【アブジャ(ナイジェリア)】ナイジェリアの首都アブジャで4月、276人の女生徒が誘拐され、自動車に積まれた爆弾で70人以上が死亡した翌日、同国のジョナサン大統領は北部の都市カノの政治集会で踊っていた。大統領が女生徒の誘拐事件について公に発言したのは事件から2週間ほど過ぎてからだった。
それまでに誘拐事件はツイッター上のハッシュタグ(#BringBackOurGirls)で広がり、大統領は国の内外で軽蔑の的となった。
ナイジェリア軍最高司令官の軟弱な対応はすぐさま、アフリカ大陸最大の経済国の治安の危機に変わった。米国の元駐ナイジェリア大使で現在は米シンクタンク外交問題評議会のシニアフェローであるジョン・キャンベル氏は、大統領について「まったく状況を理解していない」、「彼はひどく無能だ」と語った。
2010年に大統領に就任したジョナサン氏は、政府がすぐにイスラム過激派「ボコ・ハラム」を打ち倒すと言い続けてきた。アブジャでは世界経済フォーラム・アフリカ会議の準備が進んでいたが、反政府勢力は女生徒誘拐や襲撃事件によって、その優勢さをあらためて示したようだ。
一部のナイジェリア当局者は、政府軍がボコ・ハラムと戦えるだけの武器や能力を持っていないとして中央政府の対応を批判している。武器が不足しているとの主張について軍は異議を唱えている。
北東部ボルノ州のカシム・シェッティマ知事は「反政府勢力は多くのロケット砲で武装している。対空砲も持っている」と述べ、「ボコ・ハラムは政府軍よりはるかに強力な武装をしている」と語った。シェッティマ知事は、先週の反政府勢力の攻撃で殺された300人以上の人々の遺族に会うために訪れた同州ガンボルで話した。
同知事によると、放火によって家々は焼け落ち、数百台の車が破壊され、主要な橋も壊された。同知事は「村や町を焼き払う彼らのやり方が現状を物語っている。われわれはまどろみから目覚めなければならない。現実逃避をやめる必要がある」と強調した。
ジョナサン大統領は、ナイジェリア独立以来54年間で最も厳しい試練に直面しており、大統領にとって決定的な時は近づいている。
支持者にとって、同大統領はこの国を支配してきた強力な独裁者からの救済者だ。しかし批判者にとっては、彼は受け身で、武装勢力の攻撃の犠牲者に同情はするものの、これを食い止めるためにほとんど何もしない人物だ。
少女たちが誘拐された翌日、ジョナサン大統領は北部での選挙運動から南部の有力者の誕生パーティに向かった。同大統領の公式ツイッターは、誕生日を祝うメッセージとともに満面の笑みを浮かべる同大統領の写真を掲載した。
世論調査会社アフロバロメーターは4月、ナイジェリア人を対象に自国の民主主義に満足しているかとどうかという調査を行った。「はい」と答えたのは32%にとどまり、エジプト、ジンバブエ、それに最近内戦で分裂状態にあるマリを少し上回ったにすぎない。
ジョナサン大統領の政策と消極的なスタイルは経済活動にとってはプラスなようだ。ナイジェリアの経済は高成長を続けており、その規模は昨年、南アフリカを抜いた。投資家は、ナイジェリアでは経済に対する政府の規制が弱まっており、例えば国営発電所は深刻な影響を与える停電をなくそうとする投資家に売却された。
動物学者から政治家に転じたジョナサン大統領は1999年、石油資源の豊富なバイエルサ州の副知事に選出された。当時、武装勢力や石油窃盗団は日量200万バレルを産出する同国石油産業の一部を要求していた。同州政府は当時、武装勢力に武器を使用しない代わりにカネを支払い、石油窃盗団とパイプライン警備の契約を結んだ。石油の窃盗は活発に行われるようになったが治安はかなり安定した。
同氏は10年、ヤラドゥア大統領の死去を受けて、副大統領から大統領になった。今や大統領として、買収に応じようとしない反政府勢力に直面している。ボコ・ハラムは政府の調停者を何人も殺している。
ボコ・ハラムが貧しいナイジェリア北部で勢力を伸ばす中で、ジョナサン大統領の頭は与党を率いて来年初めの総選挙に勝つことでいっぱいだ。
大統領に近い筋は、大統領の批判者はその全体像をよく見ていないと述べている。治安問題で大統領顧問を務めた経験のあるディミエアリ・ボン・ケメディ氏は「カノでの姿は政治的次元の大統領だ」と、同地の政治集会に参加して踊った同大統領に言及。「彼は女生徒の救出に全身全霊を捧げている。彼は悲しんでおり、怒っており、仕事をしている。しかし、やらなければならない政治的任務というものもあるのだ」と強調した。
いつもの黒い中折れ帽をかぶりゆったりとした上着を着た56歳の大統領はアブジャで開かれた世界経済フォーラム会議で、誘拐への政府の対応への批判に反論し、「悲しい思いをしている」と述べるとともに、「少女たちが無事に親のもとに戻ってくるまでは、私は眠らない」と語った。
大統領は9日、誘拐された生徒の数の多さに驚き、車に「200人もの生徒を詰め込むなんて難しい」と述べていた。
大統領はまた、政府軍がその活動の様子をビデオに撮って、軍に懐疑的な人たちに見せられなかったことが残念だとし、「不必要だとの判断でしなかった唯一のことは、動いている航空機や軍隊、ヘリコプターを撮影しなかったことだ」と語った。
大統領夫人は先週、女生徒の誘拐は大統領を攻撃するためのでっち上げか誇張ではないかと述べた。
大統領側近によると、大統領は4月15日、誘拐事件の数時間後にその連絡を受けた。大統領は直ちに、治安担当のトップを集めたが、少女たちの安全のために誘拐についての演説は行わなかったという。
9日、大統領は「世界中のすべての人々」に、少女たちの救援を求めた。これに対し、米国、英国、フランス、イスラエル、中国などが支援を申し出ている。
しかし、同国は2011年8月に国連事務所が自動車爆弾で破壊されたとき、外国の支援の申し出を有効に生かすことができなかった。ジョナサン大統領は国際支援を求めたが、英国と米国の軍当局はナイジェリア政府の官僚的な対応のため支援を実行できなかったとしている。
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