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『100分で名著 旧約聖書』一言でいうなら、「神が動くのを待つ」

 『インディペンデンス・デイ』を覚えているだろうか。宇宙人が攻めてきて、人類とガチバトルする映画だ。主要都市を一斉攻撃することで、人類にケンカ売りつける。都市機能を破壊する目的もあるが、てっとり早く世界を怒らせるなら、エルサレムを焼き払うだけで済む。映画でそんなシーンはなかった(はずだ)が、あまりにタブーすぎるからだろうか。

100分で名著 旧約聖書 『100分de名著 旧約聖書』の最初のページは、このエルサレム旧市街。嘆きの壁、聖墳墓協会、岩のドームと、人類にとって最も柔らかい部分がひしめき合う。いがみ合ってきた人々が、一致団結することがあるならば、ここを攻撃する存在に対してだろう。そして、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の要となっているのがエルサレムなら、『旧約聖書』は三宗教のルーツになる。

 NHKテレビ「100分de名著」シリーズは、25分×4回に分けて名著を読み解こうという試み。漱石『こころ』とかフロム『愛するということ』なら分かるが、いくらなんでも『旧約聖書』は無謀だろうという興味半分でテキスト手にする。残り半分は「たかだか100分で旧約を解ったフリできるのは、おいしいかも」という不純な動機だ(結局どちらも満たされた)。

 これは、ただ中身を並べたものではなく、聖書を全体で理解しようという姿勢でつくられている。個々の物語や解釈も触れるが、むしろ歴史の中での位置づけや、"意義"に近いところで語られている。ざっくりと、本当にざっくりと入口をガイドしてくれている。と同時に、「聖書の一部をつまんで、矛盾をあげつらう」危険を指摘する(これはまさにわたし自身が陥っていた罠だ)。

 たとえば、世界の創造の物語が二つ語られているのだが、食い違っている部分がある。天地創造までは一致するが、その後、人と植物がつくられた順番や、男女がつくられた順番が異なっているという。これは、証言者が意図的に二つの異なる証言を示したと考えるほかないという。どちらが真実なのかを確定するのは、もはや問題ではなく、確定的な事実などないのだというのだ。「聖書に書かれていることはすべて真実だ」という立場を否定するべきメッセージになる。

 あるいは、ユダヤ教の「罪」の概念について、わたしが誤解していたことが分かった。人は生まれながらにして悪行を背負っているという考えではないそうだ。B.C.722、アッシリアに北イスラエル王国が滅ぼされたという事実がある。この事実を前にして、それでも「神は正しい」とするために、民族全体が「罪の状態にある」ことにしなければならなかったのだというのだ。イデオロギー的に「神の義」を確保しなければならないほど、求心力が求められていたのだろうか。

 さらに、自己正当化と迫害について目ウロコの説明がなされる。自分の生涯は、真理と正義だったという「トビト記」を引いて、自分が正しい=最終的な審判を自分で(人間が)行うことを指摘する。さらに、神の名において宗教的な迫害の論理は、「神にしか行えないことを、人間が勝手に行っている」問題があるという。すなわち、神を退けて、自己正当化する神否定者になる。「宗教的には忠実かもしれないけれど、神には忠実でないもの」だというのだ。宗教とは、神の権威を背景にした賛同者を集める「人間的行為」であって、その効果は人に対するものになる。けれども、神の態度や立場に沿ったものであるとは限らない―――このギャップが問題になるんだね、ユダヤ教に限らないけど。

 人は何をしても救われない、自己正当化は否定されている。そして、まもなく実現されるはずなのに、いつまで待ってもやってこない「終末」―――救いに対して八方塞がりになっているのが、ユダヤ教だという。旧約聖書は、「人は何をしても救われない」「神の介入を待つしかない」ということが確認されている―――テキストの著者は、こう述べている。千葉大学文学部教授の加藤隆氏で、著書の『旧約聖書の誕生』(ちくま学芸文庫)、『歴史の中の「新約聖書」』(ちくま新書)を手にしてみよう。

 番組のサイトは、[100分de名著 プロデューサーNのおもわく]、NHKのEテレで毎週水曜PM11:00~11:25やっている。初回を見落としたので、再放送から見るつもり(ニコ動とかでやってほしい……こういうの、ツッコミが大事なのだから)

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