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保護されても身元分からず・認知症行方不明者
(5月2日)
取材班が全国の自治体などを取材した結果、無事、保護されたものの認知症のため名前や住所などの身元が分からず施設などで暮らし続けている人が少なくとも4人いたことが分かりました。このうち1人の男性は、NHKのニュースがきっかけとなって4月下旬に家族が本人と対面し、2年ぶりに身元が確認されました。なぜ身元が分からないままの認知症の人が相次いでいるのか。取材班の1人、大阪放送局の岡本基良記者が解説します。
名前も住所も分からない
認知症やその疑いがあり、徘徊などで行方不明になったとして警察に届けられた人は、おととし1年間に全国で1万人近くに上り、このうちおよそ350人の死亡が確認されています。NHKの取材班が全国の自治体などを取材した結果、無事保護されたものの認知症のため名前や住所などの身元がまったく分からず、施設などで暮らし続けている人が少なくとも4人いたことが分かりました。
私たちはそのうちの1人で大阪市内の介護施設で暮らす男性を取材することができました。男性はおととし3月11日、大阪・西淀川区の阪神電鉄・姫島駅前の路上で警察に保護されました。しかし重度の認知症を患っていたため、自分の名前や年齢、住所などを伝えられず身元を確認することはできませんでした。大阪市は生活保護の受給などに必要だとして男性に「太郎」という仮の名前を付けました。また、見た目などが70歳程度と推定されたことから「昭和17年1月1日」という仮の生年月日も決められ、施設では男性を「太郎」さんと呼んで誕生日も祝ってきました。男性は法律に基づく一時的な保護措置として介護施設に入所し、2年余りの月日が経っていました。
放送後に家族と再会
NHKはこの男性について身元の特定につながればという成年後見人などの意向を受けて、4月19日、「ニュース7」などで放送しました。するとその2日後、「男性は家族かもしれない」という連絡がNHKや警察、自治体に寄せられました。
そして4月27日、男性は警察官や後見人の立ち会いのもとで家族と面会し、兵庫県内の74歳の男性と確認されました。
後見人によりますと2年ぶりに対面した家族は男性が寝ている枕元に歩み寄り、涙ながらに「お父ちゃん」と声をかけて手を握ったり頭をなでたりしていたということです。
身元が分かったことを受けて、施設は男性のネームプレートを本名に掛け替えました。
男性の成年後見人を務めている司法書士の山内鉄夫さんは、「家族が見つかり本当によかった。認知症の人が増え、家族の介護だけで徘徊を防ぐには限界がある場合も多いので、対策を急ぐ必要があると思います」と話していました。
警察の検索システムに課題
なぜ男性の身元は2年以上も分からなかったのか。取材を進めると、全国の警察が行方不明者の情報を登録したり検索したりすることができるオンラインシステムの限界が見えてきました。
男性が行方不明になったのは、保護される3日前の3月8日。保護された大阪市内の場所から県境をはさんで数キロほど離れた兵庫県内で、病院から帰宅途中に行方不明になりました。家族はその日のうちに「行方不明者届」を地元の警察署に提出し、兵庫県警察本部は、男性の家族から聞き取った情報をオンラインシステムに登録しました。
システムに登録するのは名前や住所、生年月日、それに身長や身体的特徴などの15の項目。しかし、家族から提供を受けた顔写真や行方不明になった当時の服装などの情報は登録する仕組みになっておらず、兵庫県警の内部だけで共有されていました。
一方、男性を保護した大阪府警察本部はオンラインシステムで身元を調べようとしましたが、そもそも名前が分からなければ検索はできません。
このため大阪府警は男性の写真や服装などを記載した「迷い人照会書」という文書を全国の警察本部に送り、男性の行方不明者届が出ていないか確認するよう求めました。
大阪府警はこの照会書を保護した2年前とことし4月の2回にわたって送ったということです。兵庫県警は照会書を受け取った場合、県内48の警察署に出されている行方不明者届との照合を手作業で行います。今回の場合、男性が行方不明になった日と保護の日付が3日しか離れていなかったうえ、行方不明になった場所と保護された場所も近接していましたが、照合には至りませんでした。照会書と行方不明届をきちんとつきあわせていれば身元がすぐにわかった可能性もあります。
これについて兵庫県警は「『迷い人照会書』の保管期限は1年のため、2年前の照会書を受け取ったかどうかやどのような照合作業を行ったのか記録が残っていない」としています。また「ことし4月に送られた照会書についてはほかの照合作業を優先したため確認作業が遅れていた」としています。
兵庫県警察本部の福本明彦生活安全企画課長は「4月の再会まで行方不明者をご家族のもとにお戻しすることができなかったことは残念です。今後、よりいっそう行方不明者の手配や発見に努めてまいります」とコメントしています。
氷山の一角か
長期間にわたって身元が分からないままの認知症の人たち。NHKが取材した結果、このほかに身元が分からないまま施設などで死亡した認知症の人もいるということです。また警察庁によりますと、行方不明になってから親族などの元に戻るまで1年以上かかった人もおととし1年間で8人いるということで、保護されたものの長期間、身元が分からないケースは、さらに多数に上るとみられます。
認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子部長は「認知症を巡る警察や自治体の取り組みが分断されている象徴だ。このままだと認知症の高齢者の増加に伴い同じようなケースがさらに増えていくと考えられ、関係機関が情報を共有することが必要だ」と指摘しています。
関係機関の連携を早急に見直すべき
今回の取材では身元が分からないまま何年も生活している認知症の人が何人もいることに衝撃を受けましたが、社会がこうした人の存在を想定しておらず現在の仕組みでは対処できていないという課題が浮き彫りになりました。今回の問題を受けて厚生労働省は実態を把握するため全国調査を行うことを決めています。認知症の人が増えるなかで、異常な事態が進行している現実を重く受け止め、関係機関の連携の在り方などを早急に見直すことが必要だと思います。