「スタンフォード監獄実験」の逆は実行できるか

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社会心理学者が行った「スタンフォード監獄実験」や「ミルグラム実験」は、悪しきシステムが善良な人を変えてしまうという教訓を残した。ではその反対、つまり善意や意欲を生む好循環をつくることは可能だろうか。その事例と実践方法を紹介する。


 アメリカ心理学会の元会長であるフィリップ・ジンバルド博士と昼食会でお会いした。かの有名な「スタンフォード監獄実験」の立案者だ。1971年の夏、ジンバルドはスタンフォード大学の健康な学生を選んで看守か受刑者の役を与え、大学の地下に設けた仮の刑務所に配置した。ほんの数日のうちに、囚人たちは鬱の症状と極度のストレスを呈し、看守たちはサディスティックになっていった。そして実験は早期に中止された。

 この実験の教訓は、W・エドワーズ・デミングが著したように、「悪しきシステムはいつも、善良な人間を打ち負かす」ということだ。だが、その逆は成り立つだろうか。私はジンバルドに尋ねた。「スタンフォード監獄実験の逆を行うことは可能でしょうか?」

 ジンバルドは、悪名高き「ミルグラム実験」を引き合いに出して思考実験を試みながら、私の問いに答えてくれた(ミルグラム実験では、教師役の被験者が権威者である教授の命令に従って、生徒役の被験者に電気ショックを与えた〈実際には電流は流れていない〉。やがて死の危険があるほど電流を上げるよう指示された被験者らは、その危険性を事前に知らされながらも、権威者に従順な態度を示し電流を上げ続けた)。ジンバルドは、ミルグラム実験の逆を実行できるだろうか、という問いを提示した(なおすごい偶然だが、彼はスタンリー・ミルグラムと同じ高校に通っていた)。小さな成功の積み重ねにより、「善良への階段をゆっくりと、1段ずつ上る」仕組みを設計することができるだろうか。そしてそのような実験を社会的なレベルで実行することは可能だろうか。

 実は、その答えはすでに示されている。

ポジティブ・チケット

 王立カナダ騎馬警察(RCMP)のリッチモンド署は長年にわたり、一般的な警察機関と同じような取り締まりを行い、同じような結果に直面していた。再犯率は約60%にのぼり、青少年の犯罪が急増していた。新任の若き署長ウォード・クラッパム率いるこの先進的な部隊は、取り締まり制度の根幹を成す前提に疑問を投げかけた。警察業務のほとんどが事後対応であることに気づいたクラッパムは、こう問いかけたのだ――「最初から罪を犯そうという気にさせない仕組みはつくれるだろうか?」。事実、リッチモンド署の戦略の意図は巧みな言葉遊びでこう表現されている――"Take No Prisoners"(「断固として立ち向かう」と「犯人を捕らえるな」の意味を掛けている)。

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