NHK映像ファイル あの人に会いたい「宮川一夫(映画カメラマン)」 2014.05.10

(テーマ音楽)映画史に残る数々の名作を撮影しました。
高い撮影技術と監督と共に生み出した映像美。
手がけた作品は134本に上ります。
宮川さんは明治41年京都で生まれました。
7人兄弟の末っ子。
体も小さく幼い頃は家にばかりいる子どもでした。
18歳で日活京都に入社。
現像部で修業後撮影部へと移り27歳でカメラマンとして一本立ちしました。
仕事を続ける中で映像に強い興味を抱いた宮川さんは新しい撮影技術を求め実験を繰り返します。
映像にかける努力と情熱。
その姿が監督の目に留まります。
戦時中に公開された…人力車夫松五郎が身分の違う未亡人とその息子に寄せる思いを描いた作品です。
機材もなく人手もない戦時中の撮影。
宮川さんは監督のイメージを実現するため2分30秒にわたって映像を重ねる撮影をしました。
これは宮川さん自身の手によって作られたオーバーラップのための進行表である。
カメラのレンズに蓋をして一旦フィルムを巻き戻し次のシーンを重ね合わせて撮影していくという驚異的な手法。
1コマのずれも許されない緻密な作業であった
「自分にしか撮れない映像を撮りたい」。
この場面は映画史の中で語り継がれるものとなりました。
その後宮川さんは世界的に注目される映画カメラマンになっていきます。
黒澤明監督と共に撮影した…当時暗い森の中での撮影は難しいとされていました。
しかし宮川さんは太陽の光を鏡で反射させ強い光を生み出します。
光と影の強いコントラスト。
この作品はヴェネツィア国際映画祭で日本の映画として初めて金獅子賞を受賞しました。
更に宮川さんは名監督と出会います。
妥協を許さない事で知られる溝口健二監督です。
江戸時代の怪奇小説を映像化した…水墨画のような繊細な世界です。
さあ私と一緒に国へ帰りましょう。
宮川さんの卓越した白黒の映像美は世界最高と称されています。
「キャメラも芝居をするんや」。
常に心に留めていたのは物語の本質を捉える事でした。
宮川さんのカメラマン人生に危機が訪れたのは62歳の時。
長年勤めた映画会社が経営危機に陥りました。
「カメラマンを続けたい」。
宮川さんはフリーの道を選び気鋭の監督や若いスタッフと新しい花を咲かせました。
私たち野球やりましょう。
あたたかみある映像が人々の心を捉えました。
亡くなる直前まで映画の事を考え続けた宮川一夫さん。
ひたすら映画を愛し映像を追究した91年の人生でした。
一人でやってるんじゃないですけども…2014/05/10(土) 05:40〜05:50
NHK総合1・神戸
NHK映像ファイル あの人に会いたい「宮川一夫(映画カメラマン)」[字]

映画カメラマン、宮川一夫さん。「羅生門」「雨月物語」など映画史に残る数々の名作を撮影した。斬新な映像を生み出し続けた宮川さんの、撮影にかけた思いが語られる。

詳細情報
番組内容
映画カメラマン、宮川一夫さん。「無法松の一生」「羅生門」「雨月物語」など、日本の映画史に残る数々の名作を撮影した。宮川さんの卓越した白黒の映像美は、今も世界最高峰といわれている。所属する映画会社が経営危機に陥り、フリーになった後も、篠田正浩監督らとともに「瀬戸内少年野球団」などすぐれた作品を世に送り出した。ひたすら映画を愛し、映像を追求した宮川さんの、撮影にかけた思いが語られる。
出演者
【出演】宮川一夫

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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