40話
リナとは口約束ではあるが婚約をした。
これが正式なものになれるように二人で努力することを約束した。
そしてリナはシーレック侯爵領で反乱が起きないように侯爵に意見をしてみるとのことだ。戦争に巻き込まれるのは仕方がないが、反乱が発生しなければそれほど酷いことにならないだろう。
二人で部屋に篭っていた時の後始末は魔術やらなんやらで誤魔化したが、屋敷の管理人の夫婦は気が付いているだろうな。部屋に篭って観光もほとんどしてないわけだし。何も言われないだけに変に意識してしまう。
若い貴族同士の交流が増えた昨今、貴族の結婚に処女性は必須ではない。とはいえ年頃の女性貴族の処女性というのは政略結婚において大きなポイントになりえる。奔放な性生活を送っていた女性貴族が行き遅れになり、仕方なしに身分の低い家臣の元へ送られたという話は聞いたことがある。
男の場合にはそんなことはないのだけれどね。
であるので、政略結婚が義務付けられている重要な娘は箱入りで育てる貴族も多い。学園に寄越すのは婚姻でなく実力で名を上げて欲しいということでもある。とはいえ高位貴族の娘は立場をわきまえているので身分違いの恋などはしない。それは禁忌である。
身分の低い騎士の家の男が高い身分の女子と関係を持ったために前線送りにされたという話も聞く。
俺とリナの場合はそこまで大きな身分差はないので大丈夫だろうけど。
学園において自由恋愛はある程度は認められてはいるが何でもありというわけではないということだ。
俺やリナの場合は前世の常識が残っているせいで少し緩いかもしれない。だけど、結婚が出来ないというほどの身分差ではない。子爵の弟とはいえ領地持ちの子爵だから伯爵に準ずるくらいの地位はあるし、俺自身が陛下に謁見するなどの実績を上げている。
とはいえ釣り合っているとも言えないところなので、既成事実を作っておくというのは悪い手ではないのかもしれない。
正直なところ挨拶に行くのが怖すぎるんですれど。
リナは先に実家に帰った。
俺は師匠の代わりに町の特産品の視察をするという仕事がある。
代官につれられて一通り見て回ることになった。聞いたところによると缶切りが出来たおかげで個人用に小型の缶詰も発売することになり受注が増えつつあるそうである。
携帯保存食料として缶詰が大ヒットしそうな予感がする。
金の匂いがぷんぷんするぜ。
温泉卵や温泉饅頭などの効果により訪れる人が多くなり町は賑わっているそうだ。
訪れる人々をもてなす宿や食事処も繁盛しているらしい。
やって来るのは基本的には商人と自由騎士が仕事を求めてとのことである。特産品が有名になったことで鉱山の仕事の人気が高くなり自由騎士が集まる。そうして取れた鉱物を加工する職人も次々とやってきて、完成した商品を売買する商人もやって来る。
好循環である。
魔獣の異常発生が起こって二年が経ち、どの町も旅人が減って景気が悪くなってきているのにチクホーだけは好景気である。
さて、義理の視察が終ったところで遊戯品店へと足を伸ばす。
気になっていた銃がどうなっているのかについて話を聞いておくことにしたのだ。
「ライフル銃は販売中止で秘蔵にするということは厳守しております。店主である私と職人の二人しか知りません」
店主の言葉にホッとする。
「そもそも一発撃つごとに銃口を掃除しないといけないので実用性があまりないのです。弓の腕前が未熟な人ならばライフル銃の方が命中率は高いのですが、一発撃つごとに銃口の掃除をしてから弾を詰めないといけませんからね。弓が下手な猟師とかいませんし遊びにしか使えませんよ」
そういえばそうだな。弾の先込式だと限界があるみたいだ。
後込め式になれば飛躍的に発展するだろうが、俺はその仕組みが良く分からない。とはいえ職人に後込め式のアイデアを伝えたら数年で作成してしまうかもしれない。このまま放置するべきか。
「職人のドワーフが暇な時間に試作品を作り続けていますので精度はだんだん上がっていますよ」
あんまり改良しすぎるのは困る。
とはいえ今の状況ならそんなに心配することはないだろう。
銃の恩恵を自分だけ受けて後世に武器として残らないように出来ないかな。
そんな都合の良いことは難しいか。
これで一通りの目的を果たした。
一人で残っても特にやることもないし故郷に帰るとしよう。
そう思った俺は視察を一日で切り上げてカフォークの町へ帰ることにした。
カフォークの町に帰還するとすぐにリーガルに会いに行く。
「話したいことがあります」
「どうしたんだい。かしこまって」
「結婚したい相手がいるんです」
俺はリナとの婚約のことを報告した。
「なるほどね。ラインの恋人の話は聞いていたよ。私の方でもシーレック侯爵家とのつながりを確保しようとはしていたのだけれどね」
リーガルは俺の話にそれほど驚いていないようだ。
俺からリナの話をするのは初めてなんだけれど。フレデリカから聞いていたのだろうか。
「北部の貴族は独立心が強くて中央にあまり出てこないんだ。侯爵家といえば古くからの王家の家臣や血族の子孫であったりするわけだけど、地域性ということもあり国政にも関与していない。なんらかの行事がある時に王都に来ることはある程度なんだ。私も子爵位を継いで間もないこともありシーレック侯爵と面識がないんだよね」
「難しいのですか?」
俺は不安になってきた。
こういうことは貴族の繋がりが重要だ。家同士の交流が全くないとなると厳しいのだろうか。
「いや、会って話さえすれば良縁だと分かってもらえるだろう。私も本腰を入れて社交界の知り合いを通じてシーレック侯爵に面会を申し込んでみるよ。こういうのは父上の方が詳しいから手伝ってもらおう」
「お願いします!」
ひとまずはリーガルに任せよう。
有能な兄のことだ。なんとかしてくれるに違いない。妙に自信があるようだし。
俺に出来ることは侯爵家の娘を娶れるくらいに有能なのを示すことくらいかな。魔術の実力を公開する気はないけれど、宮廷魔術師協会に入っていることを活かして魔道具製作者として頑張ってみるのもいいかもしれない。
夏季休暇はほとんどをカフォークで過ごした。
フレデリカもジュリアンもリリアもいないが、この町には昔からの友人が大勢いるので退屈はしない。
師匠の無茶振りもなかったのでのんびりと骨休み。いろいろとやらなければならないこともある気がするけれど、休暇があけて後期になったら本気出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夏季休暇が終った。
王都に戻り学園の後期授業が始まる。
学園では学年が進むごとに五人から十人ほどの脱落者が出る。授業についていけない者、家庭の事情で辞める者、なんらかの事情で留年する者。
夏季休暇の後にもいなくなる生徒がいたりする。
学園に行くとピートが退学していた。
成績優秀であったので学力の問題ではない。どうやら家庭の事情のようである。クラスで一番仲が良かったのに残念だ。
さすがに前期を通して同じ教室で学んでいただけあり、他のクラスメイトとも話をするようになってはいたのだけど、それでもクラスで一番仲の良い奴がいなくなるのは寂しい。
「お久しぶりです。ライン先輩」
レナータに声をかけられた。
「久しぶり。そういえばピートのこと知ってる?」
「ピート先輩ですか? 家の方の事情としか聞いていません。何やら早くも騎士の仕事に着くとか。ピート先輩は優秀でしたから」
レナータも詳しくは知らないか。
同じ学園に通っているとはいえ王族と騎士だと接点ないからね。
ピートについて少し話をした後でレナータが俺に聞いて来た。
「そういえば、セラフィナ先輩も休学だそうですね」
リナ――――セラフィナ・シーレックは王立ネイン学園を休学している。
師匠の屋敷の方にリナからの手紙が届いていたのだ。
要約すると親を説得するにあたり過去の行いを非難され侯爵令嬢としてまともになっているかを試されているそうだ。反乱を未然に防ぐために領内のことも知りたいので後期は休学するとのこと。
『来年は同じクラスになりましょう』
手紙はそうしめられていた。
俺との婚約を認めさせるために。
領内で反乱を起こさせないために。
リナは頑張っているのだ。
まあ、反乱のことは大っぴらに言えないので婚約のことを話す。
「婚約ですか!?」
レナータは驚いているようだ。
「まあ、まだ口約束で正式な取り決めはしてないけどね。シーレック侯爵の許可を得るのが難しそうだよ」
夏季休暇の一月だけではリーガルの方に進展はなかったようだ。直接の面識がない相手に手紙を送りつけるのも失礼にあたるのでまずは仲介者を探すところから始めているそうだが。
「婚約ねぇ~、やるじゃないか」
「おめでとうと言わせてもらうよ」
リュートとエリクにリナとのことを話をした。
二人とも祝福してくれているようだ。
「しかし、シーレック侯爵は古風な人との噂を聞くぞ。北部の貴族が保守的とも言えるが、その中でも特に保守派の血統主義だとか」
「でもラインなら国王に謁見した実績もあることだし問題ないのではないか?」
「保守的な上に王家の威光が届きにくい土地柄だからな。セラフィナ先輩の説得が上手くいくかどうか」
リュートの言葉に不安になってきた。こいつは事情通だから話に信憑性があるんだよな。
「そんなに保守的な人なのか………」
自分でも声が暗いのが分かる。
「まあ、なるようになるんじゃないか。普通なら掘り出し物だぜ、ラインはさ」
俺を慰めるかのように明るく言うリュート。
俺の肩をトントンと叩いて慰めてくれる。
「政略結婚の駒にするつもりなら最初から学園に寄越さないと思う。後は二人が本気で説得すれば気持ちは伝わるだろう」
冷静に分析するエリク。
その言葉に気持ちが落ち着いて来た。
「そうだな。なんとかなる………いや、なんとかしてみせるぜ!」
俺は気合を入れた。
二人ともいい奴だな。
一生の親友だぜ!
「ところでさ。アレはどうだった?」
声を潜めてリュートが聞いてくた。
「あ、アレ?」
「アレはアレだ。二人とも初めてだったんだろ? 上手く出来たか?」
ニヤニヤとした顔で聞いてくる。
学園内で何を聞いて来るんだ。
ここは放課後の喫茶室である。周囲に生徒は大勢いるのだ。
「リュート、不謹慎だぞ」
少し怒ったような声で注意するエリク。
そうだ、そうだ。さすがに人前でする話ではない。
「一人だけ童貞だからって怒るなよ。貴族専用の高級娼館に連れて行ってやるからさ」
「なっ………」
リュートの言葉にエリクが顔を赤くする。
さすがに童貞だ。
「というか、リュートは経験済みなのか?」
先ほどからの言葉に疑問を持った俺は声を潜めてリュートに尋ねる。
「俺は次期伯爵だぜ。そういう教育も受けてるの。二人とも童貞のようだから話題にはしなかったが、仲間が出来たからには遠慮はしないぜ。分からないことは俺に何でも聞け!」
そういう教育もあるのか。
血統が大事な伯爵家となると性教育もしっかりしているということなのか。詳しく話を聞きたくなってくるではないか。それに経験豊富ならいろいろと聞いてみたい話もある。
「それは頼もしいかもしれない。いろいろ聞いていいか?」
俺は声を潜めてリュートに相談する。
場所が場所だけに抽象的な表現を使いながら際どい話で盛り上がる。
その隣で難しい顔をしたエリクが耳を押さえている。
耳を押さえていても話は聞こえるらしく俺とリュートの話にビクッと反応するのが面白くなり、話がどんどん過激になっていく。
ついにエリクが切れた。
「ふ、二人ともいい加減にしろーーー!!」
顔を真っ赤にしたエリクの叫び声が喫茶室に響いた。
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