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ぷろどおむ

Author:ぷろどおむ
元サッカー少年。今はしがない化学屋です。

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続・例の「あれ」について
 思わぬ反響に恐れおののいておりますが,いただいた様々なコメントを見ているうちに気になったポイントがあったので,今日も頑張ってエントリを上げてみます。えっと,しかも今回はいつも以上に専門外の領域に踏み込んでいる自覚がありますので,いつも以上にご批判・ご指摘大歓迎です。よろしくお願いいたします。

 さて,いただいたコメントの中で「鼻粘膜の局所向けの解説を」とか,「微少な組織レベルで考えないとダメ」などといったご意見をいただきました。

 正直に言いますと,「体内中で過酸化水素が発生して…」なんて話を聞かされてしまったために,ほぼ脊髄反射で作成したのが前回のエントリですので,外部被曝による人体全体のマクロな状況しか想定せずに,かなりラフな形での検討しかしておりません。ですから,より局所的な議論については,ご指摘通り前回の話を適用するのはちょっと怪しさが残ります(^^;  とは言え,あれだけ強烈に桁が違いますので,現在の状況で福島第一原発事故由来の放射性物質が原因で鼻血が出ることはやっぱりありえないという結論は揺らぐことは無いんじゃないかなぁ?とは思っていますが,想定する作用機作が異なれば話は全然違うのは当然ですので,しかたがありません。

 ということで,せっかくご指摘をいただいたので,鼻粘膜に放射性物質を含む粒子が吸着することで鼻血が出ることはあり得るのかどうか,について少し考えてみたいと思います。

 さて,とりあえず福島第一事故によって環境中にばらまかれてしまった放射性物質はどのような粒子として大気中に存在しているのか,について調べてみましょう。

 と言って出てきたのはこちらのデータです。これは,茨城県つくば市の産総研が測定したデータをまとめたものです。つくば市まで飛来した粒子ですので,福島県内で観測される粒子とはまたちょっと違う可能性もありますが,今回の測定では「2μm以下の微小粒子領域に存在し、0.2-0.3 μmと0.5-0.7 μmに極大値を持つ二峰性の特徴的な分布」を示しているようです。

 また,こちらの総説では,「131I のほとんどはガス状であるが一部は微小粒子として存在している」「放射性セシウム(134Cs と 137Cs)は数ミクロンの粒子として存在している」とされています。

 どちらもつくばでの測定結果ですので事故発生時の現波周辺地域においてはより大きな粒子が存在したかもしれませんが,事故から十分な時間が経過した現時点で存在しうる領域として考える場合には,より大気中に浮遊しやすい1 µm以下の領域の粒子として考えれば良いように思います。

 さて,次は鼻粘膜の構造です。これについてはこちらのページを参考にさせていただきました。鼻粘膜と言われる部分は多列円柱上皮と呼ばれる上皮部分の上部に繊毛が存在している構造を持つそうで,繊毛部分の長さは論文(E. Marttin et al. / Advanced Drug Delivery Reviews 29 (1998) 13–38)によると,5〜10 µm程度ということです。そして,さらにその下にある30〜100 µmほどの厚さを持つ上皮部分を破壊すると,やっと毛細血管を持つ真皮構造部分にたどり着きますので,この辺まで無事傷つけることができると,鼻血が出るというメカニズムなのでしょう。…………,あってますかね?(^^;

 さて,どんどん不安になっていますが,心を強く持って先に進みます。

 さて,肝心のβ線の飛程距離はどのくらいなのでしょう。こちらのページによりますと137Csが発生するβ線の大部分を占める514keVのβ線は水の中を58 µmほど飛ぶようです。となると,強引に細胞のほとんどが水であると思えば,一応繊毛部分を抜けて上皮部分をアタックすることは可能かもしれません。が,さすがに全部水というのはハンデが大きすぎる気がしますので,上皮部の厚さは100 µmであるとする,また鼻腔中の上皮細胞部分は多列円柱上皮構造を持っているので,3個の細胞を破壊することで真皮細胞にたどり着けるとすることでバランスを取ることにいたしましょう。

 次に鼻の中での粒子の動きを考えます。

 この辺は最近注目を浴びているPM2.5絡みで,いい感じにまとまっている資料を見つけました。こちらの第4章が「生体内沈着及び体内動態(PDF)」となり,そのものズバリです。これによりますと,先ほど想定した1 µm程度の粒子は,鼻呼吸で10〜30%沈着する(4-12,図4.5.6)ようです。

 しかしここで忘れてはならないのは「粘液繊毛クリアランス」という現象です。これは鼻粘膜の機能の一つで,鼻腔中に入り込んだ異物を除去し鼻の中から喉の方へ押し流してしまうことです。これも先ほどの論文(E. Marttin et al. / Advanced Drug Delivery Reviews 29 (1998) 13–38)に概要が記述されておりまして,それによると鼻腔内に沈着した異物は通常12〜15分で取り除かれ,喉から胃の方へ流し込まれてしまうようです。

 ということで,だいたい情報は揃いましたでしょうか。

 鼻腔中に入り込んだ放射性物質を含む粒子によって鼻血を出すためには,1) 全体の30%以下の粒子により,2) 15分以内に 3) 3個の上皮細胞を破壊して真皮部分にたどり着く。

 以上の工程をクリアすれば,あとは何かの刺激が与えられれば無事出血してくれるでしょう。

 ただ,ここで問題なのはどのくらいの線量を浴びせれば細胞は死んでくれるのかというところです。「細胞死 放射線」なんてキーワードで検索して出てくるのは,当然高レベルな放射線被曝での結果ばかりなので,単位がそもそも数Gyのオーダーです。ですが,そんなレベルの放射線を浴びてしまうと言うのは現状あり得ませんので,いろいろ悩ましいところではありますが,今回も前回に引き続き生体内で発生する活性酸素の発生量を放射線由来の活性酸素が超えることを勝利(?)条件といたしましょう。

 前回の計算結果をそのまま使いますと,137Csから発生するβ線を512keVとすると,137Cs 1個が崩壊した時に発生する放射線により発生するOHラジカルは,初期段階で28672個,最終段階では13824個となります。細胞1個あたり1日1E9個の活性酸素を発生させているとします。そうすると,1分間で3個の細胞は3 x 1E9 / 1440 = 2.08E6個の活性酸素を発生させます。なので,15分間では3.13E7 個となります。ここから計算すると,15分間でそれぞれ1092個,2264個の137Csが壊変する必要があります。で,これをBq相当に直すには15 x 60 = 900 sで割れば良いので,それぞれ1.2 Bq,2.5 Bqで縦一列分の上皮細胞を破壊し真皮細胞にたどり着くことができそうです。おっと,これは意外と少ないですね。ただしこれは30 %分がこの値と言う事になりますので,簡単に3倍して 3.6Bqと7.5 Bqとしましょう。どちらにしても十分小さい値に見えます。

 さて,ここで先ほども使った「生体内沈着及び体内動態(PDF)」に記載されているICRPによるシミュレーションモデルで使われているパラメータ(4-28, 表4.5.1)を見てみます。すると,軽い運動をしている成人男性では,1分間に20回,一回1250 mLの呼吸を行っているとしているようです。となると,1分間で25 Lの空気を取り込んでいるわけです。15分間で粒子は鼻から追い出されてしまいますので,それを1サイクルとすれば,定常状態を考えると15分間の呼吸量 15 x 25 = 375 Lの空気中に先ほどの放射能を持つ放射性物質が含まれていれば良いことになります。となると,それぞれの場合で0.0096 Bq /Lと0.02 Bq /L それぞれm^3単位に直すと 9.6 Bq/m^3 と 20 Bq/m^3となります。これはかなり小さい気がしますね。やはり福島で鼻血が出るのは当然なのでしょうか?福島の皆さんは,自分たちの健康被害を隠している,もしくは気がついていないのでしょうか? 

 では,この値がどのくらいのものなのかを実際の測定データと比較してみましょう。

 参考にしたのは最初の方でも示した「福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中の挙動」という総説です。こちらの図4(b)を見ると,事故直後のつくばですら大気中の137Cs粒子の持つ放射能は1E-5 Bq/cm^3 = 10 Bq/m^3 です。また2ヶ月後には,1E-8 〜 1E-9 Bq/cm^3 = 0.01 〜 0.001 Bq/m^3のレベルまで下がっています。また,この当時の空間線量率が0.2 µSv/hである(図4(a))ことと,今現在の福島の空間線量率を考えると,現状の福島はこの当時のつくばとほぼ同レベルと推定して良いように思います。という前提で先ほどの計算結果と比較すると,空中に浮遊する放射性セシウムを含む粒子により鼻血を出すためには,現状の福島より少なくとも1000倍から1万倍以上の放射能を持つ粒子が存在している必要があるように思います。

 ということで,前回出した値ほどの桁違いというわけではありません。しかも,事故直後のつくば市で10 Bq/m^3という観測値が出ていることを考えますと,確かに事故直後の現場周辺であれば,放射性粒子の付着により鼻血が出たと言うことはありえない話ではないのかもしれません。しかし,そもそも生体中の活性酸素発生量を超えたら細胞が死ぬという勝利条件自体がかなり緩いものだとは思いますし,上皮細胞の上にはかなりの数の繊毛細胞が存在していますから,本当はそちらを先に何とかしないと上皮細胞にはたどりつけないような気がします。また,それ以前に繊毛の周り,上皮細胞の周りには粘液,いわゆる鼻水がたっぷりと存在しており,それらも間違いなくβ線を遮蔽していることでしょう。

 ですので,実際問題としては事故直後の現場周辺地域でも放射線による影響で鼻血が出たとは少し考えにくいと思っていますし,そもそも鼻血が出る要因が事故当時も現在もストレスを含めあまりに多すぎます。ですが,少なくとも現状の福島で放射能に由来した理由で鼻血が出ることを説明するのは,かなり難しいように感じます。

 という感じで,とりあえず一応話をまとめてみたのですが,大丈夫ですかね?(^^; 正直今までの中で1,2を争う自信のなさです。ご批判・ご指摘お待ちしております。
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テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

気になる化学リスク | 23:00:50 | Trackback(0) | Comments(1)
コメント
ラジカル増加→細胞破壊→出血だけでなく、
ラジカル増加→炎症→出血も考えられそうです。

放射性物質を含む粒子が鼻粘膜に付着した時、細胞の活性酸素産生量と消去量のバランスがどの程度崩れるものなのかを議論せねばならず、単純な計算だけでは中々難しいのかもしれません。
2014-05-14 水 06:20:44 | URL | 匿名希望 [編集]
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