『クリームソーダ シティ』第1巻(小学館/長尾謙一郎)。
今その名前を出すと、とにかくあさっての方向からやけどさせられそうな状況の「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)だが、今週語っておきたいと強く思わせたのは『美味しんぼ』より長尾謙一郎の『クリームソーダ シティ』だった。
『クリームソーダ シティ』は5月12日発売の同誌24号にて最終回を迎えたのだが、本誌では「未完」と銘打っての終了。さらに、その後おなじみコミックナタリーで「ある“権力からの勧告”を受け」ての連載終了であるという長尾からのコメントが掲載されたため、大騒ぎとなって、ニュースサイトでも報じられる事態となった。
何しろこの長尾のコメントがいかにも仰々しく、最後には「表現の自由」なんてところにまで話が及んでいるため、ネットでは「またスピリッツ編集部か!」というような反応も多数寄せられた。長尾自身もツイッターでコミックナタリーの記事をRTするだけにとどまり、それ以上のコメントは行なっていない。編集部を取材したJ-castの記事でも編集部は「心当たりがない」とコメントするのみで、怪しげな権力悪の臭いだけを残して、真相はこのまま流れてしまいそうな状況だ。
ただ、このコメントについて長尾ファンらからは「ネタだろう」という見解も多い。そもそも長尾はこうしたネタを好みそうなナンセンスギャグの人であることに加え、コメントでも“ある権力”に対して「編集部も」ではなく、「担当者も」最後まで抵抗したと書いている。外部からの内容への圧力に対しては通常編集部として抵抗するものであり(実際どうであっても、形としては編集部としての抵抗になる)、担当単位で抵抗するのは編集長や編集部である。
もう少し加えるなら、基本「ゴシップとバッドニュースは載せない」ことを編集方針としているナタリー発信のコメントであり、しかも『クリームソーダ シティ』自体もごく普通に6月に続刊が出る予定となっている。編集部と大きなトラブルがあったとは考えにくい状況だった。
とはいえ、断定はしづらいため、多くの識者も「よくわからない」という程度にとどまり、結局このまま真偽不明案件として流されていきそうなところだった。
が、編集部からの話は聞けなかったものの、関係者から漏れ伝わってくるところによれば、やはりこれは長尾の“ネタ”なのだという。普通に打ち切りで、普通に作者としては悔しい出来事だったという話であり、そこに長尾がひとネタ仕込んできたというのが、あのコメントだったというわけだ。
だが、タイミングがタイミングだったというのが今回の騒動の原因だ。本来ならファンもすんなり「ネタだよね」ですむ話であり、編集部も「いえ、ネタです」と公言できただろうが、『美味しんぼ』問題が大きくなったこのタイミングでは、「ネタです」と言えない空気になってしまっている。結果、公には「心当たりがない」としかいえないのだろう。
ただ、ではこれが「タイミングが悪かったがための悲劇」だったのかというと、たぶん違う。「スピリッツ」本誌でこのコメントが掲載されていたら、誌面を作ったタイミングと発売までのギャップもあるので「騒動前に仕込んだネタが、騒動によってあさっての方向に飛んでいった」とも取れるが、長尾のコメントはウェブ媒体に寄せられたものだ。少なくとも長尾は「この状況下でこのコメントが出る」のをわかった上で語っている。騒動が起こっている状況込みでのネタなのだ。
この「どう受け取ればいいかわからない」不思議な空気を作り出した長尾のセンスは、やはり抜群としかいえない。それをわざわざ種明かししてしまうこの記事は、野暮そのものではあるのだが、長尾の力量はやはりどうしてもちゃんと褒めておきたかったのだ。
(文/小林聖)