『美の巨人たち』放送700回おめでとうございます。
田中哲司です。
700回記念は2週連続でローマ・ヴァチカンスペシャル。
皆さんもぜひご覧ください。
僕も絶対見ます。
(小林)イタリア花の都フィレンツェ。
ルネサンス発祥の地です。
今も街を彩るのはルネサンス芸術の数々。
世界中から訪れる人々はその華麗な芸術に魅了されます。
ルネサンスはおよそ100年続き多くの天才を生み出しました。
なかでも知られているのが…。
万能の天才とうたわれた聖母子の画家そして天才彫刻家ルネサンスの三巨匠と呼ばれています。
なかでも最もフィレンツェ市民に愛されたのは…。
フィレンツェを一望する広場の名前にもなっているミケランジェロ。
皆さんもよくご存じのあの石像のレプリカが。
そして街の中心シニョリーア広場にも同じ石像があります。
実はフィレンツェの人々にとって今も昔も大事なシンボルなのです。
今日はミケランジェロがこの地に残した最大にして最も有名なこの作品の物語を。
その石像のオリジナルはこの美術館に展示されています。
今日の作品…。
4mを超す巨大な大理石像です。
ミケランジェロは26歳から2年7か月をかけて作り上げました。
ダヴィデは紀元前10世紀頃のイスラエルの国王。
ダヴィデがゴリアテという巨人に1人で戦いに挑み勝利したその伝説を表しています。
左手から背中へ垂れ下がりたすきのように見えるのは石を詰めた袋です。
右手で袋の中の石を握りしめています。
ダヴィデは石つぶてで巨人ゴリアテと戦ったのです。
その戦いに挑む直前の姿。
重心を右足におき視線は左前方を見つめそれに合わせて上半身が少し左にねじれています。
リラックスしているようにも見えるポーズですがねじれた腹部の鍛えられた筋肉や…。
たくましい腕。
敵と対峙した瞬間石を握りしめたその手には力がこもる。
恐ろしいほどの気迫と怒りに満ちた顔。
ところが…。
「ダヴィデ」の瞳をよく見るとハート型に見えませんか?勇壮な男には似つかわしくないなんともかわいらしい瞳です。
しかしそこにミケランジェロの狙いが。
多くの人で賑わうシニョリーア広場。
ルネサンス時代フィレンツェ共和国の政庁舎だったヴェッキオ宮殿の入り口に『ダヴィデ像』があります。
今はレプリカですがミケランジェロの「ダヴィデ」はフィレンツェ共和国のシンボルとしてヴェッキオ宮殿の入り口に飾られていました。
実は「ダヴィデ」の前はルネサンス初期の彫刻家ドナテッロの『ユディットとホロフェルネス』が置かれていたのです。
ドナテッロはミケランジェロの「ダヴィデ」が完成した頃にはすでに亡くなっていましたが…。
(ドナテッロ)どうも彫刻家のドナテッロです。
私のことを不運の芸術家と思っていませんか?確かに私の作品が宮殿の前から外されたのは残念ですがミケランジェロの「ダヴィデ」を見たら納得しました。
だってあの「ダヴィデ」は前代未聞びっくり仰天ですよ。
だって千年以上あれほどの巨大な大理石像は作られたことがなかったんですから。
初めて見たフィレンツェ市民もそれは驚きました。
でもね市民が歓喜した本当の理由は大きさじゃなかったんですあのポーズです。
なぜかって?その理由は…。
あっまたあとで。
今日の作品『ダヴィデ像』のためにミケランジェロが巨大な大理石に向き合ったのは26歳の時。
依頼主はフィレンツェの大聖堂造営局と羊毛組合でした。
実はその40年も前から大聖堂を飾る巨大石像を制作する計画があったのです。
1464年当時活躍していた彫刻家ロッセリーニが制作に挑みました。
しかし5m四方の巨大な大理石にわずかに手を入れただけで放棄。
2年後引き継いだ彫刻家も同じでした。
それから更に25年も放置されたこの巨大な石の存在は10代のミケランジェロも知っていたほど無謀なプロジェクトの象徴として有名だったのです。
ところが…。
再び動き出した巨大彫刻の計画にミケランジェロの野心がかき立てられます。
これまで誰も作ったことのない「ダヴィデ」を作る。
ミケランジェロは独特のポーズを生み出すのです。
ドナテッロも『ダヴィデ』を作っています。
158センチのブロンズ彫刻。
その姿は少年のようです。
剣を持ち巨人ゴリアテの首をとった姿。
もう1人レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠ベロッキオの『ダヴィデ』。
こちらも少年で勝利した姿です。
伝説では羊飼いの少年ダヴィデが巨人ゴリアテに1人戦いを挑み勝利する。
『ダヴィデ』といえば勝利のポーズが定番でした。
しかしミケランジェロの「ダヴィデ」は少年ではなく青年。
そして戦いに挑む直前の姿なのです。
定番のスタイルではなくなぜ戦う直前の姿にしたのか?そこに若き天才彫刻家の思惑とフィレンツェの街の運命が。
ミケランジェロが26歳で挑んだ『ダヴィデ像』。
巨大な大理石との戦いはある意味運命だったのかもしれません。
ミケランジェロの父親は大理石の採石場を経営していました。
石工の仕事は身近だったのです。
13歳から画家ギルランダイオに弟子入りし絵画や彫刻を学びました。
16歳の頃のレリーフがあります。
10代にして卓越した技術を習得していたことがうかがえます。
ミケランジェロは16歳にして一人前の芸術家として認められるのです。
その才能にほれ込んだのがフィレンツェの最大権力者ロレンツォ・デ・メディチでした。
銀行家として成功したメディチ家は芸術家の最大のパトロン。
ミケランジェロもその庇護のもと名をあげていくのです。
しかし1492年ロレンツォが亡くなるとメディチ家の力は衰え2年後にはフィレンツェを追放されてしまいます。
後ろ盾を失ったミケランジェロは政変の混乱から逃げるようにベネチアボローニャローマを転々とします。
その頃ローマで制作したのが「ピエタ」。
磔刑にかけられ十字架からおろされたキリストを聖母マリアが腕に抱く姿です。
それまで絵画などで描かれてきた「ピエタ」とミケランジェロの「ピエタ」が決定的に違う点があります。
それはマリアが若く美しい女性で表現されていること。
ミケランジェロが友人に語った言葉が伝えられています。
これはミケランジェロ独自の解釈でした。
ルネサンスは人間再生人間讃歌の芸術。
それは芸術家の個性を引き出した時代でした。
中でもミケランジェロは自分の個性や考え方を作品に如実に表す芸術家でした。
ミケランジェロは精神性の高さは肉体に現れると考えていました。
つまり美しい肉体とポーズでこれまで誰も作らなかった「ダヴィデ」を表現しようとするのです。
そこでおもしろい仕掛けを思いつくんですよ。
美しい肉体にこそ美しい精神が宿る。
と考えていたミケランジェロ。
実際にモデルの体を計測し美しいポーズを生み出すために骨格や筋肉の付き方などを研究したと伝えられています。
「ダヴィデ」に命を吹き込む。
ミケランジェロが追求した肉体へのこだわり。
でも皆さんお気づきですよね。
「ダヴィデ」の頭が少し大きいことに。
測ってみると6頭身。
確かに頭が大きいようです。
リアリティーを追求していたはずなのにいったいなぜなのか。
彫刻家ファブリツィオ・ロレンツァーニさん。
ミケランジェロのレプリカも制作しています。
ミケランジェロも巨大な石から少しずつ肉体を掘り出していったのです。
ではなぜ頭が大きくなってしまったのか。
見上げるほど巨大な石像になると実際の人間のバランスのままでは迫力に欠けてしまう。
だから視覚のバランスを調整するために「ダヴィデ」の頭を少し大きくしたのです。
完成したときシニョリーア広場にはフィレンツェ中の人々が集まったといいます。
巨大な「ダヴィデ」はたちまち人気者となり街のシンボルとなったのです。
勝利のポーズか戦いに挑む直前のポーズか。
ミケランジェロが選んだのは時代にふさわしい「ダヴィデ」でした。
「ダヴィデ」を制作していた頃フィレンツェは混乱していました。
政治は安定せずそこにつけ込むように他国も戦争をしかけてくる。
フィレンツェの人々は希望を失いかけていたのです。
そこでミケランジェロは立ち向かう姿の「ダヴィデ」を作ったのです。
敵を寄せつけない強いオーラを発する「ダヴィデ」で人々に勇気を与えようと。
戦いを恐れない強い意思で敵に向き合う姿は勝利した姿よりも説得力がありました。
人々はミケランジェロの「ダヴィデ」に伝説の英雄ではなく自分たちのリーダーのような親近感を持ったのです。
ところで覚えてますか?「ダヴィデ」の眼。
ほらハート型の瞳ですよ。
実はあれにも意味がある。
堅物ミケランジェロがハートの眼を作るなんて気になりますよね。
ミケランジェロの「ダヴィデ」はすさまじいエネルギーを蓄えています。
しかしその瞳はハート。
そこにもミケランジェロならではの発想とテクニックが。
今日の作品『ダヴィデ像』。
若きミケランジェロ渾身の作品です。
体長4mを超す巨像の迫力。
顔も恐ろしいほどの闘志を宿しています。
しかしその眼をよく見ると…ハート。
その訳は。
実は古代の大理石彫刻には瞳がありません。
当時の彫刻はあがめるもの。
そこにリアルな瞳は必要なかったのです。
ルネサンスになるとドナテッロは瞳を丸く彫りました。
でも少し無機質で冷たい感じです。
ファブリツィオさんにミケランジェロのハートの瞳を彫ってもらいました。
まずは下絵を描きます。
下絵にそって彫っていくと…。
ハート型のくぼみが。
ミケランジェロは肉体の美のみならず精神を表す最も重要なものが眼だと考えていました。
その眼は光の加減で影が濃くなり丸く鋭い瞳に。
別の角度から見ると黒い瞳に白い輝きを感じます。
白い眼より黒い瞳のほうが人間らしくなりそこに白い点を入れると表情が豊かになります。
ミケランジェロは石像で表現したのです。
その視線は射程にとらえた敵までの距離感をも感じさせます。
ミケランジェロの天才的なテクニック。
この「ダヴィデ」は若き天才彫刻家が持てる技術のすべてをつぎ込んで敵に果敢に立ち向かう姿を表現してみせた彫刻です。
だからこそ今もフィレンツェの人々に愛され続けているのです。
お疲れのようですね。
「ダヴィデ」は当初の計画では大聖堂か宮殿の中に置かれる予定だったんですがあまりの出来栄えにフィレンツェのシンボルとして多くの市民が目にすることができるヴェッキオ宮殿の入り口に置かれることになりました。
この決定に反対した人物がいます。
レオナルドとボッティチェリです。
その理由は「ダヴィデ」を永遠に残すためには室内で保管すべきだと考えたからです。
2人の巨匠が認めたすばらしい「ダヴィデ」。
さてこの若者の未来は大変なことになるんです。
あのヴァチカンで大仕事が待っています。
それまで少し休ませてあげましょう。
今「ダヴィデ」は美術館におさめられています。
その存在は圧巻です。
大きさだけではありません。
考え抜かれたポーズと肉体の美しさ。
美しい肉体にこそ美しい精神が宿る。
石つぶてだけで敵に立ち向かう「ダヴィデ」はその肉体にエネルギーを蓄えています。
恐ろしいまでの表情でにらみつける。
それはどんな大きな敵にも屈しないフィレンツェの魂そのものなのです。
ミケランジェロ作『ダヴィデ像』。
若き彫刻家が生んだフィレンツェの誇り。
2014/05/10(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち ミケランジェロ・ヴォナローティ『ダヴィデ像』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、圧倒的存在感を誇る、ミケランジェロ作『ダヴィデ像』。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、ミケランジェロ・ヴォナローティ作『ダヴィデ像』。ルネサンス三巨匠のひとりで、最も市民に愛された彫刻家・ミケランジェロの、あまりに有名な4m超の大理石像。今までと違うダヴィデ像にしようと、戦いに挑む前の姿を作り上げました。気迫に満ちた表情の一方で、瞳の奥にハートの形が。その背景には、天才彫刻家の思惑と、フィレンツェの運命があったのです。この地に残した最大にして最も有名な物語の真相とは?
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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