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北朝鮮、差別表現でオバマ氏を罵倒する理由

高英起 | ジャーナリスト

北朝鮮の憎悪表現、すなわちヘイトスピーチが激化している。
5月2日、北朝鮮の国営メディア「朝鮮中央通信」は、オバマ米大統領に対する人種差別発言を掲載した。引用するのも憚られるような酷い内容だが、いくつかの部分を要約して抜粋する。
「オバマのみすぼらしい姿を見るとおう吐ではらわたが煮えくり返る」
「見れば見るほどアフリカ原始林のサルそのもの」
「顔付き、行動から血統が明らかでない雑種」
「人間の初歩的な容貌も備えない醜物」
「アフリカ自然動物園の猿の群れの中で、見物客が投げるパン屑をあさりながら生きるべき」
罵詈雑言をお家芸とする北朝鮮とはいえ、国営メディアが発信する内容にしては、あまりにもお粗末で醜悪に尽きるの一言だ。記事は「一労働者の声」という形をとっているが、全てがオバマ氏に向けての罵詈雑言であり、「誤解を招く表現」や「失言」のレベルではない。
これに先立ち、朝鮮中央通信は、国連北朝鮮人権調査委員会(COI)マイケル・カービー委員長を「同性恋愛の醜聞を残したむさくるしい老いぼれ好色狂(朝鮮中央通信4月22日)」と非難。韓国の朴槿惠大統領に対しては「妓生の旦那に身を任せて他人を謀略にかけて害するずる賢い売春婦(朝鮮中央通信4月28日)」と「売春婦」呼ばわりするなど、極めて激しい論調で罵倒していた。ちなみにカービー氏は同性愛者であることをカミングアウトしながら、同性愛者をはじめマイノリティの人権保護に積極的に取り組んできた人物だ。
朝鮮中央通信は、「同性愛者への差別」「人種・民族に対する差別」「女性への差別」と、世界中で問題になっているマイノリティに対する差別的表現を満遍なく掲載したことになる。
北朝鮮からすれば政治的に非難しているつもりだろう。確かに、これまで北朝鮮国営メディアは、「ソウルを火の海に」「ワシントンを火の海に」などの過激な「口撃」で物議を醸し出してきた。一方で、「戦闘的な口撃」は「ブラフ」に過ぎず、ネット上では「無慈悲な鉄槌を下す」「無慈悲な稲妻」などの表現は、「無慈悲シリーズ」と呼ばれ嘲笑のネタになってきた。「無慈悲なチャーハン」「無慈悲な残業」などというように。
しかし、今回のオバマ氏への罵倒表現は、「黒人差別」に基づいた「口撃」であり、もはや「国家ぐるみのヘイトスピーチ」と言っても過言ではない。「知らなかった」「認識不足だった」という言い逃れは出来ない。
実際、朝鮮中央通信は、過去には米国社会の黒人差別を批判する論評を掲載している。また、アフリカ諸国とは長年にわたって親交を深めている。金正恩氏のお気に入りの友人は元NBA黒人選手であるデニス・ロッドマンだ。いくら、北朝鮮が外部情報から閉鎖的な状況にあるとはいえ人種差別、とりわけ「黒人差別」に対する認識は持っているはずだ。
オバマ氏への差別的表現は、明らかに「米国大統領」をターゲットにした「確信犯」の類いと見るべきであり、そのようなふしが見られる。
先述のカービー氏や朴槿惠氏への非難は、「声明」として掲載されているが、オバマ氏への非難は、あくまでも「一労働者の声」として掲載されている。さらに、記事は朝鮮語のみである。朝鮮中央通信に掲載される記事は、必ずしも全ての記事が翻訳されるわけではないが、基本的に「英語・中国語・スペイン語・日本語」の4カ国語に翻訳される。当該記事の外国語版は掲載されていない。
「声明」ではなく、「一市民の声」として、「朝鮮語」のみでオバマ氏を罵倒しながら、その反応を伺っているかのようだ。つまり、あえて差別的表現でオバマ氏を罵倒し、米国や国際社会の反応を探る。大きな問題となれば、「これはあくまでも一市民の声である」と逃げ道を用意するという、なんとも姑息な手段とも言える。
しかし、国際的な孤立を深め、「非常識な国家」というレッテルを貼られている北朝鮮が、なぜ、火に油を注ぐような差別的表現で、オバマ氏を罵倒したのだろうか。その背景には、核とミサイルをちらつかせても、一向に目もくれない米国への「反発」と「苛立ち」が見え隠れする。
先月、オバマ氏はアジア各国を歴訪した。これに合わせて北朝鮮は、ミサイル発射を強行し、核実験をちらつかせるなど、威嚇行動に出たが、それ以上の目立った挑発はなく(出来ず?)、オバマ氏はアジアを後にした。日本、韓国との会談では、北朝鮮問題に一定の憂慮を示したものの、米国の北朝鮮に対する関心はそれほど高くもなかった。
なんとか米国の気を引きたい北朝鮮が、オバマ氏の自国に対する無関心さに、はらわたが煮えくりかえる思いと「反発」を抱いたことは容易に想像出来る。また、最も敵対しながらも最も対話したい米国が、手の届く場所まで来たにもかかわらず、手をこまねいて見送ることしか出来なかったことへの「苛立ち」も感じただろう。プライドの高い北朝鮮らしい返礼ともいえるが、代償を顧みない稚拙な言動は、時には大きな反発となって返ってくる。
案の定、今回の差別表現に対して、米ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)は、声明を通じて、「北朝鮮公式メディアは、誇張された言動で悪名高いが、今回の言及はとりわけ醜く醜悪だ」と非難した。これによって北朝鮮が望む「米朝直接対話」は、さらに遠のくことは避けられない。それとも、北朝鮮は一向に進まない米国との交渉を短期的に諦めたのか。
仮に、政治的意図があったとしても、北朝鮮による一連の「国家ぐるみのヘイトスピーチ」は、普遍的な人権感覚という見地からも、決して容認されるものではない。
金正恩体制になってから、北朝鮮は過去の負のイメージからの脱却を狙っていると評されることもあるが、国際社会に認められるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
高英起
ジャーナリスト
1966年大阪生まれの在日コリアン2世。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信する。帰国後は、テレビ・ディレクターと活動しながら北朝鮮取材を進めるが、中朝国境での活動が北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受けている。2010年からは、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」の東京支局長に就任。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 』(宝島社)

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