宮内悠介 藤井太洋 大森望 作家になったエンジニア 作家になったエンジニア《前編》 …藤井太洋×宮内悠介×大森望 サイバーパンクとは違う、未来社会へのアプローチで読ませるふたりの作家。
その現代性とリアリティはどこからやってくるのか。
源流を探るべく、“作家以前”の体験、そしていまなお抱く技術者としての信念に迫った。
元3DCGソフトの開発者と元プログラマー、ともにエンジニアマインド溢れるおふたりが、
仕事を辞めて「言葉」で世界を構築することを決めた――。
テクノロジーの進化に対して、そしてそれを使う人々に対して、
おふたりには独特のまなざしがあります。
それぞれの代表作『Gene Mapper -full build-』と『ヨハネスブルグの天使たち』を軸に、
おふたりがフィクションに思いを仮託しようと決めた理由と、そこに至った必然について
お聞きしたいと、対談の場を設けさせて頂きました。
さらに、なぜおふたりがともにデビューから短時間でここまでの人気を集めたのか、
作品が持つ現代性やSF要素に着目しその秘密に迫るべく、大森望さんにお越し頂き、
対談の聞き手と解説をお願い致しました。
奇しくも2014年4月25日に贈賞式が行われた第34回日本SF大賞の最終選考には、
上記二作と大森望責任編集のオリジナルアンソロジー『NOVA』全10巻がノミネート。
時代に求められる三人がそろったことで、SFの可能性をも照らし出すことになりました。





◎コードも書けば小説も書く

――藤井さんは2013年の春まで 「Shade」という3DCGソフトの開発に携わっておられたのですよね。そこから作家になった経緯、そしてそれまでのご経歴もお聞きできれば。

藤井 はい。ただ、私はいずれの時期も業務ではプロモーションのほうをメインにやってきたので、理系文系で言えば「文系」なんですよ。

大森 ご自分でコードは書かないんですか?

藤井 自分用のプログラムは書きます。

宮内 どう見ても、ご自身でもコードを書かれるかたの小説なのですよね(笑)。

藤井 コードはわかる、というか、数式での理解が苦手なんです。数式で見てもよくわからないんですが、コードになったアルゴリズムで見れば「あぁ!」って腑に落ちる。群とか集合とかの処理の方法なんかもコードで見たほうがわかるんですよね。

宮内 わかります。コードを見て「ああこういうことか」ってストンとわかること、多いですよね。

大森 いわゆる文学と違ってSFの場合はロジックが必要だし、執筆にもコードを書くのと共通するような部分が多少あるのかな、と。実際、宮内さんは『Gene Mapper -full build-』(以下『Gene Mapper』)を読んでプログラマーっぽい感じ、同業者意識みたいなものは感じました?

宮内 強く感じました。ほかの小説では得られないような、ディベロッパー的な叙情やエモーションのようなものがありまして、それが刺さってくるのです。私、大好きなんですよ、藤井さんの作品が。

藤井 ありがとうございます。

宮内 もちろん開発者に向けた小説という意味ではなくて、広く伝わるような形で書かれていて、そこにまた驚かされるわけなのですが。

大森 ハッカー的な立場で書かれたSFって、80年~90年代に流行ったサイバーパンク以降、近未来コンピュータ・アンダーグラウンドものはたくさんあったと思うんですけども、『Gene Mapper』みたいなものは珍しい。いま宮内さんが言ったみたいに、主人公が開発者側だってことが大きいのかなと。主人公が壊す側じゃなくて作る側にいて、「壊されると困る」という社会人としての立場を持っている。


藤井 それはあるかもしれません。私は遅れてきたSFファンなので、『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスンの長編小説。84年にカナダで刊行されサイバーパンクブームを引き起こした。日本では86年、早川書房より刊行)なんかはリアルタイムでは読んでないんですよ。SFを読み始めた頃にはもうグレッグ・イーガンなんかも出てきていたし、古典を読むような気分で手に取って、「ああ、確かにこういう人たちおじさんにいるなあ」なんて。ちょっと遠い存在なんですよね。サイバーパンクをやっていた人たちのエモーションというものに、少し違和感があります。

大森 反体制的なかっこよさ自体が、そもそもおじさんっぽく見える?

藤井 リチャード・ストールマンとか、ああいう活動をされているような人たちと近いんだろうなと。

大森 エレクトリック・フロンティア的な考え方ですね。ああいう動きに対しては前世代のものという印象がある、と?

藤井 確かに世界をつくったんでしょうけど、いま私たちがいる場所はもうそこからはだいぶ離れている気がしますね。エレクトリック・フロンティアをやっている人たちの横で、同じような技術をお仕事でつくって提供している人たちもいるわけで、そちらのほうにシンパシーを感じてしまう。





大森 もっと普通にビジネスを支える環境だったり道具だったりするだろうと。

宮内 『Gene Mapper』では作中で主人公がある選択をするのですが、それがある意味過激でありながら、リアルビジネスへの眼差しや切実さのようなものが感じられて、だからこそ納得して受け入れられるところがありました。

『Gene Mapper』の舞台は、2037年。拡張現実が広く浸透し、遺伝子設計された「蒸留作物」が食卓の主役となった世界で、主人公・林田は「遺伝子デザイナー」として生計を立てている。あるとき、自分が遺伝子設計した稲に重大な問題が発見されたと連絡を受け、真相究明に乗り出す。その過程で、林田は大きな決断を迫られる。

大森 サイバーパンク的なSFとは違う展開ですね。

藤井 そうかもしれません。ただ誰にでも、多かれ少なかれエンジニアとして決断を迫られる場面というのはあるのかもしれなくて、私も一回、発見したセキュリティバグを一般公開してしまったことがあります。後でめちゃめちゃ怒られたんですけども。

大森 どういう経緯だったんですか。

藤井 もちろんメーカーにも連絡したんですが、Mac OSで動くすべてのWebブラウザーやメーラーに絡むセキュリティだったので、アップルだけでなくマイクロソフトやネットスケープも関わっていて、そしてそのどれもから「うちのせいじゃない」とつっぱねられて(笑)。でも、そのまま問題を隠していたら確実に悪用されることになる。じゃあもうバラしちゃえ、と公開に踏み切りました。『Gene Mapper』を書くときに、あのときの感覚をみんなに共有してほしいという思いはありましたね。

大森 あんまり立ち入るとネタバレになっちゃうんですが、世界を動かすような秘密なりなんなりを手にしたときに人はどういう選択をするのか。『Gene Mapper』の中で主人公はその問題を突きつけられますね。それこそ伊藤計劃やグレッグ・イーガンの小説でも主人公が同様の決断を迫られるので、その意味では構造的に近いのだけれども、『Gene Mapper』の場合は主人公がもっと現代的というか、現実的な解決法を探るんですよね。

藤井 現実的というよりも、そういうことをしてしまうだろうなという“予感的”な方法ですね。そういう状況に身を置かれたらエンジニアならきっとこうしてしまう、という。それが普通の人たちの感覚とズレているのはわかっていて、だからフィクションの中で、そういうエンジニアのやってしまいそうなことを取り上げ、描いてみたかったんです。

宮内 そういえば、こういった場面ではどうしてもエクスキュースを入れたくなるところです。たとえば、「不謹慎かもしれないが」といった一文ですとか。けれど、藤井さんはそういうエクスキュースを入れてこない。だから、作者が考えて結論を出したことなのだと伝わってきますし、説得力がある。何より恰好いい。それで、「血が通っている」ように感じられたりもします。





藤井 電子版を書いたときに反省したんですよ。推敲したら「~かもしれないが」みたいな表現が多発していて。でも本心は違って、という逆転現象がたくさん起こっていた。それがすごく読みにくいことに気づいて、全部消したんです。

『Gene Mapper』は2012年7月にセルフパブリッシングで電子出版されたものから人気に火がつき、同年の国内キンドル市場で最も売れた文芸・小説作品となった(電子版の正式名称は『Gene Mapper -core-』)。その後、大幅に加筆修正が加えられたものが紙の本『Gene Mapper -full build-』として、2013年4月、早川書房より刊行された。執筆はもちろん、各種フォーマットに合わせて工夫された電子書籍を複数リリースすることまでひとりで行い、そういう意味でも話題を呼んだ。

藤井 『Gene Mapper』はなにせ処女作ですし、何もかも手探りでやっていました。いい点悪い点、発見するたびに手を入れて。そして思考が一本道になるよう何度も直す過程で不要な部分が落とされたんだと思います。

宮内 読んでいてすごく、読み手であるこちらを信頼してくれている感があるんですよね。

大森 言わなくてもわかってくれますよね、という。



◎なぜテクノロジーを前向きに捉えられるのか

藤井 そういえばある編集の方に言われたんですよ、『Gene Mapper』は現代のプロレタリアート文学だねって。本当はプロレタリアートじゃなくて、『蟹工船』とかと同じ頃に書かれていた『穴を穿つ』とかそういう話……あの頃の冊子とかを見ていると、トンネルを掘るだの井戸を掘るだのっていうだけの話がたくさんあるんです。ツルハシを新兵器ダイナマイトに持ち替えて、発破をかけて穴開けるぜみたいな話がカタルシスいっぱいに語られてる。当時は最新だったわけですよ、土木技術が。

大森 実際、藤井さんの作品には、テクノロジーに対する信頼を感じますね。SFには技術のネガティブな側面を描く作品も多いので。『Gene Mapper』では、もちろんテクノロジーのダークサイドも描かれるけれども、それでもちゃんと使えばなんとかなるよっていうメッセージというか、ポリシーを感じます。

藤井 どちらかと言うと「なんとかしなければならない」というメッセージですね。テクノロジーのダークサイドって、取り返しがつかないくらいいろんなものを壊してしまう可能性があるので、あまりそういう暗いところに落ちたくないなと。いままで何度も何度もそういうところに落ちかけていたので、持ち堪えたい……そうしなきゃいけないという思いはすごく強いです。

大森 『Gene Mapper』の近未来も見方によっては暗いし、その次に書かれた「UNDER GROUND MARKET」はさらにいまよりかなり退廃した世界ですよね。

藤井 終わってますよね(笑)。厳しい世界だと思います。

大森 でも藤井さんの作品からは、ポジティブな光というか、まだ何とかなるという、未来に対する信頼を感じる。そのへんは同時代の近未来SF、たとえば(パオロ・)バチガルピの『ねじまき少女』や『第六ポンプ』のような作品への対抗意識みたいなものはあるんでしょうか。

藤井 同時代を生きる方々の作品と比較して、というのは自分では意識していません。ただカール・セーガン(1934-1996年、アメリカ)とかアーサー・C・クラーク(1917-2008、イギリス)とか、あの世代の、本物のサイエンティストが書いてた時代の後継者であれればいいなとは思っています。いまでも、2010年代でも可能だろうという挑戦はしているつもりです。

大森 僕は現代SFの潮流を、大きく「クラーク派」と「バラード派」に分類したことがあります。野尻抱介さんや山本弘さんがクラーク派で、科学と人類の可能性を信じている。一方、終末を前提に書いているのがバラード派で、伊藤計劃さん、飛浩隆さんとか、あと円城塔さんなんかもそちらに入る。おおざっぱな分類ですが、それで言うと、藤井太洋はクラーク派で、宮内悠介はバラード派じゃないかと。

藤井 その軸で分けると確かに典型的に分かれますね。

大森  『Gene Mapper』と『ヨハネスブルグの天使たち』でも、暗い中に希望があるという言い方をすると一緒になっちゃんだけど、やっぱりクラーク派とバラード派的な違いを感じました。

宮内 『ヨハネスブルグの天使たち』も別に、人類を信頼していないというわけでは必ずしもないのです……と、ごめんなさい、話の腰を折りましたか(笑)。

大森 いやいや。それでもやっぱり、人間に対する信頼には温度差がある気がしましたね。『Gene Mapper』を読んだときにいちばん感じたのは、バチガルピ的な未来を書いているのに、人間を信じることができている。それがすごいな、と。

藤井 バチガルピの描く世界でも、経済が回っているところではおそらくこんな感じだと思うんですよ。技術者を派遣している、その派遣元の会社は『Gene Mapper』世界と同等くらいなんじゃないかと。

 バチガルピさんと藤井さんは、2013年7月に開催された第52回日本SF大会で対談を行い、奇しくもバチガルピさんは藤井さんに「あなたが見てきたのが、テクノロジーの楽天的な側面だというのが面白い」と言っている。重ねて「なぜテクノロジーを前向きに捉えられるのか」と問われた藤井さんは、「私の出発点がコンピュータのエンジニアだからかもしれません」と答えている。「コンピュータの世界ではオープンソースの文化がソフトの開発に大きな実りをもたらしています」、そして前述のセキュリティバグの例などを紹介し「そうやって皆で少しずつ良い報告に変えてきた、という体験が私を楽天的にしているのかもしれない」と。
 宮内さんも最近こんなツイートをしていた。「楽観主義と悲観主義のこと。このあいだ藤井さんに話したことなのだけれど、絶望を背で受け止め、その上で楽観を示すのが大人の態度であると思う」「だから、楽観主義の書き手をぼくは本当に尊敬する」

宮内 私の場合、技術を適切に扱えずに病んでいく技術者たちを目の当たりにして、それで悲観的になったところがあります。技術が幸福に活かされていく未来像、あるいは技術の進歩が人類をうまく導いてくれる未来像は、絶対的に必要だというか、まずそれが第一であると思うのですが、それとは別に、フェイルセーフと言いますか、「技術を適切に扱えない人類」が幸福になるモデルを模索したい思いがあります。『ヨハネスブルグの天使たち』で言うと、ロボットのDX9を兵器にしかできないような、そういう人類に射す光があってもいい。どうも、ワーストケースを提示した上でないと前向きな気持ちになれないところがありまして、幸せになりにくいタイプです(笑)。それにしても、藤井さんは私以上に技術の現場を見てこられたはずで、その藤井さんが前向きな未来像を、それも私にも理解できる形で示してくれたというのは、本当に心強いことであるのです。

藤井 私の場合、そもそもの執筆動機が、自分が信じる未来と科学の姿を描きたい……描かねばならないというものだったし、いまもそれが根っこにあるというのが大きい気がします。



◎未来を肯定したい

――2012年7月、電子版(『-core-』)を出されたときのエントリの説得力……「私は自分の力で、私が信じる未来を描きたいと思った」、藤井さんの原点はいつもあそこにあると感じます。

藤井 間違いなくあれが原点です。東日本大震災とその後の福島第一原発事故をめぐる報道に対して感じた苛立ち。あまりにも科学技術やサイエンスが蔑ろにされていると思ったあの日の危機感はいまも私の中にあります。科学技術に対して感情的な拒否反応を抱く人たちが増えていくのもわかったし、これではいけない、と。じゃあ自分に何ができる? と考えて行き着いたのが『Gene Mapper』でした。

――根本にあるそういった科学技術に対するまなざしとそれを使う人への想像力、それが作中の様々な箇所に投影されていますね。宮内さんに関して言えば、プロ棋士対コンピュータ将棋ソフトの対決として注目を集めた第2回電王戦開催後に、こんな言葉を残されています。「物事がかわっていく力は止められない。そのうえで、プラスにしていけばいい。(中略)朗らかに語る山本さんを見ていると、世界は捨てたものではなく、未来はどうにでもなる、と信じられる」と(『ドキュメント電王戦―その時、人は何を考えたのか』徳間書店 収録)。第2局を戦った将棋ソフト「ponanza開発者の山本一成さんにインタビューした際の言葉ですが、こういう発言の端々からもSFを書く人間の矜持というか、技術の進化とその使用者をどういう目で見つめているのかが伝わってきます。

藤井 『Gene Mapper』の世界では、細かい話ですが――そもそも電子版(『-core-』)と書籍(『-full build-』)では設定が少し変わっているんですが――契約書なんかは基本的にテンプレを使っています。そこでは「量子署名」が信用を担保するわけですが、当然そこをクラックする奴もいる。それが現実です。そういう犯罪者みたいなことをして稼いでる人がいたり、ダークサイドはきっとある。でも9割の人、そして社会はこれで回るだろうという前提で世界を構築しています。

宮内 クラックすると言えば、後半に出てくるとあるSDK(開発キット)からも、おそらくクラックされるだろうという前提が感じられますね。ガードが外されて……。

藤井 そうです。ただ最近は、開発キットってけっこうちゃんとした署名がないとビルドできないんですよね。出来上がったものをクラックするのはわりと容易なんですが。AppleのSDKなんかでも実行環境で動かしてビルドするにはAppleと交わした署名のファイルが必要で、それによって署名―コードサイニングしないと動かないんですよ。

宮内 ちょっと不思議なのですが、技術に対する前向きな考え方やそれを使う人を肯定していきたいという気持ちと、ハッカーマインドみたいなところで、ご自身のなかで相克はないのですか?

藤井 全くないです。

宮内 素晴らしい(笑)。いや、そこまで明瞭なお答えが頂けて嬉しいです。

藤井 そこに私は疑いを持ったことがないですね。私自身新しいものを見るとワクワクするんですけど、同時に壊し方とか裏の掻き方みたいなのは必ず考えてしまう。たとえば、Mac OS10.3くらいのときに、ユーザーアカウントを切り替える際にアニメーションで見せる新しい方法が提供されました。デスクトップがぐるっと三次元的に回って、ユーザーが切り替わるんです。見た瞬間すごくかっこいいと思いつつ、絶対ここには穴があるという確信めいたものがあって、10分で1個、1時間でもう1個、さらにもう2つ3つ見つけて、さくっとAppleレポートして。レポートするときにはだいたい向こうでも見つけてるんですけど。「わかってるわかってる。ごめん、ごめん」みたいな感じで返されます(笑)。

宮内 なんか、ADC(Apple developer Connection、Appleの開発者向けサービス)や開発者の掲示板あたりでとてもお世話になっている可能性に気がつきました(笑)。

藤井 Macだと、私が書いた文章を見たことのある人は多いと思います。Webからアプリケーションをダウンロードして実行するときに、「このアプリケーションはWebからダウンロードされました
というメッセージが出ますよね。開いていいかをユーザーに問うダイアログボックス。あれの10.6か10.7のときのメッセージって私が書いたやつです。10.2のときに問題があることに気づいて、「サファリの将来のバージョン、例えば“8”をつくって実行させればバージョンを詐称した状態でマルチウェアが実行できちゃうよ」「防ぐためにはこんな方法やこんなやり方があるよ」とAppleに伝えて。その中でいちばんダサい方法だけどと言って提案したメッセージが丸ごと使われていました。さすがにメッセージの内容はどんどん変わっていってますけど。

大森 世界中のMacユーザーが藤井さんの書いた文章を表示させていたわけですね。なんだろう、そのへんは趣味みたいな感じですか?

藤井 趣味ですね、完全に(笑)。でもバグを見つけるのは得意だと思います。面白いコードとか見つけると、どこかにロジカルにおかしいところがありそうだと思ってダイブしていくところがあります。

大森 詰将棋みたいな?

宮内 見た瞬間、直感的に見つけてしまうことも多いですよね。

藤井 もちろん面白くないものはわざわざ突っ込む気にもならないですが(笑)。

宮内 絵的にソースコードを見て、ぱっと把握されるようなことは?

藤井 それはさすがに無いですよ(笑)。でもバグが出そうなコードはわかりますよね。宮内さんも。

宮内 ええ(笑)。

大森 そのへんのメンタリティって、クリフォード・ストール(1950-、アメリカ)と近いものを感じるんですけど、どこに世代の違いがあるのか……。

藤井 私の場合、企業に勤めていたりアメリカの会社と取引をしていた経験から、何かあったとしても、それが現場で働いている彼らの悪意によって引き起こされる可能性は非常に少ないということを良く知っている、ということがあると思います。

大森 「体制的なもの=悪」ではない、と。

藤井 さっき話に出たストールマンに代表されるような、いわゆるカウボーイ(※ギブスン『ニューロマンサー』でハッカーのことをカウボーイと称したことから、プログラミングを愛しコンピューティングの未来に賭ける人たちのことをこう呼ぶ文化が広まった)といわれる世代の人たちというのは、基本的に思想がパンクなんですよね。

大森  たしか『カッコウはコンピュータに卵を産む』に出てきますが、ストールの場合、システムに侵入したクラッカーを捕まえるにしても、その前にものすごく葛藤があって、「こんな政府に協力するみたいな真似をしてもいいのか」みたいなことで悩んだりする。そういう葛藤はないということですね。

藤井 同時に存在し得る感じですね。フェアでパブリックな活動と、アンダーグラウンドというか横道に入ってする活動を並行することに、私は基本的に矛盾を感じていないですね。

大森 だから小説もそうですよね。「UNDER GROUND MARKET」のほうは文字どおりアンダーグラウンド的なものですもんね。

藤井 そういうところに矛盾はないですね。

宮内 『Gene Mapper』でも、主人公が後半で危険な開発キットを目にして、その是非よりもまず美しさに目を見張ってしまうではありませんか。

大森 そうそう(笑)。

宮内 しかもやはり「不謹慎かもしれないが」とかそういうフォローは何もなく。私はあの場面がとても好きでした。「よく出来ている」ってまず考えるところが。

藤井 やっぱり中を開いて見ますよね。新しいサービスなんかだとまずAPIの使い方とかを見て、「ああ、シンプルだな」とか「良くやった」みたいなところを見つける。

宮内 あの場面が感動的ですらあったのです。ちょっと気恥ずかしいのですが、実は少し泣きそうにも。思想や倫理を突き抜けた、プリミティブな喜びのようなものが思い出されたのです。

大森 それでいうと、たとえば『虐殺器官』(伊藤計劃)の“虐殺言語”の扱いとかとは根本的に違いますよね。虐殺言語に関しては中身を見ないですよね。そもそも書いていないというのはあるけど。あの作品の中では、「開けてみてどうか」「それをどう扱うか」ということはブラックボックスの中に入っていて、これを使えばこうなるという結果からだけ判断して主人公が決断するわけですけど、それに対する回答というか、そうじゃないだろっていう感覚が藤井さんの中にはあるのかな。

藤井 なんにせよ、あったら開けちゃいますよね(宮内さんを見る)。

宮内 開けなかったらリバースするかもしれません(笑)。

大森 それはやっぱりエンジニア気質ということですよね。なるほど、『虐殺器官』が小松左京賞を獲れなかったのは、そのへんに原因があったのかも。



Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫JA)

『Gene Mapper -full build-』(藤井太洋 著/ハヤカワ文庫JA)
拡張現実が広く社会に浸透し、フルスクラッチで遺伝子設計された蒸留作物が食卓の主役である近未来。遺伝子デザイナーの林田は、L&B社のエージェント黒川から自分が遺伝子設計した稲が遺伝子崩壊した可能性があるとの連絡を受け原因究明にあたる。ハッカーのキタムラの協力を得た林田は、黒川と共に稲の謎を追うためホーチミンを目指すが……。2012年にセルフパブリッシングで出された電子書籍がKindleストアで1位に。翌年、大幅に加筆、改稿が施され本書が刊行された。





ヨハネスブルグの天使たち (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

『ヨハネスブルグの天使たち』 (宮内悠介 著/ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
デビュー作『盤上の夜』で皆の度肝を抜いた大型新人・宮内さんの第2作品集。ヨハネスブルグ、アフリカ、NY、アフガニスタン……国境を超えて普及した日本製のホビーロボットを媒介に人間の業と本質に迫り、国家・民族・宗教・戦争・言語の意味を問い直す連作集。「SFマガジン」に連載した4編に、日本を舞台にした書き下ろしを加えた5編を収録。第34回日本SF大賞・特別賞受賞。





NOVA 5---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

『NOVA 5――書き下ろし日本SFコレクション』(大森望責任編集/河出文庫)
SFというジャンルが持つ幅の広さと可能性を詰め込んだ完全新作アンソロジー・シリーズ第5巻。「スペース金融道」を引っ提げ、宮内さん初登場。以後、7巻、9巻にそれぞれ「スペース地獄篇」「スペース蜃気楼」が収録されている。 本シリーズ全10巻も今年、第34回日本SF大賞・特別賞を受賞した。





yom yom (ヨムヨム) 2014年 06月号 [雑誌]

「yom yom」2014年6月号
宮内さんの長編連載「アメリカ最後の実験」連第5回が掲載されている。そろそろクライマックスの予感。


 
 




※このトークショーでは、今回の鼎談では話されていない藤井さんの新刊『オービタル・クラウド』にちなんだ宇宙テクノロジーのお話もいっぱいされるとか!


1979年東京都生まれ。幼少期より1992年までニューヨーク在住。早稲田大学第一文学部英文科卒。2010年、囲碁を題材とした短篇「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞。2012年、連作短篇集『盤上の夜』を刊行し単行本デビューした。同書は第147回直木賞候補となり、また第33回日本SF大賞を受賞するなど高評価を得る。2013年5月第2短編集『ヨハネスブルグの天使たち』(早川書房)刊行。第149回直木賞候補になったほか、第34回日本SF大賞・特別賞を受賞した。同年、第6回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞受賞。今もっとも期待されている新鋭SF作家である。



1971年奄美大島生まれ。 国際基督教大学中退。舞台美術、DTP制作、展示グラフィックディレクターなどを経て、2013年までソフトウェア開発・販売を主に行う企業に勤務。2012年、電子書籍個人出版「Gene Mapper」を発表し、作家として一躍注目を浴びる。2012年12月、短篇小説「コラボレーション」「UNDER GROUND MARKET」の2作で商業誌デビュー。2013年4月に、「Gene Mapper」の増補完全版『Gene Mapper -full build-』(ハヤカワ文庫JA)を刊行。2014年2月、新刊『オービタル・クラウド』(早川書房)が刊行された。他に〈UNDERGROUND MARKET〉シリーズ(Kindle連載)の連作短篇「ヒステリアン・ケース」「アービトレーター」がある。


1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。新潮社勤務を経て翻訳家、書評家、アンソロジストに。訳書にコニー・ウィリス『航路』『混沌ホテル』『空襲警報』、バリントン・J・ベイリー『時間衝突』など。主な著書に『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』、『特盛!SF翻訳講座』、『狂乱西葛西日記20世紀remix』、『21世紀SF1000』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズなど。編纂するアンソロジーに《NOVA 書き下ろし日本SFコレクション》シリーズ、《不思議の扉》シリーズ、《年刊日本SF傑作選》(日下三蔵との共編)など。《NOVA》で第34回日本SF大賞・特別賞受賞。

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