vol.1 / vol.2
1990年代〜 | |
パラダイス / 頭士奈生樹 '88年発表。LP500枚のみの限定リリースでしたが、'05年にリマスターCDで再発されました。非常階段、イディオット・オクロック、そして渚にてと、関西のアンダーグラウンドなロックシーンでギタリストとして活動している頭士奈生樹の初ソロ作品です。イディオット・オクロックで活動を共にしていた高山謙一、柴山伸二も参加しています。ちなみに、'80年代の区分ではなく'90年代〜のここにしたのは、まだ現役バリバリで活動中だし作品も発表しているため、初作だけ違う場所に置くよりここにまとめた方がいいかな、という理由からです。 僕がこの人を最初に知ったのは、渚にてでのギタリストとしてでした。何気なく渚にてを聴きながらクレジットを見ていると、いいなあ、と思った曲にはほぼ全てこの人の名前がありました。ギターの音色が独特と言うか、ちょっと聴けばこの人のギターだ、とすぐに分かるんですよね。明確な理由は分かりませんが、とにかくこの人が出す音はすごく良いんです。好きになるのも嫌いになるのも理由なんてない、とかよく言いますが、この場合それが一番よく当てはまる説明かもしれません。サイケデリック感覚がイディオットオクロックやハレルヤズ、渚にてと似ていたり、まるで彷徨うような歌声だったり、これだろうと思える気になる点は確かにいくつかあるのですが、突き詰めるとやっぱりギターの音なんですよね。ただ気持ちいいというレベルじゃなく、浴びた音が体の中に沁み込んでザワザワするような感じ。 これから先、どんな音楽に出会うか分かりませんが、少なくとも現時点ではこの人の音楽こそが僕が一番聴きたかった音ですね。 ('06/02/14) |
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現象化する発光素 / 頭士奈生樹 '98年発表。CD500枚限定。前作から10年振りの本作、久々の新作ってわけではなく、なんと制作に9年かけています。前作に引き続き柴山伸二、そして兄の頭士真砂樹、橋本清志が参加しています。 前作はギターをメインとしたアシッドフォーク的な作品でしたが、本作はいろいろな楽器が使用され、プログラミングを導入していたりで曲の振れ幅がかなり大きい作品になってますね。渚にての『太陽の世界』でもカバーされている「結合の神秘」は完成度の高いポップミュージックと言えそうだし、ピアノ独奏もあったり、前作のイメージに近い弾き語りもあったり。そして、本作の目玉となっているのが、最近コノノ1のブレイクでよく知られるようになった親指ピアノとも言われることのあるカリンバという楽器です。4曲で頭士兄弟がこの楽器を通じて共演していて、特にタイトル曲「現象化する発光素」では左右のチャンネルに分かれて2人がカリンバを演奏しているだけの曲なんですが、カリンバのアンサンブルが非常に美しく、そのミニマルな響きは聴いているうちに音の遠近感がよくわからなくなるような不思議な感覚に陥ります。そんなわけで、曲調がバラバラなので作品としては統一感がないように思うかもしれませんが、決してそうではなく、どの曲も光に満ちた眩しいイメージという共通点があるんですよね。それは歌詞にも度々"ひかり"という言葉が出てくることからもなんとなく感じることができるはずです。 本盤を買った当初は、ギタリストの作品と思って聴いたのでかなり困惑しましたが、先入観を捨てて聴いてみるとかなり面白い作品でした。むしろ、作風は違えど聴き手の内側に直接響くということでは、前作と変わりないような気がします。 ('06/02/15) |
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V / 頭士奈生樹 '05年発表。7年振り3枚目となる本作は、柴山伸二と竹田雅子の2人が参加しており、頭士奈生樹のリーダー作という以外は渚にてとほぼ変わらない布陣で制作されています。とはいえ、この2人はベースとドラムで参加しているのみで、他の楽器は全て頭士氏が一人で担当しています。 ほとんど即興に近い演奏とつぶやくように歌われる歌。ギター、ベース、ドラム、曲によってはピアノなども加わりますが、非常にシンプルなアレンジで聴かせる本作は、時間が止まってしまったかのような静謐な音世界を描き出しています。そして音の一粒一粒までが瑞々しく繊細に響き、聴き手を淡いサイケデリアで包み込みます。1stのように激しくかき鳴らされようと、本作のように優しく爪弾かれようと、彼のギターが紡ぎ出す音の本質は常に変わらないんですよね。それが本当にすごいと思います。本作ほど聴いているうちに音楽に没入してしまう作品はないですよ。この文章を書きながら何度手が止まったことか(笑)。この人の音楽は僕が聴きたいと思っていた音楽を具体化したものだと1stのレビューでも書きましたが、本作はそれをさらに理想化したような夢のような作品ですね。これを読んだ人は大袈裟な表現だと思うかもしれませんが、きっとこういう音楽が好きな人なら分かってくれると思います。 機会があればぜひともライブに行きたいですね。以前渚にてのサポートメンバーとして出演していたライブは見たことがあるのですが、あの時は本当に心の底から今この時間が終わらなければいいのに、と思いました。 ('06/02/16) |
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SUBVERT ART COMPLETE WORKS / SUBVERT BLAZE '87年〜'93年に大阪を中心に活動していた3ピースロックバンド、サバート・ブレイズ。知る人ぞ知る存在でありながら、そのクオリティの高さから当時は「大阪の奇跡」とも呼ばれていたそうです。本作はそんな彼らの公式発表音源をすべて収録しています。 サイケデリック、ジャズ、ブルースなど様々な要素を巻き込んだ彼らのサウンドは一貫してロック、それもハードロックです。轟音で鳴りまくるギター、大蛇がのた打つかのような野太いベース、驚異的なテクニックで正確無比に叩かれるドラムがインプロヴィゼーションを通して生み出すブレイズ流ハードロックは、既存の様式美にこだわったそれとは一線を画するものです。次は何を繰り出してくるのか、という期待とスリルで耳は惹きつけられ、強靭なグルーヴは体に直に響いてくるような印象ですね。「ロックはトリオ、歌詞は英語、そして大音量やないとあかん」という、ロックとしては一見単純かつありがちなコンセプトながら、それを実践する徹底した姿勢によって見事にバンドとしてのオリジナリティに昇華しています。 ハードロックやヘビメタが苦手な僕ですが、このバンドが例外的にすんなり聴けたのは以上のような理由からなんだと思います。とか言って、意外とハードロックとか聴いてみるとハマったりするのかな(笑)。デスメタルのやたらホラーチックなジャケのアートワークとかはたまに店で眺めて楽しんだりしてますし。 ('04/07/17) |
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OUT / WHITE HEAVEN 日本のサイケデリックロック史上最高のバンドと言われるホワイト・ヘヴンの1st。中心人物であるヴォーカル/ギターの石原洋氏はゆらゆら帝国の『ミーのカー』のプロデュースを手がけたことでも知られています。本作は'91年に限定500枚でリリースされたアナログ盤の再発CDです。 サイケデリックのイメージをそのまま具現化したようなギターの音色はまさに“本物”という印象で、全曲英詞ということも手伝ってか、海外でも高い評価を受けたという事実は十分納得できます。うねり、そして過剰に歪んだファズギター、静かに響く幻想的なエレクトリックギターなど、本作にはすべてのサイケデリックなギターサウンドがあります。そして、それらのギターは中毒性すら感じられるほどひたすら気持ちよく、ふと我に返ると何周も聴き続けている自分がいるんですよね。特に聴くものの胸のうちをえぐるような、暴力的でさえある激しいノイズを伴ったファズギターはくせになります。ライブで聴いたらどんな感じなんでしょうね。一度生で聴いてみたかったです。 ちなみに、2ndは限定700枚でアナログ盤がリリースされましたが、現在は売り切れ、再発の予定なしとのこと。これもぜひとも再発して欲しいものです。ホワイト・ヘヴンはその後'98年に解散、'01年に石原洋氏を中心に新バンドThe Starsを結成して現在に至っています。 ('04/07/17) |
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渚にて / 渚にて '95年作品。今思えばこの音盤がこのコーナーで紹介しているような音楽を聴き始めるキッカケだったかもしれません。僕にとってのスタンダード。『サージェントペッパー』も『ペットサウンズ』も1回ぐらいしか聴いたことありませんが、本盤は本当に何度も何度も聴いたし、もちろんこれからも聴き返すでしょう。 ハレルヤズ『肉を喰らひて誓ひをたてよ』から9年の時を経て作られた本盤は、工藤冬里、頭士奈生樹、高橋幾郎、高山謙一といった面々が各曲ごとに参加しており、柴山氏のソロプロジェクトのような形式をとっています。ハレルヤズの項でも書きましたが、『肉を喰らひて〜』が一発録りだったのに対し、本盤は制作になんと約3年もの年月がかけられています。アレンジや演奏、歌の練りこみの完成度という点では、おそらく初作にして最高のクオリティだと思います。 ほとんどがギター、ベース、ドラムというシンプルな構成の曲にも関らず、アレンジやミックスの手腕により、フォークとかロックという言葉だけでは説明し切れない、各曲非常に深みのある仕上がりになっています。 柴山氏の歌は本当にまっすぐで優しく、ともすればそのあまりの飾り気のなさのために、稚拙だ、などと誤解されそうなほどの純粋さを湛えています。そして、歌われるのは"わたし"と"あなた"の間に起こる誰もが経験するような身近なこと。恋、裏切り、愛、不実、そして生きるということ。本盤には、ありのままを歌っているだけなのに、なんだかふっと肩が軽くなるような安心感があるんですよね。まさにこのジャケットのように渚に佇み風に吹かれているような感じ。この後はまた家に帰っていつもの生活に戻るんだけど、今だけは開放感を感じていようというような(笑)。 最後に、タイトル表記を並べて書いたのは英語表記だと、"NAGISA NI TE On The Love Beach"となっており、セルフタイトルではないようなのでこうしました。 ('06/02/08) |
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太陽の世界 / 渚にて '97年7月の東京でのライブを、入場からほぼ全て収録したノーカットライブ盤です。作りこまれたスタジオ盤に続く第2作目はなんとMCはもちろん外の車が走る音まで聞こえる生々しさの、前作とは全くの正反対な作品です(笑)。ちなみにこの頃の渚にては前作のようなソロプロジェクトではなく、柴山伸二、竹田雅子、高橋幾郎の3人で活動していました。 曲終わりの拍手や残響の感じからも容易に想像がつく会場の狭さ、7月という時期、冒頭の、暑いので後ろの扉は開けときましょう、といった内容の柴山氏のMC、さらにその場の空気や温度をリアルに伝えるアコースティックな楽器の響きによって、むせ返るような夏の暑さをも本盤には同時に記録されています。また、1曲目「渚にて」のゆったりとしたギターのイントロが流れ出すと、一気に自分もこの会場にいるかのような錯覚を起こすほどの臨場感あるミックスは本当に素晴らしいですね。 個人的に本盤のアコースティックセットで一番好きなのがドラムなんです。高橋氏のハンドドラムで叩き出される柔らかなリズムは、アンプを通していないギターをはじめ、他のアコースティックな楽器が奏でる穏やかなメロディをそっと支える優しい響きを持っています。そして、そんな演奏をバックに歌われる歌は、今作から竹田氏のヴォーカルも聴くことが出来ます。繊細な高音の彼女の歌声は、柴山氏同様まっすぐで純粋なのはもちろん、どこか浮世離れした雰囲気があり、渚にての音楽に新たな魅力を加えています。最後2曲「渚のわたし」と頭士奈生樹のカバー「結合の神秘」での二人のデュエットは本盤でも白眉と言える内容でしょう。 余談ですが、後半MCで自分たちよりも知り合いのバンドのライブ告知ばかりしてしまうところは、柴山氏の人柄が垣間見れるようで微笑ましかったです(笑)。それにしても、つくづくこのライブを生で見た人が羨ましいなぁ。 ('06/02/09) |
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本当の世界 / 渚にて オリジナルは'99年発表。2枚組。本盤がおそらく渚にての名前を世間に広める契機になった作品だと思います。前作から引き続き柴山伸二、竹田雅子、高橋幾郎の3人で制作されています。また、本盤からゆらゆら帝国などを手掛ける中村宗一郎がエンジニアとして加わり、他にも栗原ミチオ、石原洋(ex White Heaven、The Stars)といった東京の人たちが多くクレジットされています。 スタジオ録音盤としては初作以来ということになりますが、ソロ作品としての色合いが強かった初作に比べ、本作は前述したように3人のバンド作品ということで、エレクトリックセットでの演奏という違いはあれど、前作のアコースティックライブ盤同様音数少なめのシンプルな曲が並んでいます。本作以降、バンド演奏主体の作品を作ることになるので、今の渚にてのイメージを印象付けたと言う意味では、"バンド"渚にての1stと言えるかもしれません。 半数以上の曲で作詞作曲を手掛け、リードヴォーカル曲も前作以上になった竹田氏を大きくフューチャーしているのも本作の特徴の一つですね。曲作りでは初作から関っていましたが、本作ではもはや渚にての演奏、歌の部分でも非常に重要な役割を占めるようになっています。彼女一人でのピアノやギターの弾き語り曲もあるのですが、どれも歌詞は2行ほどの非常に短いものながら、他の曲にも全く引けを取らない印象深い曲なんですよね。 そして、何と言っても前作にも収録の「太陽の世界」のスタジオ録音。前作アコースティックセットで演奏された、渚にての独特のサイケデリック感覚が一番よくあらわれたこの彼(女)らの代表曲は、見事にエレクトリックアレンジで新たな息吹が吹き込まれています。やはり名曲。 ('06/02/10) |
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こんな感じ / 渚にて '01年発表。所謂"うたもの"ブームの流れで広く知られるようになってからの、待望の作品です。前作録音後、ドラムの高橋幾郎が脱退し、2人組の夫婦デュオとなった渚にての最初の作品でもあり、初作以来の頭士奈生樹や、山本精一、ジムオルークバンドのドラマー、ティム・バーンズといったゲストミュージシャンが参加しています。 歌、演奏、アレンジ、ミックスなど、どれをとっても本作がおそらく最高傑作だと思います。初期三部作(勝手に命名)ももちろん素晴らしいのですが、本作はそれらを経たからこそ確立できた渚にてサウンドの完成形と言える内容なんですよね。表現手法としては全く目新しいことはないし、音楽性にも革新的な部分はないと言ってもいいぐらいなのに、2人が紡ぎ出す音楽をこんなに新鮮に感じるのは、まるで蒸留水のような純度の歌と演奏によるものなんだと思います。大袈裟でもなんでもなく、普通に叩かれるドラム、普通の伴奏のように弾かれるギターに今まで感じたことのないものを感じるんです。聴く側もちょっと背筋を伸ばして聴かないと、って思わせるような(笑)。その響きはきっと彼(女)らの内面から自然に出てくる音なんでしょうね。 また、曲単位で見ても粒揃いで全曲聴き所なんですが、その中でもやはり最後の「星々」は本作のクライマックスですね。まっすぐ空へ登っていくように伸びていく柴山氏の歌声が素晴らしい。アコースティックセットのライブでも聴いたことあるのですが、体の中から搾り出すように歌う彼の姿は今でも鮮明に思い出すことが出来ます。 ('06/02/10) |
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ほんの少しのあいだ / 渚にて マヘルに続いてジオグラフィックからリリースされた渚にての編集盤です。全10曲中5曲が既発曲で残り5曲が未発表音源。今までの渚にての活動が総ざらいされたような既発曲のセレクトは適切で、しかも渚にての前身でもあるハレルヤズの未発表テイクまで聴けるという、初心者のみならず以前からのファンにとってもありがたい内容ですね。 で、その未発表音源の中でも特に素晴らしいのが2曲目の「太陽の世界」のライブ音源です。渚にてのサイケデリックな側面が全開のこのテイクは20分にも及び、中盤の柴山氏のギターソロはやや荒々しい印象でまさに圧巻の一言。心の琴線に触れるなんて言葉がありますが、この曲の場合それどころじゃなく、心の琴線をギターのようにかき鳴らされる感じとでも言えばいいでしょうか(笑)。気持ちよすぎます。 また、スティーブン・パステルによる柴山氏のインタヴューも興味深い内容で読む価値ありですよ。 ('06/02/10) |
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花とおなじ / 渚にて '04年発表。今までの4作品は、毎回作品ごとにかなり明確にコンセプトの違いがありましたが、本作は前作『こんな感じ』の延長線上にある作品と言えるかもしれません。柴山、竹田の夫婦2人がメインとなり、サポートメンバーが曲によってフレキシブルに参加するというスタイルも前作と同じですね。ちなみにサポートメンバーは頭士奈生樹、初作以来の参加となる田中栄次、中村宗一郎という前作に比べると身近で気心の知れた人間だけという感じでしょうか。 先に本作は前作の延長と書きましたが、さっそく1曲目タイトル曲でもある「花とおなじ」が前作の最後の曲「星々」とすごく曲調が似てるんですよね。ただ、前作は完成度が高い故のある種張り詰めたような空気感が作品を覆っていたのですが、本作はそういう感じがしませんね。すごくリラックスして聴けます。前作とあまり変わっていないのに受ける印象が違うと言うのは、試行錯誤の末に出来ていたことが今は自然にできるようになったということなのかもしれません。それが余裕となって作品全体の雰囲気に反映されてる気がします。サウンド的にも今まで登場しなかった楽器や打ち込みまで出てきたりして、スリーブのコピーの"総天然色"という表現はちょっと大袈裟にしても多少カラフルになってますね。 また、本作は音質も今までとちょっと違いますね。柴山氏曰く、一切デジタル機材を使わず、完パケまでアナログのみで作業したそうです。結果、中低音域を強調したような感じに聴こえて、今までは高音もくっきり聴こえていたんですが、本作ではハイハットとかも角がとれたような丸みを帯びた音に聴こえます。まさにジャケ通りの春の陽光のような優しい音。これもリラックスして聴ける原因の一つかもしれませんね。 ('06/02/13) |
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夢のサウンズ / 渚にて '04年発表。『花とおなじ』とおそらく同時進行で作られた本盤は、今までの渚にての代表曲を"現在の"渚にてで再演、アップトゥデイトしたセルフカバーアルバムです。3曲目「渚のわたし」のみ録音時期が違い、2人だけで演奏されていますが、それ以外の参加メンバーは『花とおなじ』と同じです。 全4曲、どれもライブでのアレンジに近い演奏で、サイケデリックな魅力が一番よく出た作品に仕上がっています。1曲目「本当の世界」、4曲目「太陽の世界」は他の音盤でもいくつかライブテイクがありますが、やはりスタジオ録音ということでやや落ち着いている感じはしますね。ギターソロのパートも以前のライブテイクほどの荒々しさはありません。でもそれが今の渚にてらしい気もします。平常と地続きのサイケデリアというか、爆音で暗い音像になるでもなく、ハイテンションに混沌へ向かうでもなく、あくまでいつも通りの歌と演奏のまま軽い足取りでサイケデリックな音世界を生み出しているんですよね。2曲目「走る感じ」にしても『本当の世界』収録時にあった翳(かげ)みたいなものがなくなってすごく吹っ切れた感じに聴こえます。 そんなわけで、本作は今の渚にてのいいところが存分に発揮された作品だと思います。この人たちはきっとこれからも劇的な変化をするようなことはないと思いますが、できればこの布陣で続けてほしいですね。歴代渚にて参加メンバーではこのメンツがベストだと思います。 ('06/02/13) |
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fire inside my hat / 工藤礼子 '97年発表。工藤冬里のピアノと工藤礼子の歌。そしてレコーディングは自宅という、かなりアットホームな雰囲気が漂う本作。NOISE名義での『天皇』に比べるとアコースティックな分やや間口は広いかな、と聴きやすさをアピールしてみる(笑)。 まあそうは言っても、冬里氏のピアノはやはり一筋縄ではいかない演奏で、綺麗な旋律を弾いていると思えば、それは長続きせず突然曲としての形を成さないものになってしまったりして、その当たりはマヘルでの演奏と大きく変わらないですね。どう曲が展開しようとどこで終わろうと、どこまでも感性の赴くままに弾いているような感じです。 そして、彼女は17年前のNOISE時代から変わらない少女のような声で、風が吹けば消えてしまいそうな繊細な歌を歌っています。どこか物悲しさを感じさせる歌詞もNOISEやマヘルと共通するものがあり、特に本作ではバックが冬里氏のピアノのみのシンプルな構成のために、素朴な温かさの裏にある冷たさ怖さまでが浮き彫りになっているように感じます。 ちなみに、'00年に『夜の稲』というソロ第2作が出ていて、そちらも変わらない彼女の魅力が堪能できるのですが、サウンド面ではほとんどマヘルと区別できない内容なんですよね。ソロ作品としての個性と言う意味ではやはり本作の方が聴き応えはあると思います。 ('06/02/16) |
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人(上) 草(下) / 工藤礼子 '00年の『夜の稲』以来、6年ぶりとなるソロ作品はなんと2枚同時リリース。まあ、2枚の収録時間足しても70分弱なんですけどね(笑)。瓢箪レコードなるプライベートレーベルからのリリースで、目立った事前情報もなく、突然の入荷情報に驚いて買いに走った次第です。 工藤冬里のピアノ演奏が2枚ともほぼ全編にわたってフューチャーされており、『草』の方は気持ちバンドっぽい曲もありますが、基本的にソロ初作の『Fire Inside My Hat』に近い印象ですね。しかも、相変わらずの自宅でのレコーディングのようで、途中で蝉の鳴き声や、子供が帰るのを促すために夕方ごろに流れる音楽(多分・・・というか、僕が住んでるとこと同じ音楽なので間違いないはず)なんかが聞えてきたりして、今作のハンドメイド感がビシバシ伝わってきます(笑)。また、冬里氏のピアノもいつも通り、気まぐれとさえ思えるような不安定なメロディを奏でています。今回の作品が一発録りかどうかはちょっと断言できませんが、これらのその時々の環境音をそのまま生かしたところや冬里氏の独特のピアノ演奏からは、この人たちの音楽に占める偶然性という要素の大きさを再確認させられたように思います。そのときのその時間を切り取った、そのときにしか生まれ得なかったそのときだけの音楽。こうしたちょっとした変化でバランスが崩れてしまいそうな繊細さを孕んでいる感じがたまらなく愛おしいんですよね。 そして、そう思うのはそんなちょっとアヴァンギャルドな側面だけなく、ほとんど1つか2つのフレーズの繰り返しのみで構成されるシンプル極まりないメロディや透明感のあるまっすぐな彼女の歌声、余韻を残す歌詞など、楽曲そのものの美しさがあってこそ。そんな美しい音楽がひと時の状況の中で刹那的に光り輝いた瞬間を収めたような今作は、ちょっと大袈裟かもしれませんが、本当に奇跡なんじゃないかと思ってしまいます。 これからも大事に大事に末永く聴いていこうと思います。 ('06/04/09) |
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(タイトルなし) / 蝉 '00年発表。福岡出身の3ピースバンドの初CD作品。4枚組。本作が出た当時は"博多のラリーズ"なんて言われたりしてましたが、実際聴いてみると轟音ギターで即興演奏っていう点ぐらいが似てると言えば似てるっていう程度で、ラリーズを想像して聴くと完全に肩透かしを食うでしょうね。もちろん悪いと言う意味ではなく、ラリーズとは路線の違うサイケデリックロックってことです。ドラムの名前が水谷孝二なのは驚きましたが(笑)。 4枚組というのはおそらくそれまでに自主制作で作っていた音源をまとめたということだと思いますが、とりあえず全部聴きとおすのはかなりの体力がいりますね(汗)。全曲インストで、ラリーズほどの過度な爆音ノイズなギターはなく、むしろ即興での曲の構成力で聴かせるタイプのバンドのような気がします。ライブに定評があるのも頷けますね。また、本作に関してはサウンドプロデューサーに湯浅学氏が参加しており、全編にわたってまるでブート盤のようなザラついた音質に加工されています。そのため、サイケ度当社比20%アップで、スピーカーから煙でも出てきそうな濃密な空気を撒き散らしています。 ('06/02/17) |
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TODAY / Stars,The '01年発表。ホワイト・ヘヴンの解散後、石原洋が結成したザ・スターズのデビューEPです。他のメンバーは栗原ミチオ(exホワイト・ヘヴン、ゴーストetc.)、亀川千代(ゆらゆら帝国)、石原謙(本作のみ)。もうこのメンツ見ただけでも眩暈がしそう。 ホワイト・ヘヴンに比べるとかなり透明度が増したサウンドで、サイケデリックでありながらそれと同時に結構ど真ん中なロックでもあります。リードギターが栗原氏なのも大きく影響しているっぽい感じで、1曲目タイトル曲「TODAY」のギターリフからいきなりノックアウト気味です(笑)。また、タイトというよりむしろスカスカな印象さえ受け、ゆらゆら帝国ともイメージが重なる部分もあって、音と音の間の空気をも支配しているかのような密度の高い演奏はこのバンドの能力の高さを如実に物語っています。2曲目「Bavard」はゆるい疾走感が心地良いナンバーで、ちょっと本作以降の作品にもあまりないタイプの曲かも。3曲の中では確実に一番地味な曲なんですが、個人的にはこの曲が本作中では一番好きなんですよね。これ聴くとスラップ・ハッピーの「Sort of」を思い出してしまいます。そして本作のハイライトが3曲目「Wind in three quarter」。これは以降のザ・スターズにも通じるリアルサイケデリックな名曲でしょう。カッコイイの一言に尽きます。 それにしても、改めて聴いてみると名刺代わりのデビューEPにしてはクオリティが恐ろしく高い曲ばっかり並んでいますね。一応限定盤みたいなので気になった人はお早めに(笑)。 ('06/02/19) |
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WILL / Stars,The '04年発表。デビューEPから待つこと約3年半。いやー、長かった。ていうか完全に忘れてたなんて言えない(汗)。まあ何はともあれアルバム第1作目です。メンバーはドラムが石原謙から荒川康伸に入れ替わった4人で制作されています。以降、このメンバーで固定されているようです。 1曲目「Everlasting Daylight」を聴いてまず思ったのは、風通しの良ささえ感じさせた前作に比べると、本作は音がより硬質になり、楽曲もダークな印象を受けるものが多いということでした。そして明らかにギターの歪み度が上がっています。ということはもちろんサイケ度もアップ。2曲目「Small White Wonder」でのほとんどノイズと聴き分けがつかないぐらいに歪みまくり暴走するギターは、爽快感すら感じてしまうほどです。また3曲目「Twinkle Outside」ではスペーシーなエフェクト処理が施され、浮遊感を伴うサイケデリック感覚で新たな一面をのぞかせていますね。続く4曲目「End of a Year」は、ギターのアルペジオが夜の闇に溶け込むように響くディープな曲。こういう風に動と静の両極端な曲が収録されているというのはホワイト・ヘヴンのアルバムに似ています。5曲目「Last Door」はミディアムテンポな曲で、本作の中では最もストレートなロックですね。こういう曲を聴くとつくづくこのバンドの特異な性質を思い知らされます。正統派ロックといえそうな曲なのに、同時にサイケデリックな魅力も兼ね備えているなんて、ちょっとありそうでないですよね。そして、最後の6曲目「Orange Hour Circle」は再び静のナンバー。シンセの響きが心地よく、今までの狂騒はなんだったんだ、と冷静さを取り戻させてくれる癒しの効果もある・・・かな(笑)。 ('06/02/19) |
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PERFECT PLACE TO HIDEAWAY / Stars,The '05年発表。 基本路線は前作のまま、ベタな表現をするなら進化/深化した本作は、よりダークによりヘビーに、そしてより構築性の高い楽曲が並んでいます。1曲目「Subway(aka Night Walker)」でイントロもなく唐突に本作の幕は開けられ、一瞬にして色すらも存在しそうにない漆黒の世界へトリップします。延々と反復し続ける冷たいギターアルペジオ、重いベース、硬質なドラムはまさに終わりのない闇。なんだか作品を追うごとにどんどん人の温もりみたいなものが削がれていっている気がしますね。 ファズギターのリフがクールな2曲目「Double Sider」は、中盤のギターワークが音響面を含めて聴き応えがあり、サイケデリック密度も高く前半の山場となっています。このパートは即興で延々と続いていくとすごく気持ち良さそう。3曲目「Lemonade」もギターリフがグルーヴィなタイトなナンバー。途中一変して静かなギターパートが挿入されたりして、一曲にこのバンドの魅力を凝縮したような構成になっています。そして、サイレントフォーキーな小品「Electron Spin Carnival」を挟んで本作の最大の山場、「Ice Blues」へ。オーバーレベルまで振り切れんばかりの荒れ狂うギターノイズと、それに応戦するがごとくに暴れまくるドラム&ベースが作り出す空間はまさにカオス。調和という言葉を一切拒絶するかのようないびつな響きはタイトル通り氷の如き冷たさも感じさせます。 そんなサイケデリックを通り越してフリークアウト寸前までぶっ飛ばされた後に聴こえてくるのは、静謐なラスト曲「The World I Left Behind」。遠くから聴こえてくるようなこの曲は、自分がまだこの音世界から抜け出せていないことを知らせているようにも聴こえます。 ('06/02/20) |
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1997−2001 at Mushroom / LSD MARCH '01年発表。姫路を拠点に活動するサイケデリックロックバンドの初作です。現時点でスタジオ作品としては本作が一番手に入れやすい音盤かもしれません。以下の盤は海外のレーベルから出てる上に、恐らく国内ではアルケミーとか限られた店舗でしか扱っていないと思います。日本のバンドなんですがね・・・(苦笑)。 暗闇を切り裂く轟音ファズギター、エコーのかかったヴォーカルなんかは一聴してそれと分かるラリーズ直系のサイケデリックロックです。しかし、さすがにあれほどの常軌を逸した爆音というわけではなく(当たり前か)、リリシズムあふれるメロディと歌詞の世界観には独自性も感じられ、完全にラリーズの模倣バンドという域を超えています。なにより単純にどれも曲が良いのも特筆すべき点ですね。本作で初めて知ったバンドなのでバイオグラフィーは全然知らないのですが、本当に初作とは思えないクオリティですよ。アシッドフォーク的なフリークアウト感のある曲もあったりして、爆音一辺倒でもありませんし。まあライブでどうアレンジされるのかは未体験なので知りませんが(笑)。 あと、この手の音楽は一般的に20分以上とか長尺で、場合によっては曲としての体裁を保っていないほど混沌としたものを想像するかもしれませんが、このバンド、特に本作についてはそういった感じはなく、その点ではかなり聴きやすいと思います。むしろ、ハマるとちょっと物足りないぐらいかもしれません(笑)。 ('06/02/18) |
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突然炎のごとく / LSD MARCH '02年発表。本作はギター・ヴォーカルに道下慎介、ベースに川口雅巳、ドラムに高橋幾郎という、3人編成での演奏をメインに収録されています。ちなみに、上では触れ忘れましたが前作は4人編成で、道下氏以外のメンバーが入れ替わっています。ていうか、川口氏は哀秘謡やみみのこと、高橋氏も不失者や渚にてなどにも参加経緯を持つ腕利きミュージシャンなんですよね。アルバム2枚目にしてすごいバンドになってます(笑)。 1曲目のみ道下氏一人による多重録音なのですが、これ、右のチャンネルにドラム、左にヴォーカルがそれぞれ寄っていて、しかもヴォーカルは左に寄り切れていない微妙な定位だったりして、ヘッドフォンで聴くとそれがちょっと気持ち悪いんですよね(笑)。いきなり空間が捻じ曲がったようなサイケデリック感覚に襲われます。その後はライブ録音っぽい感じですね。2〜4曲目までは渋めのアレンジで、なんだか1stあたりの不失者を思い起こさせるようなややダークサイケな印象です。そして続くタイトル曲でもある5曲目「突然炎のごとく」は、文字通り突然のクライマックス。いきなり咆哮するギターから始まったかと思うと、暴れまくるドラムも加わり一気に混沌の世界に叩き込まれます。若干荒めの音質のせいもあって、何も言わずに聴かされるとラリーズのブート盤かとも思ってしまいそうなぐらいです。個人的には、爆音が支配する暗闇に差し込む一筋の光のようなオルガンの響きが印象的でした。また、この曲のみ参加メンバーが異なり、4人編成で収録されています。ドラムはギターの道下氏の兄弟みたいですね(兄か弟か知りません(汗))。6曲目「漏刻の炎」からは再び3人編成にもどりますが、タイトで素晴らしい演奏を展開しているのは言うまでもありません。 ('06/02/19) |
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