人生の全てを芸に懸けた一人の男が今最後の舞台に向かおうとしている。
(拍手)人形浄瑠璃文楽を長年けん引してきた住大夫。
その引退公演が行われている。
(拍手)
(観客)待ってました住大夫!
(住大夫)「それがしが…」。
文楽人形の繊細な動き。
そこに命を吹き込むのが語り手の太夫だ。
円熟の極みを見せる語りで客を魅了する住大夫。
「アイアイアイアイ…」。
しかしこの引退公演に至る前大きな苦難に見舞われた。
「アイな〜」。
(拍手)2年前大阪市が突然文楽への補助金の削減を打ち出した。
前面に立って市との交渉に当たっていた住大夫は脳梗塞に倒れた。
その時87歳。
再起不能と思われた。
上げま〜す。
12345。
ゆっくり戻しま〜す。
しかし住大夫は復活を目指した。
(三味線)めぐみ〜。
舞台に上がるからには恥ずかしい芸は見せられない。
お〜お〜。
厳しい稽古を自らに課した。
文楽の誇りを懸けた大舞台。
89年の人生を文楽にささげた竹本住大夫の引退公演に挑む姿を記録した。
「早う殺して…」。
大阪で生まれ300年の歴史を刻む人形浄瑠璃文楽。
三味線の音色とともに太夫は何人もの登場人物を語り分ける。
「でかしゃった。
でかしゃった…」。
これは脂が乗った全盛期の住大夫。
「でかしゃったよ〜」。
人物の内面を深く掘り下げた語りはまさに名人芸。
「ワハハハハ!」。
笑い一つで複雑な感情を生き生きと描き出す。
「あは〜は〜は〜は〜は〜」。
パタカパタカパタカ…。
太夫の最高峰として文楽をけん引してきた住大夫が脳梗塞に倒れたのはおととし。
後遺症が残った。
らさらしらすらせらそ。
(三味線)堀川辺に住まいして…。
住大夫は自らの引き際を4月の大阪5月の東京での公演と定めた。
暮らしなり。
引退公演となれば大きな注目が集まる。
そこで何としても文楽の芸の神髄を見せたいと決意を固めた。
大阪での引退公演の演目は江戸時代中期から語り継がれてきた名作中の名作。
菅原道真の失脚をモデルにした10時間に及ぶ大作だ。
百姓の倅なれども…。
この中で住大夫が語るのは…物語の大きな山場だ。
この段の主人公桜丸。
主君が時の権力者に陥れられ家来の桜丸自身も切腹に追い込まれる。
見せ場は桜丸の妻八重と老いた父白太夫が嘆き悲しむ場面だ。
こりゃ何じゃ親父様桜丸殿…。
太夫の語りの神髄は音と呼ばれる言葉の抑揚にある。
何で腹切るのじゃ。
何で死ぬのじゃ。
腹切るのじゃ〜。
切ら〜。
切らねば。
これでは音がない。
切ら〜ねば〜なら〜ぬ。
床本には音の高さや節回しを示す書き込みが至る所に見られる。
太夫はこうして作られる音によって人物を語り分け感情を揺さぶるのだ。
ここはかわいらしゅう言わないかん。
泣くないって…。
20年近く住大夫の語りを最も近くで見守ってきた。
残り少ない住大夫との稽古に努めて平常心で臨もうと考えていた。
いつもと一緒。
変わんない。
おはようございま〜す。
どないすんの…。
(錦糸)何か元気ないですね〜。
しょんぼりしてるじゃないですか?あきませんよそんな事言ったら。
お師匠はんがそんな弱気になったらあきませんよ。
弱気になるで。
なったらあきませんて。
「桜丸切腹の段」は30分以上の大曲。
体力はもつのか?え〜じゃあまあボチボチと。
(三味線)兄弟夫婦にひき別れ〜。
豊かな音遣いで客に情を伝えるには腹から十分な息を出さなければならない。
もの思い〜。
それがしが…。
しかし腹に力が入らない。
恐れ多き斎世の君様百姓の倅なれども…。
後半の聞かせ所。
泣き崩れる妻とそれをいさめる父との掛け合い。
(泣き声)
(泣き声)
(たたく音)はい。
ボールをキャッチしながらの片足振り出して下さい。
いきま〜す。
はい。
そう。
住大夫はトレーニングに取り組んだ。
上げま〜す。
12345。
腹の力を回復し深い息を使った自在な音遣いを取り戻そうと考えたのだ。
ゆっくり戻しま〜す。
そう。
はい続けて。
引退を間近にした住大夫は自らの芸を次の世代に伝えようと思い定めていた。
骨身を削って弟子との稽古に臨んだ。
息すぐ引いたらいかんで。
止めてもてよ。
余韻ていうのが全然あらへん。
何やっても。
カッスカスや。
歳は寄っても…。
音が高い。
音が高い。
歳は寄ってこうや。
お前今歳は寄っても何で声上げる!?入門して30年になる文字久大夫。
中堅の実力派だ。
祝儀は述べ〜て。
祝儀は述べてもって…祝儀は述べ〜。
音や!心当てが〜。
心当てが〜。
心当て…ここに抜いていくねん。
心当てが〜!と違うねん。
心当てが〜皆違うた。
やい松王!そんなん…。
やい!厳しい稽古は1時間半に及んだ。
(2人)やい松王。
外に出ると家の前の桜が満開だった。
(光子)きれいですね。
(取材者)空気いいですねまたね。
(取材者)桜の季節に桜丸切腹です。
劇場では総力を挙げ住大夫の引退公演に向けて動き始めていた。
人形のかしらは全て塗り直され住大夫の語りによって命を吹き込まれるのを待つ。
桜丸を遣うのは…住大夫と60年以上苦楽を分かち合ってきた簑助が最後の舞台を共にする。
桜丸の父白太夫を遣うのは…大阪での引退公演が始まった。
連日の満員御礼。
かつてない大入りとなった。
おはよう。
住大夫は神棚に向かった。
(鈴の音)
(かしわ手)文楽の神髄を見せるため全てを懸ける。
(拍子木の音)
(拍手)20人もの太夫がリレーして語り上げる…桜丸の悲劇に向け舞台は進む。
主君を陥れた敵に桜丸は斬り込もうとするが果たせず追い込まれていく。
「桜丸切腹の段」が近づく。
89年の人生を文楽にささげてきた竹本住大夫。
集大成の舞台へ。
(拍手)
(拍手)いつにもまして大きな拍手が沸き起こる。
(拍手)
(観客)住大夫!住大夫待ってました!
(拍手)
(三味線)その語り出し。
「のみこんで〜」。
住大夫の声は場内にしみいるように響き渡った。
切腹を決意した桜丸に妻の八重が嘆きの声を上げる。
「何で死ぬのじゃ。
腹切るのじゃ」。
「切らねばならぬ訳ならば」。
そしてあの見せ場。
泣き崩れる妻といさめる父との掛け合いの場面。
「そなたも泣きゃんな」。
(泣き声)「アイ」。
「泣くない」。
(泣き声)「アイ」。
「泣くない」。
「アイ。
アイアイアイアイ…。
アイな〜」。
(拍手)「泣きゃんない」。
(泣き声)
(三味線)「お〜お〜お〜」。
(観客)大当たり!日本一!「知られ…」。
長丁場を語りきった。
(拍手と拍子木の音)
(拍手)
(拍手)人間国宝竹本住大夫89歳。
(一同)おめでとうございます。
今月限りで舞台を去る。
おめでとうございます。
ありがとう。
2014/05/11(日) 08:00〜08:25
NHK総合1・神戸
目撃!日本列島「人間国宝 執念の引退公演〜文楽 竹本住大夫〜」[字]
伝統芸能・文楽の第一人者で人間国宝の竹本住大夫(89歳)が4月、地元大阪で引退公演を行った。最後の舞台に花を咲かせるべく老骨にむち打つ住大夫の気迫と執念に迫る。
詳細情報
番組内容
大阪が生んだ伝統芸能・文楽。その第一人者で人間国宝の竹本住大夫(89歳)が、4月地元・大阪で引退公演を行った。竹本住大夫は義太夫語り。じい、老女などの老け役から若い娘役まで、一人で老若男女さまざまな登場人物を自在に語り分け、多くの観客に涙を絞らせてきた名人。一方で芸に一切妥協を許さない文楽の鬼とも言われた名物男でもある。そんな住大夫の引退公演に密着、最後の舞台にかける男の気迫と執念に迫る。
出演者
【出演】文楽太夫、文化功労者、放送文化賞…竹本住大夫,【語り】石丸幹二
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
劇場/公演 – 歌舞伎・古典
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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