三菱ケミカルホールディングスは13日、産業ガス大手の大陽日酸を年内に約1千億円で買収すると正式発表した。買収により、伸びる米シェールガス関連事業に参入する。国内石化事業を縮小する一方、大胆なM&A(合併・買収)戦略を貫く小林喜光社長。日本の化学会社で初めて売上高4兆円に手が届き、悲願の米デュポン超えをなし得た次に狙うものは何か。
「世界の化学大手と戦うために核となるM&Aだ」。13日記者会見した小林社長は大陽日酸買収の意義をこう強調した。
三菱ケミは大陽日酸に27%出資している。年内にも51%を上限に過半数の株式を取得するTOB(株式公開買い付け)を実施。買収後も大陽日酸は上場を維持する。
産業用ガスは半導体、鉄鋼製造などあらゆる分野で使われる重要な原料。中でもシェールガスから化学品を生産する際には大量の窒素が必要となる。三菱ケミカルは世界首位のアクリル樹脂原料を北米で生産する計画で、ここで大陽日酸のガスを活用。シェール革命の震源地で競争力のある化学品を量産し、海外大手に対抗する狙いだ。
■13年ぶり休止
「中東から持ってきた原油をもとに国内で化学品を生産する時代はそろそろ終わりだ」。化学品の販売競争が激化する中、小林氏の危機感は強い。今回の買収も事業の大胆な入れ替えの一環だ。
大型連休中の5月3~4日。三菱化学の鹿島コンビナート(茨城県神栖市)でエチレン生産設備の1基が停止し、44年の歴史に幕を下ろした。決めたのは小林氏だ。国内エチレン設備の休止は13年ぶりだが、特別なセレモニーはなし。「視察に行って郷愁に駆られるより石化事業再建を考えるのが責務」。三菱化学の石塚博昭社長も現場からの電話報告で済ませた。
業績不振の光ディスク子会社の再建で頭角を現した小林氏が三菱ケミ社長に就いたのは2007年。以来取り組んだのが「攻めのリストラ」だ。歴史ある塩化ビニール樹脂から撤退するなど1500億円を超える石化のリストラに取り組む一方、10年には三菱レイヨンとの統合を果たした。
ここにきてアクセルを踏むのは成長分野の取り込みだ。売上高5000億円、営業利益200億円程度貢献するM&A案件を探せ――。昨春、こんな指示を出していた小林氏にとり大陽日酸はうってつけの規模だった。
12日発表の三菱ケミカルの2014年3月期の売上高は約3兆5千億円。大陽日酸と単純合算すると4兆円を超し、小林氏が目標に掲げる米デュポンの売上高(13年12月期は円換算で約3兆6500億円)を上回る。
合成繊維のナイロンを開発したデュポン。創業200年超の伝統を断ち切って従来型の石化依存の事業構造を転換。現在はバイオテクノロジーを駆使した食品や種子など農業関連で稼ぐ。「売上高でようやくデュポンを超える」(小林氏)。
攻めはこれで終わりではない。三菱ケミカルは4月、ヘルスケア関連の新会社「生命科学インスティテュート」を設立した。同社は製薬会社の田辺三菱製薬を持つが、ここはIT(情報技術)を使った遠隔医療や予防治療など個人向けの健康医療サービスを開拓する。
■総仕上げ段階に
「製造業とサービス業をつなげる『2.5次産業』をつくれ」(小林氏)。新会社の加賀邦明社長は医療費の抑制で今後は予防医療のニーズが膨らむと判断。消費者との接点を持つ小売り大手と連携するため、セブン&アイ・ホールディングスやローソンなどと協力を模索し始めた。
とはいえ三菱ケミカルの構造改革は道半ばだ。小林氏自身「もうける体質は作れていない」と認める。売上高純利益率、時価総額ではいずれもデュポンや独BASFの10分の1以下。攻めの分野でなお大型買収を狙いつつ、不採算の国内石化では一段の縮小や大胆な合従連衡もほのめかす。
石油化学工業協会の会長や東京電力の社外取締役、経済財政諮問会議の民間委員を務める小林社長は、経済同友会の次期代表幹事の有力候補でもある。スケジュールは分刻みだが、小林氏頼みの経営は変わらない。課題の収益力を高めつつ、後進に道を譲れるか。社長在任7年。小林改革は総仕上げの勝負の時期を迎える。(岡田達也)
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