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「古地図」で習主席に「ギャフン」と言わせたメルケル

「地球儀を俯瞰する外交」のため欧州6カ国を歴訪した安倍晋三首相が先週帰国した。

 せっかくの訪欧、特に3月下旬、訪独した習近平中国国家主席に対して、メルケル・ドイツ首相が見事な対中外交を展開したばかりのことであり、安倍首相が何か言うかと注目したが、外務省の発表だと、「力による現状変更の試みは許されず、国際秩序や法の支配が尊重されるべき」だといつもの中国批判しかしなかったようだ。

チベット、尖閣は領土に含まれず

 強圧的な態度で周辺諸国を威圧する中国を叱責するには、実は、こんな秘策もある、とばかりメルケル首相は3月28日夜、習主席歓迎晩餐会で外交のお手本を見せてくれた。

 プレゼント交換で、メルケル首相が習主席に手渡したのは骨董地図の複製だった。

 1735年、フランスの地図学者、ジャンバプティスト・ブルギニョン・ダンビルが作製した中国の地図。原図ではなく、ドイツの出版社の複製だが、イエズス会の宣教師らが現地で行った調査を基に作図したもの。米外交誌『フォーリン・ポリシー』のブログによると、原図に残されていたラテン語の説明では、中国本土の全体図を示している。

 しかしこの地図では、チベットや新彊、満州、尖閣諸島などは中国領土に含まれていなかった。同年に即位した清の第6代皇帝、高宗・乾隆帝の61年間にわたる治世で、勢力を大きく拡大し、朝鮮、ビルマ、シャムなどまでを朝貢国とした。

 メルケル首相が地図の説明をしたという報道はない。だが、近年は見られないような、極めて高等な外交だった。暗に、今の中国の領土は1735年以後大幅に拡張されたんですよ――と地図に語らせたのは明らかだ。

わざと誤報した中国

 このプレゼント贈呈時の写真を見ると、習主席はうつむき加減で、いつものような快活そうなそぶりは見せなかった。

 中国の国内報道は、メルケル首相がプレゼントした地図は英国の地図出版社が1844年に作製した「清朝の絶頂期」の地図だった、とわざと誤報した。もちろんチベット、新疆なども含んだ地図である。

 習主席はドイツ訪問に先だって、「ユダヤ人大量虐殺記念施設をメルケル首相と一緒に視察したい」と申し入れたが、ドイツ側に断られていた。

 これでメルケル首相は中国との関係では外交的に高みに立つ、と言っても過言ではない。逆に、一本取られた形の習近平主席は少なくともドイツに対しては高圧的な態度を慎むのではないだろうか。

 日本に対して傲慢な発言を繰り返す中国側。これに対して欧州でも中国を名指し批判した安倍首相。日本はこのままではなかなか有利な外交を展開できない。今後の対中外交をひと工夫して強化するためにも、安倍首相はメルケル首相に助言を求めるべきだった。在独日本大使館は外務省に地図のことを報告していなかったのだろうか。

(春名幹男)

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春名幹男

執筆者:春名幹男

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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