はじめて、24時間海中に設置したままにできます。
警報装置は1年間、試験運用し、今月末には装置を使った避難訓練が行われる予定です。
(黒柳)皆様幼稚園の時からこんな凛々しいお顔の子供すごいなと思いますけどどなた。
杉良太郎さんでいらっしゃいます。
今年芸能生活50周年をお迎えになりまして…。
この間ベトナムでコンサートをなさって今ベトナムに里子が81人いらっしゃるという大変なお仕事たくさんその他にもしてらっしゃるんですけどお元気で何よりでございます。
また今日色々伺います。
本当に大変なお仕事なんですけどベトナムに81人も里子をお持ちでその里子がまた子供が生まれて孫もできているっていうようなぐらいでもうおじいさんでもいらっしゃるんですけど。
杉良太郎さん今日のお客様です。
こんにちは。
どうもどうも。
話がいきなり違って悪いんですけど。
去年の『紅白歌合戦』の時あなた審査員で出てらしたらねそれで奥様の伍代夏子さんがお歌いになったらさご感想は?とかって誰か聞いたでしょ。
どんなでした?あの時って。
いやいやああいうのねいきなり言われてもね何て答えていいのかねでも何かとっさに言わなきゃいけないでしょ。
だからね…とっさに答えましたけど。
あんまりね今日は調子が良くなかったなんて言うとね帰ってから大変ですからね。
そうよね。
でもあちら紅組だからね。
あなた一応男の人だからね。
まあああなったら白も紅もないですからね。
そうそうそう…。
うち帰ってからのほうが嫌だもんね。
そうなんですよ。
嫌な思いしますから。
それで上手に言ったの?やっぱ審査員っていうのは公平であるべきだからさ奥様大変良かったって言うのは悪くないと思いましたけど。
面白かったですよ拝見してて。
とても仲のいいご夫妻でいらっしゃいますからね。
さてさて奥様とのこともありますが81人ベトナムに里子がいると。
随分あなた長くやってらっしゃいますよね。
そうですね。
ベトナムは携わって27年。
すごい!この子たちはみんな里子?これは一部ですね。
もうね海外に出てるのもいるしベトナムでもハノイにいないのもいますのでね。
ですからこれで半分いないですね3分の1ぐらい。
でもあなたは一年に1度か2度は本当に会いに行ってらっしゃるんですって?一年2回。
2回。
お偉いわ。
可愛い子供たち。
みんな明るい顔してる。
子供はね育てるのは大変でやはり親のない子供たちですからね孤児院から引き取ってますのでね。
あっそうなの。
ですから本当の親代わりっていうと一番は愛情をかけること…。
そうね。
ですよね。
で愛情が切れるとものすごいさみしさが襲うんですね。
ですからさみしがらないように手紙とかまた年に2回…。
うん会いに行ったり。
そして相談に乗る。
この間…コンサートおやりになったんでみんな子供たちも喜んだっていう…。
これは子供たちがねバックコーラスやったんです。
本当に!じゃあ勉強して?はい。
えー!可愛いわね。
もっとちっちゃいのもいるんですけど。
これが18歳になると卒業するでしょ孤児院から。
でまあ…大学まで出てそして就職をして。
そうするとまた下から入ってくるんですよ。
ちっちゃいのがまた入ってくるんです。
だからずっとこれがキープされてんです。
なるほどね。
だからあなたの里子は年々やっぱり増えていくっていう…。
増えていってんですよ。
初めは数人っていう話でしたよね。
そうですね。
初め気がかりになったのは4人の兄弟。
あっこの子たち?いっぺんに親を亡くしてでこの子たちがきっかけで。
あっそう。
でもね私もベトナム行ってそう思ったんだけどベトナムの子供たちも可愛い顔してるのね。
今の4人もう一回見せていただいていいですか。
本当にね子供らしいあどけない顔をしてるんだけどみんなしっかりしてるのね。
この中でもう新聞記者になってたり…。
あっそう。
それから日本語センターの職員になってたり。
すごい。
ええ。
それぞれ…。
あとこういうふうに…。
あっこれ孫?ええ孫。
孫。
おじいちゃんフフフッ。
ええ孫が。
初孫。
あっそうですか。
へえー初孫。
本当にねみんなの笑顔はいいですよね。
日本の子供のように親に会っても飛びついてこないでしょ普通。
ここはねベトナムはねもう僕の顔を見るともう跳んで走ってきてね飛びつくんですよね。
もう離れないですよしがみついて。
うん可愛い。
だから子供が子供らしいそういう気持ちを持っている国っていうかこれはやっぱりなくしたくないっていう気持ちになりますね。
まして親のいない子供たちでねそれで親たちはベトナム戦争とかああいうひどいものの中をねくぐり抜けてるわけなんで…。
それであなたはそういうこともやってらっしゃるんですけども刑務所行って歌ってもいらっしゃるでしょ。
刑務所?刑務所。
刑務所ね長いんですよ。
長いですよね。
15歳の時にね歌習ってた歌謡学院の先生が施設へ慰問に行かないかって誘われたんですよ。
で15歳の時に…関西ですから神戸刑務所周辺6か所から7か所…。
もうその時は歌手になるつもりだった時?そうですね。
あっこういう感じ。
これ15歳。
えー!可愛い。
名前が付いてるの芸名が。
もうあの着物に「山田ひろし」って書いてあるの。
山田って本名?本名。
刑務所ではこういう格好して歌ってないんですよ。
学生服なんで。
あっ15歳だからね。
それでも受刑者は泣いてね。
そして拍手をして。
でも随分長くやってらしてあなたは…特別矯正監っていう肩書きもお持ちでいらっしゃるんですね。
特別矯正監ってね今刑務所改革してるんですよ。
刑務所はですね受刑者をただ入れておくところではなくて今後は医学とか化学とか結集してね依存症をなくす。
または税金をつぎ込むだけの施設であってはいけないのでなるべく受刑者に働いてもらってそして利益を上げたら被害者にも少しは補償しなくちゃいけない。
お返ししなくちゃいけないね。
それから出所した時に再犯防止のためにはどうしてもそこで受刑者の人たちが出所した時に働く場所として農業をやるとかね。
そういう改革していかなくちゃいけない。
あなたはベトナムと日本の外務省と両方からのベトナム特別大使というのにも任命されてらっしゃってねそういうお仕事やってらっしゃり本当にお忙しくて…。
この間いらした時には東日本大震災の時にどのぐらいカレー作ったかってさ運んだっていう話をね伺いましたけどもいまだにずーっと続けてらっしゃるんですごいなと思います。
50周年ですって?今年。
芸能界でね。
うん芸能界。
すごい。
で福祉活動やったのが5年前だったので…15歳からなんで。
福祉活動をやり始めて55年経つんですね。
そっちの方が長いのね。
長いんですね。
そうか。
15歳からじゃね。
偉い!息子さんの山田純大さんは俳優さんでいらっしゃる。
この前こちらにいらっしゃいましてお父様のことを何か話してらっしゃいましたんでご覧になってないと思うのでビデオちょっとご覧ください。
「私の父はすごく厳しい父なんであの…何ていうんですかねかける言葉だとかそういう言葉も時にねきついものになったりとかするんで最近ではそれを愛情と考えて…と思ってるんですけど」「でも反対だって?」「俳優になるのは反対だって仰って今も反対だって仰ってるってそうなの?本当に?」「そうでしょうね。
でも本当に…俳優じゃなかったらね普通に付き合うのになみたいなことよく言われるんで今でも反対なんでしょうね」「なんかあなたが初めてカツラをかぶってお父様の前にこんなんなったんですけどみたいな見せた時すごかったんですって?」「そうなんですよカツラのねその位置が悪いとか自分でなんでちゃんとカツラ屋さんに言わないんだと」「でポスターに自分で…僕の写真をですねポスターの僕の写真にこう…線引いてここまで出すんだ!って僕の顔だけそのポスターイタズラ書きされてるような」「ここまで毛は出すんだって。
あなたの顔ご覧になって」「自分のカツラだとか着物だとかっていうのはきちんとやれと」「まあそういう…父がすごい厳しい父なんで」フフフ…そうですってよ。
子供ってねもう僕なんか今純大が話してるのを全く覚えてないですけど覚えてるのね。
子供はね。
こたえてるのね。
じゃああなたが彼のポスターに「カツラここまで出してもらうんだ!」ってギュッグッてマジックで書いたことなんかあまり覚えてない?覚えてない…。
あっそう。
面白いね。
でもね誰にでもそうですから。
あっそう。
特に息子だけじゃないの?ないから…。
時代劇の場合はカツラっていうのはカツラじゃなくて自分の頭ですよね。
自分の頭なのになんでおろそかにしてるんだと。
自分の頭をおろそかにしないだろうと普通は。
それはカツラと思っているからおろそかにするんだと。
だから自分の顔がいかに良く見えるか。
ここの小額とかクリこのクリですよね。
で出せば出すほど若くなっていく。
上をですねずっと…「かぶる」っていうんだけど前へ下ろしてくると若くなるんですよ。
てっていくと年いくんですよね。
だからそういうことも覚えないときりっと締まった役の場合だらっとしたクリじゃあね駄目だろうと。
そりゃ勉強不足です本人が。
きつく言っておきます今度。
お見せしたばっかりに。
また叱られると気の毒だと…。
お昼になったんでお昼の話題としてですねあなた様はなんか…ハハハ…。
もう笑っちゃってんですけどあなたがかつて…何でしたっけ?大阪で…毎日放送でしたっけ?ドラマでご一緒したじゃありませんか。
私が小笠原流の家元の師匠みたいので一緒に出てたでしょ。
東京から通ってホテルに泊まったりなんかして。
したらさあの頃あなたが私を好きだったってこの前ちょっと仰ったんだけどその話をお昼の話題にはちょうどいいじゃないかと係の者に仰ったって。
それはそうなの?あのねほぼ47年前でしょほぼ。
あっそうよく覚えてる。
そうそうそうほぼ。
ほぼ47年前のことを語り合えるっていうかお話ができる人ってねもうあんまりいないんですよ。
言える言える!ちょっと47年前の2人の写真ちょっとねこんな感じでしたよ。
杉さんこんな感じでしたよ楽屋なんかで見た時。
中途半端な顔してますけどこれが若い頃なんですよ。
だから40…。
はい40…ええ。
私は大体こんなもんでしたよね。
ぼんやりしてましたからまだねなんかね。
でも…。
あのね…今この写真ね今だと…「今どき」ね。
この時代ですよ。
僕はねそれ言いたいわけ。
この時代こういうね髪形でちょっと日本人離れしたようなファッションでっていうのはいなかったの。
可愛いなと思ってましたよ。
ありがとうございました…。
可愛いっていうか可愛いよりまためったにいなかったから。
あっそうよね。
今ね黒柳さんと会ってねそういう話する人って少ないと思うんで僕はね生き証人だと思う。
フフフ…ずっと長生きして可愛かった可愛かったって仰ってください。
可愛かった。
なんで結婚しないんだろうと思った。
こんなにね…ほっとかないんじゃないですか?あの時あなたも結婚してなかったのよね?2人とも独身なんだから。
うーん惜しいことしたね。
でもホテルが同じホテルだったから。
同じホテルだったから何?ええ?ホテル同じホテルだったからさ…。
何もなかった…。
何もなかったけどちょっとさ…。
あの頃私お酒も飲まないし…。
あなたお酒も飲まないの?あの頃飲んでないね。
なんかね仕事から帰ってきてホテル行ってみんなでご飯食べて帰ってきてちょっとバー行って飲むっていうこともなかったのよね。
なかったからね。
エレベーターの前でじゃあねつって別れる感じでさ。
あれ別れなきゃよかったんだよね。
あれねじゃあねって言って本当に右と左に別れたんですけど。
あれあの…たまにあなたのとこから電話かかってきた時あるんですよ部屋に。
誘ったほうがよかったのかね?わかんない。
誘った…。
今ちゃんと言いなさいよほんじゃちょっと。
えっ?誘ったほうがよかったかな?うん。
誘ったよ電話で。
覚えてないでしょう?覚えてないでしょう?「誘ったほうがよかったか」じゃないの?お誘いになりました電話で。
押しが弱かった?そうそう…!押しが弱かったの。
今言っていい?本当に言っていい?もう一押しすればよかったわけ?それはちょっとわかんないんだけどちょっと…今言っていい?本当に言っていいんだったら。
エレベーターの前でじゃあねって別れたらあなたから電話がかかって「今日は少し時間も早いんだけど君の部屋に行っていいかな?」って言ったのよ。
僕が?忘れてんのよ。
そうでしょ。
だから…だから!男の人って当てになんないのよ。
だからね「行っていい?」って言ったから私ね「いいなずけがいるから」って言ったのよ。
いたの?いないの。
いないの…何だよ。
それ嘘だと思ったかしら?それで次の日「もし昨日あれから色んなことがあったとして今2人でこういうふうに出会ったらどう思う?」ったら…。
なんかさ気が合ったんだね。
うんそうそう。
なんか気が合ったんだね。
気が合ってたねあの頃ね。
気が合ってたんだ。
あなたは50周年ということで。
神戸から東京へ出てらしてカレー屋さんに勤めて三度三度カレー食べて顔が黄色くなったって仰ってましたけどもそれでもやるぞ!っていってね。
それでおうちのお父様が…芝居小屋も持ってらして。
そうですね。
だから影響受けてましたよ。
でも白粉塗って汚いのを見るのは嫌だっていう感じがあったって仰ってたじゃない。
でも結局文五捕物帳っていうのは面白いことからお出になることになったのね。
『文五捕物絵図』ね。
『捕物絵図』失礼しました。
あの…サンケイスポーツっていうのがあってねそこの記者が知り合いで「1ページやってくれませんか?」って冗談で言ったの。
あなたさ前にその人が記事書いてくれたことを思い出してそこの前通りかかったからいきなりアポなしで入っていって…。
「やってくれませんか?」って。
「書いてくれませんか?」って。
「1ページやってやるよ」って言って冗談で言ったのが本当になっちゃって。
で跳び上がってる写真に「来年のホープ」っていうのが出て。
その新聞を見て「オーディションに来なさい」。
NHKでね。
新番組が始まるから。
そしたら行くと「何の役ですか?」って言ったら大工の役でね「レギュラーだけど大工です」って言うから「大工は似合いません」って言ったのね。
普通言わないよね新人が。
うん言わない言わない。
黙ってありがとうございますって帰ってくるんだけど「大工は似合いません」って言ったら黙って見てたから「主役は誰ですか?」ってね「主役?うーん…」って答えないんで3回ぐらい聞いたんですよ。
「主役はまだ決まってない」って言ったんですよ。
だから「決まってないなら主役僕にやらせてください」って言ったのね。
すごい!うん。
決まってないんですから。
うん。
でもすごい。
そしたら「うーん…」って言ってみんなで相談したのね。
あの…NHKの首脳の方々が。
そしてしばらくして「じゃあ君でいく」って。
ハハハ…。
そんなことだったの?そうなのよ。
そういう時何ていうの…自信があったの?自信?うん。
うーん…。
「大工は似合いません」って言った時「じゃあお帰りください」って言わなかったから「主役やらせてください」って言った時も「それはもう駄目なんだ」とも言わないし。
じゃあ決まるかなと思って。
それで決まったのね。
でもあなたが『文五捕物絵図』をおやりになった時にあんまりハンサムでみんな驚いたっていうぐらいですからね。
やっぱりNHKも喜んだんじゃないですか?あなたに決めてよかったと思って。
全くハンサムじゃなかった。
あら写真見た時ハンサムだと思いましたよ私。
そう?うん。
でもその時チャンバラとかそういうのはできたの?あれは『文五』だから十手でね。
あんまりやらないですよアクションはないですよ。
あっそうだったの。
主題歌…。
主題歌も歌わせてくれればいいって言ったんでしょ?あなたそれで。
主題歌はない。
音楽だけで。
歌わなかったの?冨田さんがシンセサイザーで。
冨田勲さんうん…。
でも『文五捕物絵図』は当時大変評判になったドラマですよね。
1年ね…普通はNHKは良くても悪くても1年やるんですけど半年延長したんですよ。
あっそうなの。
だから半年延長するってことはちょっと不可能だったんですよね。
次の番組がスタンバイしてるから。
だから半年延長するってことは遅らさなきゃいけないから。
すごーい。
1年半。
へえー。
でもその時なんだかお書きに…脚本書いた人が倉本聰さん?杉山さんとか倉本さんとか。
ああそうなのへえー。
倉本聰さんとそれから何だか誰かとみんなで取っ組み合いの大ゲンカってのをやったんだって?みんなが。
大体スタッフは燃えてましてね。
昔はね。
何としてでもいいものを作るんだっていうその熱意がすごくて。
灰皿の投げ合いやったりね表へ出ろみたいなことでね。
本当に?でも主役はその当時はねそういう場面も立ち会わせたんですよNHKは。
何でも覚えなさいって。
こうやって作られていくんだって。
すごい。
だからやっぱりNHKはすごいなと思いましたね。
新人を育てるのに経験をさせる。
そういう人たちの情熱っていうか熱意でもってできた作品なんです。
そういうことがあったのね。
随分懐かしいですよね。
やっぱり今仰ってたんですけどマネジャーが取ってくる仕事をじゃなくて本当にいい仕事は自分で行かなきゃ駄目だっていうふうに思っていらしたんですってね?そうですね。
やっぱり1年間ね…というスタンスで考えると自分にどんだけエネルギーを持ってぶつかっていけるか。
新人でしょ?うん。
出てくる俳優さんがもう日本を代表する方々ばかりですよ。
大きすぎてみんな。
ゲストが。
あなた以外はね。
すごいですよ。
これだけ日本の主立った方々のゲスト招いてって鍛えられましたよ。
あっそう。
だからセリフ言ってもね響かないの。
どうやったらねこっち向いてくれるかなとかね。
もう知らん顔されちゃうのね。
あっそう。
それで自分にはねないのはね経験。
芸がない。
あるのは若さだと。
相手はね経験がある。
芝居の経験を積んできてうまい。
芸が達者だ。
だけど若さがない。
じゃあ五分五分じゃないか。
決めたのねそういうふうに。
ぶつかってやろうと。
だから横綱にぶつかっていくみたいなもんですよ。
なるほど。
ちらっとでも動いてくれたらよしこの線で行こうみたいな。
だからもうとにかくストレートにぶつかったんですよね。
あっそう。
そういうことがあったんですか。
50周年ということもあってコンサートをなさるんですね。
あなたね?はい。
あなたのコンサートの場合は芝居と歌と両方?いやいや芝居やらない。
芝居やらない?歌だけ?歌だけ。
歌だけのコンサートですか。
わかりました。
大阪で…これですね。
大阪ではね6月28日になさるんですよ。
大阪のあの…新歌舞伎座。
それから東京でもなさいますね。
東京中野サンプラザで10月?はい。
でもあれですよね今仰ったけども私たち48年…その前が『文五』の前ぐらいからも会ってると思うんだけどやっぱり50年ぐらいのお友達だと「あの頃ねNHKのさ…」って話しても今話す人ほとんどいないじゃない。
だからそういうことからすればお話し相手にはなります。
なるなる。
あのねこの頃ね福祉の杉良太郎が前面に出るんですよ。
あんまうれしくないんですよ。
あっそうなの。
やっぱね役者杉良太郎歌手杉良太郎がどんどんどんどんね消えていくんですよ。
だからお芝居のことについて話をする人がいなくてだんだんさみしくなってきましたね。
じゃあ一緒にやってたテレビの話なんかしてさあの頃あなたハンサムな…洋服着た役でね私なんか慣れないのに小笠原流の家元で着物なんか着てたんですけどあの頃の話とかそういうのできれば…。
それから『繭子ひとり』も出てらしたでしょ?あなた。
繭子の先生の役で出てたんだから。
先生役。
繭子の先生役…朝の『テレビ小説』ですよ。
私家政婦のおばさんだからほとんどね…。
そうそう。
写真見た?写真見たでしょ?私ってわかんなかったでしょ?こんな眼鏡してんの。
私って誰もわかんなかったのよ。
黒柳徹子って名前は出てますけどどこに出てるんですか?って聞かれたぐらい。
あの時もご一緒だったんですからご縁はあったんですよね。
ありましたよ。
でもあの時色々お会いしないのがよかったね。
いやいや会いたかった。
あっそう?フフフ…。
上沼恵美子さん皆様がお待ちかねですよ!『おしゃべりクッキング』です!2014/05/12(月) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋[字]
〜あの夜、ホテルで…〜杉良太郎さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
今年芸能生活50周年を迎える杉良太郎さんがゲスト。
◇番組内容
東日本大震災の被災支援をはじめ様々な福祉活動もライフワークとして続けている杉さん。特に、ベトナムでは親をなくした子ども81人の里親になり、大学卒業までの学費や生活費の援助だけではなく父親として年に2回は現地に行き精神面でのケアにあたっているという。ほか、黒柳さんとのある過去を明かす。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
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バラエティ – トークバラエティ
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