話は差別的言論と考えてよい。表現者がどのような使命感にかられていようが善意だろうが、差別は差別。
これに反論するのであれば、
- 「 特定の社会集団に対して明らかに不利益になる言説を、あやふやな根拠で流通させる」というのは差別にあたらない
もしくは
- 今回の「美味しんぼ」はそれにあてはまらない
のいずれかの論証を要する。
ぶっちゃけ、差別の問題をちゃんと考えたことのある者なら、この事例が差別であることは明らか。こんなものを擁護するんじゃ話にならん。
もちろん、
「朝鮮人は〜が多い」「生活保護受給者は〜が多い」「女は〜が多い」「オタクは〜が多い」とか特定の社会集団に対してあやふやな根拠でDIS言論を垂れ流しにするのは原則的にいって差別な。
ホントあたりまえの話。
最後に、美味しんぼ鼻血表現に対して怒りを表明している人々が、他の社会的弱者への不当な差別や偏見に対しても同様のロジック、同様の基準で怒りを表明してくれることを願う。
美味しんぼ原作者*4をはじめとして福島在住者への差別的言辞を弄する人々に対する怒りと不信はあるが、反原発という当然の主張に対して「放射脳」などと揶揄する人々に対する怒りと不信とて僕には強くあるのだ。
*1:1・2を行えばそうした言説を流布していいのかという問題はあるが、それはここでは本論ではないので棚上げしておく
*2:統計的根拠はないが、結婚差別が主に女性に対しておこっているように見えるのもジェンダー論の観点から極めて興味深いが、ここではつっこまない
*3:この「一般人」という後の選択は迷った。「 疑うこと自体を禁ずるのか」という言説で公権力(大企業もこれに準ずる立場であろう)を行使する立場の者が不利益を被ったとしても、もちろんガンガンやるべきであるから。いろいろ考えたし、これが最適とは思わないがここでは「一般人」という言葉を選んだ。歴史的社会的に普遍性があり、公権力を行使する立場の人を除外したよい言葉があったらお教えいただくとうれしい。「市民」だと歴史的社会的に限定されすぎるんだよね
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