残業や休日出勤は「評価に影響せず」は、ミスリーディングな報道
上西充子 | 法政大学教授
読売新聞が内閣府の調査結果を伝えた。【残業や休日出勤「評価に影響せず」企業の74%】というタイトルだが、実際は「時間内に仕事を終えて帰宅」することをどう評価するかが問われており、この報じ方は実にミスリーディングだ。
読売新聞の記事の内容
記事の内容は以下の通りだ。
【残業や休日出勤「評価に影響せず」企業の74%】
内閣府は13日、社員が残業や休日出勤をしなくても、「人事評価で考慮しない」と答えた企業が74%に上るとの調査結果を発表した。昨年11月公表された個人対象の調査では、「残業は上司から好評価を受ける」と考える人ほど労働時間が長いとの結果が出ており、社員が思うほどには、時間外労働が会社の人事評価に影響していない実態が浮かび上がった。
残業や休日出勤なしについて、「プラスに評価している」と回答した企業は16%、逆に「マイナスに評価している」は6%にとどまった。個人対象の調査で は、残業が上司からどう思われていると想像するかを正社員に複数回答で聞いたところ、「がんばっている」と答えたのは、1日の労働時間が12時間以上の人が53%、10時間未満で38%だった。
調査は1016社を対象に実施された。個人調査は全国の男女3154人が対象。
読売新聞5月13日(こちら)
これを読む限りでは、残業や休日出勤をしたからといって企業はプラスに評価するわけでもないし、しなかったからといってマイナスに評価するわけでもないのに、社員は残業が上司にプラスに評価されていると思っており、双方の認識にギャップがある、というように読める。
しかし、素朴に考えてみても、「仕事が終わっていないのに残業せずに帰っても評価が下がらない」とは考えにくい。
調査では、「時間内に仕事を終えて帰宅すること」が問われていた
「なんか変?」と思ったら、情報ソースである元の調査を確認するのが一番だ(※1)。
内閣府ホームページには調査票と詳細な調査結果が発表資料されている。
・ワーク・ライフ・バランスに関する個人・企業調査(平成26年5月)(こちら)
読売新聞報道に該当する質問項目の結果は、下記の通りだ。
質問項目を注意して読んでいただきたいのだが、「残業や休日出勤をほとんどせず、時間内に仕事を終えて帰宅すること」はどのように評価されているか、というのが質問の内容だ。
つまり、あくまで「時間内に仕事を終えて」帰宅することをどう評価するか、なのであって、仕事が終わっていないのに残業せずに帰宅することをどう評価するか、なのではない。
にもかかわらず、読売新聞の記事は、
社員が残業や休日出勤をしなくても、「人事評価で考慮しない」と答えた企業が74%に上る
と報じている。これはあまりにもミスリーディングだ。
認識のギャップがあるのではなく、そもそも問い方がずれている
つまり、労働者と企業側で残業や休日出勤の評価に対する認識のギャップがあるのではなく、そもそも問い方がずれているのである。
読売新聞報道でも言及されているが、「残業をしている人」について上司はどう思っているかを正社員に想定してもらった結果(※2)は下記の通りである。
「頑張っている人」「責任感が強い人」と上司は思っているだろう、と考える正社員の割合が高く、特に長時間労働の正社員でそう考える割合が高い。
ではこれらの正社員が見ている職場の特徴はどうかというと、下記の通り、「一人あたりの仕事の量が多いほうだ」「突発的な業務が生じやすいと思う」「一部の人に仕事が偏りがちだと感じる」「締切や納期に追われがちだと思う」といった割合が、特に長時間労働者で高くなっている。
つまり彼らは、一人あたりの多い仕事量や突発的な業務、一部の人に偏る仕事、締切や納期などに悩まされながら、「責任感」からやむなく残業を「頑張って」いるのだろう。その責任感や頑張りを、上司は認めてくれていると思っている(もしくは期待している)のだろう。
たくさんの仕事を抱えてやむなく残業しているのが現実であるならば、「残業や休日出勤をほとんどせず、時間内に仕事を終えて帰宅する」というのはそもそも非現実的である。
特にこの企業調査は、「他業種よりも長時間労働及び年次有給休暇取得率が低いとされる4業種※(建設業、運輸業、小売業、飲食業)」を対象として実施されている。長時間労働が常態であるような企業に対して、「残業や休日出勤をほとんどせず、時間内に仕事を終えて帰宅する」という非現実的な想定で企業側に質問をしても、その結果にはほとんど意味はない。
したがって、
社員が思うほどには、時間外労働が会社の人事評価に影響していない実態が浮かび上がった。
という読売新聞のまとめ方はミスリーディングだ。
労働時間と報酬のリンクをはずすことが検討されている中での報道であることの意味
なぜ筆者がこの読売新聞の記事にこだわるかというと、現在、労働時間と報酬のリンクを外した「新たな労働時間制度」が政府において検討されているからだ。
「なし崩しに進みかねない労働時間規制緩和」(こちら)の記事で紹介したように、4月22日の「第4回 経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議」では長谷川閑史:産業競争力会議雇用・人材分科会主査より、労働時間と報酬のリンクを外した「新たな労働時間制度」が提案されている。
さらに5月12日の国家戦略特区諮問会議でも民間議員(秋池玲子・坂根正弘・竹中平蔵・八田達夫)から「国家戦略特区 成長戦略改訂に向けた当面の対応について」(こちら)という文書が提出されており、そこでも「労働基準監督署による監督指導の徹底などの下での、新規企業等への新たな労働時間制度の適用」について、「6月の成長戦略改訂版に改革の成果を盛り込むべく、国家戦略特区ワーキンググループ等において直ちに関係各省と、少なくとも特区における改革実現に向けた議論を行う」ことが求められているのである(※3)。
「社員が思うほどには、時間外労働が会社の人事評価に影響していない実態が浮かび上がった」という読売新聞のミスリーディングな報道がこのタイミングで出たことは、労働時間と報酬のリンクを外そうとする一連の動きと無関係だろうか。
いずれにしても、ミスリーディングな報道に誘導されないように気をつけたい。
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(※1)常々不満に思っていることなのだが、こういう新聞記事は、元の調査にたどり着けるための出典情報を明記していないことが多い。この記事もそうだ。せめて調査タイトルだけでも表示してもらいたい。
(※2)個人調査票(こちら)のQ5「あなたは、『残業をしている人』に対してどのようなイメージを持っていますか。上司の方、同僚の方、あなたご自身について、それぞれあてはまるものをすべてお答えください」に対する回答結果。なお、調査票には、「※同僚の方、上司の方については、『おそらくそう思っているだろう』という、あなたご自身の想定をお答えください」という注意書きが付されている。
(※3)朝日新聞デジタル2014年5月13日「在留資格拡大や労働時間、新たな規制緩和検討へ 特区諮問会議」参照(こちら)