時論公論 「どうなるウクライナ危機・現地で見えてきたもの」2014年05月14日 (水) 午前0:00~

石川 一洋  解説委員

今晩は、時論公論です。私は今月首都キエフから、東部のドネツクそして南部のオデッサとウクライナの現状を取材しました。
きょうはその取材をもとにウクライナ危機の深層を考えてまいります。
 
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現地で私が感じたのは以下の三点です。
 
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●まず東部政治対話が欠如する中、暫定政権の軍事作戦は失敗し、統治機構は崩壊しています。
●キエフでは、独立広場を占拠する人々は革命の継続を訴え、影響力を保持しています。
●国民融和のために大統領選挙がますます重要性を増しており、ロシアの協力がカギとなっています。
 
さてまず東部の状況です。
11日東部のドネツク州とルガンスク州で親ロシア派が、何の法的手続きも踏まないまま、両州の自立を問う住民投票を強行しました。人民共和国と称する親ロシア派は、「圧倒的な多数で国家的自立への支持を得た」として独立を宣言しました。しかし極めてずさんな住民投票に何の法的な効力は無いのは明らかです。
現地の取材の実感からは、独立やロシアへの編入ではなく、反キエフ、反暫定政権の感情が多くの人の投票した動機です。
 
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何故反キエフの感情が強まるのか、暫定政権の聞く耳を持たない対応が原因です。
親ロシア派の武装勢力はテロリストであり、交渉することなく殲滅するとして、先月から軍事作戦を間断的に続けています。
こうした軍事作戦が全く成功していません。
ドネツク州アゾフ海に面した工業都市マリウポリです。製鉄や化学工場が立ち並び、ドネツク州を支配する財閥の拠点です。私が取材した5月4日の時点で、市役所がすでに親ロシア派に占拠されていました。この街でもその後行われた軍事作戦は失敗しています。
私がもっとも衝撃を受けたのは、州の中心都市ドネツクで、州全体の治安を統括するウクライナ安保機関の建物が親ロシア派の武装勢力に占拠されたことです。厚い扉に守られた巨大な要塞のような建物がなぜ占拠されたのか、真相は武装勢力による占拠ではなく、事実上地元の治安機関が親ロシア派に建物を引き渡したといわれています。
 
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地元の警察や治安機関が暫定政権の命令を無視し、逆に親ロシア派に場合によっては密かに協力しています。このような状況では軍事作戦の遂行は犠牲者の数を増やすだけです。
ドネツクの地元の行政機関も軍事作戦の中止を求めています。

ドネツク市 ボガチョフ副市長
「状況を正常化するためには、暫定政権はあらゆる軍事作戦・反テロ作戦を直ちに中止すべきだ」
 
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暫定政権の対応に違和感を持つのは政治の不在です。政治とは可能性の芸術であり、敵対者と妥協点を見出し、暴力を避け、解決を見つけることです。しかしドネツクにも軍事作戦を強行するという危機的な状況でありながら、政府の責任者首相が訪れたのはこれまでたった一日です。革命で勝利したのは我々であり、我々の方針に従うべきだという驕りを感じます。ドネツクなどが無視されたと感じ、反暫定政権の気運が強まるのは当然でしょう。
 
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ただ強調しておきたいのは、不当な武力を持って行政府などを占拠し、町を我が物顔に歩き始めた親ロシアの武装勢力への支持も少数だということです。
ドネツクでは今逆にウクライナの統一を支持する人々も多数います。その人々が逆に武装勢力の跋扈の中で恐怖に怯えるという状況ともなっています。
早急に政治を復活させなければなりません。
地方分権について暫定政権とドネツクの州政府など正当な行政・議会の代表団の話し合いがようやく始まっています。暫定政権はドイツなどの仲介で14日あらゆる政治勢力が参加する円卓会議を開催するとしています。これは遅まきながら正しい方向です。
 
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さて首都キエフの状況です。
二月の革命を成し遂げた人々は未だにマイダンと呼ばれる独立広場を占拠しています。暫定政権も、新ロシア派との対立が深まる中で、治安面で彼らの力に依存しつつあります。
 
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マイダンでは革命が継続しています。
その中で暫定政権との合意のもとに設立された重要な機関が、人事刷新委員会です。旧体制の腐敗、弾圧に協力した官僚などを国家機構から追放しなければ、新たな体制は生まれないとの考えです。

マイダン人事刷新委員会委員長 ソボレフ氏
「目的は人事刷新法を造り権力を浄化することです。大統領や側近を追放しただけでは不十分です。新しい国には新たな原則で築かなければならないのです」

腐敗した体制の中身を変えなければ新しい国は作れない。若者たちの真摯な気持ちは理解できます。ただ理想主義が果たして現実的なのかどうか、疑問には思いました。
最も危惧を覚えたのは過激な民族主義の存在です。プーチン政権のクリミア編入などでかつては反ロシア感情が目立たなかったキエフでも反ロシア感情がこれまでになく強まり、それがウクライナ民族主義への支持につながっています。
 
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中でも右派セクターと呼ばれるもっとも過激なグループは自ら武装して民族主義革命を遂行するとしています。

右派セクター幹部 アンドリ・タラーセンコ氏
「民族主義にとっていかなる帝国も敵である。ウクライナ民族は何百年もさまざまな国に支配されてきた。支配者との戦いはウクライナ人に流れる血だ」

国民国家創設のプロセスの中で民族意識の重要さは理解できます。しかし民族主義が過度な排他主義となれば、国内の対立をさらに深めるでしょう。
さて今月25日投票の大統領選挙が情勢正常化に極めて重要な意味を持っています。これまで外相や経済担当相の経験のあるポロシェンコ氏が他の候補を引き離しています。ただウクライナの選挙法では有効投票の過半数を獲得しない場合、一位と二位による決選投票に持ち込まれます。第一回では決着せず、来月15日の決選投票に持ち込まれるとの予想が有力です。
 
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ドネツクとルガンスクの親ロシア派は住民投票の結果を受けて、二つの州での大統領選挙実施は阻止するとしています。ロシアの態度が重要です。プーチン大統領は、OSCEヨーロッパ安全保障協力機構の提案したウクライナの緊張緩和に向けたロードマップへの支持を表明しています。
ロードマップでは大統領選挙がもっとも重要なステップとされています。
そうであるならばプーチン大統領は、投票を阻止するとした親ロシア派からは距離を置き、東部二州でも投票が実施できるよう影響力を行使すべきでしょう。
 
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オデッサでは今月二日、親ロシア派とウクライナ統一を支持する若者が衝突し、親ロシア派の立て籠もる建物が火事となり、46人が死亡しました。これほどの悲惨な現場はありません。厳正な調査をしてウクライナ国民同士が殺し合うというこの悲劇の加害者はその政治的立場に関わらず処罰しなければなりません。
それとともに大統領選挙は、こうした暴力の拡大を防ぎ、国民融和への第一歩となるべきでしょう。
これから選挙の終盤に入りますが、有力な候補者は、国の統一を守るために東部への融和のメッセージを一致して選挙運動の中で示すべきでしょう。特に決選投票に持ち込まれた場合、候補者は勇気をもってドネツクでも選挙運動を行い、ロシアを含む国際社会もそれを支援するべきでしょう。民意を受けた大統領が誕生すれば、大統領の政治的な意思によって東西の融和が始まる可能性があるでしょう。
 
今回ウクライナ各地を回りました。ドネツク、オデッサは素晴らしい大都市です。そしてもっとも肥沃な土地と言われる黒土の豊かさには感嘆しました。
特色ある地方の存在がウクライナの強みです。国民をまとめる責任ある政治家・ステーツマンが現れればこの危機は克服する道は開かれるでしょう。
ウクライナを救えるのはウクライナ国民でしかありません。
 
(石川一洋 解説委員)